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第0話 死生、天命にあり

なんというか、こう、小説などを書いている自分が無性に恥ずかしくなって、投稿してた作品をアカウントごと消してしまったことがありました。


でもやっぱり書くのが好きだったので、削除した小説の設定を焼き直して、勢いで書き直してみたのがコレです。

楽しんで読んで頂けると幸いです。


(2015年3月30日 改稿)

 もうすぐ日も落ちようという夕暮れ時、切り立った崖の上。

 眼下に広がる広大な密林を見下ろしながら、俺は手ごろな倒木にあぐらをかいて座り込んでいた。


「ふぅー……」


 疲労の滲み込んだため息を吐き出しつつ、俺は足元に転がっていた枝切れを手に取り、まんじりと眺める。

 くたびれた赤茶色の枝葉は、指先に少し力を入れるだけでぽきりと折れてしまった。

 すると、不意打ち気味に枝の中から小さな虫の魔獣がひょっこり顔を出してきてぎょっとする。慌てて放り投げると、枯れ枝はくるくる回転しながら二十メートルの高みを落下し、崖下の鬱蒼とした密林の闇に埋まって見えなくなった。


(……ごめんな虫さん。わざとじゃないんだ)


 睡眠を妨害された上に想像を絶する高さから放り投げられた幼虫の命運を祈って、俺は南無南無と手を合わせる。

 気持ち良く眠っていたというのに、突如『世界が割れる』という超常現象が発生し気付けば正体不明の誰かさんの手によって宙空へ放り出されている……虫さんからすれば、おそらくそんな理不尽が働いたように見えたことだろう。

 ___それについてはちょっとデジャヴを感じる。

 何しろ俺も、つい二ヶ月ほど前にちょうど同じような感じでこの異世界の樹海に放り込まれたのだから。


「あ"ー………ずいぶん長いこと旅してきた気がする。俺は疲れたよパトラッシュ。なんだかとても眠いんだ」


 天使に抱かれ忠犬と一緒に昇天した少年の名台詞を口にしつつ、俺はぐでんと倒木の上で寝っ転がった。

 まあ実際、前の世界で俺は本当に昇天する羽目になったわけで、笑えない冗談ではあるのだが……その際に出会った天使様から色々と授かったものもあったりする。

 その一つが彼女、我が異世界冒険譚の相棒。


『マスター……ボク、一応ルシっていうちゃんとした名前があるんだけど』


「知ってるよ?」


『じゃあなんでたまに変な名前で呼ぶのさ』


「いや、あれ独り言だけど」


『……………………さいですか』


 現在、俺の頭の下で枕になっている古ぼけた本は、諦観混じりの声を出してページをぱたぱた動かしていた。

 彼女の名はルシ。忠犬ではなく『魔導書』である。

 黒い革表紙に金の縁取りが施され、全てのページが白紙、表紙に描かれた幾何学模様が特徴……逆に言えば、それ以外の特徴が全くないただの中古本とも言えるのだが、もちろんそれは外見だけの話だ。中身はむしろ主人の俺より優秀なのだった。

 俺より感受性が豊富なルシの元気っ子っぽい声音は、旅の道中の疲れをよく癒してくれる。


「でも、ようやく見えてきたなー目的地。こうも時間がかかると、前世の交通機関がどれだけ恵まれてたかがよく分かる……」


 そう言いながら俺は寝返りをうち、崖下を眺めた。

 地平線の彼方まで広がっている樹海の一角に、小さな集落らしき影がひっそりと佇んでいる。


『へー。マスターの世界のコトはよく知らないけど、そんな便利な世界だったの?』


「まあねー……二百キロそこらなら一時間ぐらいで移動できるし」


『ふぅん、二百キロ……一時間!? 何それ早過ぎでしょ、竜騎士が日常的に送迎してくれるような世界だったの!?』


「いや、あっちの世界、ドラゴンなんていないっすよ?」


『口調が変っすよ!?』


「そっちにも移ってんじゃねえか」


 こちらの世界では『竜騎船』というものが長距離移動に使われるらしいが、最高速で辛うじて日本の新幹線の平均時速に追いつけるかどうかのものらしい。

 文字通り竜が引く飛行船だが、背に乗った竜騎士が指揮するためあんまりスピードは出せないとのことだった。

 まあそれでも空飛ぶ船であるし、この樹海を越えるにあたっては足で踏破するよりよっぽど早く移動できるのだろうが、諸事情あり俺は竜騎船に乗ることができないのだ。

 高所恐怖症とかじゃないよ?

 だからこそ、今こうして苦労してるわけである。


「ま、無い物ねだりしても仕方ないしなぁ」


 鼻の穴を膨らまして密林の新鮮な空気を吸うと、小さな屑が鼻に突撃してきてガハゴホと咽せ込む。


『よ、よく割り切れるね……もっと、こう、環境が変化すると色々不満とか出てくるものじゃない? だってドラゴン送迎……』


「けほっ……や、だからドラゴンいないって言ってんでしょ。それに現状、不満なんてないよ、ルシのおかげで食べ物にも水にも寝る場所にも困らないし」


 大抵のことはルシの魔法でちんからほいするだけで大体解決してしまうぐらいなので、暮らす分には問題はない。

 無論、彼女に頼りっぱなしというのは主人として面目が立たないので食用の山菜や果実の見分け方は自分なりに学ぶなり覚えるなりはしているが、火熾しや水の調達はどうにもならないのだ。

 転生者であることが影響し、魔力を持たない俺は異世界ありきの魔法を使うことができないのである。

 残念ではあったが、代わりに魔力を食する『魔獣』に襲われずに済んでいるので五十歩百歩というところか。


「それに俺、こういうサバイバルやってみたかったんだー」


『そ、そう……楽しそうで何より』


 いずれにせよ、ルシがいなければ俺も生きてはいまい。

 いつか恩を返せたらいいなー、とぼんやり思いを巡らせながら、俺はうーんと伸びをしてから体を起こした。


「さて、そろそろ行こうか。何て言うんだっけ、あの村」


『アルトゥンハ村だよ。迫害された獣人族の集落……なんだけど、そうだ、一つ注意点があるんだった』


 そうそう、確かそんな感じの覚えにくい名前だった。

 件のアルトゥンハ村は、転生して密林に放り出された俺が目指すべき場所として定めた最初の目的地である。

 ここ《アルファブラ大森林》は、法王領アヴァランチという国に帰属する国土の一部なのだが、どうやらこの国、けっこう身分差別が厳しいらしいのだ。魔力の性質云々で迫害されてしまいかねないのだという。獣人族はそうやって迫害された種族の一つで、こんな森の奥に村を築いて安息を得た。

 そんな村の一つがアルトゥンハ村というわけだ。

 鼻持ちならん話であるが、実は、俺も他人事ではない。詳しくは覚えていないが、ルシ曰く俺の『魔力欠損体質』もまた迫害対象に成り得てしまうとかいう心底迷惑な話らしい。

 そんな訳で、俺は人気皆無な密林を隠れ蓑にして法王領の中心部から離れるように移動し、ここまでやってきたという訳である。

 まあ全ては俺を転生させた天使さんの指示なのだが。

 この旅ももう終わりというわけだ。


「獣人かぁ……早く会ってみたいなー。やっばり尻尾とか獣耳とかあるのかな?」


『うん、もちろんあるよ___いやいやそうじゃなくて、注意点! 人の話聞いてる!?』


「ん? あ、トンボだ。この世界にもいるのか蜻蛉目」


『……く、くそぅ。話がろくに進まな』


「それで注意点ってなんだ?」


『ここで話の筋を戻す!? 何その変幻自在なテリトリーっ!』


 長旅の疲れでついにイかれてしまったかこの魔導書。

 獣人族に会ったらとりあえずモフると決めていた俺にとっては、注意点、特に獣耳や尻尾に触っちゃダメとかそういうスキンシップ系の類は早急に知りたいところだ。

 獣人族特有の習慣や常識といったものも無論あるだろう。円滑な関係を築くためにも先に学んでおきたい。

 キャラ崩壊寸前の魔導書を小突いて催促する。


「ほれ、早う教えてくださいな」


『……こ、こほん』


 魔導書は一つ咳払いすると、調子を取り戻した。


『いいかい、この国では、獣人族はかなり厳しい立場にあるんだ』


「ふむふむ……それはこの前聞いたな」


『うん。特に人間族が激しく差別化しているせいで、城下町や王都じゃ獣人の従僕がたくさんいるってことも前に話したかな。法律的には奴隷化は犯罪ってことになってるけど、違法な奴隷商人は一向に減らないし』


「ほー。……なんで獣人は迫害なんかされてるんだっけか」


 当然と言えば当然の疑問を投げかけてみると、魔導書はふわりと浮かび上がり、俺の周囲をくるくる回って遊び始める。


『それほど小難しい理由はないみたい。彼らが持っている無属性の魔力……それが忌み嫌われてるだけ』


「むぞく?」


『属性を持たない魔力のことだよ。この無属性魔力の特性で、獣人族は魔法を使えないんだ』


 ほう、魔法を使えないのか。俺と同じである。

 まあ魔力を持ってて魔法を使えないのと、魔力を持たずして魔法が使えないのとでは大分違うか。


(……あれ? でも前、獣人族は種族固有の魔法を使えるって話を聞いたような……なんだっけ)


 衛星のように周回する魔導書を目で追っていると、だんだん目が回ってきた。こめかみを抑えて頭を振る。


『無属性魔力は他にも面白い性質を備えてるんだけど、一番分かりやすいのはやっぱり体色の脱落かな。これのせいで獣人族はみんなアルビノ体質なんだよ、体がまっしろけ』


「アルビノ……ああ、あの目が赤くて髪が白いやつか」


 魔導書は肯定するようにページを揺らす。


『で、ここからが重要だよ、よく聞いて……獣人族は忌み嫌われた種族として長年虐げられてきた。体が白いから目立つし、法律的に許されなくても奴隷は裏で高く売れるから、獣人が攫われる事例は後を絶たない。今じゃ白髪赤眼が奴隷の証みたいになってるし』


「そりゃひどい話だな」


『……棒読みだよマスター。あのね、これから獣人族の村に世話になるんだから、他人事じゃないのだけど』


 そうは言っても、そんな裏事情など実際どうでもいい。

 俺が教えてほしいのはそんなことではなく、


「獣人さんってモフっても怒られませんか?」


『…………………ああ、そういえばマスターはそんな人だったね。うん、たぶん怒られないと思うから好きに……およ?』


「? どうした」


 唐突に声を途切らせた魔導書に、俺は首を傾げた。

 魔導書は表紙の幾何学模様をちかちか点滅させながら、戸惑いの混じった声で返答する。


『いや……今、後ろの方に魔力反応が』


 言われて、俺は首だけ回して背後を見やった。

 沈みかけの夕陽の光が、エキゾチックな密林の植物を照らし出しているが___窺い知れない影が蠢いているようにも見える。何が潜んでいるか分かったものではない。

 魔獣だろうか。俺は体を強張らせつつ魔導書に問う。


「……どこら辺にいる?」


『右手にあるでっかい木の後ろ。ちょっと待ってて、魔力の波長を解析してみるから』


「んー……」


 指示された木の方向に目を移し、俺は顔をしかめた。

 木の影の後ろにいる……ということは、俺に姿を見られたくないがために『隠れる』のが目的だと考えられる。

 しかし妙だ。

 魔獣というのは本能的な生き物で、獲物がいれば問答無用で襲いかかるし、興味のない物には目も向けない。自分より格上の相手が向かってくれば即座に逃げる。逆に格下の相手だった場合は隠れることもせず、悠然とした態度をとるのだ。

 昨日なんて超でかいカピバラみたいなのが真正面からのっそりと歩いてきてビビったものである。

 つまり、この密林においては実力的に最弱であろう俺に対して、魔獣たちは『隠れる』ことがない。そもそもが格下で、その上魔力がない俺を感知できる魔獣など存在しないから。

 で、あるならば。

 あの木の後ろで息を潜めているのは、俺よりも弱いという、ある意味でレアな魔獣か……あるいは___


『っ! マスター、左に跳んで!』


「ふおっ!?」


 ___意図的に姿を隠すことのできる、知性を持つ人間か。

 木の後ろからいきなり飛び出してきた白い人影に、俺は間抜けな叫び声を上げて左へ飛び退いた。入れ替わるように飛び込んだその影の一撃が地面をべこりと凹ませる。

 ……ついさっきまで俺がいた場所にクレーターが。

 俺の腹に風穴開ける気でございますか?


「ちょ、何このバトル展開。無理だっうおわ!」


 灰の衣服を身にまとった襲撃者は、外した初撃の勢いを利用して体を捻り、恐ろしい速度を乗せた蹴りを放った。

 咄嗟に両腕を交差して防御態勢に取ったのが幸いしたか、襲撃者の右脚は俺の左手にあった魔導書に激突する。直接的なダメージは逃れたものの、凄まじい衝撃で腕がビリビリ痺れる。

 ノックバックで盛大に転んだ俺は、しかしそのとき、視界の隅に一瞬だけ襲撃者の顔を捉えた。

 真っ白な髪に、真っ白な獣耳を生やしたそいつは、


(女、の子……!?)


 驚愕に見開かれた俺の黒眼と、紅玉のように煌めく獣人少女の瞳が刹那に交差する。

 だが少女は、俺が一言発する隙すらも与えてくれなかった。

 ととん、と軽く踵を鳴らした少女。途端に、その滑らかな純白の毛並みに覆われた刀のような両脚がマグマじみた灼熱の光をまとい始める。少女を中心に強烈な熱気が渦を巻いた。

 俺は思わず目を剥いた。


「なんだそりゃ!?」


 どう考えても人に向けていい代物ではないだろう。

 すっ転んだときの弾みで擦り剥けてしまった左手を庇いながら、俺は一目散に逃げ出した。……しかし、


『ダメだよマスターそっちは崖___っ!!』


「___ふぁ?」


 急に襲われたからか、俺はここがどこなのかを一瞬忘れてしまっていたようだ。

 だが、気付くのがあまりにも遅すぎた。

 踏み出した脚の下に地面はなく、悪寒が背筋を駆け抜け、俺の体は落下し始めていた___。




 大学のセンター試験前夜、幼馴染が風邪を引いた。

 あの時俺は、高校で一人勉強していた帰りにコンビニに寄って、りんごを二つ買っているところだった。

 お見舞いに行こうと思っていた。

 不意に、コンビニのガラスが派手な音を立てて崩壊した。

 青い車がこちらに突っ込んでくるのが見えた。


 轢かれて死んだ。


 気付いたら目の前に、ドヤ顔の天使さんがいた。

 俺の遺体に縋り付いて泣く幼馴染の光景を見せられ、取り引きを持ち掛けられた。

 このまま行けば幼馴染は風邪を拗らせ、それでも受験を続けようとして失敗し、全てに絶望して投身自殺してしまう。

 提示する条件を引き受けろ。

 そうすれば……彼女の死を止めてやると。


 俺は一も二もなく承諾し、

 ルシを与えられ、胸に転生者の烙印を刻まれて、

 そして、こんな感じで宙に放り出された。




 下が湖だったので、着水のショックで死にかけたものの、あの時は何とか生き延びることができたのだが、


(今度こそ、死んじゃうかもしれないな……)


 奇妙に引き伸ばされた時間の中で、俺は漠然と思考した。

 遠ざかっていく崖の上で、俺を襲った白獣の女の子が、こちらに向かって手を伸ばしているのが見えた。

 俺を殺すつもりはなかったということだろうか。

 いきなり襲われた理由に心当たりはないが、案外、根はいいやつだったりするのかもしれない。


(でも、まだ、死ぬわけには___)


 それはちょうど、太陽が地平線に沈み切るのと同時だった。

 宙空を舞い、密林に埋まり見えなくなった小虫のように、俺の体は闇の中に呑まれて消えた。




 転生者・片桐唯葉と、魔導書・ルシ。

 大海に揉まれる葉っぱのように、彼らはイークウィナクスという世界に翻弄されていく。

 だが、それでも彼らは進むのだ。


 ___この世界の崩壊を、止めるために。


お読みくださり、ありがとうございました。

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