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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
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鍛冶屋のルーサー2

「そう。これお弁当ね。ルーサーさんの分も」

「ありがとう。行ってきます」

 ドロシーとシェミー(各々の護衛は一日交替になったそうな)がトーマス商店に向かってしばらくしてから、アーサお婆ちゃんに弁当を手渡される。

 今日はルーサー師匠のところで鍛冶作業だ。冷蔵樽の続きもしたかったけど、部品がないので今日はお休み。


 ところで例のクラゲ冷却材は、朝になっても凍ったままだった。驚くべき保冷性能を見せたのだ。あとは逆に温めてみて、再冷却しての実験が必要か。それで冷却材としての真価が決まる。

 色々チートなくせに、冷蔵樽一つ作るのに何日もかかるとは。便利なんだか不便なんだかわからないなぁ。


 夕焼け通りを東に向かう。まだ低い太陽を正面に見る。まだ借家に住んでいた頃は、この太陽の昇る位置が少しずつずれていくのが見えたっけ。というか、ずれていないと季節はできないか。

 ロータリーに着いたら、大混雑中のトーマス商店を横目に北通りへ左折。行き交う馬車は去年の今頃と比べれば(冬なのもあって)少ないけれど、目に見えて少ないというわけでもない。この辺り、商業ギルドは数えていたりするらしく、実際、馬車の数で『限界突破』の勇者の召喚が確定したんだっけ。


 ある程度北上したところで右折、職人街へ向かう。

「ルーサー師匠、おはようございます」

 ルーサー師匠の工房に着くと、昨日とは違って、すでに炉に火を入れる準備ができていた。ルーサー師匠は仁王立ちで工房に立っていた。

「フン!」

 遅いぞ! と言っているように見えた。


「おはようございます、師匠。これ、朝食です。どうぞ」

「フン?」

 そんなものを食べているヒマがあるか! と言っている。

「まずは身体にも燃料が必要です、師匠」

 強引に手渡してサンドイッチを口に入れてしまう。

「フフ! フフン!」

 こら、何、口に入れてるんだ、と言っているが無視。奧の部屋に小さくあった台所を軽く掃除して、得体の知れない物体がこびりついていた鍋も洗って、木炭に火を点ける。鍋に水を張って、野菜を適当に切って適当にぶちこむ。沸騰したら適当にクマー肉を入れる。ものすごく適当に荒っぽく灰汁をとって、火の弱い場所に鍋を移動。あとは弱火で煮込むだけ。


「準備できました、師匠」

 手を拭いて工房に戻ると、ちょっと諦めた様子のルーサー師匠は、既に炉の側に座っていた。

「フン………」

 サンドイッチは完食したようだ。お昼の分もありますからね。


 座れ、まずは何からやりたいんだ? と訊いてくる。

「実は、ミスリル銀の短剣を受注したのです」

「フン……?」

 何っ、ミスリル銀だと……? と目を剥いている。

「はい、ミスリル銀です。素材は今作ります」


 昨日習得したばかりのミスリル銀のレシピ。

 精査してみて気付いたけど、何かもの凄く魔核使うのよね。銀一キログラムに対して、魔核が百グラム。魔核は小さいのが二十個くらいってことか。対して出来上がりは何故か九百グラムくらいになってしまう。うん、減るのよね……。きっとあれだ、天使の分け前みたいなものなんだろう……。

 今回は二キログラムほど作る。かなり余るけど、使い勝手がいい素材なので多くて困ることはない、はず。


 錬成陣は転写でも出来そうだけど、せっかくだから本物の魔法陣の上で錬成してみる。

「―――『錬成:ミスリル銀』」

 魔法陣が予めある場合は、魔法陣生成と維持のための魔力は不要。さすが本物の魔法陣、一瞬光ったあと、魔核は消えて、白く輝くミスリル銀ができた。千八百グラム。と、何か残りカスみたいな黒い球体がでてきた。不純物かな……。これ案外、(ゴールド)とかかもしれないから、とっておこうっと。


「フン………」

 やるじゃねえか。早速やってみろ、とルーサー師匠が催促してくる。

「はい」

 短剣の想定重量は一キログラム。刀身三十センチ。直刀で両刃。いわゆるダガーだ。

 ガード部分は後で握り部分と一緒に接合。トータルで千五百グラム程度になるのが目標だ。ダガーとしては重い部類になるだろうけど、ブリジットの戦い方を見ていれば、重めの方が相性が良さそうだ。というか、あの黒鋼の短剣が重すぎるんだと思うけど。


 魔力炉の中に棒状のミスリル銀を入れて溶かす。通常の銀ならとっくに溶けているんだろうけど、まだまだ加熱。

「フン!」

 今だ、出せ、と言われた。すぐに炉から取り出す。ん、完全に溶かさないのか。

「フン……」

 ジェスチャーで、金属から……魔力が……飛んでしまう……ので……この色が……加工温度の限度だ……と言っているようだ。


「はい」

 頷いて金床に載せる。ハンマーは普通の鉄製。金床はよく見れば黒鋼だ。

「フン」

 その組み合わせでやれ、と言われた。

「フン……」

 優しく叩け、と。

「フン」

 リズミカルにな。そうだ。

「フン」

 などとルーサー師匠のフンを解読しているうちに短剣の形になってきた。


「フン」

 もう一度加熱。再度鍛造。


「フン」

 クイ、と余っている方の素材を目で示される。握りとガードを作れということらしい。

 こちらも加熱して……金属の色に注意して……叩く。

 握り部分とガードの加工が完成。


「フン」

 鍛接しろ、と言っている。この場合は……接合部分を加熱して……密着させて……叩いて……再度加熱して……叩いて……。

「フン」

 焼き入れろ、と。油の中に入れて焼き入れ。しばらく温度が下がるまで放置、と。


「フン?」

 作るものはまだあるのか? と訊いている。

「えとですね、私が近接用に使う魔法杖なんですけど、どちらかというと魔法用途というよりは殴る用途と言いますか。杖というよりは鎚と言いますか。極端に言えば硬い金属の棒でもいいんですよ。そういうのが一本あればいいなと」

「フン………」

 ルーサー師匠が考え込んでいる。


「フン」

 お前、アレ、出せ、とな?

 アレってなんじゃらほい……ああ、黒鋼のインゴットか。

「はい」

 このインゴット、『道具箱』から出したはいいけど、重いな……。

「フン?」

 このインゴットを……半分くらいに割れるか? とな。

「半分ですね」

「フン」

「―――『水刃』」

 パシッ、と火花が散って、思った通りには切れなかった。

「んんん?」

 もう一回水刃を使う。さっきよりは魔力を込めて。


「ぐぬぬぬぬ、フンッ」

 はあ、やっと切れた。この素材、黒鋼は、魔力と親和性が悪いっていうより、魔力を弾くんだわ……。そんなファンタジー要素があるとすれば、私が思っているような、黒鋼=ダマスカス鋼ではないのかもしれない。

「切れました」

「フン………」

 まず休憩だ、とルーサー師匠は奧の部屋を顎で示す。

「はい、休憩ですね」

 ふう、と息を吐いて、もう昼になっていたことに軽く驚いた。


 普段は昼は食べない、というルーサー師匠に、強引にドロシー風適当スープを振る舞う。アーサお婆ちゃんから弁当として預かっていたサンドイッチも出して、ハーブティーも作る。この世界だと夕食メニューと言えなくもない。

「フン……」

 まあ、不味くはない……。と言いながらも、ゆっくりゆっくり食べるルーサー師匠を微笑ましく見ながら、私も味見。うん、実に適当な味付け。ちょっと塩味濃いめ。根菜たっぷり、葱がとろけてスープの旨みを吸って美味しい。

「葱、美味しいですよ、師匠」

「フン……」

 昼食が終わったら、ミスリル短剣の仕上げと黒鋼やるぞ、と言っている。


「こんにちはー、ルーサーさんいますかー」

 と、そこに、何と、来客が!

「私が出ます」

 と私が工房に出ると、女性が立っていた。


「あ、こちら、ルーサーさんの工房ですか?」

「はい、そうです」

 女性は中年一歩手前くらい。伸ばしたオレンジの髪を無造作に後で束ねている。手には麻袋。

「あのですね、ウチの兄……家具屋を営んでおりますテートといいます……が、ルーサーさんにお裾分けに行ってこい、と。私はアイカと言います」

 言われたので来ました、と言ってしまう辺りが問題発言だけど、家具屋の差し金か。早速気に掛けてくれるとかありがたいじゃないか。いや、トーマス商店の影響力のせいか。


「師匠~! テートさんのところが、お裾分けに来てくれましたよ~!」

 と、大声で叫ぶと、モソモソ、とルーサー師匠が奧の部屋から出てくる。

「少しだけお待ちください。師匠の正念場なんです」

 ガッとアイカの手を握って、すぐには帰らせないぞ、とニッコリ睨む。


「あ、はい。お前たち、ちょっと待ってておくれよ?」

 アイカは工房の外にいた子供たち……三人……に声を掛ける。あ、既婚者なのか。いや、そんなことはどうでもいい。よくはないが!


「フン……」

 面倒くさいな、何で儂が……。

「ほら、師匠、テートさんの妹さんのアイカさんが、お子さんと一緒に、お裾分けに来てくれましたよ?」

 説明口調が我ながらわざとらしい。


「ふ、フン……?」

「はい、兄に言われて来ました。リンゴを多めに買ってしまったから、腐らせるのもなんだ、トーマス商店の小さいのに言われたから行ってこい、って言われましてね」

 ああ、そのトーマス商店の小さいのは私です。ああっ、なんで全部ばらしちゃうんですか、このアイカさんとやら、隠し事が出来ない人なんじゃ……。

「はい、こちら、リンゴです。どうぞ召し上がってください」

 と、ルーサー師匠にリンゴを手渡すアイカは、多少の作り笑いは浮かべているだろうけど、偏屈爺への応対としては偏見の欠片もなく、極自然に手渡した。


 これが私の差し金だと気付いたルーサー師匠を見ると……。

「プッ……フッ……フッフッフウフウンフン」

 なんだこれ、笑ってるのかな……顔は笑ってる……笑いを我慢しているけど、これは笑ってる! 何だろう、このク○ラが立ったような感覚は!

「あのう、どうされましたか?」

「ああ、すみません、嬉しくて笑ってるんです。師匠は表現が特殊でして」

 言い訳じみた取り繕いも、ルーサー師匠のツボにはまったのか、フンフン笑ってる。


「おかあさーん……?」

 子供たちを見ると、少し痩せているようだ。

「あの、アイカさん、お昼は済まされましたか? いま昼食が終わったところなのですけど、よろしければいかがですか?」

 アイカと子供たちに笑いかける。

「え……」

「いえ、リンゴのお礼ですよ。ね、師匠?」

「フン」

「ご迷惑では……?」

 アイカの遠慮とは逆に、子供たちははしゃいでいる。

「いいえ、師匠は歓迎しています。どうぞどうぞ」

 もうなるようになれ。奧の部屋へ親子を案内する。あ、ちょっと私たち汗臭いかも。ルーサー師匠も汗臭いからここはお仲間! と言いたいところだけど、ちょっと度が過ぎるので『洗浄』で子供達を丸洗いする。


「わー、まほうだー!」

「おねえちゃんまじゅつし?」

「すごーい!」

「すみませんすみません」

 恐縮するアイカと、ちょっとだけ迷惑そうなルーサー師匠。うん、これが混沌というものだな。


 ちゃんと食器は人数分あったので、綺麗に洗ったあと、ドロシー風スープと白パン、お茶を振る舞う。

「おいしいー!」

「おいしいねー!」

「おじいちゃんありがとう!」

「フ……フン」

 儂の手柄じゃねえ。全く子供ってやつは無遠慮で仕方ねえ。良い迷惑だ!

 と、言っているけれど、案外その表情(フン)は柔らかい。

 うむ、家具屋(テート)さんの人選、GJだ。後で礼を言いに行かなくちゃな。

「はい、オレンジどうぞ」

 オレンジも剥く。ついでにルーサー師匠にもオレンジを剥く。気に入ったならオレンジ剥き機くらい作りますよ?

「オレンジおいしいー!」

「おねえちゃん……おじいちゃん、ありがとー!」

「フン……」

 ああ、照れてる。いいね、これくらい感情表現が豊かだと素晴らしい。今のは食ったら帰れ、って言ってるけどね。


「じゃ、私たちは工房行きますので。ゆっくりしていって下さい」

「あ、はい、ご馳走になって……本当にすみません。ありがとうございます」

「いつでも来て下さい。危ない作業をやっているかもしれませんので、注意深く、それでいて目立つように入ってくれば完璧です」

 ははは、と笑って、ルーサー師匠を促して工房へ戻る。


「フン…………」

 全く面倒臭いことしおって。儂の目はお見通しだ! と言っている。いや、バレたのはアイカさんが全部喋っちゃったからですよ?

「フン」

 まあいい、短剣の仕上げからやるか。貸せ。儂が研いでやる。と言っている。

「はい、よろしくお願いします」

 と、ミスリル短剣を手渡すと、ルーサー師匠は砥石を複数使って研いでいく。ちなみにここにはグラインダーの魔道具はない。

 ググッと腕の筋肉に力を入れて、ショリ、ショリと刃物を研ぐ姿は、子供たちとアイカにとって、興味深い姿なのだろう。奧の部屋から視線が集まっている。

 ミスリル銀はそれほど硬度が高いというわけではない。鋼鉄に毛の生えたくらいの硬さだ。その真価は魔力を通してこそ得られる。


「フン………」

 うむ、いい仕上がりだ。お前中々やるじゃないか。と言っている。

「いえいえ、師匠が見守ってくれているからです。注意してもらわなければ、ここまでの剣にはなりませんでした」

「フン……」

 まったくお前、何者なんだ? 甘いところはあるが、儂に匹敵する腕前とは……。と、手元を見ながら言っている。

「いえ。全て師匠のお陰です」

「フン」

 まあいい。これほどの逸品は見ているだけで心が和むな! と、私の方を見て、ちょっぴり笑った。ルーサー師匠からすれば破顔に相当する。

「はい、全くその通りですね」

 ピカピカになったミスリル短剣の刃物部分。刃物としてはこれで完成だけど……。あとは装飾しないといけない。ここから先は私が握りとガードを仕上げなければ。

「ありがとうございます、師匠。あとの作業は私が行います」

「フン」


「あのう。私たちはそろそろお暇します。ルーサーさん、娘さん、ごちそうさまでした」

 ヒューマン語の直訳だろうけど、ちゃんと伝わった。いや、娘さん、って……。同じドワーフだから親子、いやお爺ちゃんと孫に見られたのかな?

「はい。みんなもまたおいでね。お爺ちゃんは危ないこともしているから、声をかけるときは注意するんだよ?」

「はいー、おいしかったー」

「まじゅつしのおねえちゃん、またね!」

「かじやのおじいちゃん、またくるね!」

 お腹一杯になって元気になった子供たちを連れて、アイカも戻っていった。


 工房での作業に入ってからはコミュニケーションは取れてなかったけど、工房見学としては上々だろうと思う。偏屈だけど面白いことをやってるお爺ちゃん、というのは、十分に子供たちの興味を惹くはずだ。

 まあ……、別にあの子供たちが再訪しなくても、それはそれでいい。それはあの子たちの問題だ。コミュニケーションを取ろうとしてこなかったルーサー師匠の方がよっぽど問題なのだから。


 しかし、一体どうしてこんなに『ルーサー改造作戦』みたいなことをしているのか、と思い起こせば、多分、私は、自分の師匠が軽んじられていることに我慢が出来なかったんじゃないかと思う。だから、これは完全に私のエゴだ。

 こんなに腕の立つ人なのに! もう少し周知されてもいいじゃない?


「フン………」

 ルーサー師匠を見ると、呆れたような顔をされた。案外私の思ってることも筒抜けなのかもしれないな。もしかしたら迷惑なのかもしれないけど、許して下さいよ、師匠?

「フン」

 今日はそろそろ終了だ。黒鋼はまた明日だ。とルーサー師匠に言われたので工房から外に出てみると、もう夕方になろうとしていた。職人さんたちは店終いの時間だ。

「わかりました。また明日来ます」

 分断した黒鋼と、出来上がったばかりの短剣を『道具箱』にしまって、工房を片付ける。スープは、あと三食分は残ってるか。

「師匠、スープ、まだ残っているので、後で食べてくださいね」

「フン」

「では、失礼します」

 合掌してお辞儀をして、私は工房から家路についた。

 夕焼け通りを西に向かって歩く。太陽がヘベレケ山に落ちようとしていた。



 夕食時に、今日のルーサー工房での出来事を話してみた。

「そう、あのルーサーさんがねぇ」

「アイカさんって、家具屋さんの?」

 ドロシーはアイカを知ってるみたいだ。

「うん、家具屋さんの妹さんだって」

「ん~? そうなんだ?」

 という程度の知っている、だった。まあ、気にしていれば、そのうち情報も出てくるだろうと思う。

「そうね、ルーサーさんを気に掛けてくれた家具屋さんには感謝しなきゃね」

「はい、本当に」

「アンタ、何か家具屋さんに新製品の案でも持って行きなさいよ」

「それがお礼になるなら、そうしたいなぁ」

 家具で……アイデアとか……うーん。

 軽く考え込んでしまったので、工房へ戻ることにする。ドロシーもついてきた。

 ドロシーも習慣になってるらしく、工房の床にぺたん、と座ると、そのまま空間魔法(どうぐばこ)の練習を始めた。


「この家の強化はしたのよね? トーマス商店の方はいつやるの?」

 話しながら魔力殻の維持をするとは、ドロシーもやるようになってきたなぁ。

「どうしよう。閉店後の方がいいよね?」

 タイミングが取れなくて後回しになっているから、強引にでも時間を作ってみるか。

「そうねぇ……。暗いと作業が不安?」

「うん……。つまらないミスが増えるからねぇ。でもまあ、とりあえずの強化、みたいなのはしておきたいかな。根本的な解決はまだ難しいけど」

「根本的な解決、っていうのは? ただ壁を硬くするとかじゃなくて?」

「んーとね、最初は硬くした板を貼り付ければいい、って思ってたのよ。この家で試したんだけど、連続した一つの面じゃないと強化できなくてさ」

「れんぞく? した? めん?」

 うん、上手く伝わらなかったみたいね。


「つまりさ、面倒な割に効果が出にくいってことかな。それだったら、最初から効果を高めた板を貼った方がいいじゃない?」

「まあ、そうね」

 ドロシーは理解することを諦めて頷く。

「それにしても、床に座るのは冷えて嫌ね。アンタ、椅子とか用意してないわけ?」

「椅子、かぁ」

 普段はあんまり工房で座ってないし、床に座るのに抵抗はないし。ああ、でも客人が来た時とかには必要か。折りたたみ椅子があるといいなぁ。あ、そのアイデアを家具屋に持ち込んでみるか。

「うん、そのうち買ってくるよ。ううん、作ってもらうことになるかな」

「アンタが自分で作った方が早いんじゃないの?」

 多少の皮肉が入った言い回しだったけど、ドロシーからしてみたら親愛の証だ。でも、もう少しストレートに感情表現してもいいと思うんだけどな。トーマスはその点立派なんだな、と思う。裏稼業に半分以上浸かった罪深い身体のくせに、愛くるしい未亡人を手に入れるとは。よくフェイとかが賛成したよなぁ。


「んっ?」

「なによ」

「いやさ、よくトーマスさんの求婚をベッキーさんが受けたなぁと。フェイ支部長がよく許したなぁと」

「なんでトーマスさんの結婚話を、フェイさんが許可するって話になるのよ?」

 話題が急に変わったのについてくる。さすが女子。

「うん、その反対に、フェイ支部長は、ブリジットさんの求婚を断ってる。この差はなんなんだろうと思ってさ」

「それ、話には聞いてたけど、どうなったのかしらね?」

「その後の話は本人からも聞いてないんだよね。訊けないし」

「あはは、そりゃそうよね」

 笑いながらも、話している間、ドロシーが維持していた『魔力の殻』は形状が変わらない。明日辺りからは次のステップに入れるかな。


 それにしてもベッキーとブリジットの違いって何だろう。男の側は表の立場は違えど、裏の立場は似たようなものなのに。あれか、フェイはアマンダに操を立てているとか、もしくは性的に枯れているとか?



――――下世話な話ほど想像力って働くものだなぁ。





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フン師匠、一番常識人な気がして主人公に無茶ぶりもしないし、好きです。
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