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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
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午後の紅茶

 この世界の常識がそうなのか、は世界を巡っていないのでわからないのだけど、少なくともグリテンでは一日二食が普通だ。


「そうね、そろそろお昼ご飯にしましょう」

 だから、一日三食の習慣というのは珍しいのだと言う。アーサ宅は一日三食が基本だし、トーマス商店で働いていた頃は、出前を取ったりオヤツというには重いものを食べたりもしていたけど。

「えと、はい」

 工房の扉を半開きにして、覗き見するようにアーサお婆ちゃんが声をかけてくる。

 私は作業を中断―――して、ワイン倉を経由して台所に上がる。


「あたしゃこの()()が楽しみなんだわ」

 今日の昼食は甘い卵液に浸した白パンを、フライパンで焼いた物。

 なるほど名前からして大陸料理らしく、アーサお婆ちゃんが作ってシェミーが泣きながらウマイを連発したため、シェミーがアーサ宅担当の時の定番メニューになっている。護衛を始めてからまだ五日くらいだろうに、馴染みすぎな気もする。カレンもシェミーも男っぽい、悪く言えば荒っぽい性格なのだけど、サバサバしていて話しやすい。


 シェミーはブリジットと同じく魔族だけど種族が違う。『マーフォーク』という。種族特性は水中行動に適した体型への変化。ミネルヴァの時もそうだったけど、種族特性もコピーが可能で、私もやろうと思えば、水中行動に適したドワーフ娘に変形することができる。

 うはっ、変形だよ? フレン○ーマリン! とか叫んじゃうんだよ?


「ウマイっ!」

「そう、よかったわ」

 シェミーは何でも美味しそうに食べるから、料理を作る側はやりがいがある。料理を食べる天才とか、よくわかんないコピーをつけられている、農業アイドルグループの一員みたいだなぁ。


「はー、ウマかったー! アーサさんの料理は世界一だわ!」

「そうかしら!」

 アーサお婆ちゃんも照れ照れだ。うん、嬉しそうなお婆ちゃんを見るのは、こっちも嬉しくなるよね。

「ところでさ、嬢ちゃん。午前中にちょっと冒険者ギルドに寄ってきたんだわ。休暇の件を話してきたんだわ。そしたら二つ返事で了承貰ったんだわ。根回ししてくれてたんだね。ありがとう」

 ああ、根回しの概念はなかったけど、そうなるのか。

「ああ、当然のことです」

 とだけ言っておいた。

「嬉しいねぇ。休暇貰ったら、ちょっと漁に行きたいんだわ。その時、ちょっと付き合ってほしいんだわ」

「釣り、じゃなくて漁? ですか?」

「漁だわ。あたしゃ水中特化型だから、魚を捕るのは得意なんだわ。アーサさんにお魚あげたいし、ちょっと付き合ってほしいんだわ」

 どういう理屈かわからないけど、了承しておくか。

「いいですよ? 明日はちょっと用事がありますけど。明後日以降なら」

「カレンと、エドたちとも相談しなきゃいけないんだわ。決まったら言うわ」

 へぇ、エド呼ばわりか。初日に案内したのはエドワードだったし、ルイスとシドとも面識があるし、コミュニケーションが濃厚に行われているのはいいな。ルーサー師匠も少しは見習ってほしい。

「はい、わかりました。ごちそうさまです」

「そうね。その『ごちそうさま』はとてもいい習慣だわ」

 あ、そっか。自然に言ってたけど、この習慣はないのかな?

「昔々の勇者がそれを流行らせたとか聞いた事はあるんだわ。たまに言う人は見る」

「へぇ~」

 日本人の勇者、か。どんな人だったんだろうね。



 昼食、というかオヤツ? が終わって、私は工房に戻る。引きこもり師匠を揶揄できないんじゃないか、とちょっとだけ思う。


 とはいえ、仕事が山積していて、思い付くものからでも処理していかないと追いつかないのだ。元の世界でも、夏休みの宿題は九月一日にやるタイプだったから、追われないと仕事ができない体質なのかもしれない。その意味では丁度良いとも言えるか。


 まずは『冷蔵樽』から。零号機の問題点を洗い出して、改良できる点があるかどうか検討してみよう。

 樽を一つ、『道具箱』から取り出して眺める。半メトルくらいの高さ。何かを出し入れするにはちょっと低いかなぁ。

 手軽に入手できる密閉容器としてオーク樽をチョイスしたわけで、欲を言えば胴の膨らんだ円柱、ではなく、スペースを有効活用できそうな四角の方がいい。でも、密閉できる四角い容器、というのがどうにも思い付かないので、そのまま樽を流用するしかないか。全金属とかあり得ないしねぇ。零号機は樽そのままなんだけど、さすがに恰好が悪いので表面を鏡面加工してみよう。変に色を塗るよりは無垢にしてニス塗りにした方がいいかな。


 開閉機構。現在は引っ掛けているだけ。ヒンジの金具を使ったほうが強度的にいいか。となると、これは鋳物工場で買ってくるかなぁ。

 パッキンはラバーロッドの皮。テストとして零号機(改)に付けてあるけど効果は上々。補修部品としても少し保管しておきたい素材ね。

 扉部分の大きさの検討。ワインを冷やすとか言ってたっけっか。となると、扉を上下の二つにしてみようか。冷気が上から降りてくるから、急冷が必要なものは上部に、単に冷蔵しておけばいいものは下部に、みたいな。

 上下を仕切る板もあった方が便利かな。もう少し丈夫で厚みのあるものが必要になりそう。完全に仕切っちゃうと冷気が降りてこないから、前部を切り欠いた形にしよう。板はまた買ってこないとなー。

 冷却機構。仕切りをつけた分、冷却を強化したい。今のところ魔法陣を描いた銅板が剥き出しの状態なので、手で触ると火傷をしてしまう。のでガードが必要かな。ガードは木製にして、フックを掛けられるようにするとして。かなりの重量に耐えられるように作りたいところ。フックをかけるのは、上下を分ける天板にもつけたいから、かなりガッチリ補強が必要かな。


 この冷蔵樽のコンセプトは簡易、ではあったから魔法陣を描いた銅板がそのまま冷却と放熱を行う形にしたけど、恒常的に設置した場合、ある程度の継続冷却ができた方がいい。


「うーん」

 コンセプトからは外れるけど、冷却剤を別途用意した方が性能は上がる。冷却剤は何が適してるだろうか。水は温度による体積の変動が大きいから適さない。液状のものは密閉容器を金属にしなきゃいけないだろうから腐食させる可能性があるし……。何かゼリー状のものがあれば……。


「ゼリー状の……」

 手持ちの素材では……クラゲ? ちょっと試してみるか。


 陶製の壺にクラゲの切り身を入れて、火魔法で急激に温度を下げてみる。

「さむーい」

 思わず家の中なのに上着を羽織る。

 クラゲは、というと……。霜が降りている。けれど、体積が変わっていないように見える。こうやって上から覗いたクラゲの切り身は、葛のように透明で、表現として適切かどうかはわからないけれど、柔らかい氷、みたいに見える。


 ウィザー城西迷宮が素材取りとして存在する……という仮定があったとすると、クラゲが単なる食材だけの用途だったと判断するのは早計だ。保冷剤として有用だったりするのかもしれない。

 食材としては『鑑定』スキルで安全かどうかは判別できるのだけど、素材としてどのように活用すると有用なのか、まではわからない。とすれば、保冷剤として飼っていたとか、慧眼にも程があるというか。

 ちょっと実験として、この氷漬けクラゲの身を放置して、買い物に行ってしまおう。壺に蓋をして、台所へ上がろう。


 台所に上がると、アーサお婆ちゃんがなにやら焼き菓子を作っていた。小麦が焼ける、いい匂い。

「そう、休憩?」

「あ、はい、ちょっと買い物に行ってこようかと」

「そう。じゃあ、お茶にしましょう」

 買い物に行くって言ったのに………………。頂きます。


「アーサさん、お茶できたわー」

 リビングの方ではシェミーが声をあげている。

「そうね、いま行くわ」

 アーサお婆ちゃんがオーブンから取り出したのは三角形の大きなクッキーのような。皿に移して、テーブルに持っていくように言われる。


「おー、スコーンだ。美味そうだわ」

 ああ、これスコーンか。あんまり甘くないパンとクッキーの中間みたいな。

「そう、スコーンね」

 さっきもおやつみたいな昼食食べてたのに、またここで間食ですか……。

「そう、このジャムを付けて、いただきましょう」

「はい、お茶」

 シェミーがカップに注いでくれたのは、琥珀色のお茶だった。

「紅茶ですね」

 ふふ、とシェミーが誇らしげに鼻を鳴らす。どうもシェミーの個人ストックみたいで、アーサお婆ちゃんに提供したのだという。そっか、王都ではそれなりに流通してるから買えるのか。


「うーん」

 ハーブティーに慣れた口には、紅茶の香りは強烈に感じた。渋みすら美味しく感じる。紅茶に比べると、ハーブティーは薄味というか繊細よね。

「スコーン美味いっ」

「そう、よかったわ」

 アーサお婆ちゃんの焼いたスコーンはしっとりとしていて、口の中に入れるとホロホロと崩れる。焼きたてでまだ温かい。焼けた小麦の香りがたまらない。ジャムを付けてもう一口。うおお、甘さが加わってスコーンが一段階上の食べ物に昇華する。

 ちなみにジャムは、以前に作ったベリーのジャムと、オレンジの皮で作ったママレード。

「甘いっ、美味いっ」

 がっついて食べるシェミーを見ていると、ああ、確かに、色々食べさせたくなる。


 紅茶そのものはまだ、一般家庭に流通しているとはいえない。でも、貴族みたいな人たちなら、もうアフタヌーンティーの習慣があるのかもしれない。一日三食の我が家には本来関係ないんだけど。


「ふぅ~美味しかったわ~」

 食ってばっかりじゃないか、とツッコミを入れようとしたけど、付き合ってる私も大概だなぁとの自覚はあるのでやめておく。

「ごちそうさまでした。ちょっとお買い物してきます。夜には戻ります」

「そう、気をつけていってらっしゃい」

「一日中家にいるかと思えば、結構忙しそうだわ」

 いや、足りないパーツを買いにアキバに行く気分ですけどね。

「はは、行ってきます」



 今日二回目の東地区への移動。

 確かにパーツショップ巡りをしているのに似た気分ではある。

 今回は東地区でも南より。ロック製鉄所の方だ。この周辺には鋳物工場が並んでいる。その中に、ロックさんの弟さんが経営している小規模な鋳物工場がある。


「こんにちは。トーマス商店の者ですが」

「ああ? トーマスさんのところの。何の用だい?」

 ちなみにこの弟さんはロールさんと言う。豪放なロックさんとは違って細面で芸術家っぽい。

 炉が煌々と金属を溶かしている熱さが伝わってくる工房。二~三人の職人さんが鋳型に金属を流し込んでいる。


「はい、えと、ヒンジって扱ってますか?」

「ああ、扉とかのヒンジならあるけど?」

「それよりも小型のヒンジって作れますか?」

 ロールはサンプルとして持ってきた、扉用のヒンジを手で遊びながら私を見つめた。

「これよりも?」

「はい、これの半分くらいの大きさのヒンジが欲しいんです」

 ヒンジは機構的には難しいものではない。鋳物的には細かいものほど難しいだろうけど。

「ふんふん。面白いね。ある程度まとまった数で発注してほしいけど、いいかい?」

「五十組、いや百組でどうでしょう?」

「そんなに注文してくれるのかい。願ったり叶ったりだ。お値段は、手間も掛かるし……」

「原価も考えたら、扉用と同じお値段、ということでどうでしょう?」

「ふんふん。そうしようか」

 ちなみにヒンジは鉄製(純鉄ではなく、不純物を多分に含むので、それほど丈夫というわけでもない)だ。素材もそれでいい、ということにした。ステンレスとか存在しないし、黒鋼とかで作ったら戦争の種になりそうだし。冷蔵樽は、あくまでアイデア商品の範疇に押さえたい。

 お値段は一組銀貨五枚。お高い気もするけど、全部自分でやるよりいい。その分原価に上乗せするだけだし。

「ふんふん。明後日の夕方には揃えておくよ」

「お願いします。それでは」

 中々素早い仕事をする。プロに任せよう。


 その足で建材屋さんに。

 床板用の板と仕上げ用の亜麻油、補強用の角材を数本。購入した物だけを見たら、私って大工か木工職人だよなぁ。

 実際やってることも変わらないかもしれないけどさ……。


 アーサ宅に戻ると、ドロシーとカレンが帰ってきていた。レックスとサリーは今日は来ないらしい。アーサお婆ちゃん的には小さな子を愛でたかったみたいで、残念がっていた。


 夕食のあと、部屋の配置換えをする。

 ドロシーと私が同室になって、ドロシーが嬉しそうだ。

 カレンとシェミーの護衛部屋と、あとは客間。妙に来客が多くなった(私のせい)ので、この部屋割りなら半年は保つだろう。

 ちなみに私がドロシーの部屋に、小さなクローゼットを持ち上げて移動して、それで引っ越しは終わり。

「早いわね」

「そうだねぇ」

 昨日は寝てない。もう眠い。

「じゃあ、魔法の練習、するわよ!」

 しかしドロシーは容赦がなかった。



―――寝させて………。





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>引きこもり師匠を卑下できないんじゃないか、とちょっとだけ思う。 卑下は自分に使う言葉なので https://precious.jp/articles/-/36160 誤用な気がします。引きこもり…
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