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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
迷宮を掌握する勇者狩り少女は巨人を操る土木作業魔術師兼魔道具製作者兼鍛冶師でガラス職人かつ道具屋従業員で、その正体は変な名前の、見かけより体重の重いドワーフである
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職人街での買い物

新章であります。

 早朝から、ブリジットとエイダを見送りに冒険者ギルド前に来ている。

 眠い、寒い、まだ昨夜のプディングがお腹に残っている。


「それではまた。連絡をお待ちしております」

「楽しかったですわ。またこちらに参ります」

 遊びに来ていた友達を見送るような、軽い感じのお別れ。

「じゃあな、お嬢ちゃん、またゲテ食おうな!」

 特急馬車のサイモンが笑って幌の後部から手を振る。

「道中お元気で! 皆さんまた!」

 手を振り返して馬車を見送る。どうせ何かの理由をつけて戻ってくるんじゃ……。

 そんな思いで、馬車が見えなくなるまで見送った。


「……行ったか」

「で、求婚は断ったんですか?」

「……ふっ」

 どちらとも取れる答えを残して、フェイは建物の中へ入っていく。私も後を追う。

「幾つか相談があります」

「……なんだ?」

「護衛のお二人が休暇を定期的に取れる体制を取って頂くことは可能ですか?」

「…………………可能だ。……カレンとシェミーから申請があり次第、承認しよう」

「ありがとうございます」

「……こちらからも連絡がある。……ポートマットの商業ギルドが『通信機』の設置を要求してきた。……これについては許可しよう。……もう一つ、何か怪しげな物を作ったらしいな?」

 歩きながら話していたら支部長室の前になっていたので、フェイは扉を開けて、私が入るとすぐに閉めて、『遮音』を使った。

「その件なんですけど、ユリアン司教からは、その怪しげな物の開発を続けろ、と言われたんですよ」

「……何を作ったんだ?」

「計算機……の原始的なもの? 足し引きしかできませんけど」

「……なるほど。……通信機の流れということか。……ふむ。……それも冒険者ギルドに欲しいな……」

「それがですね、致命的な欠陥が幾つかありまして」

 私は先日トーマスに語った欠点について話してみた。


「……なるほど。……()のコンピュータは専用回線や電話回線で問い合わせるもの、と聞いた事がある。……それと同じ事をすればいいのではないか?」

 目が点になった。フェイから技術的な解決策がもたらされるとは。

「ああ……うん、そうですね。研究してみます。ああ、私からもう一件。質問があります」

 コ○ンボみたいだなぁ、なんて思いながら。『遮音』使ってるし、今聞いておきたい。

「ブリジットさんのスキル構成は暗殺者ですよね。しかも魔族で特級冒険者。勇者殺しの疑惑の目は向けられなかったんでしょうか?」

 フェイは、ああ、と小さく頷いて、

「……それは簡単な話だ。いの一番に疑われてな。……だから王宮の警備の話があった時には、ザンではなく、ブリジットを冒険者ギルドの責任者として派遣したはずだぞ?」

 元の世界の日本人にしか通用しない表現でフェイは言った。そのまま聞こえてきたので、日本語で言ったのだろう。


 しかしなるほど、王宮の監察者付きで冒険者ギルドの責任者が持ち場を離れて、遠隔地に現れるのは物理的に無理だと、王宮側も認めてるってことか。

「納得しました」

「……うむ。……では私は事務仕事に戻る……」

「えと、はい」

 合掌して礼をする。


 受付ホールに戻る。

 朝イチラッシュはトーマス商店の専売特許ではなく、ここもそうだ。

 受付の人たちは忙しそうにしている。ちょっと人員不足かもしれない。

 今日はベッキーはお休みの日なのか、姿が見えない。だから余計に大変そうだ。

 そういえばボリスの件は進展があったんだろうか。人質を取られているみたいな話だったけれど、首謀者の第四隊が全滅したわけだし、その線からも追及がされているはず。まあ、早晩連絡があるだろう。護衛の……あ、ベッド買いにいかなきゃ……。

 喧噪が渦巻く受付ホールを抜けて、建物の外へ出る。



 見上げればもう太陽が顔を出していた。まだ冬と言っていい気温だけれども、春が近づくに連れて海流が安定してくるだろう。

 その時には、やっぱり来るんだろうか、大陸の軍隊とやらが。

 春だというのに陰鬱になってしまうのは勿体ないというか、腹立たしくなる。


 東地区へと歩き出すと、暗い想定を頭を振って追い出して、当面の買い物について考えることにした。

「冷蔵樽だってホイホイできる代物ではないんだけどなぁ」

 ホイホイ一般人が買う代物でもないなぁ、なんて自分にツッコミながら、樽屋さんに到着する。完成している樽が軒先に並べられていた。


「こんにちは。くださいな」

「ああ、トーマスのところの。樽なんて何に使うんだか」

 樽職人さんはトーマスを知っているみたいで、私を見る度に何かブツブツ言っている。

「ここにある樽、全部ください」

 全部で十樽。うーん、買い占めとか、我ながら軽く営業妨害っぽいわね。

「ああ、持っていきな。全く何に使うんだか」

 ブツブツ言っている店主は無視して、代金を払う。ちなみに一樽は金貨二枚。結構な値段よね。値段交渉をする気はさらさらないので、即金で払う。

「毎度あり。何に使うんだか」

 ニッコリ笑ってさっさと撤退した。


 次は木工職人さん。樽職人さんも広義では木工職人さんなのだけど、木工にも色々専門があるらしく、家具屋(これもタンス専門、テーブルと椅子専門みたいに細かく分かれてたりする)さん、什器と食器屋さん、建具屋さん、そして大工さん。

 ロンデニオンの北の方に良質の石切場があるとかで王都には石造りの建物が多かったりするのだけど、ここポートマットでは木造の建物が多い。そのことからもわかるように、加工が簡単で長持ちする木製品は貴重な材料だ。

 木製、と言ってもラバーロッドみたいのばっかりだったら逆に困るなぁ……。しかしラバーロッドは有用な魔物だ。もっと大量にいればなぁ……。ウィザー城西の迷宮には数匹しかいなかったけど、大量に飼うと、それはそれで問題があったり? そういえば他の魔物たちのお世話係っぽかったんだよね。それを間引きしちゃったということは。

「そこも人員(魔物)不足だったり……」

 さっきの冒険者ギルドの受付を思い出して、一人含み笑い。


 おっと、家具屋さんに着いた。

「こんな朝っぱらからお客さんかい。いらっしゃい。ああ、トーマスさんのところの……」

「こんにちは。ええとですね、大きなテーブルと椅子が四つ、ベッドが三つ欲しいのです」

 無ければ自作するんだけど……。大量オーダーだから面倒なんだよね……。

「あるよ」

 どこかのバーテンダーのように、家具屋さんはぶっきらぼうに言った。

「あるんですか?」

「あるよ」

 家具屋さんはお店、というよりは倉庫のようだ。掘り出し物は売れていない家具屋にある。閉店セールには騙されるな、という謎の言葉が脳裏を走る。

「ベッドが三つ、と」

 木片……を取り出してきて……いや、組み立てるとベッドになるのか。

「椅子はこれはどうだい?」

 椅子は……大きすぎず小さすぎず、部屋に良いバランス。それに重ねて収納しやすい簡素なデザインか。

「テーブルは、これなんかどうだ?」

 お、今あるものより二回り大きい。これだ、君に決めた!

「それをください。ベッドは……」

「今から組み立てるよ」

 昼までにはやっておく、というバーテンダー、もとい家具屋に任せて、その間に他の場所に行くことにした。



「師匠、いらっしゃいますか」

 少し歩いたけれど、ルーサー師匠の工房に到着。

 あれ、炉の火が落ちてる。鍛冶してないのかな……。

 気配探知では、奧の部屋にいるみたいだ。


「お邪魔しますー」

 倒れてたりしたら嫌だなぁ。ちょっと不安になりながら奧の部屋へ。

「ルーサー師匠、いらっしゃいますか」

「…………フン」

「え、今日はお休みだったんですか?」

「フン」

「身体が最近言うことを聞かないんですか」

「フン……」

「いやいや、師匠、まだまだ行けますよ! これ、王都で買ってきたオレンジです。元気でますよ!」

 ドカッと一箱置いてしまう。

「フン……」

「ああ、わかりました、剥きますね」

「フン」

「はい、あのフルーツナイフですよ」

 さっと皮を剥いて食べやすい大きさにする。

「フン……」

「はい、どうぞ。甘いですよ」

「フン」

 嫌々口にするルーサー師匠だったけれど、一旦食べ始めると無言になって一気に食べてしまう。もう一つ剥いておこう。


「ああ、実はですね、素材について伺いたくて参上した次第なのです。普段ご無沙汰なのに申し訳ないんですけど」

「フン」

「ありがとうございます。ミスリル銀についてなんですけど、銀に魔力を与えたら、ミスリル銀に変質しますかね?」

「フン?」

 ん? ルーサー師匠が首を捻った。えーと、解釈としては……。

「なりませんか?」

「フン……?」

「魔力を与えただけではできない……。錬成陣が必要なんですか?」

「フン」


 そういうことみたいだ。二つ目のオレンジを完食したルーサー師匠は、奧の引き出しから羊皮紙の束を出してきた。

「え、これがそうなんですか?」

「フン……」

 ルーサー師匠は羊皮紙を広げて、私に内容を見せてくれた。

 大きな魔法陣だ。リオーロックスか何かの皮を使っているのか。


―――生産系スキル:錬成:レシピ:ミスリル銀を習得しました


 おおっ、ミスリル銀の製法、ゲットだぜ!

 しかしまだ他にも羊皮紙がある……。

 もう一枚は魔法陣ではなく、製法を記した物だ。あんまり綺麗じゃない書体のドワーフ語で書かれている。

「なになに…………他にも作り方があり、魔力が恒常的に発生している場所に特定の魔法陣を設置、金属を放置して期間を置くことで魔力への親和性が高まる。経験則から銀、金が馴染みやすいことが判明しているが、この現象はどの金属にも起こりうる。我々はこれを魔力放射化と呼んでいる。金属自体が魔力を微量ながら放つようになり、これは人工魔核の研究が一歩進んだ……」

 というところで羊皮紙は切れている。魔核って作れるのか。っていうかその研究書というか報告書でもあるのか。


「フン……」

 他の羊皮紙も見ろ、と言っている。

「鋼に微量の他金属を混ぜての錬成陣、ですね」

 何だろう、これは。やけに錬成時の魔力を必要とする……融点がやたらに高い金属だなぁ。こんなのあるのか。

 羊皮紙は全部で五枚。一つはミスリル銀の錬成陣、もう一つは報告書、あとの三つは得体の知れない金属だ。

 ルーサーは、羊皮紙を丸めて、私に渡してきた。

「フン」

 今の俺には必要のないレシピだ。お前が役に立てるんだな、と言っている(ようだ)。

「持っておけ、と仰るんですか」

「フン」

「わかりました。お預かりします」

 預かる、と言った時に、ルーサー師匠の顔が少しホッとしたように感じた。

「フン」

 ちょっとこっちに来い、と言っているようだ。奧の部屋のさらに奧……に、インゴットがゴロゴロしていた。

 何でこんなところに……。


「フン」

「ああ、金属に囲まれていると安心して寝られるんですね」

 寝床なのか、これ。万年床もいいところで陽当たりも悪いしなぁ。

「師匠、布団洗います。―――『洗浄』」

「フン」

 トーマスくらい活動的だと可愛げがないけど、職人の系統は引きこもりがちになるのかもなぁ。もっと頻繁に来ないと駄目だなぁ。

 部屋も軽く掃除して、と。

 あれ、何しにきたんだっけか。


「フンッ」

 ルーサー師匠が血管を浮き出させて、インゴットの一つを、腰を入れて持ち上げた。黒光りしている……。

「これは…………黒鋼じゃないですか?」

「フンッ、フンッ」

 い、いいから早く受け取れ! と言っている(ように見える)ので、受け取る。

「うあっ」

 重い! これはもはや凶器レベル。何かの肉体を強化する付与魔法を併用しないと、満足に持ち上げられないかも。

「フン!」

 早くしまえ! と言っている(ようだ)。ので、慌てて『道具箱』にしまう。

「これが黒鋼ですか……」

 ちょっと汗をかいてしまった。恐ろしい重さだな……。ブリジットはこんな短剣を振り回していたのか……。これもハンデだったりしたんだろうか。

「フン………」

 もう用は済んだのか? と言っている(と、思う)。

「今日はまだ所用がありますので、ここで失礼します。あ、これ白パンです。明日、朝からまた伺ってもよろしいでしょうか?」

「フン……!」

 来たければ来るがいい。止めはしないがな!(と言っているようにしか見えない)。

「ありがとうございます。また明日伺います」

「フン……」


 合掌をして礼をしてルーサー師匠の工房を後にする。あの偏屈な鍛冶師匠は、放っておいたら孤独死してしまいそうだ。何とか近隣のコミュニティに参加させる方法はないか……。

 なんて考えていたら、家具屋に到着した。


「ベッドできてるよ」

 何も聞かずに組み立ててしまった家具屋だけど、配達しろとかなら配達先で組み立てるんだろう。何も言わない私が『道具箱』持ちだと見切っているのかも。ちょっと訊いてみるか……。

「ああ、お嬢ちゃんは有名だよ。トーマスさんのところの店員だって知ってたし、前に樽を買ってただろ? 職人街じゃ噂になってたんだよ。あと、あのルーサーの偏屈爺のところにも行ってただろ?」

 ああ、そういうことね。納得。

「ルーサーさんは確かに偏屈ですけど、すっごい親切ですよ? 照れ屋ですし。知識も技術もあって、私の敬愛する師匠なんです」

「へぇ、あの爺さんがねぇ……」

「ただ、出不精なのでちょっと困っているんですよ。何かいい案をお持ちではありませんか?」

 代金を支払いながら、にこやかに笑いながら、背景には商業ギルドがいます、と軽く脅す。


「俺に訊かれてもな。まあ、トーマスさんのところには世話になってるしな。爺に話し掛ける機会を増やしてみるように、それとなく皆には流しておくさ」

「ありがとう」

 購入した品を『道具箱』に入れながら、礼を言う。職人同士でコミュニケーション取ってほしいだけなんですよ。持ちつ持たれつ。その気持ちを、あの偏屈な老人にも、少しだけ、分けてあげてほしいだけなんですよ。



 アーサ宅に戻ると、早速テーブルを置いて(古いものは私が地下室で使うことになった)、ベッドを配置した。

 布団はアーサお婆ちゃんが午前中に注文しに行ったらしく、綿の敷布団、羽毛を綿で包んだ掛け布団、亜麻の布、羊毛の毛布が届いていて、シェミーが布団を干していた。綿の布団がグリテンでは一般的。ただしメチャメチャ高額。訊けばカレンとシェミーがお金を出したんだと。


「こういう時に限って、アーサさんの担当が私なんだわ……」

「まあ、ポカポカ布団で寝られるから、いいじゃないですか」

「だわな」

 ははっ、と笑ってシェミーは布団を取り込んだり干したりを繰り返してくれた。いつもは私がやっているので、ちょっと助かっちゃったり。



―――今日はポカポカで眠れそう。っていうか寝させて……。





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