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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
王都で奇食巡り
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武器の受注

 で、残ったのはブリジットとエイダの、明日王都へ帰る組。

「じゃ、地下室行きましょうか」

 と言って、工房へ案内する。

「こんな風になってたんですか……」

「元々あった地下室を拡張したんですよ」

「あら、換気を魔道具でやっているわけね……」

「案外快適ですね」

 それはもう、穴掘り大好きドワーフ拘りの地下室ですから……。


 工房の床に適当に座ってもらう。ここは客人を招き入れる場所じゃないし。

「それで、お話とは?」

 ブリジットとエイダは互いを見ている。あなたからどうぞ、いえいえ、あなたからどうぞ、というやり取りを数回してから、ブリジットが口を開いた。順番くらい決めておいてよ……。


「注文をお願いしたいのです。まずはこれを」

 ブリジットが『道具箱』から取り出したのは模擬戦のときに装備していた短剣だった。

「黒鋼ですね……。すごい……」

 鈍く黒く光る短剣の刃渡りには、波打つような紋様が走っている。魔導ランプの灯りに照らすと、紋様はよりハッキリ見えて、これが殺傷用の道具であることを忘れさせるほど美しい。

 短剣そのものの刃渡りは長くもなく短くもない。握りに小さなガードがついていて、握りには革が巻かれている。ガードの装飾には蛇が象られていた。さすがゲテ姉さん、蛇好きね。いや、もしかしたら、この短剣の装飾を見て蛇を好きになったのかも?


「すごい短剣ですね。これが何か?」

「実は、模擬戦の時に、『闇刃』を使わなかった理由の一つが、この短剣なのです。通常の使用には……()()()()重い以外は……問題無く、満足しているのですが」

 ちょっと重い、というほどちょっとではない。常人が振り切れる重さではない。そして問題は重量ではない。そこを先取りして指摘する。

「あまり簡易エンチャントと相性がよくない、ですか」

「そうなんです」

 なるほど、こんな恰好良い短剣にもそんな悩みが……。そういえば暗殺時に私が使ってるのもミスリル銀製だものね。付与魔法に相性のいい金属ではあるよね。

「フェイ先生(コーチ)には、魔術師殿が剣の鍛冶にも詳しいとお聞きしております。そこで、『闇刃』の使用に適した短剣を一本、鍛えて頂きたいのです」

「えっ」

 思わず素で驚き。鍛冶製品の注文でしたか。

 うーん、ミスリル銀で作るとして……あんまりインゴットの在庫もないし……。いっそ銀からミスリル銀を作ってみようか。


「やってみましょう。装飾とか、刃の形とか、注文はありますか?」

「それはですね……」

 ブリジットは私が受諾したのを聞いて破顔して、嬉々として仕様について熱く語り始めた。私は聞き入りながら、紙に絵として描いていく。


「こんな感じですか?」

「そうですそうです」

 コクコク、と頷くブリジット。

「わかりました。期間については……」

「一年でも二年でも待ちます」

「わかりました。できましたら通信機で連絡しますね」

 ブリジットの話が終わると、やっとわたくしのターンね! とばかりに、エイダが堰を切ったように話し出した。


「では。わたくしも注文をお願いしたいのです」

 やっぱりな。コンチ杖をしげしげと見ていたから、来ると思ったんですよね。

「はい、要望などを仰って下さい。可能な限り、お応えします」

「では――――」

 エイダは早口でまくし立てるように仕様について話し出した。


 要約すると、

「えーと――――発動が速くなり、消費魔力が半減し、発動魔力が倍になり、接近戦にも耐えて、エイダさんでも取り回しが可能な長さで、軽く、装飾は紋章、これ何の紋章ですか? を入れて美しい形をした杖?」

「わたくしに相応しい杖が必要ですのよ」

 ふふふん、とエイダは顎を上げて見せた。

「エイダさんは、わたくしには杖とか不要ですわ! とか言ってませんでしたっけ?」

 ブリジットがツッコむとエイダは顔を真っ赤にして、

「昨日の模擬戦で触った、あの杖が思いの外良かったんですのよ。宗旨替えもやむなしと思うほどに!」

 胸を反らしてエイダは威張りながら言った。威張ることじゃないと思うけど……。


「全部の魔法の発動が速く、というのは多分無理です。そういう魔法がないので。ですけど、よく使う魔法であれば、予め杖に仕込んでおくことは可能です。たとえば『水刃』とか。魔法陣を仕込んでおくことで、魔法陣構築の手間は半減しますから、結果的に詠唱を縮める、ということはできます」

「その仕様でお願いするわ。幾つくらい魔法陣は仕込めるの?」

「うーん」

 攻撃魔法を魔法陣にしたことってないからなぁ……。

 教会印の紙を取り出して、試しに魔法陣を転写してみる。

「―――『転写:水刃』」

 複数枚の紙に、魔法陣の模様と密集した文字列が同心円状に転写された。意外に情報量が多い魔法なんだなぁ。魔法陣の直径は四十センチほど。これだと中級がどのくらいの大きさになるかわからないなぁ。

「初級の水刃一つがせいぜいかなぁ、と」

「中級範囲魔法が可能なら嬉しいのですけど……」

「じゃあ、これについては、とりあえず水刃は入れておくということで、研究次第で入れられるだけ、という方向でよろしいでしょうか?」

「わかりましたわ。お任せします」

「次の消費魔力半分、魔力二倍は、どちらかになりませんか……?」

 これ、1/4にしろ、って言ってるのと同義だものね。不可能じゃないけど、いろいろ整合性が取れなくなりそう。


「じゃあ、魔力三倍でお願いするわ!」

「えー……やってみますけど、最悪二倍ということで」

 この無茶振り……。できるかなぁ……。


「長さについては……このくらい、ですか?」

 半メトルほどの大きさを提示する。

「そうですわね。これに飾りをつけた長さでお願いするわ」

「わかりました。接近戦に耐える金属は……」

 これは私も欲しい。頭の体操(ブレインストーミング)としてやってみるか。


「魔法杖の素材としてはミスリル銀が今のところいいですね。ただ、全部をミスリル銀にするとなると重さもそれなりにありまして……。エイダさんの筋力がどの程度かわかりませんけど、体重の一割でも重く感じるはずなんですよね。接近戦への対応と、取り回しできる重量は、基本的に相反するものです。どちらに重きを置くかはエイダさん次第です。ミスリル銀は、魔力を通していない状態なら、たとえばブリジットさんの黒鋼の短剣と相対したら、スパッとはいきませんが、深く傷付く硬度、と思っていいです。柔らかい方が歪んで衝撃を吸収することもありますので、好みではありますけど」

「それでもミスリル銀を勧める、というわけね。わかりましたわ。素材についてもお任せするわ。魔法杖としての性能を重視、という方向でお願いするわ」

「わかりました。装飾については、この紋章? をどこかに入れるということでよろしいですか?」

「そうですわね。この紋章には思い出がありますの……」

「その思い出を語るには一晩じゃ足りないので、次に行った方がいいと思います」

 ブリジットのツッコミで、仕様決めに戻ることにする。


「ということで金属メインの杖になりますけど、木の皮を巻くことで、『一見木の杖』に見せることは出来ます。どうしますか?」

「杖としての性能は変わらないのね? それなら木の杖に見せて下さるかしら」

 案外、魔術師は天然の木で作った杖を好む、というのは噂に聞いていた。


「わかりました。では、それで杖自体の装飾の代わりとします。先端部分の形状は水姫でいいですか?」

「それで! お願いしますわ!」

「紋章はどうしましょう。水姫に持たせますか? 他の部分に持っていきますか?」

「水晶を取り付ける部位の……杖の一番上の部分なんてどうかしら?」

 ちゃっちゃ、と絵にしてエイダに見せる。

「そうですわね………目立たない方が恰好いいかしらね。気付く人は気付く、みたいな?」

 そんな微妙なものでいいのか。

「じゃあ、こんな感じで……どうでしょう?」

「それでお願いしますわ」

 紋章は杖の先にぐるっと巻く感じに。どんな謂われのある紋章なんだろうか。聞いてみたい気もするけど、ブリジットがやめとけやめとけ! って目で訴えている。うん、素直にやめておこう。


「では、お二人の武器、確かに受注いたしました」

 はー、やっと寝られる。二人とそれぞれ握手をして、これで受注成立。契約書みたいのは無いので、信頼関係に基づいた口約束でしかないのだけど。


「それでですね、冷蔵庫を一台ずつ、お願いしたいのです」

 まだ注文があるんですか。

「はい? あの簡易冷蔵樽ですか?」

「そうです。お酒や食材を冷やすのに丁度良いと思うんです」

「冷えたワインがある暮らしなんて贅沢ですわ……」

「えとですね、トーマス商店……いや、商業ギルドのポートマット支部の方からも受注してるんですよ。今日、何もなければ作ろうと思っていたところでして……」

 ブリジットをチラッと見る。けどまたまた視線を逸らされた。


「あー、わかりました。樽職人さんの在庫も見てみないと何とも言えないので、出来次第お知らせします。冒険者ギルド経由で送ってもらってもいいですし」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

「ところで、明日は何時に出発なんですか?」

 もうすっかり朝だなぁ……。そろそろドロシーたちが起きてきそうな時間なんですけど……。


「朝一番ですね。もう寝ている時間がなさそうなので、このまま行きます」

「あー、じゃあ、お茶でもいれましょう。ちょっと待っててくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 地下室を通って台所へ上がる。まだアーサお婆ちゃんは起きていないようだ。


 鍋に水を張って、火魔法で一気に沸騰! その間僅か一秒。人間瞬間湯沸かし器とか実在するのが、この世界なのだ。

 ティーポットにお湯を移して、カモミールの乾燥花を三つほどポイポイ。ティーポットとカップを三脚持って下へ。

 僅か三十秒で戻ってくるとは思うまい。

「早いですね」

「私、雑な女ですから」

「わたくしが思うに、野営時にこう、湯沸かしが便利になるような魔道具があればいいな、と」

 ああ、私一人の時は、今みたいに乱暴に湯沸かししちゃうけど、誰かがいる時にはエレガントに見せたいものね。なるほど、こんなところにもニーズがあるわけか。


「冒険者が使う分には魔核とかは不要ですし、そういうのはすぐできそうですね。野営の時に持ち歩いている鍋とかカップとか、今ありますか?」

 ブリジットとエイダは各々の『道具箱』からゴソゴソと色々出してくる。

「お湯を沸かすのは……これですかね」

「あら一人分ですのね。わたくしは多めに沸かすので、普段はこれを使っていますわ」

「ふむふむ」


 ブリジットが使っているというお湯沸かし用のポットは本当に一人用で、五百ミリリットルが入るかどうか、という大きさ。エイダの物はその三倍ほどの容量がありそうだ。ポットの形状は二つとも似たような感じで、円筒型の上部を窄めたようになっている。上部の裾は口になるようにさらに窄められている。素材は厚めの金属製で重い。軽く拳で叩いてみると、底部はさらに厚めになっているようだ。

「これ、手に持つ時はどうしてるんですか?」

「元は木製の取っ手が付いていたのです。使っているうちに焦げて取れてしまいました」

「そうでしょうねぇ……」


 言いながら、私は銅板を取り出す。冷蔵樽用に圧延機にかけて、薄さを一ミリ程度に調整してある。銅板は柔らかくて加工しやすいし、冷やす方向なら銅でも構わないのだけど、今回は熱する方向なので『点火』などの魔法陣を描いて発動したら、溶けてしまって一度で使えなくなる。


 術式を眺めてみれば、『点火』は一定の温度を一定の時間維持する、という魔法なわけで、一定の温度、の部分を調整すればいいか。『点火』で使われているのが何度に設定されているのかわからないけれど、元の世界でいえば摂氏二千五百度くらいだから、その1/5になるように調整すればいいか。


「―――『転写:湯沸かし』」

 銅板にレリーフ状に転写してみる。『湯沸かし』なんて魔法はないけど、区別のためにそのように命名。

 鉄線を輪っかにして、両端は『結合』して一体化。輪っかは直径違いのものを二つ。輪っかのサイズは、二人が渡してきたポットのサイズに調整する。これを直線の鉄線四本で離した状態で『結合』。直線の方は足になる部分を曲げておく。ランプ台みたいになった。足の部分は短いから、重量がかかっても耐えられるだろう、たぶん。


 鉄製の台と銅板を組み合わせ。輪っか部分の底になる部分が、銅板と接触するようにして『結合』してしまう。さすが木に竹を接げる『結合』は、溶接に近い状態で一体化してしまった。


「はい、これ。野営でお湯を沸かせるかもしれない魔道具」

 サイズ違いのものを、それぞれ手渡す。

「これは……」

「使ってみて下さい。試してないですけど」

 これで本当にお湯が沸かせるかどうは知らない。思いつきで作ってみただけだし。

「ありがとうございます」

「ありがとう。でもよろしいのかしら? こんなに堂々と魔法陣を描いてしまって」

 普通、魔道具は作り方を秘匿するので、魔法陣を見せたりしない。


「ああ、銅板に彫るように転写できる人は見たことがありませんし、この形で『結合』できる人も私の知る限り一人もいません。作り方はわかっても、実際には作れないと思います」

 一応抜け道はあって、この形に『結合』したり、『転写』できる魔法陣を用意しておけば、別に私じゃなくてもできる。いざ量産って時はそうしよう。


「これ、普及したら冒険者の野営に革命が起きますよ」

「お湯を沸かすだけですから、そんなに大げさなものじゃありません」

 そう謙遜しておくけど、確かに野営が便利になるかも。銅板と鉄線の組み合わせだから原価はものすごく安い。鉄線じゃなくて鋳物の方がよさそうだなぁ。


「ポットの改良はまた今度ということで」

 通風口の方に目をやると、淡く光っていた。太陽が昇り始めているのだ。

「もう朝になっちゃいます。上に行きましょうか」

「はい、本当に色々ありがとうございます」

「えと、いいえ。私に稽古をつけに来てくれたんですよね。そのお礼にもなりません」

 と、私が言うと、二人は固まった。ああ、やっぱりそうなのか。フェイとザンの差し金なんだな。となると、カレンとシェミーもそういう人選なんだろうか。何か目論みがあるみたいだから、まあ、流れには乗っておくことにしよう。


 地下室から台所に上がると、冷たい視線が突き刺さった!


「あら。結局来なかったわね?」

 浮気を咎める本妻のような台詞が水刃、いや氷刃のように投げられてくる。魔法盾で防御も、相殺もできない。


「お、おはよう、ドロシー、早いね!」

 フン、と鼻を鳴らすドロシーは寝起きということもあって獅子のようだ。こういう時、下手な言い訳は通用しない。何かをプレゼントする約束をするまで、獅子は私を呪い続けるのだ。

「今晩もカボチャプディング、でどうでしょうか?」

 思わず敬語で提案して、やっと許しを得たのでした。



――――ドロシー、お前が最強だ………。





本章は今話で終わり、次話より次章となります。

果たして主人公は寝られるのか……!?

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[一言] 終わった作品に言っても仕方ないけど(時候の挨拶) 仮にも特級冒険者が「ぼくのかんがえたさいきょうのぶき」を臆面もなく注文するとかw 一つでもそんな性能付けれるなら弟子に持たせてるし自分でも使…
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