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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
王都で奇食巡り
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カボチャのプディング2

 模擬戦のあと、フェイとベッキーは冒険者ギルドに戻り、トーマスとドロシー、カレンとシェミーも店に、騎士団も駐屯地に戻っていった。セドリックとクリストファー、司会のエドワード、ルイス、シドの五人は興奮した様子で、こちらは後楽園ホールではなくて、ヤ○ザ映画を見た後の人のようだった。

 その他の面子は、とりあえずアーサ宅へ移動することになった。


「では、こちらが賞品の魔核詰め合わせでございます」

「ありがとうございます」

 魔核は魔道具作りには欠かせない。思わず頬が綻ぶ。

 ブリジットは私に魔核セットを渡すと、少し寂しい顔になった。

「明日、本部へ戻ります」

「わたくしも戻りますわ」

「そうですか……」


 元々、ブリジットとエイダは、私の身内の護衛のために連れてきた冒険者、を乗せる馬車を護衛する、という、よくわからない理由でポートマットに来ている。アーサお婆ちゃんに挨拶もしていたし、本部からの代理人という意味合いもあるのだろうけど、それにしてはゆっくり過ごしていたし、何だかずっと食べて飲んで騒いでただけのような気もする。

 まあ、もう三日もいるわけだし、本部長の大事な片腕なのだから、早々に帰還命令が出たのだろう。


 ブリジットの、フェイへの求婚、というのはどこまで本気なのかはわからない。

 見た感じ、フェイもまんざらじゃないというか、愛情に近いものは感じる。だけど、フェイには実娘がちゃんといるのに、何故魔族の娘を引き取って育てなければいけなかったのか、その辺りの理由は全然わからない。訊けば答えてはくれるだろうけど、私ごときが安易に入り込んじゃいけない関係な気がする。そもそもブリジットは、ミネルヴァの存在を知ってるんだろうか。ミネルヴァも多分王都にいるだろうから、名前くらいは知ってるかもしれないけどさ。まあ、本人たちの問題だ。ほっとこう。


「そう、なら今晩もウチで食べていくといいわ」

「はい、是非そうさせていただきます!」

「わたくしも? よろしいんですの?」

 うんうん、と頷くアーサお婆ちゃんは、さすがに慈母(ベッキー)の母だった。

「そうね、食べたいものはあるかしら?」

「パスタを!」

「パスタがいいですわ!」

「そう、じゃあ、作り方も教えたらどうかしら?」

「あはは……わかりました」


 結局、パスタ以外はアーサお婆ちゃんが作ることになって、私はパスタ教室の先生をやることに。

「そうは言ってもですね、混ぜて練って伸ばして折り畳んで切るだけなんですけど」

 こんな事は教えるまでもないんだけどなぁ。

「いえ、それは出来る人の台詞です」

 というので、とりあえずは一番簡単な平打ち麺から。


「練る、練る……」

「ここで、混ぜモノをすれば色々できます。香草や葉っぱをすり潰したもの、ニンジンやカボチャ」

「あ、カボチャ……」

「カボチャプディングも食べたいわ」

「そう? じゃあ、それも作りましょうか」

 アーサお婆ちゃんがそう言って、カボチャを茹で始める。ブリジットとエイダは走り回ってメモを取っているけれど、そのメモに使っている紙は、私が渡した教会印だ。

「書きやすいです、この紙」

 そうでしょうそうでしょう。ラッセルくんが黙々と漉いた紙ですから。


「生地を切るときには、できれば、でいいんですけど、幅を揃えるといいです。茹で時間が同じになり、茹でムラが出ません。ま、適当でもいいんですけどね」

 本格的にパスタマシーンを作ってもいいんだけど、あれは元々が圧延機だし、色んなことに応用できちゃうので、今のところは作りたくないのよね。

 うん、手延べの方が味があるし、パスタはこれでいいんじゃないかと思う。


「幅については、決まりはあるのですか?」

「ソースに依りますけど、好き好きでいいんじゃないでしょうか。細めの方がソースが絡むという人もいますし、太めの方が絡む、という正反対の事を言う人もいます。色々やってみて、色々食べてみればいいと思いますよ?」

 料理対決してるわけじゃないし。このパスタを作ったのは誰だぁ! とか厨房に怒鳴り込む主人とかもいないし。


 パスタの方の説明が終わったので、ブリジットとエイダはアーサお婆ちゃんのところへ小走りに移動した。カボチャプディングの説明が佳境らしい。

「そうね、もういいわね。串を刺してみて、スッと入ればいいわ」

 お湯をこぼして、鍋からカボチャを取り出す。適当な大きさに切り分けられている。皮がオレンジのカボチャ――――パンプキン――――はグリテンでは余り一般的じゃない。今回も皮が緑のカボチャ(スクウォッシュ)だ。


「あ、やらせてください」

 熱そうなのでブリジットが替わる。

「皮はどうなさるのかしら?」

「そうね、入れてもいいし、入れなくてもいいわ」

 今回は皮を取ることにしたようだ。ブリジットが熱々のカボチャをものともせず、緑の皮を剥いていく。


 はい、とシャモジを渡されたエイダは一心不乱にカボチャを潰し始めた。

「さきほどのパスタと同じで、この練りが重要なんですね?」

 さすが調理スキルLV5、ブリジットがポイントを押さえる。


「そうね。ここに牛乳と卵、蜂蜜かお砂糖……今日は蜂蜜ね……を入れて、さらに練るわ。あの子がやると魔法で一発なんだけど………」

 三人がチラリと私の方を見た。けれどもすぐに目を逸らした。

「手が痛くなってきましたわ」

 愚直にやった方が覚えるだろう、と判断したのか、私の事は見なかったことになっているらしい。そうですそうです、それがいいですよ……。


「替わりましょう」

 ブリジットが替わる。あ、上手いな。リズミカルに練っていく。

「この、レシピは、ん、ん、アーサ殿が、ん、ん、考え、た、の、です、か?」

 練るか喋るかにすればいいのに、ブリジットは手を休めない。

「そうね、あの子が教えてくれたのよ。『手でやる方法』というのを」

「手? で?」

「そう。あの子は何だか魔法を使ってたわね。……なんか、ほわほわーっと。便利そうだから私も覚えたいんだけど」

 アーサお婆ちゃんが言っているのは『泥沼』なんだけど、普段、私の魔法はこういう方面に使われているということがばれてしまったようだ。ブリジットとエイダの視線が痛い。


「そうね、いい感じになったわ。じゃあ、カラメルも作るわ」

「お砂糖を……少量の水で加熱して……」

「そうね。焦げたところで止めるわけね」

 ささっとカラメルを作り、型に流す。練ったカボチャ生地も流す。


「それをオーブンに……この、水はいったい?」

 アーサは受け皿に水を注いでいる。

「そうね、蒸し? これもあの子がやっていた方法ね。こういう、蒸し器でやることもあるし、オーブンだと蒸し焼きになるわね。蒸し器でやるとプルプルになるわ。蒸し焼きだとしっとりするかしらね。これも好みね」


 実は、ハミルトンにはこの部分をレクチャーしていなかったりするので、ここでポートマット中の料理人が工夫をして、色んな食感のカボチャプディングが出来上がったという経緯があったりする。


「そうね、これでちょっと放っておくわ。だいたい一刻くらいかしら」

 一刻はアバウトで一時間とちょい。

 と、二人がカボチャプディングの説明を聞いている間に、こちらもパスタの量産が進んでいる。大体昨日の倍くらい作ってるような気がする。生地が一つ余ったので、これは棒に巻き付けて転がして、穴空きのショートパスタにする。

 ふう、満足。テーブルの粉を片付けて、ちょっと掃除、っと。


「メインは何にしますかー?」

「そうね、クマーの味噌漬けがあるわ」

 ほうっ、と二人の顔が綻んだ時、ドロシーとカレン、シェミーが戻ってきた。今日はレックスとサリーを連れてきた。

 何だか毎日宴会をやっている気がするんだけど、きっと気のせいだろう。


「こんばんは! お世話になります!」

「お招きいただき、ありがとうございます」

 小さいながらも賢さを見せるレックスとサリーに、場にいる全員が微笑んでしまう。

 でも、でもですよ? あと数年したら、私、この子たちに背が追い抜かれそうなんですよね。小さいお姉ちゃんとか言われるのかな……。今でもエミーにお姉様、とか言われるのに違和感が増大していくというのに……。


「そうね、もういいわね。あら熱を取って、冷蔵庫へ入れるわ」

「えっ」

 アーサに案内されて、ブリジットとエイダは地下に降りていく。どうせ解説を求められそうなので一緒に地下に行く。

「個人宅に冷蔵設備があるとか、信じられませんわ……」

「ああ、それは簡易的なものですよ。日常的に使う分にはその程度で十分なのです」

「食材の保管に冷蔵の魔道具を作る……なるほど……」

「わたくしには無駄にも思えますけど? 魔力のある冒険者には不要な設備ではないかしら?」

 密閉できる容器があれば、魔術師は氷を作り出してしまえばいい。わざわざ魔力で冷やす魔道具の存在意義をエイダは見出せなかったようだ。


「それは、魔力のない人のために作っているからです。それに……」

「食肉などは落としてから日数が経たないと旨みが出ないのですよ、エイダさん」

「あ……そうか、それで冷蔵……なるほど……」

「そういうことです。美味しいものを食べたい、食べさせたい、という野望のようなものが作り上げた魔道具なんです」

「魔術師殿は立派だ……」

「動機はどうあれ、素晴らしい魔道具ですわ」

 お褒めを頂きました。



 連日の大人数での夕食は、アーサお婆ちゃんに負担を掛けているような気もするのだけど、当のアーサお婆ちゃんが楽しそうだからいいか。亡くなった旦那さんも元冒険者だというし、こういう荒くれ者(レックス以外は全員女性だけど)の相手は、若かった日々を思い出すのかも。


 今日は昨日の倍の量を作ったわけなんだけども。チーズと黒コショウとエレ肉ベーコン、キノコと醤油味、挽き肉味噌炒め味の三種類と、スープに穴空きパスタを入れてみた。炭水化物ばっかりなので今日は白パンは無し。


 レシピについては紙に書いて渡したのだけども、実は『調理』スキルは、口伝であっても作り方を覚えると、ほぼ再現できる。自動的に出来上がる、というわけではなく、次の作業で何をすればいいのか浮かぶ、という程度なのだけど。ちなみに『製麺』も『調理』スキルの一部らしい。


「もう食べられませんわ~」

「腹……腹がっ……」


 客人たちが満腹で倒れているところに、真のメインディッシュ、カボチャプディングがやってきた。

「これがっ! かの有名な!」

 一人一切れだったのが惜しまれるところだけど、余韻を味わうには最適な量だったと思う。さすがに『調理』LV5が練ったプディングは舌触りが滑らかで、今までに食べたものの中で一番美味しかった。


 食後の雑談では、やはり食材についての話題になった。

「ト、マ、ト?」

「えと、はい、ご存じありませんか? 赤くて酸っぱくて」

「魔大陸にあったという悪魔の実のことでしょうか?」

 やっぱりこの世界でも悪魔の実なのね。


「多分、それです。王都の八百屋さんにはなかったので」

「ああ、それ、食べると病気になるとか言われてるやつだわ」

「それ、迷信というか、原因は他にあると思います。多分、トマトに罪はありません」

「王都に戻ったら色々調べてみますわ」

「よろしくお願いします」

 トマトの有る無しは、パスタ界、パエリア界、ブイヤベース界(そんな世界があるかどうかは別にして)にとって死活問題なのだ。


 しかし、ジャガイモに似たものが既にあるのに、原産地が近いトマトが入ってきていないのはどういうことだろうか。ジャガイモだって悪魔の実呼ばわりされてたと思うんだけど。この辺り、過去の召喚者、異世界人が関わってるのかもしれないなぁ。トマトが苦手だったとか……あり得る話だなぁ……。


 レックスとサリーは夜も遅く、おねむになっていたので、私の部屋で寝かせてしまう。ドロシーには、あとでそっちに行くと約束させられた。


 で、リビングに残っているのは私とアーサお婆ちゃん、カレンとシェミー、ブリジットとエイダ。カレンとシェミーはちょっと話があるということで残り、ブリジットとエイダも別件で私に話があるということで、取っていた宿にも戻らず、一体何をやっているのかとツッコミたくなる。


「アーサ婆さん、まずは、これを」

 カレンが麻袋に入った金貨をアーサに渡してきた。けれども、当たり前のように受け取ってもらえない。


「食費や宿泊代って考えるとさ、引け目を感じるのさ」

 シェミーも頷く。

「実は私も『家族だから』って受け取ってもらえなくて。それで、食材を提供したり、便利魔道具を差し上げたりしてたんです。『通信機』の元になった魔道具も、それで生まれたと言っても過言ではないのです」

「あ、そうか、食材か……狩りに行けば……しかしな、護衛任務もあるんだわ……」

 どこぞで買ってくる、という発想がそもそもないんだろうなぁ。カレンとシェミーが考え込む様子を見せたので、助け船のつもりで提案をする。


「たとえばですね、安息日と安息日の間って十日間あるじゃないですか。そのうちの何日か……一日とか二日とか、お休みを頂くように交渉してみる、とかどうでしょう?」

「お休み?」

「ルイスさん、シドさん辺りが町にいるなら、交渉してみるのですよ。フェイ支部長の承認があればいいわけですし」

「なるほど……うん、それでいってみるさ」

「そうね。お休みは必要だと思うわ。それでね、私の方からお願いというか提案があるのだけど」

 アーサお婆ちゃんの懸念については何となくわかる。

「えと、椅子とベッドですね」

「そう。それ。用意しないと」

「本当は椅子は今日買おうと思ってたんですけど、色々あって」

 チラッとブリジットを見ると、目を伏せたので笑いかけてから、話を続ける。

「明日、木工職人さんのところに行ってきます。幾つ必要ですかねー?」

「そうねぇ………」


 この家は台所、リビング、アーサお婆ちゃんの部屋、私の部屋、ドロシーの部屋、元ベッキーの部屋に、水場、加えて地下室、という構成だ。

 アーサお婆ちゃんの部屋は単独で残したい。


 私の部屋というのは実際問題として不在のことが多かったりするので、ドロシーの部屋と合併してはどうか、という話になった。アーサお婆ちゃんは難色を示したけれど、ドロシーも実はその方が嬉しいのだ、ということを説明すると納得してくれた。


 私がドロシーの部屋に移動して、元・私の部屋は護衛の二人用に。元ベッキーの部屋(今は護衛の二人が寝ている)は客間に改装しよう、という話になった。客間には二名、という想定をして、となると追加のベッドは三つ。椅子については、ついでにテーブルも大きいものを買って、八脚の椅子を揃えよう、という話になった。

 カレンとシェミーは、泣きながら、そのお金は出させて下さい、と懇願して、渋るアーサお婆ちゃんを説得した。


 とりあえずカレンとシェミーは定期的に食材を提供します、という冒険者に相応しい家賃の払い方をすることで決定した。

「そうね。じゃあ、私は寝るわ」

 もう夜も遅い。あと数時間以内にはドロシーとレックス、サリーは出勤時間だ。ということは護衛の二人も起きる時間になる。健康的でいいや、とはカレンの弁だ。



―――もう寝たいよう……。





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