陰影の暗殺者
ここはトーマス商店ポーション工場(仮)の建設予定地――――。
ポートマット西口から半日ほど歩いた場所にある。
ポートマット騎士団が周辺を警備。騎士団長と副騎士団長が陣頭指揮を執っている。
冒険者ギルド関係者は、ポートマット支部長と秘書っぽい人、冒険者二名。加えて王都から出向中の二名と護衛任務中の一名。
場所を提供したトーマス商店店主と従業員一名。そして、その義母。
観客席っぽく段になっていて、そこにゴザをひいて一同は座っている。
段に加工をしたのはポートマット騎士団が誇る魔術師三名と、ポートマット支部の魔術師二名。
お昼前だというのに、なにやらお酒や料理が振る舞われ、競技者不在で盛り上がっている。
「皆様! お忙しい中、お集まり頂きましてありがとうございます!」
ちょっとだけイケメン風の男が司会をしている。
「私は司会と実況担当の、エドワードです。こちらは本日解説を担当して頂くフェイさんです」
「……よろしく」
―――――と、盛り上がってるところに、フラストレーションが蓄積した私はツッコミを入れるために観客の前に姿を見せた。
ここは一言言っておかねば!
「あのぅ……………………」
「……来たな。……今日は頼むぞ」
「いやそうじゃなくて、これは一体どういうことでしょうか……」
「……関係者に通達したら、見学したいということでな。……拒否する理由もなかったのだが」
「見せ物にされる身にもなってください」
「……別に席料を取っているわけでもないしな。……一般客を入れてトトカルチョや飲食屋台を出されるよりはマシだろう?」
トトカルチョ、は訳されずに、そのままの音で聞こえてきた。この世界の言葉では表現しづらい概念なのかもしれない。
「私が支部長の結婚を阻止するメリットが無いんですけど」
「……魔核は私のストックも足しておいたからな。……モノで釣れば、お前は受けるという作戦が上手くいった」
お前の差し金か!
「支部長、一体何をしたいんですか……」
自分を賭の対象にした模擬戦を、それほど成立させたかったとか。何を考えているんだかわからない。
「……あいつにはいい加減、諦めてもらおうと思ってな。……いい機会だ」
突っ込む気力も失せてため息をついたところに、完全武装のブリジットが登場した。
「魔術師殿、私は準備いいですよ。いつでもいけます」
黒い革の鎧……え、あれって、ステルスウナギの革鎧じゃ……。
頭のカチューシャ、イヤリングは魔法を弾く魔道具じゃないか……?
は~。あの鎧って、格好いい女が着ると、こんなになるのか……。
猫のような、蛇のような、戦闘服なのにエロティック……。
思わず、足元にルパンダイブしたくなるわね……。
「そちらの準備はどうですか?」
「あ、はい」
見とれている場合じゃない。自分の装備を検討せねば。
雷の杖は無差別に攻撃するならベストだけど強い攻撃しかできない。それに、剣を受けるという用途には柔らかすぎて向かない。
魔術師としての装備は全然向上してないんだな……。この辺り、意識しないとやらないもんな……。
魔術師らしく、薄ピンクのローブだけ着て、終わりにする。
余りに簡素な準備だったのが気に入らなかったのか、
「魔術師殿、それでいいのですか?」
と、ブリジットが歯をむき出しにして訊いてくる。っていうか準備してないんだよ……。無茶言わないでくれよ……。
「はい。これでいきます」
「わかりました」
漲っているブリジットは短く言って、競技スペースの端へ歩いていってしまう。
スタスタ、と歩く姿はしなやかで優雅だ。高い位置にある腰が恰好良い。
対する私はトテトテ歩いてもう一方の端へ行く。短い身体が恨めしい。
私とブリジットは配置についた。観客から見ると、私が右、ブリジットは左になる。
競技スペースには障害物は灌木と背の高い木が何本か。大きな岩もあるようだけど、植生に隠れて見えない。
観客席側は事前に整地されていて、横から見る分には何となく両者の位置がわかる。
コイルの魔力が高まっている。彼が火魔法を直上に打ち上げた時が試合開始の合図となる。
さて……。
向こうは接近したがるだろう。開始直後に予想される位置に大規模範囲魔法を撃ち込むのが定石か。でも、外した時に気配が掴めなくなるし、そもそも観客たちを考えるとあまり大きな魔法は使えない。
考えてみればこれはかなり大きなハンデ戦だ。そもそも魔術師は私の本職じゃない。暗殺者同士なら気配の探り合いになるだろうけど、こちらは魔法による攻撃しかできない。
しかし、フェイがこの戦いをセッティングした意味は何だろうか。本当に求婚回避のためだけにやらせているとは思えない。
まあ、今は目の前の脅威に集中しよう。この模擬戦を魔術師として乗りきる。私にはわからないけど、深謀遠慮を乗り越えてみようじゃないか。
ドーン
コイルが火魔法を放った。開始だ。
ステルスウナギの革鎧を生かすなら『不可視』を使ってくる。私があの装備を知らないとでも? わざと見せていたんじゃないか?
ブリジットの魔力がちょい、ちょい、と上がって、すぐに消えた。『加速』と『隠蔽』だ。姿を隠しての急襲狙いか。『不可視』は使わず、使用時間に制限のある『隠蔽』か。
私は『風走』は使わず、素のまま、時計回りに一度大きく動いてから、後に下がる。観客を巻き込まない位置取りをするのは当然だけど、余りそればかり考えてしまうと行動パターンを減らしてしまう。
ブリジットの『隠蔽』は、さすが特級冒険者、『気配探知』には引っかからない。
「―――『魔力感知』」
アクティブに魔力感知。こちらの位置も知らせてしまうけど、朧気ながらブリジットの位置がわかる。魔力が全く感じられない場所があって、そこが『隠蔽』を使用中の術者の位置だ。コールドスポットみたいなものか。
近い! 速いな、もうここまで。開始位置から三分以上あるなら『隠蔽』は息継ぎしなきゃいけないので位置バレするけども、足の速さが尋常じゃない。
「―――『風走』」
一気に後方に離脱。直後に『風走』を止める。木の上に着地。と、そこに右下から矢が飛んできた。予想していない角度から矢が飛んでくる。
「!」
慌てて矢を回避。
おかしいぞ?
自動的に矢を放つ魔道具みたいなのがあるのかもしれない。
また矢が!
チッ、自動追尾機能付きか。高度な魔道具じゃないか。魔法陣の仕組みを見てみたいな。壊せないじゃないか………。あ、それが狙いなのか。
それにしても木陰のある中で『隠蔽』か。厄介な。中央の大きな木が邪魔だな。姿を見られるのを覚悟して、影が見えるような空間を作ろう。
雷撃の杖(名称適当)を取り出す。昨日の失敗のお陰で発動に必要な電力は既に溜まっている。
「―――『サンダーブレ○ーク』!」
―――魔法スキル:サンダーブレ○クLV1を習得しました
―――魔法スキル:サンダーブレ○クは雷撃LV3に統合されました
パリパリ、ドーン、とクレーターを作った時に比べたら十パーセントの威力もない『雷撃』を木に向かって放つ。
スキルはまたまた統合された。くそっ、いつかサンダーブレ○クにしてやる。っていうかシステムメッセージまで伏せ字なのは何でだろ?
轟音と土煙。これはブリジットにとっても煙幕になるだろう。私にとっては悪手。だけどこれは誘いだ。
「―――『魔力感知』」
やはり。中央爆心地にいる。あれか、爆撃を受けたところにしばらく攻撃はない、という戦場のジンクスみたいなものか。
「―――『サンダーブレ○ーク』!」
もう一発。避けた?
なんて逃げ足だ。予測してるっていうのか。こっちが誘導されているのか。
ちっ、もう一発。エコとか言ってらんないし!
「―――『サンダーブレ○ーク』!」
これも避けるか! 杖の蓄電が切れた。
「―――『魔力感知』」
土煙で視界も悪い。魔力感知では……よし、そこだ!
「―――――――『水砲』」
周囲の水分を吸い上げて上級単体魔法を放つ。魔力はそれほど込めない。土煙を抑えたいだけ。あわよくばブリジットに掠ってくれれば、ちょっと嬉しいかな。
ゴーン!
水が地面に激突して、雷撃が作った穴をさらに穿つ。
今のも絶対回避したよなぁ。
こちらは樹上から降りて身を隠す……けど丸わかりだろうな。こちらは特に身を隠すスキルが使えない。杖は邪魔。しまっておこう。
魔力感知からはまた反応が消えた。『隠蔽』だ。本当にすばしっこい。
土煙は収まったけれどそのあとの動向が掴めない。観客とかがいなければ範囲魔法を使うのに……。この縛りにもきっと意味があるんだろう。しかし、身を隠しての戦いに、魔術師は本当に向かないな!
また矢とか飛んでくると面倒だなぁ。一対一なのに伏兵がいるとか。うーん、じゃあ、こっちも囮を出してみるか。
「―――『召喚:魔力蛇』」
このスキルはミネルヴァからコピーしたもの。召喚LV1は簡単な機構の動物を模したものしか召喚できない。感覚器官が繋がっているのでセンサーにはなるか。
んん、操作が難しい。
蛇をブリジットがいるだろうと思われる地点の背後に回り込ませる。
蛇の形はしているものの、単に魔力の塊だから、位置はバレバレかな。
ぎゃっ。
痛みも感じるのか。
蛇がやられた。囮だからいいか。『隠蔽』は攻撃したりスキルを使ったりすると解除される。
いた。そこか。右前方。
「――――『風切り』」
樹木ごと切り裂け!
風が穴を空けて、木のトンネルを作る。
ズババババッ
空振りか。
ブリジットの魔力が消える。また『隠蔽』を使われた。
と思ったら魔力が高まり、トンネルを、ブリジットが放った風刃が通過した。
ビョウ!
くそっ、結構な威力の攻撃魔法が使えるじゃないかっ!
何とか回避するも、ブリジットはまた『隠蔽』で姿を消す。
これは……ジリジリ接近されてるわね。
と、ここでまた矢が飛んでくる。回避せざるを得ない。実にいやらしいじゃないか。
「!」
矢に気を取られていたらブリジットの魔力が近くに突然現れた。駄目だ、完全に近づかれた。接近戦になる!
「―――『死角移動』」
ブリジットの声だ。空間魔法と筋力強化の合わせ技の、超短距離テレポート。障害物がない場合、対象の背後に回り込むことができる。
「―――『風壁』」
背後に風の壁を生成。突っ込んだら被弾する程度の強さで最速発動。
「ちっ」
攻撃できずにブリジットは退避。『死角移動』は連続で使えない。負荷に筋肉が耐えられないから。『治癒』がセットになっている魔法だ。
「―――『風刃』」
発動の早い魔法で追い打ち。隠蔽を使わせない。
ブリジットが持っているのは黒い短剣か。やっと姿が見えて装備も確認できる。
「―――『風刃』」
着地予想地点に放つ。が、ブリジットはしなやかに避ける。
「―――『死角移動』」
ちっ、使われた。覚悟を決めるしかない。
「―――『風球』」
両手で発動して、掌に風球を維持したまま、目を瞑る。
背後じゃない。左!
キーーン
と金属音。
入門用魔法とされる風球で、特級冒険者の打突を防ぐ。左手の風球は霧散するように消滅する。
右手に持った風球でブリジットを殴りにかかる。しなやかにブリジットが避ける。のでそのまま風球をリリース。
「!」
驚かせたけど、これも避けるか!
でも体勢が崩れた。
「―――『土拘束』」
接地している足下から魔力を放出、対象を設定せずに発動、土がボコボコ動き出して地面が揺れる。
ブリジットの体勢はさらに崩れる。けれども倒れない。すごいバランス感覚、体幹の筋力だ。
でも、それで十分。
「―――『風球』」
これを腹に……………。
「……………そこまで!」
フェイの声が響いた。けれどもブリジットは後方に下がって臨戦態勢を解かずにいる。
「終わり、です」
私は風球を頭上に放った。
風球は十メトルほど飛んで、やがて霧散した。
「……………強い、ですね」
「魔核、欲しかったんです」
「……………………」
ブリジットはジッと私を見つめている。食べられそう。ゲテ食としても美味しくないですよ?
「おおーっとー! 我がポートマットが誇る小さい魔術師の勝利だーっ!」
おお~と歓声が広がる。
障害物が多かったから、全部見えてないだろうに……。
「いつか……結婚する……」
拘るなぁ、ブリジット。
観客席に行くと、フェイが迎えた。
「……いい試合だった……」
「先生っ!」
「……先生ではない、コーチだ」
「コーチ!」
と、フェイは泣いたブリジットを抱きしめて、頭を撫でていた。
ブリジットをフェイが拾って育てて、という関係らしいので、それを私に当てはめると、フェイがトーマスに相当することになるのだけど……。トーマスに抱きつく私を想像してみる。うーん、ないわー。
「……ブリジット、エースを……」
それ以上言うとフェイに死亡フラグが立つと思います。
なお、フェイの解説によると、
「……まず、大規模範囲魔法は封じさせてもらった。……一発で試合が終わるのはまだしも、相手が死ぬ。……視界も障害物があったから開けておらず、開始直後の魔法一発で終わる、というやり方も封じさせてもらった。……徐々に接近されはしたが、どれも『隠蔽』の解除を狙ったり、足止めしたり、工夫がみえてよかった。……矢を放つ魔道具による牽制は面白い発想だったな。……あとでそいつに見せてやれ。……ブリジットに中距離攻撃がない、と見せての魔法攻撃も意外性に富んでいてよかった。……勝敗を分けたのは……」
「蛇ですね」
ブリジットが間髪容れずに悔しそうに言った。
「え……え? なんで?」
「蛇でちょっと色々考えてしまって……」
そういえば携帯端末の柄もヘビにしてたっけ。好きなのかな……。
「……ああ、あれは召喚魔法か?」
「実は、アレしか出せないんですよ」
ぶっつけ本番だったし。他にも何か出せるかもしれないから練習しておこうかな。
「狙ってやったのかと思いました……私の愛すべき蛇を嗾けてくるとは……」
やっぱりヘビの尾を踏んでいたらしい。どこからが尻尾なのかはわからないけど。
「……偶然の産物、ということにしておこう。……ブリジットは接近してからは悪くない、が、全体的に読まれていたな」
「はい、それは感じました。ここまで動きを読まれたのは……コーチ以外では初めてかもしれません」
不満そうにしながらも敗因を冷静に考察できるメンタリティが凄い。
「……うむ……」
「それに、ああいう防がれ方をされるとは……」
「……ああ、風魔法にあんな使い方があるとはな。……無手なのも納得というところだな」
実際問題として『光刃』か『闇刃』で短剣をコーティングしていたら、あの程度の『風球』で防御などできなかったはずで、手加減されていたのはこっちの方なんじゃないかと思う。魔道具による牽制も何もなしに、迂回に迂回を重ねて、背後に回られていたら、一撃で決められた可能性は高い。少なからず、ブリジットはこちらを試そうとしていた。力量を測りかねていたのだ。
次回、というものがあるとすれば、ブリジットは全力で姿を隠して魔法も使わせる事無く、私を背後から殺しにくるだろう。それが実感できるだけに、冗談でも勝ったとは言えない。
「……お前の方も、課題が浮き彫りになったと思うのだが?」
「はい。その通りです」
最低でもブリジットの打突を数回防げる防具がまず必要だ。あとは、打撃可能で、相手の剣を抑えることのできる硬度の杖。魔法杖なら最高だけど、両方の性質を持つ杖は―――創り出すしかない。
もう一つは、攻撃以外で相手を無力化する方法のバリエーションを強化すること。現状では土系のものしかなく、ブリジットほどの手練れであれば、バランスを崩した上でないと効果はなかった。もっと広範囲に、確実にばらまける手法があれば、と思う。
私の本職は短剣で暗殺者のスキル構成……なのに、魔法使いでの戦い方の向上を求められている事に違和感があるのは確かなのだけど、無節操にスキルのコピーを繰り返しているせいか、以前よりは気にならなくなってきている。
汎用性ばかり向上している気もするけれど……。
「いやあ、荒らしてくれたなぁ」
観客の何人かは、いまの魔法がどうだ、防御がどうだ、などと興奮して話し合っている中、トーマスが近寄ってきた。
「どうせだから綺麗サッパリにしますか?」
「ふむ……」
「そのことなのだが、騎士団にやらせてはもらえないだろうか?」
アーロンが口出しをしてくる。兄殺しの私には、恨みどころか、それ以前よりも親しみを込めた接し方をしてくる気がする。それが非常に貴族臭く、人間臭い。
「実は騎士団の魔術師も魔力が上がってきていてな。演習場では魔法を満足に撃てない事も多いのだ。整地を含めてやらせてもらえると助かるのだが」
「いいでしょう。騎士団はお得意様でもあるし。春まで自由にしてもらって構いません」
トーマスが即断する。アーロンは嬉しそうだ。
「助かる。トーマス殿にはいつも世話になっている」
あれ、あの貴族ぶってたアーロンが頭を下げたぞ……。色々凹まされただろうし、考えるところもあるんだろうけど。まあ、トーマスの弁じゃないけど、急に謙虚になった人には気をつけろ、とも言っていたから、裏はあるんだろうけどさ。
アーサお婆ちゃんとドロシーは大興奮で、元の世界でいうと、後楽園ホールから水道橋駅に歩いていく人達のような……。
「そうね、こう、バシバシッと」
「ギュオーン、パリパリ、ドーンッ! って!」
擬音祭で、それでも会話が成り立っているのが不思議というか。何だかわからないけど凄いものを見た、という興奮がそうさせるのだろう。
そして、二人は恐ろしいことを私に言った。
「ね、アンタ、私にも魔法を教えてよね!」
「そうね、私もやってみようかしら」
―――あのぅ、ボクササイズとかじゃないんですよ……?




