ブリジットの提案
ブリジットの拳には急いで『治癒』をかけて事なきを得た。
「新手の攻撃かと思いました」
そう言うブリジットの顔はまだ青い。
「それさ、さっき、私もやったさ!」
アッハッハ、と笑うカレンに、ブリジットは軽く舌打ちする。
「そう……一応ノッカーがあるのだけど……」
ノッカーがあるのにノックを拳でやってしまったのだと。ある意味自爆兵器と言えなくもないなぁ。応急対策として(フレデリカも絶対にやるから)入り口扉のノックをしそうな場所に『ノックはこちら←』と張り紙をしておいた。
ああ、扉に一枚、木の板を貼っておけばいいのか。何だか本末転倒だなぁ。
夕食の仕込みに戻ると、またノックが一回あった。
「そう……見てきてくれるかしら?」
「えと、はい」
外に出ると、フレデリカがしゃがんでうずくまっていた。
「あー、ごめんね」
「罠じゃないの……か」
フレデリカにも『治癒』をかけていると、ドロシーとシェミーが戻ってきた。
「ただいま。あら、お客さんが沢山。いらっしゃいませ」
「お邪魔しています、ドロシー」
「こんにちは、ドロシーさん」
「そうね、本当に賑やかだわ」
エイダも起きてきたのでワインを出して、夕食を始めてもらう。
今晩の料理、アーサお婆ちゃんはスープとサラダ、デザートを担当。私がオードブルとメインを担当。
アーサお婆ちゃんがスープとサラダ、パンとワインを配膳しているうちに、私はパスタの調理を開始。製麺スキルはどんな狭い場所でもちゃんと伸ばしてくれる。あっという間に生地は麺になり、塩を入れたお湯で茹で始める。
で、土鍋をテーブルへ持っていく。
「これが王都土産……で作った料理」
土鍋の蓋を取ると、反応は真っ二つに分かれた。
「おおっ、美味しそう!」
これは王都冒険者の四人。
「ぎゃっ!」
これはドロシーとフレデリカ。
少量ずつ取り分けて、配る。
「アンタ、これ、食べられるの?」
「うん、栄養満点、身体が温まって女子的にも素晴らしい効果」
「って言ってもね……」
ドロシーの困惑顔は誰よりも素敵だ……。だけど匙加減を間違えてはいけない。やり過ぎると怒る。だから、美味しいことをアピールしたまま、パスタ調理に戻る。
牛乳の入った瓶を軽く振って(かなり優しく振らないと、私の筋力では中身の牛乳で瓶を割ってしまう)脂肪分を濃くしたものを生クリームの代わりにする。
ベーコンの代わりに、エレクトリックサンダーの塩漬け肉。黒コショウは王都で買ってきたもの。鶏卵はアーサ鶏舎の朝採れ(今は夜だけど)。鶏卵は黄身しか使わないので、白身の方はとっておいて、明日はシフォンケーキかクッキーでも作りますかねー。
「うん」
パスタが茹で上がったので、ソースと絡める。仕上げにも黒コショウ。
黒コショウを使うことが、こんなに贅沢に思えるなんて、この世界に染まってるんだなぁ、なんて変な感慨を持ったりする。
「はーい、本日のパスタです」
「おお…………」
フェットゥチーネ(風)カルボナーラ(風)。
「美味しそう………」
全員の目がキラキラしている。
「さあさあ、どうぞ、たっぷり作りましたよ」
食えるものなら食ってみろ、ぐらい作ったわよ。
ドロシーの皿を見ると、サナギご飯もそれなりに食べているようだ。
私も食卓について、サナギご飯を一口。冷めてるけど、うん、いいね、クニュッとしてトロッとして、少しジャリジャリ。ジャリジャリは足か。ま、ほとんど海老みたいなものだしね。
「はい、ドロシー、こっちも食べてよね」
「ああ、うん。サナギ、結構イケたわ」
何とも言えない味ですね、とその顔には書いてあったけれど。
それよりもパスタの方は――――。
「うおおおおおお」
「むおおおおおお」
「なんだこれはぁ」
「何ですのこの風味はっ!」
泣きながら食べているのがフレデリカで、叫びながら食べているのがカレンとシェミー。文句をいいながら食べているのがエイダ。
私とアーサは給仕しながらだからいいけど、椅子が足りないなぁ……。家具は自作もいいけど、専門の職人さんの方が良い気がする。明日あたり発注かけてみようかしら。
「おかわり!」
おー、カルボナーラ大人気。ドロシーもフレデリカも食べてるね。よかったよかった。アーサお婆ちゃんも夢中で食べてるか。
うん、追加作ろう。パスタを茹でて……と。鶏卵はもうないから、エレ肉を炒めて黒コショウとチーズを絡めるだけ。エレ肉を入れないバージョンも作る。
ははは、パスタは十キログラムもあったんだけどな……。おかしいな、私はほとんど食べてないような……。
そういえば、護衛の人の食事も普通に出してるけど、食費ってどうなってるんだろう? 上級の冒険者ってかなりお金持ちな部類だし、護衛でもらえる金額もそれなりにあるはずだから、自分たちから申し出るかな。
「はいー、本日のパスタ、打ち止めでーす」
うおおおおーと叫び声をあげて、ガツガツ食べ始める獣たち。
私もビッグウェーブに乗ろうと、少しだけ取り置いてあったパスタと格闘した。
腹五分目くらいで全然食べ足りないけれど、お腹を押さえて満ち足りた表情の皆を見ていると、それだけで幸せ……。
「美味かった……」
「あの最初のクリームみたいなパスタが……なんですの、あのネットリ感……」
「後の単純なパスタもいいさ。いくらでも入りそうさ!」
「やはりサナギですよ。あの料理法、一体どこで……」
食後のハーブティーを飲んでいる時に、ブリジットが思い出したかのように、
「あ、すぐに食事になって、食べるのに夢中になって忘れていました」
と、お土産を『道具箱』から出してきた。赤ワイン、結構高そうなものが三本。
「私も買ってきたわー」
ちょっと荒っぽい言い方でシェミーが出してきたのも赤ワインが十本。
「私もおみやげを……悩んだが」
フレデリカが持ってきたのは白ワインが五本。
おまえら………。飲み屋でも開業させる気か。
「そう、皆さんありがとう」
ニコニコと受け取るアーサだけれども、地下室のワイン倉(復活した)には、ワインが唸るほど保管されている。保管できるかな……。まあ、私が『道具箱』に入れちゃえば済むんだけどさ。
「ブリジットさんとエイダさんは、いつまでこちらに?」
元々、二人は特級馬車の道中の護衛、ということになっている。理由は眉唾なんだけどさ。
「そのことなのですが。魔術師殿、明日はお暇ですか?」
「えーと……椅子を買ってこようかな、と。あとは買い物と工作を少し」
ちら、とアーサお婆ちゃんを見ると、そうね、と頷いた。考えていることは同じなのだろう。客を迎えるにあたってキャパシティ不足。大食いが二人も増えたことだし。
「実はですね、フェイ先生に、再度求婚をしたのです」
おお~、と場が響めく。
「結果はいつものように空振りでして」
シュン、と場が静まる。
「ところが、今回は条件を出してきたのです」
ほうほう? と全員が聞き耳を立てる。
「魔術師殿と模擬戦をやって、勝ったら、受けてもいい、と」
何か性別が逆な気もするんだけど……。面倒臭くなったフェイが、私に投げてきた恰好なんだろうか。
「うーん」
私に注目が集まる。
「どう、でしょうか、魔術師殿」
ブリジットがしなやかにポーズを作って伺ってくる。
「普通に考えたらですよ? 接近戦のプロと遠距離戦の私じゃ、戦いが噛み合わないような気がするんですけど?」
うんうん、と冒険者たちは頷いた。
「わたくしでも躊躇する対戦カードですわ」
エイダが肩を竦める。
「よーいドン! で始めて、最初の距離が近ければブリ姉さんが有利。遠ければ魔術師有利だわ。何をさせたい模擬戦なのか不明だわ」
シェミーも皮肉たっぷりの表情を浮かべる。
「でもさ、実戦では割とある対戦ではあるさ」
「魔術師が圧倒的に不利ですわね」
「いや、姿が見えてるんだから、魔術師の方が有利だわ」
上級冒険者たちの考察を、フレデリカは興味深そうに聞いている。何となく仲間に入れずにいるわけね。
「フレデリカなら、魔術師相手にどう戦う?」
いきなり話を振られて、フレデリカの人形のような顔に赤みが差す。
「え、ええええ、ええ、そう、だな。……魔法盾を乱発しながら接近できればこちらが有利、だな」
「人形の姉ちゃん格好いいわ」
シェミーはどうも百合っぽいんだろう。ドロシーに初対面の時も熱い眼差しだったしなぁ。さっき、その人形はガツガツとカルボナーラ貪ってたけどねー。
「いやっ、人形って……うん、急激に接近できる技術があれば、ブリ……ブリ……ブリブリ」
静寂が場を支配して、フレデリカの口元に注目が集まる。ブリブリ言ってるフレデリカが可愛いとか、そんなこと、全然思ってないし!
「ブリジット、さん、の方が有利」
ほう、と全員のため息が漏れた。
フレデリカが人見知りで、あまりコミュニケーションが上手くないのだ、ということは、上級冒険者の観察眼からすれば丸わかりだったろう。だから、ちゃんとフレデリカが言葉を継ぐのを待ってくれた。良い人たちだなぁ。
「私も、ブリジットさんが有利だと思うよ」
特級冒険者みたいな、危険な人と模擬戦で終わるはずがないだろうに。ブリジットを持ち上げて終わろう。
「いえ、それはどうでしょうね」
と、否定したのは、当のブリジットだった。
「このお二人なら……確かに、やってみないとわからないかもしれませんわね」
と、エイダはブリジットを援護する。水姫を相殺されたのを根に持っているのか、もしくは評価してくれているのか。
「ちょっと待ってくれよ。このお嬢ちゃんは魔道具技師だと思ってたんだけどさ?」
「私もそう思ってたわ。何か噛み合ってないなと思ってたわ」
「あれ、今日のお昼に模擬戦やったんですのよ? 言ってなかったかしら?」
聞いてない聞いてない、とカレンとシェミーが喚く。
「わたくしの『水姫』が、魔力不足とはいえ、相殺されましたわ」
「え」
「うそ?」
雲行きが怪しくなってきたなぁ。どうか、対戦フラグを、誰か、折ってください。
「本当、だ。ウチの演習場でやった」
フレデリカ、君は味方だよな……?
縋るようにフレデリカを見ると、フレデリカは任せろ、と頷いてくれた。
「次は、近接戦闘職との戦いを、見て、みたい」
てめぇ……。
誤解してるじゃないか……。
「と、いうことで魔術師殿。一手御指南をお願いしたいのですが」
フレデリカの援護はブーメラン。目を輝かせたブリジットの目が怖い。
「やるにしても場所がないですよ? 穴だらけになっちゃいますし」
全力で回避したい。言い訳を思い付く頭脳をください!
「工場予定地はどう?」
ところが、意外なところから矢が飛んできた。ドロシーだ。
「あそこならどうせ均すし」
均すのはきっと私ですよ?
「そうね、ちょっと見てみたいわ」
アーサお婆ちゃんまで……。
「えと………」
やるメリットあるのかなぁ、これ。
「もし私に勝ったら……魔術師殿が喜ぶような……上級魔核五個と中級魔核五〇個、なんてどうでしょうか?」
なにぃ!
「はい、やります」
魔核欲しい! 色々捗るし! あ、了承しちゃったよ。
ちっ、もう、こうなったらやるしかないじゃんか。物欲に負けてしまったよ………。
「ありがとうございます。関係者に連絡をして、明日の昼にこちらに伺います」
えへへ、やったー! と顔に出ているブリジットは、しなやかに微笑んだ。
「そう、じゃあ、お弁当作っていくわね!」
「私もアンタの見学するわよ!」
――――くそっ、やるしかないじゃないか。魔核のために……。




