木紙の契約書
「こんなに苗を………!」
「がんばって採取してきました」
カミラの感嘆に、私は努めて冷静に応える。王都第四騎士団、第四隊を拘束中に採取していた苗、五十株。
「二~三年後には使用に耐える素材になるはずです。途中で剪定した方がいいかもしれませんけど、そこは専門家ではないので何とも。枝を素材として使う、ということを念頭に剪定の指導を受けた方がいいかもしれません。園芸に詳しい方はちょっと紹介できそうにないのですが」
ちょっと蒸し暑い紙の作業室。風呂桶から黙々紙を漉いている孤児院の子が見えた。
「それは司教様にも伺ってみます。製品試作も品質が安定してきましたよ?」
そう言って、カミラは自信満々に一枚の漉き紙を手渡してくる。白く、薄く、強い紙だ。
「ムラもないですし、いいですね。そろそろ市場に流してもいいかもしれません。在庫はありますか?」
「約一万枚ありますが……最初の五千枚は品質が不安定ですね。コレと同じ程度の品質のものは五千と言ったところです」
「なるほど。じゃあ、商談でもありますので、一度司教を交えて話しましょうか」
「はい、あ、苗は……」
「早いうちに植え替えしたほうがいいです。手伝いたいのですけど、今は司教様に呼ばれてもいますし、この後は所用があるのです」
もうすぐ昼になってしまう。騎士団に行かなければ。
「わかりました。それくらいは当方でやりましょう。ラッセル、ちょっといらっしゃい」
「はい、シスター、何でしょうか」
ラッセルは紙漉きを黙々とやっていたひょろ長の少年だ。この子は孤児院で見たことがある。
「全作業を中止して、コウゾの栽培予定地に、この苗を植えていってください。全員で、本日中にやりますよ」
「はい、シスター」
元気なくラッセルは了承した。素直だけど寡黙? お腹が空いてるとか? とりあえず子供は空腹だと決めつける発想は、肉屋のマイケルか、アーサお婆ちゃんのものだなぁ。
「孤児院のみんなにはコレを」
まだ余っているサースのもも肉一本と、イモを一袋。
「まあまあ、ありがとうございます」
何も言わないうちから、カミラには礼を言われる。
「食って元気出して、コウゾを育てるのだ!」
拳を握ってちょっとだけ震わせる。アタック○ャンスだ。
「はい、ありがとうございます」
元気なくラッセルは言うけれど、少しだけ、目に力がでてきたようだ。
「では任せますよ。私は一度司教様と話してきます。なるべく早く戻りますよ」
「はい、シスター」
ラッセルは、すっかり飼い慣らされた社畜のようではあったけども、シスターの命令は絶対だ。
「あの子、ラッセルくんですか。大丈夫ですか?」
司教の部屋への道すがら、思わず心配になってカミラに訊く。
「あの子はずっとああいう調子なんです。何をやらせても覇気がなくて。でも、紙漉きは性に合ってるようですよ?」
「え、そうなんですか……?」
「はい。黙々とできますし、没頭できるみたいです。それに、楽しそうですしね」
え、あれで楽しそうなんだ……? 人の感情の発露って色んな方向に向いてるものなんだなぁ……。
「ふふ、あの子が自発的に動くようになったのは、貴女が紙作りを伝授して下さったからです。本当に感謝します」
カミラは立ち止まって、私に合掌をする。私の方が慌ててしまう。
「え、こちらは商売で……なので他意はないんですけど……」
「いいえ。本当にご立派です」
褒め殺しされそうなので先を促す。
司教の部屋の前に来たので、ノックをする。
「どうぞ」
部屋の中に入ると、ユリアンは、私がカミラを伴っているのを見て、すぐに察したようだった。ちょっとだけ口端が緩んだのを私は見逃さない。
「紙の話ですね」
「そうです、司教様」
この後にシリアスな展開が待っているかもしれないので、不敵な笑みは少しだけにしておく。
ソファに座ると、すぐにエミーがお茶を持ってきた。待機していたのかもしれない。
「シスター・エミー、私にお茶は不要です」
「わかりました、シスター・カミラ」
へー、敬称を付けるものなのか。この教会だけの習慣かもしれないけど、急に荘厳な感じになるから不思議だ。同じように呼んでみるか。
「シ……シスター・エミー、今、子供たちが植樹をしていると思うので、園芸に詳しい方など、大人の応援をお願いしたいのです。頼めますか?」
「シスター……え、あ、はい、わかりました。植樹、ですね」
一瞬『シスター』に不快感を表したような気がしたけど、すぐに元に戻って、了承してくれた。
「ほら、夏には甘い木の実が沢山なる木ですよ」
とニッコリ笑う。ははっ、ゴメンゴメン、シスターって言ってみたかったんだ。私から言われるのは嫌なんだね。ゴメン、二度と言わないから! と、この笑みから受け取ったエミーは、
「はい、楽しみですね」
と聖女スマイルをドーンと私に返して、部屋を出て行った。
「まずは紙の売値の話からです。カミラさん、仮に、ですけども、今、作業室で紙を作っている子供たち、全員にお給料を払う前提であれば、どのくらいの出荷額が妥当だと思われますか?」
「そうですね――――」
カミラは教会の経理の人だ。その辺りの試算をしていないわけがない。
「月産五千枚と仮に定めて。今の段階での平均的と思われる生産量ですね。同業者のお給料がどのくらいか不明ですけども、十五歳以下の子供が得られる給金は、聞いたところですと月に銀貨二枚から五枚の間です。仮に五枚として。十人での作業として、月に支払う人件費は―――私を除いて―――銀貨五十枚、つまり金貨五枚、五万ゴルドになります。原材料の原価をゼロ、と仮定しますと、紙は一枚十ゴルド以上であれば、人件費は賄えることになります。ただし、原材料を有償で調達したり、設備の増設や管理を考えると、一枚につき五十ゴルド辺りが妥当ではないかと思われます」
うんうん、と私は頷きながら聞いている。
「私もそのくらいが妥当だと思います。逆に売値の方から考えてみますと、一般的に使われる紙の代表としては羊皮紙があります。加工に手間がかかりますが保存性が高く、公文書などには今後も必要とされるでしょう。羊皮紙は質にも依りますが、安いもので五百ゴルド、平均的なもので千ゴルド、お高いものでは一万ゴルド。当たり前ですが、当方の紙は同額では全く売れないでしょう。低品質な羊皮紙と比較した場合の五百ゴルドではどうでしょう?」
意見をカミラに訊いてみる。
「低品質の羊皮紙よりは、明らかに当方の紙の方が優れていると思います。同額でも売れる、とは思いますが……」
私は微かに笑って、
「そうですね。それだと価格的にお得だ、とは見なされないかもしれませんね。三百ならお得感はあるかもしれません。ですが、まだ認知されていない商品に出す値段となるとちょっと躊躇しそうです」
「二百はどうでしょう?」
「それなら手に取ってもらえそうですね。実際の値付けに関しては、販売店の裁量に任せることになると思います。ということで―――卸値は百ゴルド、というところでどうでしょうか?」
「なるほど、それでいいと思います」
カミラは即答した。
「品質はある程度、慣れてくると、操作できるようになりますので……高級な紙にするには……」
「一枚当たりに使う溶液を濃くして、厚みを付けて、つなぎも多め。要するに原価を上げてしまえば可能です」
カミラの弁に私は頷いた。
「あとは熟練者が作ったかどうか、というところですね。逆に低級にする分には質はどんどん下げられますよね」
「今は質を上げる方向に特化した方がよさそうですね」
「いいえ、今は同じ品質のものを作り続ける、という方向がいいです。標準、というものを作ってしまうのです。教会印、と銘打って販売しますので、この教会で作っている紙こそが標準だと、認知させてしまうのです」
「ああ……同業者が出てくると……そういうことですか」
さすがに経理の人だ。まあ、経理じゃなくても頭に浮かぶことではあるか。
「その通りです。この同業者、というのは、将来的には教会の孤児院出身者も含むことになると想定しています。同業者と競合した場合でも、教会の人件費は限りなくゼロに近い。価格競争では勝てますが、こちらは供給量に難が出てきます。そこに、同業者は活路を見いだすことができます」
「おお……そこまで考えての値付けなんですか……」
「それに、教会が独立者に援助をして、『教会方式』で作り上げた紙だと言って売っても良いわけですし」
その場合はロイヤリティを取ってしまえばいい。一種のフランチャイズ展開だよね。
「もちろん、この百、という値付けも一時的なものです。超人気なら上げざるを得ないでしょう。不人気なら下げざるを得ないでしょう」
「それはそうですね」
「今後は商業ギルドの人が買い付けに来るようになるかと思います。私が絡んでいて、ユリアン司教様がいらっしゃるのですから、悪い話にはならないと思います。初回の五千は、私が全量買い取ります。いいでしょうか?」
「はい、もちろんです」
「それとですね、これも卸値に含んでおいて頂きたいのですけども、一枚につき一ゴルド。ううん、二枚につき一ゴルド。技術提供料として頂けますでしょうか。これも今後の展開では交渉可、です」
「わかりました。それでも問題ないです。技術提供料のお支払いはいつ?」
「不定期にこちらに参りますので、年単位で貯めておいてくだされば。あ、こちらは今回の紙の代金です」
ぶっちゃけ、この紙をトーマス商店に卸すだけでも、かなり儲かるんだけど。
「確かに。あー、これは領収書を作らないと駄目ですね。ただいま作って参りますので、少々お待ちを……」
カミラはそう言い残して、足早に部屋を出て行く。
それまでジッと見ていたユリアンは口を半開きにしていた。
「とりあえず、お約束の『教会が儲かる事業』は達成できそうです」
「ありがたいことです」
立ち上がって合掌して礼をするユリアンの額には汗が流れていた。月額五十万ゴルド以上が定期的に入ってくるなら、教会の商売としては上等過ぎるだろう。ユリアンの予想を超えたのでとりあえず満足。
「司教の方からのお話とは……?」
「まだ深刻ではありませんが……『遮音』が必要なお話ですね」
聞いておきたい。けどもう昼だ。時間的には昼過ぎ、と言っておいたから、余裕はあるけど、一応連絡しておこう。
「えと、じゃあ、カミラ女史を待つ間、ちょっと連絡したいのです。今日はお昼に待ち合わせをしていまして」
「ああ、そうなんですか。それは申し訳ありません」
こんな時に『短文』は便利だ。瞬時に意思の疎通が図れる。
エイダからはすぐに返信があった。えーと、なんだって、『ゴメン オキタ イマ』………。
まあ、合流するまでには目覚めるだろう……。
フレデリカの方からは『リョウカイ(>_<)/ オマチシテオリマス(*^_^*)』と返信があった。
うーん、文字絵だけじゃフレデリカの細かい心情は引き出せそうにないから、絵文字を作るか………? うーん、やるとしても次の世代の端末からだなぁ……。
「お待たせしました」
少し息を切らしたカミラが戻ってきた。
一通は領収書。
もう一通は、『教会で製造した紙二枚当たり、銭貨一枚の支払い義務が当方に発生する』ということを記した契約書というか念書だ。サイン欄があるので、自分の名前を書く。ちゃんと、この二通はここで製造した紙だというのがいい。
「あの、契約書は二通ないと」
と突っ込むと、慌てたカミラは、すぐ作ってきます、と再び戻っていった。
「あんなに慌てたシスター・カミラを見たのは初めてです。彼女は真面目で、私の冗談も真に受けて、冗談だとわかっても冷静なので面白くないのですよ……」
「ああ、わかります、それ。私もシスター・カミラの慌てる様には癒されます」
「はははっ、気が合いますね!」
「ははははは」
などと笑っているうちに、ムッとした顔のカミラが戻ってきた。会話を聞いてたわけですね。
「はい、契約確認しました。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
深く礼をして、カミラは今度こそ部屋を退出していった。植樹を手伝ってあげてねー。
「さて………」
ユリアンが座り直す。私は『遮音』結界を張る。
「ご存じの通り、『神託』は不定期にもたらされます。私への私信のような場合には皆さんにお知らせしないのですが、今回の神託は貴女への連絡というか……」
私は身を乗り出してユリアンを直視する。
「要約しますと、製作物が素晴らしいので継続して進化させるように、ということなのですが」
「製作物が進化、ですか?」
どれを指しているんだかわからないな……。
「この『端末』に繋がっている通信機のことでしょうか」
「えと、それはまあ、進化させる予定ではありますけど……。最近は色々作っているのでどれを指しているのやら」
「はははっ、そうですか」
「勇者が召喚された、なんて『神託』じゃなくてよかったです。ちょっとビクビクしてたんです」
私は息を吐きながら、安堵という言葉を実感してしまう。
「それは私も同じです。『神託』があるたびにドキドキしてるんですよ」
腹黒司教様ではなく、素に思える表情で、ユリアンは笑った。
教会を出て夕焼け通りを歩く前に、エイダとフレデリカに短文を送る。エイダには予定通りスーパースリーに稽古を付けてもらおう。上級冒険者が付き合ってくれる機会なんて、そうそうないのだから。
――――紙のロイヤリティ、安かったかなぁ……。まあ、こんなものだよね?