※屋根裏部屋の怪談
魔力回復ポーションを作るのを手伝っていたら深夜に近い時間になってしまった。今の時間から借家に戻ってもいいのだけど、たまには泊まっていけ、というトーマスの強引な誘いもあり、慣れ親しんだ屋根裏部屋に泊まることになった。まあ、今晩はどっちにしても泊まっていくつもりだったけども。
私が借家に引っ越ししてしまったため、屋根裏で寝るのは、今ではドロシー一人だけだ。ちなみにトーマスは二階に寝室があって、普段はそこで寝ている。今は明日の仕込み――体力回復ポーション作り―――をしているはずだ。
この世界には、一ヶ月、という単位はあれど、『一週間』という概念がなかった。
替わりに、十日に一度、安息日らしいものがある。トーマス商店は年中無休(店員不在でお休みになる場合はある)だったし、そもそも、安息日の存在に気付くような生活をしていない。
その点を考慮しつつ、題名は『十三回目の安息日』に変更(別に十三が縁起が悪いとかではないけど)して、就寝前のドロシーに聞かせてみる。
内容は……あの話と混ぜて、あとは即興で!
屋根裏部屋は静かで、古びた魔導ランプの灯りが、チラチラと不安定に揺らめく。怖い話には絶好のシチュエーションだ。
「―――私の故郷に伝わる話でね……産まれた時から異常に力の強い子供がいたの……」
「たまにいるらしいわね。アンタそうじゃないの?」
「………。風貌も不気味で、村人から忌み嫌われるようになったの」
「人を見た目で判断するのはよくないわ」
私は内心で舌打ちを連発した。
「―――湖のほとりに野営地があって。そこで旅人たちが行方不明になるようになったの」
「怪魚でも出たのかしら。湖に魔物。あるある」
「―――湖のほとりで野営をしていた一行がいたの」
「行方不明者が出てるのに警戒しないなんて。情報弱者かしら?」
だめだ。文化が違う。早々にホラー話の創作を断念する。
私は項垂れて顔をしかめる。
「で、何でいきなりこんな話をするのよ?」
ドロシーが苦悩のホラー作家に訊く。これが生みの苦しみってやつですか?
「実は、ギルドの解体場に行って、ジェイソンさんという人に会ったの」
「ヒィ!」
おお、怖がった。ちょっと嬉しい。共通体験は大事ね!
「……っていうか、ジェイソンさんは割と普通の人よ?」
「へ?」
「怖いのはジェイソンさんの息子の方で……ジャックっていうんだけど」
「バラバラ殺人の容疑者とか……?」
「いや、冒険者よ。花が……大好きな?」
ドロシーが困ったような顔になる。私は話の続きを促す。
「私が山に採取に行ってた時のことなんだけど……。日光草は白い花が咲くでしょ。一面の花畑でねぇ……。思わず花を摘もうと思ったわけ」
この場合は言葉通りだろうな、と頷く。
「そうしたらね、『コラ! 何してる!』だったっけなぁ。『ぶっ殺すぞ!』みたいな事をいきなり背後から言われてねぇ……」
「ふむふむ」
「振り向くと、こう、目が吊り上がった男がいてねー。それがジャックなんだけど。その血走った目のままで、こう言うのよ。『ボクは花が好きでね。怖がらせてしまったのならゴメンね』って。花好きの目じゃなかったわ、あれは。ゴメンとか一欠片も思ってなかったわね」
日光草は体力回復ポーションの材料の一つだ。必要なのは葉で……。と、ここで一つ思い至る。
「花が咲き終わった頃にも、そのジャックさんは花畑にいたりした?」
「あーいたかも」
それは恐らく、ボウズをどうにかするか、種を集めていたのだろう。
体力回復ポーションは、飲用すると多少の沈静作用がある。ということは、日光草はケシの一種なのかもしれない。となると、そのままではなく、薬効を高めるためには精製が必要になる。精製など、化学的な作業に精通しているのは―――錬金術のスキルを持った人物だ。
もしかして、ジャック――ジェイソン――トーマスの流れで、後ろ暗い精製をしているのだろうか。純粋に薬として作っているのなら別だけど、ジャックの様子を聞くと、公共の役立つこと―――鎮静剤の精製―――をしているようにも思えない。
いやしかし、これも偏見かもしれない。
保留だ。情報が足りないし、事によっては町の暗部に足を踏み入れてしまう。トーマスが関わっているかもしれないし、この件に関してはドロシーも味方ではないかもしれない。
「なに、どうしたのよ」
考え込んでいると、ドロシーが不安顔を見せる。その表情を見て、ドロシーは少なくとも部外者だと判断する。
「うん、この話、他の誰かにした?」
ドロシーが首を横に振る。
「この話は、他の誰にもしちゃダメ。理由は訊かないでほしいんだ。いい?」
断定調で、しかも強い命令口調で私は言った。ドロシーは目を丸くして、
「……わかった」
と素直に頷いた。あまりこういう口調でドロシーと話したことはなかったから、驚かれたかな。
まあ、暗殺稼業をしている私には、仮にトーマスが後ろ暗いことをしていても、とやかく言う立場にはない。
「うん、お願い」
「…………アンタって不思議よね」
ドロシーが眉根を寄せて、顔も寄せて、私を覗き込む。
「物覚えがもの凄く良いし。ドワーフだから当然だけど妙に力持ちだし。普通二泊は野宿するような場所でも日帰りで帰ってきたり。しかも傷も付いてなくて全然疲れてなかったり。ポーションを作るのだって、もしかしたらトーマスさんより腕がいいんじゃないかって思う時もあるし」
「そう……かな?」
否定はしないけど、肯定もしない。
「私はさ、生意気な妹ができたみたいでさ。嬉しかったんだ。でもね、そんなアンタの、ほんの一面しか知らないんじゃないか、って。時々不安になるんだ」
上目遣いはやめて! 叫びそうになる。
っていうかやっぱり妹だと思われてたのか! まあ、それは親愛表現だと思うことにしよう。
「ドロシーが不安になることなんて、ないよ」
ドロシーを見つめて、言う。
「そっか。そうだね。明日も早そうだし、寝ようか」
「うん、おやすみなさい」
魔道ランプの灯りを消して、布団を被る。ドロシーは納得してくれただろうか。関わらない方がいいものもあるんだよ……。
灯り窓からは月明かりが漏れてくる。
そうだ、月について今度訊いてみよう。
ドロシーには……知識がないか。トーマスには……ちょっと訊きにくいかなぁ。フェイなら知識があるかもしれないな。
月があり、満ち欠けもある。ただ、見るときによって月は大きさが違う気もする。この世界は星―――天体には違いない。もしかしたら太陽の裏側にある、謎の第十惑星かもしれない。錬金術と魔法があれば、ロケットは作れるだろうか。学術的な興味はあれど、兵器に転用されるのは明白だから、作るのは秘密裏にしなければ……。いや気球でもいいか。いやいや、空を飛ぶという発想を与えちゃいけないんじゃないか……? じゃあ、まずは望遠鏡から……カメラも欲しい……。
あれ、今晩は怪談しようとしてたんだっけ……? 映画の話……覚えてるの……変だなぁ…………。
――――むにゃむにゃ。