表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
王都で奇食巡り
89/870

電気の鳥

 護衛対象が全員アーサ宅にいたので、まずはそこで自己紹介をしてもらった。

「カレンと呼んでくれていいさ!」

「シェミーだわ。あら、可愛い子だわ……!」

 朝っぱらから高いテンションで来られると対応に困るというか……。護衛を担当する二人の冒険者を紹介しているブリジットが恐縮している。シェミーはドロシーに怪しげな視線を送る。ドロシーがちょっと引いている。

「すみませんすみません」

 ブリジットは、謝る仕草でさえ、優雅で筋肉が弾けるようなしなやかさだ。


 トーマス本人は護衛を断り(刺されても死なないから大丈夫だと豪語した)、普段はカレンかシェミー、どちらかがドロシーと一緒にベッキーの新居へ行って、ベッキーを連れて冒険者ギルドへの通勤の安全を確保。そのままトーマス商店を手伝いながら護衛、ということになった。もう一人は残って、アーサお婆ちゃんの家事を手伝いながら護衛。アーサお婆ちゃん的には娘か孫か弟子か……はたまた家政婦か……が増えて楽になりそう、だなんてお気楽な事を言っている。


 今日はシェミーがトーマス商店へ。カレンがアーサ宅で、一日交替で入れ替わることになった。

 二人のどちらかに所用が発生した場合は、私かルイス、シドのいずれかが代行して入ることに。

「そうね、貴女が来てから、本当に賑やかだわ」

 そういうアーサお婆ちゃんは最近ツヤツヤしている。生き甲斐のある暮らしっていいよね、お婆ちゃん。


「嬢ちゃんは今日はどうするのさ?」

 カレンの姉御が訊いてくる。

「午前中はちょっと地下室で研究したあと、教会に行く予定です。お昼過ぎに騎士団に行きます。エイダさんが、私の弟子に―――っていうと恥ずかしいんですけど―――魔法を教えてる騎士団員の相手をしてくれることになってて」

「よっしゃわかったさ!」

「そうね、じゃあ、朝一番のお掃除から。ウフフフフ」

 えーっ? って顔をしたね、カレンの姉御。しかし、そのあとには幸せなご飯が待っているんだよ……。がんばれ。


 出勤する皆を見送ってから、地下室に籠もる。

 昨晩、何だか色々受注しちゃったなぁ……。ちょっと整理してみるか。


 まず冷蔵樽が五台。樽を買わねば。銅もちょっと買わねば。構造に改良も必要、と。

 業務用冷蔵倉庫用魔法陣を……二隻分? 一回現地で現物みた方がいいね。紙で魔法陣作るのは海上だとよくないか。やっぱり金属で作るかなぁ。これも銅板かな。

 それと、今日の夕食は蜂の蛹(ヘボ)飯を作る、と。これは夕方かな。クロスズメバチのサナギじゃないかもしれないから、本当にヘボかどうかはわかんないけど。気分の問題ね。

 端末を含むディスプレイの改良、と。これも後回しだね。

 日光草の移植と栽培か。工場の建設には建材が……ああ、それで建材の話を先にされたのか。なるほどね。栽培は現地の状況を先に見ないとだめだなぁ。建材は何種類か試験的に作ることになるか。

 まずはこの家の壁から、だね。現物を見に、家の外へ行こう。



「そう、そこを拭いて頂戴ね。上手いわ。本当にスジがいいのね」

「そ、そんなことないさ!」

 台所に上がると、カレンが褒め殺されながら拭き掃除をやらされていた。そのうちに要求がどんどん厳しくなっていくんだけど、ノリノリでやらされてしまうだろう。

「ちょっと調べ物をしてから、教会に行ってきます」

「そう? 早いわね。いってらっしゃい」

「嬢ちゃん、気をつけるさ!」

「はい、いってきまーす」

 ペコリとお辞儀をして、正面扉から出る。

 そのまま、家の回りを一周。


「うーん」

 茶色く、渋い色に変色した柱と梁が外観に出ているデザイン。その隙間を漆喰で埋めていて、それで白と茶色のコントラストが生まれている。外壁として出ている柱だとかの木製部分と漆喰部分の比率は50:50と言っていい。

 漆喰を使った建物は、グリテンではポピュラーだと言える。確か、ロンデニオンから東へ行った海岸が岸壁になってて、石灰岩なんだよね。いつもの建材屋さんに漆喰売ってたっけなぁ。どうせ後で東地区行くし、一緒に見てみるかな。


「うーん」

 今現在塗られている漆喰を剥がして、新建材を埋め込んで、また漆喰を塗り直し、っていうのが本当は良いんだろうけど、それだと時間が掛かり過ぎちゃうか。直に貼って漆喰で誤魔化す方法もあるけど、厚みが出てしまう。重量も問題になるので建物がダメージを受けてしまう。漆喰が変質してしまう可能性はあるけど、そのまま強化してみようか。

 外壁の一部に軽く魔力を注入してみる。

 ぽわわわわ、と魔力が漆喰に吸い込まれて……しばらく留まって……やがて静かに霧散した。当たり前だけど、これ、土なんだなぁ。それなら土と同じく『硬化』を使ってみるか。

「―――『硬化』」

 結局のところ、付与魔法は不可視の魔法陣を転写しているようなもの。『硬化』の魔法の影響下にある……おそらく分子? は、結びつきを強める。私が持っている『硬化』のイメージはそんなところだ。生物か無生物かは関係無いわけで、無節操に固くしてしまう理屈にも、一応は合致する。


 付与魔法にはいわゆる防御力が上がったり攻撃力が上がったり、という専門もあるのだけど、たとえば、攻撃力向上なら、攻撃力を上げるために必要な筋肉を強化するイメージを持って魔法を行使しているのでは、と推察している。

 有名な付与魔法としては『加速』なんかがあるけれど、速く走る、もしくは長距離を走るのに特化した筋肉の強化をしているのだ、と思うとわかりやすい。

 誰かに説明されたわけじゃないし、この辺りの体系的な研究書を読んだわけでもないので、実体験からの推測でしかないけど。

 案外、魔術師ギルドには、そういう研究をしている人がいるのかもしれない。敵陣ど真ん中だけど、興味はあるなぁ……。


 さて、『硬化』を漆喰に使ってみたところ……。

 硬さは申し分ない。魔法を跳ね返したり、至近距離での爆発には怪しいかもしれないけれど……。漆喰部分はこれでいいか。

 木の部分は……こういう柱とか梁は、木材の柔軟性も重要だったりするから、単純に固くしてしまえばいいというわけではない。ちゃんと試してないからわからないけど。

「とりあえず漆喰部分だけでも全部やっておくか……」


 梁でいくつも区分けされているので、その部分ごとに『硬化』をかけていく。この付与強化は、漆喰の素材として優れた点―――吸水性、排水性、耐火性など―――を殺している可能性もある。また、固くなったことで別方向からの衝撃には弱くなっているかもしれない。けれど、現状で有効な防御策はこれくらいしかない。

 魔力吸い放題……という状況ならもっと手段はあるのだけど、この家に住むのはアーサお婆ちゃんだ。家が生き残って住人が枯れてしまうようでは本末転倒というもの。


「よし………」

 壁面は終わった。となると屋根も同等の処理をしておきたい。

 上を見上げる。太陽が昇ってきている。朝らしい朝。


「ん~」

 屋根に登るには……。

 ジャンプすれば衝撃であちこちが壊れそうだ。何せ、私は重い(泣)から。

 梁の出っ張りに飛びついて、手を引っ掛けてみる。

 ロッククライミングの要領で登ってみるか。

「よっ、と」

 三点支持だっけか。三点で身体を支えて、空いた手足のどれかで登る……。


「……………」


 くそ、手が届かない。何て短い身体なんだ……。

 断念。地面に降りる。

 こんな時には空が飛べれば…………。


「あっ!」

 どこかに放電しなきゃいけなくなるけど、アレを使ってみよう。『道具箱』から『雷の杖(未だ名称不確定)』を取り出す。


 エレクトリックサンダーが持っていたスキル……どう使えばいいのかは何となく理解できている。

 まずはスクワット。

「ふんっ、ふんっ!」

 手を曲げ伸ばし。

「ふんっ、ふんっ! ―――『発電』」

 魔力を補助的に使いながら体中に発生した電気を――――。

「――――『蓄電』」

 どのくらい溜めればいいのかはわからない。うーん、こんなものかな?

 髪の毛が広がって後光みたいになってるのがわかる。元の世界なら、かに道楽の看板みたいだなんて言われてしまうかもしれませんがな。


「―――『電荷浮遊』」

 指定する方向へ、ぐぐぐぐぐ、と身体が持ち上がっていく。

 むむむっ?

 コントロールが難しい。余計な慣性もついて、何だか三次元でエアホッケーをやっているみたいだ。


「ぐぬぬぬ」

 高さを屋根に合わせて………よし、横に移動………。止まるには……どこかに放電すればいいんだろうけど……。ここは住宅街で、雷撃は火系統ほど遠くへは飛ばせない。やばい、この電圧の高まり。ギャラクティ○マグナムを習得してしまいそうだ。っていうかどうして変電所内で星が爆発するような火系スキルを覚えたんだ? ああ、いまはそんなことを考えている余裕はないんだ! 電気をどこに……海はどうだ……船が見える……いま放ったら直撃してしまう!


 杖の蓄電毛糸の中に電気を戻せるだろうか。

 イメージだ、イメージ。

 電気を逆流……。


「ぎゃっ!」

 バシッ、と火花が散った。

 ラバーロッド製手袋が焼け焦げている。幸いにも杖にはダメージはなかったみたいだ。私はちょっとビリビリ来ている。

 三十センチほど落下して、屋根の上に着地。


ドンッ


 三十センチの落下にしては大きな音がした。

 いやあ、思えば遠い道のりだったなぁ。


「おーい、どこにいるのさ! ヤバイ密度の魔力が……!」

 慌てた様子のカレンが、下から叫んでいる。

「はーい、上にいますー!」

「なにー! 何してるのさー!」

 高まった魔力の正体が私だと判明して安心したのか、少し気の抜けたカレンの大声。

「えーと、屋根の修理ですー!」

 アーサお婆ちゃんも出てきて、上を見上げて、私を見つけて、叫んだ。

「そう! 降りられなくなったの? 待ってらっしゃい、いま、梯子を持ってくるから!」


 はしご?


 口の中で何度か呟いて、力なく笑うことしか、私にはできなかった……。



 無事に屋根の付与強化が済み、本物の地面に着地する。

 いやあ、文明の利器って凄いんだなぁ……と感慨に耽っていたら、

「ちょっとこっちに来るさ!」

 アーサお婆ちゃんとカレンはお冠だった。

「梯子は文明の利器じゃないさ!」

「そう、心配させるのね………」

 怒るカレンと泣くアーサお婆ちゃん。ずるいよお婆ちゃん、泣くなんて、ずるい。カレンの怒気の百倍は心が痛い。

「ごめんなさいごめんなさいもうしません」

 と、平身低頭謝って何とか許してもらう。


 護衛関係者にも、『魔力を使った実験だった。お騒がせして申し訳ない』と、何だかUFO事件を隠蔽する某国政府の公式発表みたいな短文を送りまくった。

 さすがにポートマットに滞在していた上級冒険者は魔力の高まりに気付いたようで、私が短文を送る前に、臨戦態勢を取っていたとのこと。『……即応できるかどうかを見るには良い訓練になった』とはフェイの弁だけれども、『……次からは予告しろ』と釘も刺された。


 何でも魔法で解決しようとしてはいけない。いい教訓になった。カレンの姉御に一発殴られたけど。

「じゃあ、教会に行ってきます!」

 ジト目で見送るアーサとカレンから逃げるように、教会へ向かった。



「お姉様、さきほど不穏な魔力の高まりを感じました」

「そうそう~。すぐに消えたけど~」

「大変危険な魔力の高まりでした。何かご存じでは?」

 教会に着くと、開口一番、エミー、マリア、ユリアンに言われてしまう。

「あのですね、私が実験をしていまして、その余波と思われます。ごめんなさい」

 と、ここでも平謝り。


「そうですか……よかったです」

 原因が私だとわかると、あからさまにホッとされた。

「最近は、お姉様がどこにいるのか、大体わかるようになってきたんですよ」

「わたしも~。昨日の夜、町に戻ってきたでしょ~」

 何でも、私に言われた魔力総量を増やす練習を、毎日欠かさずやっているのだという。

「使えば使うほど、魔法の使用回数が増えていく気がします」

「そうそう~」

「それ、とてもいいことなので、伸びが止まることもあるかもしれないけど、続けてみるといいかも」

 魔力総量だけじゃなくて、感知、探知系のスキルが伸びてるのか。


「ところでお姉様、本日はいかがなさったんですか?」

 トーマス商店で会っている時より、教会で会う方が神々しいなぁ。場所補正みたいなものかしら。

「ああ、王都に行ってきたので、これ、お土産です。みなさんでどうぞ」

 と、オレンジを一箱、ユリアンに見せてから、マリアに渡す。

「これはっ」

「オレンジがこんなに……」

「うれしい~」

「人数多そうだから、全員に回るといいんですけど……」

「これだけあれば大丈夫でしょう。ありがとうございます」

 ユリアンは流れるように合掌してお辞儀をする。

「この後はお時間ありますか?」

 ユリアンが穏やかに言う。

「はい。カミラさんに苗を渡したら伺います」

 ニッコリ笑って返すけれど、心臓の鼓動が速くなった自覚がある。必死に笑みを作る。

「わかりました。お待ちしています」

 ユリアンも笑みを返すけれど、あまりに完璧な笑みで、逆に私は不安しか感じられなかった。



―――まさか、神託があったんじゃ………?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ