孫の帰還
アーロンを見送ったあと、支部長室にはしばしの静寂が訪れ、しかしそれはすぐに破られた。
「……わすれてた」
フェイの素の言葉だった。独り言のようだった。
全員の目が「?」になっている。
「……ボリスはその後どうなったんだ?」
「ああ!」
そうだったそうだった。もう、ここまで来ると才能か、そういうユニークスキルなんじゃないかと思ったりもする。
ブリジットの視線がしばらく宙をさまよったあと、ああ、と小さく呻くように言ってから、言葉を継いだ。
「ボリス・ジェームス副支部長? と、エリック・バーン―――エリックは本部建物の清掃係に最近雇った者です―――は、以前からギルド定期便、鳩便の両方を使ってやり取りをしていました。鳩便を使っていて内容が不明瞭な文章は、気付いてくれと言っているようなものです」
「……私が指摘する以前より調査は入っていたと言っていたしな」
「そうです。一介の新人清掃員であるエリック・バーンに、私信が届く理由がそもそもありません。目立っていました。気付いてくれ、といわんばかりに」
「……ボリスなりに戦っていたのかもしれんな。……だが、私に相談できる機会を逃しているのだ。……罪は罪だ」
全員が頷いて同意を示す。
「ボリスさんの身柄はどうなるんですか?」
ベッキーは元同僚の処遇が気になるようだ。優しいですね……。
「当初、本部長の意見では、本部に異動させて、ヒラの受付に格下げ、素行に問題がなければ何年か後にウィンター支部辺りに飛ばす、という案でしたが……」
「第四隊の襲撃で情勢が変わったんですね?」
「はい。ボリスが送った情報が、魔術師殿の襲撃に直結していますので、その点を本部長は重く見ています」
「エリック・バーンが情報を送っていた相手というのは、結局第四騎士団第四隊で間違いないんでしょうか?」
「まだ特務が調査中です。第四隊の可能性が濃厚ですが、他の部隊だという可能性も皆無ではありません。悩ましいところです」
「人質に取られている、とされている方たちの救出作業はどうなっているんでしょうか?」
「第四隊の部下の方々がペラペラ喋りまして、そちらは所在を掴んでいます。最低、救出した件数分は内通者がいることになりますので、迅速に確保を目指している、と特務からは連絡を受けています。場所の特定は済んでいるそうなので、そろそろ結果が入ることでしょう」
ああ、それでイオンは部下への端末の配布を急ぎ嘆願してきたわけか。本部トップ3が酒に溺れている間に、なんて働き者なんだ。
「どちらにせよ、拘禁中の内通者に対しての交渉材料を当方が確保してからですね。それまでは処分保留にならざるを得ません」
「……よくわかった。……他の報告を聞こう」
他の報告というと……ああ……遠い昔の話みたいだ……。
「本部への通信機の設置、及び指定面子への端末の配布は完了、通信試験も無事終了しています。対価も頂きました」
「……うむ」
「それでですね、表示の仕組みに難がある自覚はありますので、これは対策を検討中です」
「……うむ。……確かに。……だが、今のままでも驚異的ではあるぞ?」
フェイの感想に、ベッキーとブリジットは大きく頷いた。
「第四隊の襲撃後の処理が半日で終わることが、そもそも奇跡的だと。本部長が驚愕しておりました。通信機がなければ、三日はゆうに費やしたことでしょう」
それもそうだなぁ。王都まで三時間の距離とはいえ、連絡を複数回しなければならないところだし。そもそも現地から連絡、というのは大きなアドバンテージだった。
「襲撃の当日に宰相に連絡が行っているのですから、動きを封じてもいます。この連絡手段を持っている冒険者ギルドは、大きな武器を手に入れたと実感しているところです」
「大げさではないですね」
ベッキーも頷いている。ポートマット支部との連絡にも役だった。瞬時に意思を確認出来るというのは本当に武器なのだ。
「仮に、ボリスとやらの人質が助かれば、この通信機は、その人達を助けたことになります。本当に有用な魔道具だと、私個人も思います」
ゲテ姉さんに言われると恥ずかしいな。ますます改良しなくちゃ……。
「……本部とポートマット支部で、これだけ喧伝しているからな。……ブリストへの導入は間違いない。……あとは学術都市……ノックスか。……資金に余裕のある支部はこぞって注文するだろう」
「もしくは本部が援助して、小さな支部にも導入させることになるかと思います」
そうだろうなぁ……。面倒だけどしょうがない。乗りかかった船だ。だけど無節操に増産を強要されても困る。本来、これは手鏡から派生した身内への連絡用アイテムでしかなかったのだから。
「冒険者ギルド内で通信機の使用が一般的になって、それは恐らく騎士団も知るところになるわけですよね? 騎士団や王宮も導入を求めてくるのでは?」
ベッキーの懸念はもっともだと思う。
「うーん、そうですねぇ、今のところ敵性の団体に供与する愚は犯しません」
「……そうだな……。……冒険者ギルドと王宮、騎士団との関係改善が先だろうな」
「それについては、第四隊だけの突出した行動で、真実は闇に葬られたとはいえ、冒険者ギルド側―――主に本部長ですが―――は怒っています。騎士団や王宮側が大幅な譲歩と謝意を表明しない限り、難しそうです」
「……今のところ、ザンは抑えてはいるが、やつが暴発したら革命一直線だ。……統合的な軍隊としての質は騎士団の方が無論上だが、街中での戦闘に持ち込んだら冒険者ギルド側が圧倒的に勝利するだろう。……戦っている間に崩御、国王が代わって戦争が終わる」
フェイの口ぶりからは、このパターンが何度か繰り返されたということが感じ取れる。街中での非対称戦は、騎士団にとって悪夢だろう。
「……いまの国王は冒険者ギルドに干渉しない方策を貫いているな」
国が冒険者ギルドに関わるパターンは、締め付ける、優遇、無干渉、の三つだ。締め付けた場合は早々にギルド側の反発を食らい、逆に優遇するとなあなあになって治安が悪化して結局対立。両者にとって一番無難なのが無干渉なのだという。
「その意味では悪い判断ではありませんね」
ブリジットも頷く。
「……よし、話はここまでだ。……お前はベッキーとトーマス商店の子たちを護衛して戻れ。……ブリジットは、エドワードたちと合流するといい」
「私は支部長をお手伝いします」
ブリジットは本部の秘書だろうに……。ワーカホリックじゃなくて、純粋に恋愛感情をぶつけているんだろうけど、フェイの気持ちも考えなければ。いやでも、フェイは案外押しに弱いところはあるし、ここは素直に応援させてもらおう。
「……好きにしろ」
フェイは諦観に満たされた表情で、ブリジットの希望を認めた。
「わかりました。行きましょう、ベッキーさん」
「ええ」
私は『遮音』結界を解除して、ギルドの建物を出た。もう空は真っ暗だった。
まだ看板に灯りの点いている(営業中のサインだ)トーマス商店へ向かう。
「いらっしゃいませ! あ、おかえりなさい! ドロシーねえさーん、帰ってきましたよー!」
レックスが閉店前のテンション(これは何故か上がる)で、カウンター奧にいるドロシーを呼んだ。レックスはまだ背が低いので、踏み台のようなものがカウンター下に置いてある。素速くピョコピョコ動いているのが可愛い。
と、閉店作業の掃除を手伝っているのは、ルイスだった。
「あれ、ルイスさん? が何で手伝ってるんですか?」
「やーあー! 支部長に一日護衛を命じられてねー」
いや参ったなぁ、とでも言うように、ルイスは首筋を掻いた。
そうこうしているうちに、小走りにエプロンで手を拭きながら、ドロシーがやってきた。二階にいたようだ。
「あらおかえり。何か面倒に巻き込まれた?」
遅かったじゃないの、心配しちゃったじゃないの、どうしてくれるの、お土産はどうしたの、護衛がくる事態ってなんなの、と、体全体が話し掛けてくる。これがボディーランゲージというやつか! すごいなドロシー。
「えと……まあ、そうかな? もう店閉めるよね?」
「うん。レックス、閉店作業は終わってるね? 看板しまって施錠してちょうだい」
「はい、姉さん、わかりました」
素直なレックスは可愛いね。ドロシーの顔の下半分が緩んでいるのがわかる。でも、この素直なレックスも、育っていくと商売のイロハや薄汚いところを吸収して、ふてぶてしい中年男性になってしまうんだわ。だから、せめて光り輝く、この素直な子供時代を目に焼き付けておこう!
ほとんど閉店作業は終わっていたので、看板の魔導ランプをしまって、施錠をして、本日の営業は終了。
「夕食できましたよー」
二階からサリーの声がする。
「ドロシーは今晩はどうする予定だったの?」
「家に戻る予定よ? ルイスさんがこっちに泊まってくれるっていうし? 無料で護衛が付くなんて素敵よね?」
案外大胆だな……。
「うん、そしたら、その辺りのこと、説明したいんだ。アーサさんにも一緒に説明したいから、家に戻ろ?」
「わかったわ。アンタ、本当に面倒に巻き込まれてるわけね」
私が原因で間違いないんだけど、遠因は違う、と思いたい。
「ルイスさんの分の夕食はあるの?」
ベッキーが訊くと、ドロシーは頷いて、
「サリーが大量に失敗しましたから」
と、笑っていない目で答えた。
ドロシーとレックスを伴って、一度二階に上がる。
「あ、おかえりなさい! 王都はどうでしたか?」
サリーの目は人を観察する目だ。いい意味で言えば対象の機微を感じようと努力しているのだけど、悪い意味で言えば、顔色を窺う目だ。レックスが素直にドロシーの言うことを聞くのに対して、サリーは一つクッション置いて考えようとしている。レックスの場合は思考放棄ともいえるし、習うより慣れろを地でいっているとも言える。サリーはその点、考え過ぎなのだろう。聡明な子だから辛いわけか。
「サリー?」
私は少しだけ屈んで、目線をサリーに合わせる。
「はい?」
「お料理失敗しちゃったんだって?」
「はい………」
目を伏せたサリーのほっぺたに、掌を添える。
「そう……。時には考え過ぎないで、感じるだけの方が、上手くいくときもあるよ?」
掌から少しだけ、魔力をサリーに移す。立ち上がって、レックスの頭にもポン、と掌を添えて、同じように魔力をレックスに少しだけ。
その魔力は、ほのかに熱を持っているはずだ。
頬を押さえたサリー、頭を押さえたレックスに、『道具箱』からオレンジを取り出して渡す。
「王都のお土産だよ。皮は捨てずに取っておいてね。ドロシーがすごいの作ってくれるよ?」
「はい!」
「ありがとうございます……」
「ああ、オレンジ、もう一つ置いておくね。ルイスさんに差し上げてね」
振り返ると、ドロシーがムッとしていた。
「アンタ、美味しいところ持っていくわね……」
私はちょっとだけ笑って、ドロシーの手を取って、下に降りた。
ドロシーは階下から、
「施錠していくからね。知らない人を入れるんじゃないよ? いい?」
と過保護に叫んだ。あれ、この台詞って赤頭巾ちゃん……いや気のせいだろう……。
「はーい!」
と上から声を確認して、ルイスに挨拶をする。
「じゃ、ルイスさん、今晩、あの子達の面倒をお願いします」
本当は労いにワインの一本でもあげたいんだけど、任務の性格上、アルコールはだめだしなぁ……。せめて真摯にお願いしておこう。
「まーかーせーてー」
気の抜けた口調だけど、この人なら大丈夫だろう。
「よろしくお願いします」
ドロシーも深くお辞儀をした。そりゃ、あの子たちを一番心配してるのはドロシーだもんね。
ルイスの気の抜けた返事を聞いてから、ドロシーとベッキーと三人、アーサ宅へ戻ることにする。
「トーマスさんは実家に向かってもらったわ」
ベッキーが補足する。新居ではなく、トーマスはアーサ宅にいるとのこと。っていうか『さん』付けなんだね。そのうちにもっと気安い呼び方になっていくんだろうねぇ。ニヤニヤ。
夜の夕焼け通りを西へ歩く。
気配探知で探りながら、ゆっくり。実際問題としては表示されている光点が多すぎて、敵性判定は難しい。直視すれば赤いか青いかで判別は付くんだけどなぁ……。なので一々チェックして進む。一人で苦労しているのに、ベッキーとドロシーは楽しそうに会話してる。あれ、結構仲良くなってる?
「アンタ、着いたわよ?」
ハッ。
集中すると時を忘れるものだね。
いつの間にかアーサ宅に戻ってきていた。門構えと庭、白と茶色の建物を見ただけで、帰ってきた、という実感に襲われた。
「ただいま!」
「そう! おかえり!」
扉の後にいたでしょ絶対!
というタイミングでアーサお婆ちゃんが出てくる。
「ただいま、お婆ちゃん」
極々自然に、口からでた。
「そう、おかえり」
今までで一番の笑みを貰った。
「おうっ、おかえり!」
アーサお婆ちゃんの後でトーマスが我が物顔で笑っているのを見て、ちょっと舌打ちしてしまったのは内緒だ。
「ただいまです」
「おかえりまってたぞ」
シドがこの家の護衛に来てくれていた。ありがたいことだ。
しかし、あれ、アーサお婆ちゃんはどこか……おめかししているような? 明らかによそ行きの服装をしている。
気配探知で探ると、なるほど、と納得する。
「フェイが後から来るそうだ。その時に一緒に説明するとな。冒険者ギルド本部からの説明もあるそうだ」
うん、『気配探知』で見ると、ブリジットがフェイの周囲をグルグル回っている。衛星みたいだ。しかし、先に家族に説明しておいてくれ、とか言って、さっさと来るとは。せっかちだなぁ。
「まあまあ。とりあえずお茶にしましょう」
時間としてはちょっと遅い夕食、くらいなんだけど、説明が終わってからじゃさらに遅れそう。まあ、非常食を内蔵しているこの身体ですから。ドミニクの店の料理もまだ手を付けてないし。
「……夜分に失礼する」
夜の闇からダークエルフ登場。と、褐色のしなやかな女性も背後から登場。二人一緒だと、美男美女で、案外お似合いに見える。
ハッ。
アーサお婆ちゃんの表情が般若だ………?
―――アーサお婆ちゃんのジェラシービームが熱い!




