世界との邂逅
※新章であります。そして、今章が最終章となります。カボチャプリン世界のネタバレを含みます。
どれほど時が経ったのだろう。
暗い音のない世界で、一つの細胞が生まれ……。
正義の血とやらは流れていないと思うけど、とりあえず何でも良いから早く人間になりたい……。
おやおや?
ここはどこかしら?
暗いといえば暗いけれど、暗闇とまではいかない。どこかからか明かりが入ってきているみたい。ということは、ここは建物の中で……。
私はどうなったんだっけ。
ああ、そうだ。『浄化』されて清められてしまったんだわ~。
ということは、ここが死語の世界……。
「ナウい」
お、声が出るじゃないか。
それにしても暗がりでちょっと見にくい……と思ったら、突然明るさが調整されたかのように視界が開けた。
うん?
なんだここは?
大きな、大きな…………体育館みたいな建物の中みたい。その広大な空間には、三つの大きな塔のような筒が立っていた。スケールがわからないけど、原子力発電所の蒸気塔みたいな感じ。ただし蒸気は出てないし、凄い熱が出ている、という訳でもなさそう。
天井を見上げる。
巨大なダクトがうねるように配管されていて、その先端には羽根が付いていて、ゆっくりと回転している。時々太陽光らしきものが漏れて、まるでアンドロイドは電気羊の夢を見るかとかの世界みたいだなぁ…………。
ここは――――工場だろうか……?
死後の世界は工場だったというのか。
それとも、私はまだ夢を見ているのだろうか。
わかった、これが夢工場ってやつだ。フジテレビだ。
今見ているものが夢かどうか、を確認するには、呼吸を止めて、何秒か真剣な目をしてみればいい……と聞いたことがある。
「………………………………」
別に苦しくならない。
ということは、これは夢の中なのだろうか。
飛んだり、跳ねたり……は何故かできない。
「!?」
不思議に思って足元を見てみると、それは足ではなかった。小さな無限軌道だった。
ガンタンクに転生したのだろうか……。
コアファイターはついているのかしら、と胴を見てみようとする。と、どうやら付いていない様子。よかった、リュウさんが死ななくて済みそう……っていうか……この体、機械っていうかロボットみたいなんですけど……。
ガンタンクが当たらずといえども遠からずだと知って、普通ならショックを受けるところなんだろうけど……。これがまだ夢の中である可能性があるし、まだ慌てる時間じゃない。仙堂だってそう言ってたよ。
否定できる要素を探してみるも、手の先は機械の手にしか見えない。いっそ鏡でもあればいいのに、と思いつつ、建物の中を歩いてみることにした。
自分の体の大きさがわからないので、正確なところはわからないけれど、こういう時は東京ドーム何個分、名古屋の人ならナゴヤドーム何個分、みたいに言えばいいのかしら。大雑把に言えば東京ドーム一つ分くらいの広さ? 比較するものがないから二つ分くらいはあるのかも。ナゴヤドーム何個分なのかはちょっとわからないけど、きっと誤差だよね。
航空機の工場とか、天井が高い建物は、天井付近に雲ができる……なんて話を聞いたことがある。この建物もそれなりに天井の高さはありそうだけど、雲があるかどうかまでは確認できない。あの送風機みたいなのが、天井付近の水分を排出しているのかもしれない。
三つの塔は天頂部にファンがあるみたいで、ダクトが時折、僅かに揺れているのが見える。
ここは何かのプラントなのかしら?
神の国? 天国? それとも地獄? なんにせよ、殺風景には変わりないか。
「おっ」
お仲間? かしら。脚部がキャタピラーになっているロボットを発見した。そのロボットは動く素振りを見せず、朽ちたオブジェのようだった。
某太陽の牙みたいに風化こそしてないけれど、動きそうにないのは明らかだった。
頭部に相当する部分には二眼のカメラ、硬質のプラスチックに見える胴体、そこから延びる関節の付いた手は二本。
同型なら、今の私も同じ姿をしているはず。『先行者』よりは、『ペッパー』に近いかしら。愛嬌がある、と言えなくはないけど、人間からは共感を得にくいデザインだと思う。
カタカタ…………と建物の中を徘徊すると、ロボットみたいなのは私を含めて合計で十台いた。私以外のロボットはいずれも動きを見せず、稼働しているのは私だけみたい。
ここがプラントだとしたら……ロボットは保守管理をするための存在で、稼働しているのが残り一台ということは、かなりヤバイ状況なんじゃなかろうか。
「んっ?」
塔の一つ、その根元の部分が点滅しているのが見えた。
ただ点滅しているだけなんだけど、それが誘われているような、呼ばれているような気がして、とりあえず行ってみることにする。
気がついてから、このプラント? で、メッセージらしいモノはなかったので、ちょっと唐突な感じはする。でも、動きを見せたのも初めてだった。
根元に到着すると、そこにはディスプレイらしきものがあり、幾つかの操作パネル、キーボード、コネクタなどがあった。
これは……触れ、ということかしら?
キーボードは使い慣れたものと同じ形状だけど、書かれている文字はアルファベットではなさそう。キリル文字とかロシア語みたいな感じだけど、それもきっと違うんだろう。見たことがない文字なのに、その文字が何なのか、スッと理解できた。
不思議だ。
初めてなのに初めてじゃない気がする……。
ブォン…………
ディスプレイに灯りが点く。まるで、私が来るのを待っていたかのよう。
《ようこそ》
ディスプレイに文字が表示される。
「……………………」
何語なのかはわからない。日本語でも英語でもグリテン語でもない。でも、意味はわかった。
《私が。貴方を。呼んだ。この世界に》
その文字列を見た時、全てを思い出した。
この……人物? に私は会っている。月の深部で。いや、もしかしたら、もっと前にも……?
「神様……?」
《否。神。ではない》
ああ、そうだった。
「この、サーバが、ジェネシス?」
《概ね是。個体名。私には。ない》
そうだった、そうだった。
《端末から。アクセスせよ。概要。理解》
端末、というのは、この操作パネル群のことらしい。指先からコネクタを伸ばして、パネルにある穴に挿入する。おお、活線挿抜みたいね。
「お――――――――」
本当だ。概要が頭? の中に入り込んでくる。そうか。この『塔』は、コンピュータで、サーバで……個体名はない、って言ってるけど、サーバの管理プログラムの製品名が『ジェネシス』なのね。
そして、その『概要』とは――――――――世界の理だ。
「…………うそ、でしょ…………?」
信じられないし、信じたくない、突拍子もない、まるでSFのような―――――。
「これが、『世界』の『形』だと?」
《是。真実。理解。求む》
ディスプレイに表示される文字列は冷静でもあり、切羽詰まった懇願にも見えた。
世界は。
この、三つの『塔』の中にある。
私たちの世界は――――サーバの中で蠢く、プログラムによって仕向けられた動きをする――――単なる信号の塊――――。
私も。
エミーも。サリーも。ドロシーも。
電気かどうかはわからないけれど、信号に過ぎないのだという。
風の囁きも、大地の呻きも、炎の揺らぎも、川のせせらぎも。
草花の成長も、男女が愛し合うことも。カボチャプディングを食べることも。
壮麗な建物も、巨大な船も、立派な石畳も。
全てが。
計算の結果なのだと…………。
「馬鹿な……」
ロボットなのに、血の気が引いた――――気がする。
否定の言葉が出そうで出ない。思い当たるフシがありすぎる。
観察されなければ、そこに何があるのかは発見されない、ゲームのような世界…………。フラクタル理論によって増えていく細胞…………。
『アース』を観察した時も然り。太陽系を観察したときも然り。星空が観測する度に増えていく事象に、上手い説明を提示できないでいる……。
宇宙はどうやって誕生して、どういう形をしているのか? 解明なんかできるわけがないのだ。
だって。
最初に『そこに、そのような形で設置』されただけなんだから。
『ジェネシス』は、この三つのサーバを統括する管理プログラムだ。なるほど、個体名ではないだろう。そして、一つのサーバにつき、二つから三つの『世界』が稼働している。三つのサーバで合計八つの世界が存在しているのだ。
私が今まで暮らしていたのは『第七世界』――――の三周期目。
周期とは…………。天変地異などで強制的に文明をリセットすることを指す。つまり、二度に渡って文明が途絶え、その度にやり直した世界だということ。
記録を見るに……………。
あの化石は自然にできたもので間違いない。
宇宙船は外宇宙から飛来したものではなく――――先史文明の『アース』由来のものだった。
迷宮システムとは、先史文明の遺産を活用したもの。
『空間精霊』LV10とは、ジェネシスからのアクセスを可能にする鍵のようなもの。そしてジェネシスがデータを配置するために行使するツールだった。
『第七世界』は、世界の均衡を保つために『魔力』と呼ばれるエネルギーを設定し、運用するための実験環境だった。
世界シミュレータによる実験!
そう、『ジェネシス』で管理されている『世界』は、実験のために稼働している。つまり………シミュレーション環境……。世界は、シミュレータなのだと……!
「で、何のための実験なんだろう?」
ロボットの私が口に出す。実験の目的は『概要』に掲載されていなかったから。
《不明》
ジェネシスが回答する。
《但し。推測可能》
「ほう?」
類推できる辺り、ジェネシスは人工知能よりも人間に近い存在なのかもしれない。人間っぽくデザインされていない、というだけなんだろうね。
まあ、単なるデータである私の方が人間っぽいけどね。
ああ…………自分をデータだと認めちゃったよ…………。
《一つ。条件の違う複数のシミュレーション環境を並行して実行していること。一つ。より良い結果を求めるように繰り返すよう指定されていること。一つ。より良い結果を求めるための介入は各種パターンが試されていること。一つ。シミュレーションの結果を生かす環境が存在しないこと……》
「結果を生かす環境が存在しない、っていうのはどういうこと?」
《この。世界。既に。崩壊》
「んっ? えっ?」
《正確な情報。知的生命体。存在しない》
「この世界には、今現在、知性を持つ生き物がいない、ってこと?」
《是》
「何があったの?」
《不明》
「外は見られる?」
《是。一定の手順を踏めばサーバルームより外出は可能》
「うん、外を見てみたい」
《『パペット』の修理後。許可》
パペット、というのは、このロボットのニックネームらしい。何だ、修理屋さんとして呼ばれたのかな?
「私に、このロボットを修理しろと?」
《是》
一応修理マニュアルはあるし、補修部品さえあればどうにかなるかしら。
「わかった。話の続きね。シミュレーションの結果を生かす環境がないのに、延々とシミュレーションを行っている。うん、ジェネシスの結論としては?」
《より良い歴史の検証。次代への礎。制作者たちの悔恨の発露》
何のこっちゃ。
「この場合、次代っていうのは……?」
《他恒星系に住む知的生命体》
「その、知的生命体とやらが、このシミュレーターに接触する可能性は?」
《限りなくゼロ》
ジェネシスは即答した。計算済み、ってことね。
「でもやるんだね?」
《私は。そのように。作られた》
「そっか……」
これがプログラム、コンピュータの悲哀というやつか。ジェネシスは、教えられたことしか出来ずにいるのだ。
でも、そのお陰でシミュレーターが稼働して、中で人が生きている……のだから、これを僥倖と言わずして、なんと言えばいいのだろう?
コンピュータの中にいる人たちは、確かにデータかもしれないけれど、確かに生きているのよね。少なくとも、私はそう確信している。
――――他ならぬ、データであろう私がそう思ってるんだから、そのくらい、勘違いさせてくれてもいいじゃない?