十人目の黒魔女
【王国暦130年1月1日 19:25】
――――死亡が確認されました
――――ユニークスキル:不死LV9が発動しました。スキルの保全が行われます
――――復活に必要な魔力が不足しています
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
――――ユニークスキル:不死LV10を習得しました(LV9>LV10)
――――ユニークスキル:不死LV10が発動しました
「んがっ……」
死亡から復活するまでに慣れってモノはないと思うんだけど、妙に復帰時間が短くなったような気がする。
逆に? 死亡する感覚には慣れてしまったかもしれない。
死ぬ時っていうのは、何だろう、喩えるなら喪失感に近いだろうか。加えて恐怖感もある。ついでに閉塞感……。要するにネガティブな感覚が一気に襲ってきて、いきなりスイッチが切られる。
復活した後は、『生きてて良かった!』と単純に思える。その後に、現実の悲喜交々を思い出して、少々憂鬱になる――――。
変な話、死亡時には、一切合切から解放された、一種の快感とも思えるものも存在していて、せっかく解放されたのに、強引に自意識を自覚させられ、引き戻されて、また色々と背負うことになるのか、というウンザリした気分にもなる、ということね。
これを哲学と言っていいのかどうかわからないけど、生きることは死ぬことで、死ぬこともまた、生きること。何回も死んでると、なるほどなぁ、と妙に納得しちゃうものがある。
ちなみに、臨死体験みたいなのは今のところない。あれも、脳が自分の位置を誤って把握している状況に過ぎないのだ、って科学的な説明がされていたっけ。
その一方で、生体コンピュータになった私たちには、この位置情報の誤りっていう現象が起こっている。遠隔地にあるアバターとの接続を切ったのに、まだそこにいるような気になるらしい。生物の不思議、脳の不思議は、解明されてないものもあるんだなぁ。
《やあ、八番》
と、今までの私、七番が私に語りかけてきた。
「んんっ……。不死者じゃない……。『限界突破』が働いたみたい」
《『不死』LV10になった?》
「なってる。けど不死者になってないね」
《つまり限界じゃない、って判定らしい》
「LV10到達時に何が起こるか、っていうのは鬼門だったわけだけどさ。限界に到達するまではサクサク進むってことかな」
《こうなってくると、むしろ普通に死ねるのか疑問になってきたねぇ》
「なーに、本当の限界まで生体コンピュータを量産するさ。そっちの気分はどう?」
《不思議だね。殻があるような、無いような》
「ふうん……」
《サリーが開発した新しいプロトコルもいいね。殆どタイムラグを感じない》
「本当に、私たちには過ぎた弟子だよ」
《違いないね》
「アバターの即応性が上がって、操作がより直感的になれば、私たちが増えたことが違う意味を持ってくるもんね」
《お、頭が冴えてきたようだね。その通り、半永久的な迷宮管理者の増員はいい影響を与えるだろうね。ユニークスキルに関しては失われる可能性が高いけど》
「代替手段は開発中で目処が立っているとして。精霊たちが問題よね」
精霊たちによれば、過去にこれだけ精霊を酷使した主は皆無だったそうな。それも、他の生物を殺すために使うのではなく、モノを作ったり救ったりと、建設的な方向での精霊使役は、とても喜ばしいものだったらしい。
《でもまあ、次世代の主に行ってもらう話は納得はしてもらえてるみたいだし、仮に生体コンピュータである私たちが使役できたとしても、実質の飼い殺しをするよりは、他の人に有効に使ってもらえる方がいいよ》
八番の私は大きく頷いた。
「オダの『不死』LV10の時は即、不死者になってたよね?」
《多分ね、本来はLV10になった時、自動的に不死者になるんじゃないかな。オダが不死者になった時は、まだユニークスキルとして所持していたから、その段階ではユニークスキルは切り離さないみたいね》
「主が不死者になったケースでも、精霊魔法スキルはそのままだった。と考えると、浄化直前に関係者が全員集合しているべきだろうね」
《では、そろそろ、関係者には招集かけてもらおうか》
「生体コンピュータを九号機まで作るって話と、それに関連する私の末路、加えて私の体が限界だってことは、エミーも知ってるはずなんだけどね」
《すでに完成している生体コンピュータへの魂の封入はこれ以上遅らせられないし、ここに至っては少々の延命に意味はないよ。現実に対して冷静に対応できるかどうか》
「いや、そこはさ。女王陛下とはいえ、いかにエミーがチートな存在とはいえ、やっぱり一人の女の子なんだよ」
《うーん、そろそろ女の子、って年齢じゃない気もするけど》
「本人に言ったら殴られそう」
《あのタックルは強烈だったもんね》
「スクールウォーズなんて書架にあったかな……」
《ああ、賢治の右足がダメになっちゃうやつね。俺はこれからお前たちを殴る!》
「滝沢先生は砧緑地の打ちっ放しによくいるという噂が……」
《九代目食いしん坊……スニーカー刑事……ああ、これ以上は他の私の介入を招く》
「うん、自重して作業に戻ろう」
謎のツッコミ合いを止めて、八番の私は空の生体コンピュータを見上げた。
《エミーへの連絡は?》
「うん、他の私を通じてお願いできるかな? 『浄化』の準備を、グリテン最強の聖女様に」
《わかった》
八番の私が了承の返答をした。
【王国暦130年1月2日 15:27】
――――死亡が確認されました
――――ユニークスキル:不死LV10が発動しました。スキルの保全が行われます
――――復活に必要な魔力が不足しています
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
――――ユニークスキル:不死LV11を習得しました(LV10>LV11)
――――ユニークスキル:不死LV11が発動しました
八番目の生体コンピュータが稼働を開始して、九番の私が誕生した。『不死』LVは11。毎回が綱渡りの延長戦。賭けに負けると私は不死者化する。
《なるほど、殻があるような無いような、こういう気分なのか》
八番の私が納得した声を出した。
「こっちはあんまり変わらないなぁ」
ただ生き返った、ってだけなので感覚に変わりはない。もう死生観がメチャメチャになって混乱し過ぎているからか、何とも思わなくなっちゃってるなぁ。
うん、死にすぎるのも、生き返りすぎるのも良くない。何度も死に戻りしちゃう小説とか、リセットできちゃう小説とか……私が言うのもなんだけど、物語の中の死は総じて扱いが軽いわよね。まあ、生きた人間が書いてるんだから当たり前か。
その説で言えば、死んだ人間なら、リアルな死について書けるはず。いや、でも限定しちゃうと、経験したことしか文章には起こせないことになるから、創作なんて存在できないことになっちゃうか。その説で言うと、巷で言われている『死』への記述は全て想像である、と断言できちゃうわけよね。
つまり、『死』とは、他者が作り出した妄想であって、どこまで行っても他者のためにあるもの。それなのに、自分自身では死にたくない、と思っちゃうわけで、当事者意識しか持ち得ない。本能的には生きたいと願い、社会的には他者のモノだという矛盾。
どこかおかしい、と意識の底では違和感があるのだろう。その説明を試みるには一口では終わらず、一人では叶わず……そうして原始の宗教が始まったのかもしれない。その過程で、自己の幸福を自己のみで実現するのは不可能なのだ、と思い知る…………。
「なーんてことを考えてみるほどに哲学的にもなるわ」
《様々なモノの有り様を洞察するのは悪い事じゃないけどさ》
《しかし思索の迷路にはまり込むには人生は短すぎる》
「時間は有限だ、とね。誰が言ったかは知らないけど、それについては同意するよ」
そう言ってから起き上がろうとするも、疲労を感じて、ちゃんと起き上がれなかった。
《少し休むかい?》
《魔力は無駄にできないからねぇ。コンデンサーには貯まりまくってるけど、まだまだ貯められる》
「ん……一回寝て、魔力を充填してからにしようか」
《今更ながらさ、一個体にこれだけの魔力があるのは凄いよね》
《『不死』スキルがガンガン上げていくからねぇ……》
「このスキルってさ、野菜型宇宙人の話がきっと元ネタだよね」
《あれの強化法は死ぬ直前まで痛めつける、じゃん。死んでも後付けで何度も生き返ったり、占いババに連れてこられたりしてるけど、それでパワーアップがされた形跡はないよね》
《もはや、ヤムチャ転生くらい強烈なIFじゃないと読者が納得しないんだろうね》
「お陰様で、この迷宮と生体コンピュータ施設は数万年は稼働できそうだし、良いことずくめだよ」
《星規模の天変地異がなければ半永久的、って言えるね》
《通常の魔力供給もしているしね。使役してる魔物は多い方じゃないし》
「完全な魔物レスとはいかなかったね。グラスメイドだけだと魔力コストは膨大なものになっちゃう」
《ゴーレムの生成にも人員が必要だしね。そうなると一定レベルの生態系は維持しなきゃならない》
《それは九番……いや、十番に頼もう。不死者にならなければいいし、逆に不死者の方が効率がいい場合もある》
「ま、死んだからと効率だけを優先して、不死者として使役される身になるのは、ねぇ?」
《変な術師に使役されるよりいいでしょ?》
《自意識を保てる期間が不明な以上は、即浄化できる準備をしておきたいねぇ》
いわゆる『高級な不死者』の代表、ヴァンパイア・ロードたちにインタビューしてみたところ、通常の不死者は一定期間、元の性質や記憶を保つのだという。ただ、何がキッカケかは不明ながら、自意識が失われることがあるそうな。戦闘、迷宮の使役、他者との接触、部位の欠損、魔力の枯渇……など、原因と思われるものはいくつかあるものの、はっきりとはわからない。突発的に自意識がなくなり、劣化しちゃうことがあるんだという。
下位になりさがる方が確率としては大きいものの、上位ヴァンパイアでも、いきなり下位になる、ってことはままあることらしい。年数が過ぎて安定した存在がロード、と呼ばれるようになる。自称でもあるし、実際に『鑑定』の結果にも出るから、他称でもある。
「傾向はあるにはあるんだけどねぇ……。生成時に保有魔力量の多い不死者ほど自意識の喪失はされにくい」
《ヴァンパイア・ロードの殆どは元々魔術師だったり、それなりの強さの騎士だったり、貴族だったりするもんね》
《ということは、魔力が枯渇した状態で生成されちゃう、『不死』や『不死者生成』スキルでの不死者生成は、絶望的に期間が短いことになるよね?》
「うん、その通りだわ」
九番の私は寝っ転がったまま頷いた。
《では、即時移動できるように準備しておいておくれ》
《もう出来てるけど、九番次第だね》
「うん、また明日だ」
そう宣言して、私は本格的に寝っ転がった。
【王国暦130年1月3日 12:06】
――――死亡が確認されました
――――ユニークスキル:不死LV11が発動しました。スキルの保全が行われます
――――復活に必要な魔力が不足しています
――――ユニークスキル:限界突破が発動しました
――――ユニークスキル:限界突破の発動が失敗しました
――――ユニークスキル:不死LV12の習得に失敗しました
――――ユニークスキル:不死LV11が発動しました
――――不死者自己生成シークエンスが開始されます
――――不死者自己生成シークエンスが完了しました
「お?」
《あ》
《あれ?》
《むう》
むくり、と起きる。全身がだるく、力が入らないのに、それが当たり前のような……倦怠感が心地良いような……。あれ?
すぅ、はぁ。
んっ?
「呼吸してない」
《うん》
《やっちまったか》
《でも、息を吸ってるじゃん?》
言われて気付くと、会話の前に大きく息を吸い込んでいる。でも、これはきっと呼吸じゃない。ただの吸気だ。
「会話のために声帯を震わせるには、肺に空気を入れる必要があるみたい。お、息を吸い込んでる時でも発声できるよ!」
《しゃっくりしてるような声だねぇ》
《奇人変人に出られそう》
《オーボエ奏者になれるかも》
「オーボエってさ、『おー、のび太、ボエー!』の略じゃないって知ってた?」
《こんな馬鹿な不死者初めて見たわ。私だけど》
《どこを突っ込めばいいのかわからないよ! 私だけど》
《まさか、もう自意識が怪しくなっているとか? 私だけど》
「いや、大丈夫、まだ大丈夫。でも、そろそろ行こうか」
《うん、エミーと関係者には知らせておく》
《『すぐ戻る』がこれかよ、って怒られそう》
《大丈夫、十番と一緒に、九人全員の連帯責任で怒られよう》
「そうしてくれると有り難いね。十番の私一人じゃどうにも荷が重い」
《うむ…………》
接続がされたのか、九人の私から重苦しい同意の声が漏れた。
――――十人に増えて、怒られに帰ります。