黒魔女の決断
【王国暦129年12月25日 20:45】
「旅立たれてしもうたのやな……」
村の中央部は広場になっていて、貯水池のほとりでもある。そこにキャンプファイヤーのごとく、間伐材で櫓が組まれ、煌々と炎が上がっている。その中には、すでに『浄化』したカメラの死体が入った棺が安置されていた。
天まで届きそうな高さの炎の先から、徐々にカメラが空に飛んでいっているような、そんな気になる。
「うん。見送ってやってよ」
イフリートによる炎は十分に制御されたもので、棺と、その中に入れてある下着も一緒に燃えている。
村民が総出で炎を――――カメラを見送ってくれた。
関係者には既に連絡済みで、本当なら死体を見せてから火葬すべきなんだけど、この世界では不死者になる可能性があるから、保安上、すぐに死体処理をする必要があった。特に私たちホムンクルスの不死者は危険すぎる。自意識がなくなると本能に従って暴れる。そうならないためには迷宮なりに使役されればいいんだけど、中に魂が残ったまま、不死者になる可能性もある。
その状態で何百年も操られるのは、間違いなく本意ではないはず。
だからカメラも拒否したわけよね。リヒューマンみたいな選択肢も採らなかった。そこに一抹のプライドが見える。同型の悲哀を知っている私としては、その意志を尊重したい。
仲間の手で空に送る。
これが私の手向けよ。
ブリスト南迷宮産の純米酒と、持参した料理を振る舞い、村民たちは久しぶりの日本酒に酔いながら、炎を見上げている。
カメラ本人としてはパンチラ女子に送られたいだろうけど、見せられなくてごめんなさい。
「さ、飲んで飲んで。そして天に送ってあげてください」
「へいっ、あいがとごわす」
仏教の文化圏だと、輪廻転生の概念は普通にあるから、元日本人の村民にも違和感はないみたい。ついでに火葬が一般的なのかと思いきや、武士じゃない人は土葬も普通にありえるそうな。彼らは職人集団なので、平民とはいえどもちょっと特殊な地位にいたみたい。
「あてらも、けしんだ時には火で送られよごたっもんやな」
「考慮しておきましょう」
頭領に確約しておく。こうやって異国の地にいるというのに、元いた土着の風習に従おうとするのは人間の性なのかしら。それを変えようとは思わないけれど、こと冠婚葬祭では郷に入りては郷に従え、とならない辺り、根深いものがあるんだと興味深く思う。
炎をボーッと見つめるうちに櫓が燃え尽きた。
日を跨いでしまい、村民たちは長屋に帰っていった。
私は地面に座り込み、ノンアルコールビールを取り出して、一杯やった。
「カメラさん、お疲れ。多分、私もすぐに行くわ」
あとは遺言に従って散骨して、お墓を建てなきゃね。もしかしたら、同型ホムンクルスで初の墓標なのかもしれないと思うと、ちょっと愉快ね。
ノンアルコールなのに、ちょっと酔った気分になった。
【王国暦130年1月1日 10:00】
対応したのは七番の私ではなかったけれど、レックス、サリーや、マッコーやら召喚関係者、カール公、さらにはエミーまでもが弔問に訪れた。
この隠者の村を見ておきたい、という好奇心もあるにせよ、それにしては多くの弔問客が訪れた。意外と言っては失礼ながら、カメラは出会った人に影響を与えて、愛されていたのだと思うと、私も誇らしい。
そのエマ女王陛下は、弔問の後、すぐに浮遊城に帰った。
そして今年も、スクリーン越しに国民に向けて、年始の言葉を授けられている。
《我らグリテン連合王国国民は、一丸となり、豊かな生活を守り抜いていかなければなりません……》
今は内部の融和が大事、外へ向けては、今後、豊かな生活を羨んだ大陸国家からの干渉を、断固として排除するのだ! というのが今年の骨子かしら。
大陸の方はプロセア帝国の分裂以降は群雄割拠、戦ってない国はないくらい、小さな国であっても戦乱に巻き込まれている。民草の立場で言えば大迷惑、農作業をするどころか男は兵隊に採られちゃうので、ガンガン数を減らしているらしい。国によっては税を軽減したりしてるみたいだけど、長期的にそんな雑な政策が続けば、そりゃ人口も減るというもの。
大混乱で難民がますます、カーンの街にやってきている。私たちは、それをホイホイと捕獲してはインプラントを施して、再教育しては我が国の国民に仕立て上げている…………。
ただ、そんな混乱している大陸も、幾つか傾向が見えてきた。
一つは北方のシアン帝国。ここは何だかんだと安定している。今はヴァイキングと争っていて大人しいけれど、そのうちにまた不凍港を欲しがって、周辺国家への野望を隠さなくなるだろう。
もう一つは南の王国。ここは元の世界でいう、スペイン、カタルーニャ、ポルトガル辺りなんだけど、スペインに相当する国家が一人勝ちしそう。カステラ王国はかなり弱体化させちゃったからねぇ。
スイス、イタリア辺りはまだ小さい国がゴチャゴチャやっているので、軍事的には脅威ではないものの、旧教の名の下に大同盟を組む可能性がある。ここの地域は南の大陸の北岸にある国家と繋がりが深く、青い都を持つアスリム国家も絡んで、安定しているとは言い難い。
《エマ女王陛下は南の王国に干渉しよう、って言ってたんだっけ?》
《うん、でも、それをやると、シアン帝国の南下政策を誘発するかもしれない》
《南北の大国とも、内側から食い尽くす方策は?》
《カーンの難民処理で手一杯なのが実情だからねぇ……》
《インプラントは瞬時に終わっても、教育と人の移動は一朝一夕にはいかないもん》
《人口の急増は時に弊害もあるから、ジワジワいきたいよね》
「となると、だよ? そろそろ増員も考えないといけないよねぇ」
《うん……。カメラの葬儀を仕切ったから、ってことじゃないんだけどさ……》
《七番の肉体は結構ヤバイ》
《沖田艦長みたいな復活劇はプロデューサーの都合だからなぁ……》
《よく考えたら徳川機関長が沖田艦長の下にいるって変だよな》
《適当に名前を配置したからっていうのがわかっていいじゃないか》
《生体コンピュータの準備は、設置作業も含めて完了してるよ》
「うん。わかってる」
《エミーにさ、黙って増員しないでくれって言われてるのよね》
《帰ってきたら白髪になってた――――。エミーがナーバスになるのも仕方がない》
《だってさ、宇宙には髪染めなんてなかったもんね。次回からは持参推奨》
《モヤシは艦内で作ってたから、精々、緑か白に染められたはずだけど》
《白髪を白に染めてどうするよ。こういう時は、黄緑くんの髪色が望ましいよね》
《あー、だったら、作るかい? 黄緑くんとの子供》
「性交渉はなぁ……ちょっと難しいかなぁ。なんかさ、特に胸がさ、減ってきた気がするのよね」
《んー、体重も徐々に減ってるよ?》
《0.1トンは切ったけど、喜ぶべきなのかどうか》
《貧相なのに体重はまだ立派か……男性が喜びそうにないなぁ》
《うん、生殖行為を誘発するような、魅力的な異性と映らないかも》
《待てよ……今こそ『遺伝子改良』スキルを使う時では?》
《ボインボインのムチムチボディに改良、いや改造する?》
「生存中の『遺伝子改良』は、今の状態だと癌化して、死期を早めるね」
《そこで『不死』スキルのレベルアップをさせちゃうのは計画にはない》
《こうなると、ライトとマッコーに殺された一回目、オダとイフリートに殺された二回目の死亡が響いてくるなぁ》
《七、八、九号機の建造が完了して、三台、三組の体制が整ってこそ、我々は真の完成を見る》
《何なら、生殖専用アバターを作って、採精して、人工授精というパターンになるけれど、生殖機能は自主規制してる部分だからねぇ……》
《男がみんな人形好きだとは限らないし……いっそ、インプラントを介して人形好きの国民性に洗脳してしまうという案はどうだろう?》
《お前も人形好きにしてやろうか~!? って?》
「うーん、子供は欲しい、だけど性行為までには至らないでもいいかなぁ」
《そもそも、ホムンクルスは生殖に適した素体じゃないからなぁ……》
《ハンマー・ポンチがマッコーを産んだのはイレギュラーなんだろうね》
《本能的には異性を欲しがっても、実際に性行為となると躊躇する》
《ハンマー・ポンチと私たちの違いって何だろう?》
《中の人の差?》
《下手をすると性差かもしれない……》
「それは……考えたくないなぁ」
《エミーに対しては忌避感が薄いのは、その辺りに原因があるかも》
《エミーには元々そっちの気があるとしても、私たちの方に忌避感がなかったもんね》
《ある意味ではレズビアンカップルが正常な形で子供を成した》
《ん、でもエミーも男性に無関心ってわけじゃないよ?》
《女王陛下を口説こうって男が現れないだけとも言うね》
《少なくとも……国内にはいないんじゃないかなぁ……》
「スクリーンに映るエミーより本物の方が綺麗だしなぁ……」
《顔が小さくて相対的に目が大きく見える》
《童顔なのに経産婦の色気がある》
《あの胸。ヤバイっしょ》
《私的にポイント高いのは、モチモチした二の腕だね》
《えっ、うなじだろ!》
《下腹部こそ正義》
「ま、まあ……。生体コンピュータごとに個性が出てきたことは喜ぶべきことだよ。うん」
七番の私はそう言って、もう一度、スクリーンの中のエミーを見上げた。
《ホップ、ステップ、ジャンプで頑張って参りましょう!》
エミーはグッと拳を握ってにこやかに笑っていた。それが元の世界にいた、元気一杯の元プロテニスプレイヤーみたいで、思わず含み笑いをしてしまう。今の放送は生放送のはずなので、実際にエミーはカメラの魔道具の前にいる。
《……以上で女王陛下からの、新年のお言葉を終わります》
おっと、放送が終わった。では、労いの言葉を短文に載せて、女王陛下に送るとしましょうかね。
【王国暦130年1月1日 11:03】
「うーん」
空の生体コンピュータを見上げる。ここにあるのは七号機、八号機、九号機。
天体X排除の航宙出発前に建造が始まり、すでに筐体は完成し、受け入れ部分の脳組織は培養が終わっている。元々の建造場所から移設する手間はあったものの……。順調に稼働準備が出来ている。
「んっ」
エミーから返信がやってきた。思い止まってほしい、という内容だった。
この生体コンピュータがある場所は、誰にも知らせていない。カメラのユニークスキルである『紛れ』も活用して、足取りを完全に隠しての移動は、ある意味で保険中の保険。
もしかしたら、エミーは私を捜しまくっているかもしれない。だけど、この場所だけは知らせない。魔物たちも一握りの者しか知らない。
背後から何千年も『アース』を、もっと言えばグリテンを見守るためには必要な措置なのだ。
「心配しないで、すぐ戻る、と」
短文を返信しておく。
そうは言うものの、他の私が指摘した通り、筋力が完全には元に戻っていない。
気付いてはいる。
元に戻っていないのではなく、弱っているのだと。
「すぐ戻る、とか、フラグ以外の何物でもないなぁ」
思わず笑ってしまう。
弱ったままの自分を放置しておくことはセキュリティ上よろしくない。『使徒』から嫌がらせをされる可能性もあるし、そうなると生体コンピュータ計画に支障が出る。やはり早い段階で魂を移し替えておくべき。
現在の『不死』LVは9。もう後がない。
魂を移し替えたら、生体の私は活動を停止する。活動を停止して、『不死』スキルが『限界突破』の恩恵を受けなければ…………私はきっと…………不死者になる。
これは自殺なんかではない。望んで不死者になりたいわけでもない。
冷徹に、客観的に考えた結果であり、判断なのだ。
「フェイとトーマスとユリアンにも連絡しておこうかな……」
同報で短文を三人にも送っておく。チームは……これで実質の解散かしらね。
即レスみたいに慌てた返信があるけれど、それで思い止まる私ではない。
これが、私の、決断なのよ。
「さてと」
――――始めましょうか。