街道の温泉
翌早朝、サイモンの特急馬車に乗ったポートマット行きの面々は、ターム川を渡って少し走ったところ―――前回の襲撃地点近くに来ると、馬車を停めて、雷撃が作ったクレーターを見学することになった。
「うわ、こりゃどうなってんのさ?」
がっしりした体躯のカレンが掌でひさしを作って、眼下に広がるクレーターを見ている。
「盗賊風情が、こんな大規模な爆発を起こせる魔法陣を設置できるはずがないわ……。ああ、なるほど……」
隣には、一人で納得している様子のシェミーがいる。
「明るいところで見ると圧倒的ですね」
どうしてもポートマットに行きたい! とワガママ(秘書官になってからは初めてじゃないかという要求だったそうだ)を言って認められたブリジットは、あまり驚いていない様子だ。
「わたくしの探知によれば……地下に水源がありますわ」
エイダは、水系らしく、水の専門家だ。服装もなんだか(元の世界での)水っぽい。肌は…………瑞々しいことにしておく。
「やはり、地下水源は近いですか?」
私が訊くと、エイダは、大きく頷き、
「川も近いですし、ちょっと掘れば、この穴は水で満たされますわ」
と、お墨付きを与えてくれた。
じゃあ、せっかくだから……掘り進めてみましょうかね。
私は一人でクレーターの爆心地へ降りる。直径は百メトルはない、と思う。だけどこれはもう、ちょっとした登山(下山?)だ。
中心に着くと、大きく息を吸う。
よし。
「―――――――――『掘削』」
魔力を多めに込めて、深く、ふかーく。
「………………」
何も起こらないなぁ。
もう一本掘っとくか。
「―――――――――――――――『掘削』」
「…………………………」
穴の奧を覗き見る。底は見えない。
うん、私は着火しない花火を覗き込んじゃうタイプ。
「ん」
ゴゴゴゴゴゴ……と低音が底の方から。
なんだかヤバイ気がする。
「―――『風走』」
ダッシュして中心から逃げる。
他の四人も、ヤバイと感じたのか、街道の方へ退避していくのが見えた。
「…………!」
クレーターの縁に駆け上がり、眼下を見る。地面は小刻みに揺れている。
グパァ、だかゴパァ、と、圧縮された空気が爆ぜる音が遠い穴から響くと、水柱が上がった。
「おおっ!」
「壮観ですわね!」
しばらくして、地震が収まると、皆も集まってきた。
「ん……卵が腐ったような臭いが……」
ブリジットのゲテ鼻がヒクヒク、と動いた。
この臭いは……硫黄だなぁ……。じゃあ、あれですか、温泉になってしまいましたか。
「温泉ですか。珍しいですわね」
水の専門家がそう漏らすほど、グリテンでは珍しいらしい。この島ってば断層が少ない、安定した地盤なのかも。
「割と北の方には多いんですよ。ノックスにも有名な温泉がありますし」
ブリジットが解説する。
「お湯?」
「温泉ですよ。天然のお風呂……」
カレンの疑問に、シェミーが答える。風呂か! いいな! と言って脱ごうとしたカレンを、皆が止める。
「まだ温水の噴出が止まっていません。危険です」
ぽかーんとクレーターを眺めているうちに、縦坑から噴出していた温水は、勢いをなくしていった。それでもクレーターの三割ほどがお湯で満たされた。
「おーい、何事だー!」
サイモンが、特急馬車に乗って、クレーターの近くまでやってきた。
「ああ、温泉になってしまいまして……」
「は?」
私の説明不足で、サイモンはさらに困惑の色を濃くした。
「で、この状況はどうなさるのかしら?」
エイダの問いかけで、ブリジット以外の面子も、困惑に包まれた。
「今、騎士団がこちらに向かっているそうです」
ブリジットが野営をしている面子に向かって、短文の内容を話した。ブリジットは、キャロルに事後処理について伺いを立てていたのだ。
「キャロルさんからの短文を要約しますね。温泉の所有権及び営業権は噴出地点を管理する領主が責任を持つ。命名権は発見者にある。騎士団が確認のためにここに向かっている。変な名前を付けられたくなければ名前は決めておけ、とのことでした」
「なるほど」
パチパチ、とたき火の音が場を支配する。
「何かね……お嬢ちゃんと一緒だと、ここから南に行けない呪いでもかかってるんじゃないかと……」
ポツリ、とサイモンが恐ろしい事を言う。
「私らがいるんだ。そうそう事件は起きないさ」
カレン……あえて姉御と呼ばせてもらおう……が男らしく断言する。
「そうだといいですね……」
「名前、決めたらいいわ」
シェミーが雑な感じで提案してくる。全員の視線が私に集中する。
「え、私が決めるんですか?」
そりゃそうだ、と全員に突っ込まれる。
温泉の名前、ねぇ……。
「じゃあ……盗賊温泉とか」
「なにそれ?」
「なるほど」
なるほど、と言ったのはサイモンと若い御者、そしてブリジット。残りの面子は疑問符が返ってきた。
「何で『盗賊』?」
彼女たちは、第四騎士団の事は知らない。だから本当の事を言うわけにはいかない。
「たまに、ここには盗賊がでるよ」
サイモンが私の命名を補足する。そんなに盗賊が出るわけがない。ここは王都から三時間ほど。八半日だ。近すぎて駐屯していないだけで、両側は平原、そして後が川に近いという立地では、馬でもなければ早々に追いつかれるだろう。
だから、私がこの温泉を盗賊と命名するのは全然別の意味なのだと、サイモンとブリジットは気付いたことだろう。
まあ……本当の事は言えない。行方不明の第四隊を連想させてしまうので『騎士温泉』、とも命名できない。だから、この『墓標』の命名は、私の偽善に基づいた、最大限の譲歩だ。こんなもの、こんなことが鎮魂になるかはわからないけど、何もないよりマシじゃないか。それがたとえ、盗賊呼ばわりして処分された者たちであっても。
「あら、誰か近づいてきますわね」
エイダが立ち上がると、続いて全員が立ち上がり、臨戦態勢を取る。
「馬だな」
カレンが指摘する。探知系スキルを持っていない、サイモンと若い御者だけが何の事やらわからず、おろおろしている。
「サイモンさん、馬車の中に入っていてください。敵襲なら馬車動かして、ポートマット方面へ」
ブリジットがしなやかに、少し強い調子でサイモンに言う。
「わかった」
サイモンが馬を準備する。
「カレンさんと私が前衛、エイダさんは単体魔法準備、魔術師殿は拘束魔法準備、シェミーさんは後方警戒」
特級冒険者であるブリジットが指示を出し、一行は不満を述べることなく従い、配置に着く。
馬のスピードが落ちる。馬は四騎、そのうちの一騎だけが近づいてくる。
「我々はロンデニオン騎士団である! 貴殿らの所属を述べよ!」
「冒険者ギルド本部所属、特級のブリジット・オルブライトだ! 貴官の所属を確認したい!」
ブリジットは、自分のギルドカードを掲げて、魔力を込めた。一応お約束を想定しておくべきだったのだけど、上級のギルドカードに表示される文字列の大きさより、遙かに大きい文字列がドドドーーーンと表示された。ジョ○ョのアニメみたいに!
「ブリジット! 冒険者の! 陰影の! ………某はロンデニオン第二騎士団第五隊所属、ニール・マッキロイ男爵である!」
と、こちらも大きな文字列が飛び出して表示された。威圧感では特級冒険者には敵うまい。
「確認した! そちらへ行く!」
ブリジットは夜の街道に出る。真っ暗なんだけど、星明かりに目が慣れているのでそれとなく見える。『暗視』スキルを発動しておく。うん、騎士団の鎧、馬の鞍にも騎士団のマーク。後で待機してる三騎も同様のマーク。
ブリジットは私に向けて手招きをした。他の者は現在位置で待機、ということか。
三騎の馬も合流して、私とブリジットはクレーターへ一緒に連れていかれる。
「貴殿が第一発見者か?」
「はい、そうです」
「そうか。まずは現地を見ようではないか。案内せよ」
威張った言い方をしてるけれども、冒険者ギルドのブリジットは王都では有名人なのだろう。末端に見える兵士が知っているほどだし。実際、もの凄く緊張して虚勢を張っているのがわかる。声が上擦っているから。
しばらく歩くと、クレーターの縁に出た。
「ここから上りになります。注意してくださいね」
「あっ、はい、うむ! かたじけない」
ああ、フレデリカの半端口調ってこれと一緒だ。目上の人だとわかっているのに、偉そうな態度を取らなければならないジレンマなんだね。
登り終えると、東の空が紫になっていた。もう体内時計がメチャメチャなのは気にならなくなってきた……。
「うおおおお…………」
騎士団の四名が圧巻の光景に驚きの声をあげた。
太陽が徐々に昇って、大きな窪みで作られた影が、光によって形を変えていく。幻想的で、現実感のない光景だった。
「本当に温泉だな………」
黄色い人? が呟く。
クレーターの内部は水位こそ変わらないものの、硫黄の臭いもするし、中央から湯気が出ているのが見えた。微量ずつでも温水が噴出し続けているのだろう。
「よし、確認した。では命名するが良い。貴殿が命名した名前は、未来永劫語り継がれるであろう。この栄誉は国王陛下より賜った神聖なる権利であり、臣民たる者はこれに感謝を――――――」
「魔術師殿? 名前を」
「えっ、あっ、はい」
一瞬寝ちゃったじゃないか。長いんだよ。
「………命名するが良い」
聞いてなかったのがバレて、黄色い騎士さんは不機嫌そうにしている。が、そんなのはどうでもいい。
「では。『盗賊温泉』で」
「んっ?」
「『盗賊温泉』」
「これはまた……珍妙な名前であるな」
「ははは、そうですね」
笑顔のまま、ぶん殴っていいですか? と視線でブリジットに問うけれども、渋い顔でやめて下さい、と首を横に振られた。
「この後、我々はどうすればいいでしょうか。旅の途中なものですから、先を急ぎたいのですが」
「ああ、はい、うむ! この後は命名した看板を立てるだけだ。行っていいぞ?」
「ああ、それならやりましょう」
私は言うが早いか、街道から見える側のクレーターの縁にあった瓦礫を『固化』で固めていった。そのあとは『硬化』で補強。
「何を? する? のだ?」
「看板を彫ります」
黄色い人の声(別に若い女性の声ではない)は置いておいて、『ようこそ 盗賊温泉へ(温泉マーク)』と文字になるように縁を彫り上げた。これで認知もバッチリ。国王が変な名前に変更しても、変更されるまでの間に街道を行き交う人によって認知される。
「このクラゲ? を逆さまにしたような印は?」
「これは温泉を示す印です」
ちなみに、この記号は元の世界の日本と、第二次世界大戦前に統治下にあった地域でしか通用しない。だけどいいのだ、気分だから。
「ほう………」
妙に感心されているようだけど、考えたのは私じゃありませんから。
「えーと。看板はこれでいいですか?」
「あ、ああ……うむ。小さいのに器用であるな」
こんな大がかりなやり方は器用とは言わないと思うよ?
「よく言われます」
だけど、ニコっと笑ってクレーターから降りる。うーん、笑顔が不自然だったかな。
「何をニヤニヤしてるんですか?」
練習をしていたらブリジットに突っ込まれた。
―――(作り)笑顔の再特訓をせねば……。