四番のモヤモヤ
【王国暦128年10月7日 9:34】
「おー」
防砂、防風林として植えた松の林を抜けると、そこには砂浜があった。グリテン島では数少ない砂浜で、砂の採取が慎重に北側で行われている。
何と言っても青い海と黄色い砂浜のコントラストは美しい。そう、この砂は白くはなく、黄色みが強い。今も世界中の海を調べて航海中の『ノーチラス』によれば、この砂の元は南の大陸西岸から運ばれてくるらしい。
そりゃそうか、砂にだって産地はあるものよね。結構な距離があるけど、風で海に漂着した後、海流に乗る……ということは、この、イアラ海峡に向けて、南から強い海流が通っているのだ。
カイリューといえばハクリュー。ハクリューと言えばミニリュウだけど、どうして『ミニリュー』ではないのか悩めるところね。
ああ、そう、四番である私は、イアラ海峡の東岸、つまりウェルズ王国にいる。私はウェルズ王国にある迷宮管理を主に担当していて、立地との折衝を行っている。新規迷宮の展開もお仕事の一つだ。
「むふう」
潮風を感じてみようと思ったけれど、残念ながら、このアバターには潮風を感じる機能がない。見た目は通常のグラスアバターだけれども、少し大柄で、半透明の体には、内蔵された巨大な人工魔核が輝いているのが透けて見える。
「迷宮設営専用アバター、ねぇ……」
どの私が言い出したんだか、単体で迷宮の設営を行える機能を詰め込んだアバターを三番主導で作り上げて、その試験運用に四番の私が駆り出されているというわけ。一人に見えるけれど、首にランドスライム(分体したものの分体なので孫に相当する)を巻き付けている。
西側にある海に再度視線を移す。今日の天気は午前中、曇りのち雨。一応、降りやすい時間は把握しているけれど、概ねそれで間違っていないだろう。
生憎、海峡を挟んだ対岸にあるイアラランドは見えない。グリテンにとって、イアラランドは、近いようで遠い島なんだろう。
アスコットランドは僻地でインフラ整備から始めているらしいし、連合王国に所属する四カ国のうち、一番仕事が少ないのがウェルズともいえる。
それで四番である私に、他の担当が処理仕切れない案件が回されてきたりする。ちなみに、大陸にあるカーンの迷宮も私の担当だ。
「このへん、かなぁ」
海岸付近を歩き、場所を選定する。少し北に行ったところに過疎の村がある。この村は、前述した、砂の採取で急激に人口が増え、過疎から脱しつつある。産業の育成は人を集めるのだ。そろそろ名物の一つも作ってもらおうじゃないか……。そうも考える。
この過疎村はベリーヒルという名前で、その昔は野生のベリーが群生していたのだという。確かに、海岸から見上げると少し丘のようになっている。
「ふうん……となると、名物はベリー饅頭で確定かな」
何年か後の名物に思いを馳せながら、アバターを屈ませて、手刀を砂の地面に突き立てた。その状態で内蔵された魔法を発動する。
「んっ……」
この魔法は『地脈探査』の劣化版で、地中用ソナーだ。
建設適地は……意外にも海の方向か。あまり海に近いと出水が怖い。しかし適地の第一要件は石材の入手が容易なこと。初の試験運用にして、シビアな選定を強いられそう。
「よし」
何とか、出水しにくく、かつ石材の入手がしやすそうな場所を見つけた。目星をつけて、予定地点の中心に移動する。
腕を胸の前で組み、脚部に記述されている魔法陣を起動する。
ズッ、と足元の砂が歪み、弧を描いた。それに伴い、体も回転する。ついでにスライムも回転している。アバターを利用したドリル……というところ。風系魔法がラッセル車のように土を掻き出し、穴の周囲に飛ばしていく。飛ばす距離が足りずに埋まっても、この体はアバターなので呼吸の必要はないから窒息はしない。
「フフフ……土の化身……」
心の中で土気色の、人気がなかっただろう変身に深く同情しつつ、掘り進んでいく。
決して高速に掘り進むことはしない。上方への土の排出が出来なくなる前に、一度下方へ掘ることを止める。現在の深さはおおよそ……二階層分くらいかしら。ここから横に空間を広げていく。
トンネルを縦横に掘り、格子状に繋げつつ、空間を作っていく。一階層分の広さが確保出来たところで…………。
「――――仮迷宮起動」
と宣言。アバターの全身が光りだす。この状態で一部の迷宮スキルが使えるようになるので、トンネルの外壁を補強する。今回は特に、海に近いため、早い段階で補強しておかないと浸水する危険性がある。この辺りはノウハウの蓄積が必要かしらね。
「ランド卿、培養器を」
このランドスライムは孫なので、会話ができるほどの知能を持っていない。でも、最低限の受け答えはできる。魔物を連れてきているのは、ランドスライムに『道具箱』の魔法陣を飲ませているから。ただし、その容量は小さく、掘削時に土を飲ませておく、だなんて雑な使い方はできない。
くにゅん、とランドスライムが膨れて、ちゅぽん、と空気が抜ける音がすると、そこには一基の魔物培養器が現れた。
アバターの手を培養器に触れさせ、魔力を流す。
コポッ、と音がして、培養液の補充が始まる。水系魔法なので、周囲の水分を吸い取っている。海に近い穴なので空気中の水分は豊富、丁度良いわね。
アバターの胸に自分の腕を突っ込み、カプセルを一つ取り出す。シュールな光景だけど、グラスアバターを使っていれば慣れてしまうのが恐ろしい。このカプセルは魔物の素。培養器にセットして、スイッチオン。
「ふー」
体力的には疲れてもいないし、呼吸もしてないのだけど、精神的な疲れはある。だから、アバターだって溜息をつくのよ。おっと、溜息は幸せが逃げるんだっけ。じゃあ、今のは溜息じゃなくて、単なる仕草ということで。
暫くはこのまま、魔物が量産されるのを待とう。
【王国暦128年10月8日 11:01】
魔物を培養している間、アバターをチェンジして、私はカーン北西迷宮に置いてあるアバターにチェンジをした。ここのアバターは高精度アバターではなく、普通のグラスアバターね。
グラスアバターを普通、って言っちゃえる感覚はなかなかアレだと思うけど、高精度アバターは製造に手間がかかるので、なかなか数が揃わないのよね。
カーンの街は連合王国に併合されて二年になろうとしている。
街は拡張されまくり、面積で言えば以前の二倍近くまで広がっている。プロセア帝国が解体され、難民が押し寄せ、普通であれば街は混乱の極みだろう。でも、そうはなっていない。
カーンに入る段階で健康診断が行われ、その際に埋め込まれているインプラントの影響で、実に素直に当局の指示に従ってくれているからだ。難民たちは迷宮の近くにあるキャンプに移動させられて、入国審査待ちと共に職業適性検査などが行われている。要はふるいに掛けているわけで、当然ながら不適格な人もいる。
そういった人たちを含めて、この難民キャンプは教育施設でもあるから、再教育が行われる。
《グッド グーテン モーニング モルゲン》
「グッドー、モーニングー」
その一つは言語教育で、迷宮に設置された巨大スクリーンを使って、長い緑色の髪の毛の少女が機械的な会話を垂れ流す。
この少女は通称、スリーナインちゃんと呼ばれていて、今や難民キャンプのアイドル的存在だ。もちろん、これは実在の人物ではなく、それ用に作ったアバターを撮影したもの。3DCGはまだ実現出来てないのよね。スリーナインちゃんはゲルマーグ語を担当、フリンテ語の担当は、紫髪の少女、ノレカちゃんで、この前の放送枠を使っている。教育放送は二時間枠なのだ。
この世界は安息日が十日に一度ある。その十日の間に教育放送は四回放送され、そのうち二回は再放送。同様の放送は連合王国内部の迷宮でも行われる。
連合王国内部ではグリテン語が共通語として使われているものの、実は四カ国で異なる。元の世界の日本語で言えば、アイヌ語と琉球語くらい違う。そのため、各国の言語とグリテン語、という放送もされている。ちなみに、こちらの担当は金髪少女と金髪少年アバターね。
三番の次に雑用が多い四番の私は、こういったコンテンツ、教育プログラム製作も担当している。難民キャンプ内の視聴率は百パーセントなのが凄いわよね。番組終了後の地面は文字を練習した跡だらけになってるから、インプラントの影響とはいえ、熱意が見えるのは作り手として燃えるものがある。
言語教育は文化を知ってもらうことにも繋がるので、思想教育にもなる。
思想教育を宗教に依らないのはエミーの方針ではあるものの、出身母体でも支持団体でもある聖教は特別扱いで、あざとくも旧教や新教の教会を造らず、聖教会は新規に建築、もしくは増築していたりする。他宗教の連中は仕方なく聖教のミサに参加している……うちに改宗してしまうのだ。暗に連合王国では聖教を推奨していることが、ここでも如実に出ているように見える。
大陸では歴史が長いからか、すでに明確に宗教同士の縄張りみたいなのが成立していて、棲み分けが出来ちゃってる感がある。
だけど、たとえば、狭い島の中でそれをやられると、逃げ場がなく、二者択一に追い込まれてしまう。挙げ句、国を巻き込んでの宗教戦争が始まっちゃうので、こういった聖教の優遇は、三番目の選択肢を与え、緩衝材かつ融和を目指している政策である、と言える。
この辺りはイアラランド対策とリンクしている、ということね。
難民キャンプを歩いていると、少し離れた場所で黄緑くんの姿を見た。グラスアバターは目立つので、すぐに見つかってしまう。
目と目が合う……。けど、こっちはノーマルのグラスアバターなので眼球はない。
黄緑くんは軽く、爽やかに手を挙げた。私も小さく手を挙げて応える。太陽の光を透過した挙手は儚げで、私の心のように、自信のない意思表示だった。
それでも、黄緑くんは白い歯を見せて笑い返す。
何だこの青春の一ページみたいなやり取りは……。
言葉は交わさなかったけれど、気持ちが通じたような、アバターなのにちょっと胸がモヤモヤする……。
今度、イチにモヤモヤを説明してやろう、と決めて、私は迷宮へと戻った。迷宮に寄せられた嘆願やら雑用を処理するために……。
【王国暦128年10月27日 4:04】
カーンに行ったりしながら、時々は放置気味のベリーヒル迷宮の様子を見に来る。
さらに掘り進め、第五階層だけを作って、そこにオークとミノタウロスを貯め始めたのが二十日前。十日ほどかけて魔物が増えた段階で、上下に向かって拡張を始めた。
こんな面倒なことをしているのは理由がある。サリーに任せたところ、一番のネックは、防衛戦力たる魔物が貯まる期間、浅い階層に人工魔核を設置せざるを得ない、ということだった。育つ前の迷宮は脆弱だし、それを防ごうとすれば誰かが護衛をし続ける必要がある。護衛は普通に魔物を移動させれば済むんだろうけど、大量の魔物を運ぶのは難しいか……。
「魔物運搬専用の飛行船があればいいじゃんか……」
敵地や不穏な地域で設営する想定でいたけど、グリテン国内なら大っぴらにできるもんね。一番と三番にお願いしておこう。
迷宮の内壁は、いつものように石組で行う。加工しやすく丈夫で、魔法付与がしやすい素材だから。
その切り出しは通常、グラスメイドがやってくれているのだけど、現状で動けるのは、このグラスアバターだけ。アバターにはメイドモードみたいなのがあって、メイドのように自動的に動かせる(その逆はできない)。
魔物を量産している間に石を切り出し、魔物が増えてきたら手伝わせて内壁として組んでいく。
時間の経過と共に魔物は増えていくので、グラスメイドは石を切り出すだけになっていき、全体の作業進行が早まっていく。
【王国暦128年11月5日 15:18】
第五階層より浅い階層は土砂の排出先として重要で、どちらかといえば深い階層よりも先に構築しなければならない。ので、第一~四階層が出来上がった後に第六~十一階層が建設された。
第十一階層が完成したところで、培養器を移し、管理層の内装を整える。最初に空けた大穴を利用して空気ダクトが通されて、第一階層へと繋げられた。
管理コンソール、魔導コンピュータ、円筒形のガラスなどをランドスライムから取り出して設置していく。第一階層に入退場ゲートも設置した。飲んでいたものを全て吐き出したランドスライムは、この後、管理層をウロウロすることになる。
「うん、いいかな」
確認した後、アバターのモードを変更する。
「――――迷宮展開」
ここからは自動で進む。プログラミングに近いけど、感覚的にはマクロかなぁ。すでに第三者のつもりで動作を見守るだけ。
アバターは自らの胸から人工魔核を取り出す。それに伴って胸に大穴があく。
チャポン……。
何故か水音がして、胸に空いた穴が塞がっていく。大柄だったアバターが少しだけ小さくなり、通常のサイズに戻る。
人工魔核を台座にセット。管理コンソールを起動。
《………私は迷宮管理プログラム・めいちゃんver.2.23です。ご用はございますか?》
「迷宮の機能を全て有効に。初期モードを現地時間で百日継続、その後は通常モードに移行せよ」
《……了解しました》
よしよし。これで新規迷宮の稼働が完了、っと。
ベリーヒルの村に挨拶に行くのは、魔物が貯まってからになる。あと一月後くらいかしらね。その間に過疎村には冒険者ギルド支部が建てられて、迷宮の存在が告知されて、冒険者がポツポツとやってくることになるだろう。
こうして、何もない村の近くに、いきなり小さなコンテンツが建てられた。元の世界の感覚で言えば、襟裳岬の海岸線に花やしきを建設した! くらいの違和感だろうか。
迷宮設営専門アバターの試験運用も今日で終わり。まずまずの成果に満足感を得ていると、他の私から連絡が入った。
《こちら五番。ちょっとさ、ヒノキとかミンガムにあるよね?》
「あるある。木材の提供? もちろんいいさ。ジャンジャン持っていってよ」
《助かるわ~。ちょっと面白い人がいたからさ。試験的に建てさせたのはいいけど、素材がなくてねぇ》
「ほうほう……」
五番とやり取りしていると、三番からも連絡があった。
《試験お疲れ! 次はカーンの東に、秘密裏に迷宮を作る実験をしたいんだけど!》
「もうちょっと、このアバターでの展開のノウハウを蓄積した方がいいと思う」
《わかった。じゃあ、他の私にもやってもらおう》
「うんうん」
《じゃ、試験運用関係は四番に任せたから!》
「えっ」
――――四番の私こそ、真の雑用係である。




