王都の夜(出戻り)
ギルド本部に逆戻りする間、ザンとブリジットからは、今回の件についての補足説明をされていた。
まず、あの場所に第四騎士団第四隊は存在しなかった、第四隊は極秘任務に就いたまま行方不明になっている、ということになった。
盗賊の討伐に出かけて全滅、という筋書きも考えたらしいけれど、騎士団の練度と装備で盗賊程度にやられるはずがなく、街道警備の信頼性と騎士団の名声維持も考えると、最初からいなかったことにした方が無難だろう、ということになった。
この辺りのバランス感覚は、ファリスとザンが決めたことらしい。
第四騎士団は以前から突飛で、恐らくは宰相からの指示があったのだろう――――ということで指揮系統から外れた行動を取ることが多く、騎士団の中で問題になっていたのだという。つまり、以前から目を付けられていて、第四隊が出動している事は既に騎士団内部には筒抜けで、一定の数の騎士が出動待機していたということだ。それもあって第一騎士団の出動が迅速に行われた。
ファリスとザンは以前から懇意にしていて、連絡を取り合っていた。『端末』での連絡をザンは受け取ると、ファリスに即連絡が行ったようだ。
今回の件がストレートに――――騎士団による一般馬車の襲撃――――として外部に情報が漏れた場合、ダグラス家は王宮から更迭され、騎士団が培ってきた信用は失墜する。人心が離れた騎士団と王宮に向けられる目は、遠からず市民革命に発展する。その中心になるのは冒険者ギルドだろう。それが想像できる知恵があれば王宮は自己保身を図るだろう。冒険者ギルドへの締め付けがきつくなり、逆にそれは革命を助長する。どちらにしても革命一直線だ。
しかし、第一騎士団のファリスと、本部長であるザンは、その展開を望まなかった。
第四隊が行方不明になっただけ(正確には謎のクレーターが出現しているけども)で、騎士団の尊厳は傷付かない。冒険者ギルドも今まで通りで別に損も得もしない。治安も悪化しない。必要な処分は宰相関係だけ、ということになる。
この宰相関係、というのが一筋縄でいかない勢力らしく、どういうわけか王女が味方をしているため、スッパリ排除は難しい。そこに今回の件が発生して、国王側は喜び勇んでいるだろう、というのがファリスの見解だ、とのこと。
結局のところ、騎士団も冒険者ギルドも王宮も傷つけない方法としては第四隊の行方不明、という半端で玉虫色の決着が一番無難、ということになる。
半端が故に、その王様の喜びも半端にはなるだろうけども、宰相を追い詰め過ぎないという意味では丁度良い案配になるのではないか。
「――――と、そんな具合になってな!」
「なるほど……」
ほぼ想定していた展開ではある。
「あの、ところでサイモンさんたちの処遇はどうなるんでしょうか……?」
「それもあってな!」
一部始終を知っているサイモンと若い御者、加えて私は、第四隊が生き残っていると狙われてしまう。隠蔽することは宰相側のメリットになるから。ところが、何もなかった、となれば、嘘のストーリーを構築した張本人であるファリス、ザンの方が遙かに重要人物で、しかも真実のストーリーを暴露される方が宰相のデメリットは大きい。よって、わざわざ自爆といえるような、一般人への攻撃は心配がなくなる。
「なるほど…………」
よく考えられてるなぁ。私は策略とか全く向かない人間なんだなぁと改めて思う。宰相が自棄になって狙うとしても私の方だしなぁ。ま、サイモンたちを狙ったとしたら、血の繋がりを全部清算してあげようと思う。んー、アーロンはその場合どうしようかな。
「あの特急馬車は、帰りの予約をしておいたぞ。出発がいつになるかわからんが。それでも待つと言ってくれたぞ。恩人だから、ってな!」
バンバン、と私の背中を叩くザンを、ブリジットは苦笑して見ている。
「この後は……王宮の方で、ダグラス宰相への処分が決定するまでは動けないことになりますね」
「即時更迭か、ゆっくり更迭か、の違いでしかないだろうがな!」
さすがに国のナンバー2となれば、おいそれと交替できないのかもしれない。実害があってもなお、継続して仕事をさせなければならないとは、人材不足か王様の人望不足か。政治とは全くままならないものなんだなぁ。
昼頃に冒険者ギルド本部前に着くと、第一騎士団は第二層の駐屯地へ戻っていった。
ものすごい眠気が来ていたけれど、空腹の方がまさっていたので食事に行くことになった。せっかくだから『雌牛の角亭』以外にも、ということで――――冒険者ギルド本部の近くにあるソーセージ屋に連れていってくれた。
「ソーセージ一通り! 山盛り! エール二杯とレモン水!」
と、ザンは荒っぽい注文をして席に座る。ブリジットも当然のように同席している。
ぷうん、と肉汁の匂いが染みついた店内は、茹でソーセージが主体なのか、湿気が多い。
「おまちどおさま。先にバンガースね」
店員が山盛りに持ってきたのは、パン粉を混ぜたソーセージであるバンガース。これはロンデニオンに限らず、ポートマットでも一般的に食べられている。セージやらが入ったスパイシーなバンガースは、肉汁をたっぷり含んで美味しい。元の世界にあるメンチカツの中身を茹でた感じか。
スパイスなどはポートマットを素通りしてしまうからか、あまり入手できないでいるわけで、この辺りの政策は脅してでも改善したいところね。
続いてソーセージも色んな部位のものが山盛りで供された。細いの、太いの、赤いの、黒いの、などなど。粒マスタードが普通に置いてあるのもポイントが高い。マスタードの有無は決定的な味の差だ。
肉の扱い、そのものはマイケルには劣る。けれどスパイスが偉大すぎる。なるほど確かに、スパイスは戦争を起こしてでも奪いたくなるのが理解できる。
「白パンありますか! ください!」
「私はイモ!」
「俺もイモだ!」
追加注文を何回かして、ようやくお腹が満たされる。
「ぷぅ」
「っげ」
「ふう」
「よし……じゃあ戻るか……」
お腹を落ち着けるヒマもなく、一行はギルド本部に戻る。本部長は、あまり不在の時間を作れないということみたい。フェイもずっと仕事してるもんなぁ。ポートマットを出てから四日? 五日? 徹夜を二日してるし、半端に起こされたしで、体内時計がメチャメチャになってる。もはや夜型人間を越えて昼型……いや、超昼型人間と呼ぼう。
ギルド本部の三階には仮眠スペースがあるそうなので、そこを借りる。本来は夜勤用なので、お昼は寝放題だ!
夕方頃にブリジットに起こされる。
「今晩の夕食のお店を予約しておきました」
目がギラギラしている。もしやゲテな店ですか……。
ブリジットが意気揚々と案内をしようと、一緒に一階に降りた時に、『神速』のイオンが立ち塞がった。
「おっと、お待ち下さい。本部長がお呼びです」
ブリジットはこの世の終わりのような顔をしてイオンを睨み付けた。イオンは柳に風とばかりにスルーして、私たちを本部長室に連れていく。
本部長室は応接室よりも一回り大きかった。内装のイメージは応接室と変わらないけど、木彫りのクマーが何故か置いてあったり、木彫りの魚が壁にかかっていたりと、部屋の主の趣味があちこちに見え隠れしていた。
「先ほどはどうも。少し寝られましたか? 顔色が戻ったようですね」
立って合掌してお辞儀をしたのはファリスだ。騎士団の方にも動きがあったのかな?
「まあ座ってくれ!」
着席を促されて、お預けを食らわされているブリジットが渋々座る。私も続いて座る。こういう時にお茶を持ってくるブリジットが座っているのでお茶はない。そのうち気付いて席を立つと思うけど。
「緊急事態ということで、国王陛下に謁見を求め、許可されましたので報告を行った次第です。真実の話と共に、我々が作り上げた物語も、その目的も、概ね了承されました」
「うむ! しかし概ね、なのか!?」
「そうです。宰相閣下の進退につきましては…………もちろん王宮の人事ですので極秘ですが……皆さんは当事者でもあり、身の安全に関わるという点から、どうかお聞き願います。宰相閣下は春過ぎには勇退されることなります。後継者と目されていた宰相のご子息、エイハブ・ダグラス子爵は、着任の目がなくなりました」
「つまり、後継者の選定の時間を稼ぐということですね?」
「そういうことです。適任者がいないのです。宰相のお仕事を引き継ぐ素養のある方は、立場や関係がダグラス宰相閣下に近すぎるのです。ですので、春までは現職で、それ以降業務を引き継ぐことになります」
「ファリス、お前が選任されるんじゃないのか?」
「どうでしょう? まだ、もう一山あるような気がしてならないんですけどね。騎士団にいた方が問題に対応しやすいのは確かなんですよ」
このままじゃ終わらない、か。となれば、私への攻撃はあるかもしれない。余波が心配だから、アーサ宅から避難しておいた方がいいだろうか。うーん、フェイやトーマスに相談してみるかなぁ。『一般人である私』を攻撃する理由はなくても、『ラーヴァである私』を攻撃する理由は宰相にはあるだろう。マシューが言っていたことが真実なら、宰相も、その息子も処分しなければならない。場合によっては魔術師ギルドも……。
「ダグラス宰相が持っている実働部隊って、どの程度あるんでしょうか?」
ファリスはちょっと考えてから、
「残りの第四騎士団、第一隊から第三隊、及びダグラス家の私設騎士団は現在、我々王都騎士団の監視下にあります。暴発はさせません。その他、暗殺や襲撃を直接下命できる武力は保持していないと判断しています」
と断言した。
「私自身は身を守るのに問題はないんですが……」
守護の指輪を重要人物には贈ってある。だけど、問題の本質はそこではない。
やはり、宰相親子は処分しなければならない。危険だ。先制攻撃をされたら。アーサお婆ちゃんやドロシーが傷付いたら。ああ、私はどうしてこんなに弱点を持っているんだ!
「まあ待て!」
募った不安を感じ取ったのか、ザンが私の肩に手を置いて、耳元で力強く叫んだ。
「………っ!」
耳がキーンと鳴って、眼がチカチカする。
「護衛をつけます」
ブリジットはザンの大声攻撃を咎めることなく、私に言った。
「うむ! どちらにせよ、フェイからの要請もあってな! 本部から二名をポートマット支部へ派遣する。それを護衛として就ければいい!」
「えっ、そんなこと、許されるんですか……?」
目が点になる。
「厄介事が起きる中心に配置するのは当然の措置だと思います。それに……」
ブリジットがファリスに視線を移す。ファリスは頷いて、
「正直申し上げまして、これは騎士団の不手際から発生したこと。それも突き詰めれば国の不祥事です。護衛に関する費用はこちらで持たせていただきます」
いや、私が『ラーヴァ』だから宰相が攻めてくる可能性があるんだけど。でもしかし、本部の冒険者がアーサお婆ちゃんたちの護衛に就いてくれるなら、これはありがたい。
「……………よろしくお願いします……」
この申し出は受けよう。私の自己満足だということは理解している。アーサお婆ちゃんやドロシーの気持ちが最優先だけど、安全には替えられない。もしかしたら、私はこうやって誘導されたり、操られている状態なのかもしれない。だけどそれが何だというのだろう。人と人との関わり合い以上に大切なものなんて、ない。
「そんな顔をなさらなくとも。費用についてはアテがあるのですよ」
「?」
ファリスがゆっくりと笑みを作っていく。騎士で肉体労働派のくせに、実に柔らかい笑みだった。
「実はですね、ダグラス家の金庫から拠出させる方向でもあるんです。反撃の力を削ぐ……まあ、賠償金ですね。お預かりしている、あの剣が役立ちました」
ああ、なるほど……。ダグラス家の剣をちらつかせたのか。第一騎士団が優先目標になるための芝居ではあったと思うけれど、効果は絶大だったろう。
「サイモン氏の特急馬車は、護衛を兼ねて、騎士団の方でしばらく働いてもらうことになりそうです。今頃、別の人間がサイモン氏と協議しているところでしょう」
ゲテ氏はどう思ってるかなぁ。あの特急馬車は定期便だから、本質が旅人のゲテ氏には面白い仕事だとは言えなかったかも。それを考えれば徴発された状態とはいえ、色々な場所に行けるのは見聞を広げるためにもプラスではなかろうか。新しいゲテ食の探索を兼ねて、と思えば、悪い話じゃないかもしれない。
「そうですか。それはよかったです」
素直に喜ぼう。
「護衛だがな! シェミーとカレンに行ってもらうか! 期間はどのくらいを予定してるんだ?」
「最短で半年、最長で二年といったところでしょう。ダグラス家の資産を全部使っていいのなら二十年でも三十年でも可能でしょうけど」
怖いことを言っているのだけど、笑みが柔らかくて、怖く聞こえない。経験則からすれば、この人物は侮れない。自身が暴力の塊であることを自覚しての柔和な仮面だ。
「長くても別に冒険者ギルドとしては構わんぞ? 実入りのいい仕事だしな?」
ガハハハ、とザンは声を立てた。
「期間については後日お伝えします。正式な契約もその時に行います。よろしいですか?」
ファリスが言って、ザンが頷いた。
「では、まだ仕事が残っておりますゆえ、これにて失礼致します」
ウンザリですけどね、と苦笑しつつ、ファリスは立ち上がった。ブリジットがあからさまにホッとしているのが可笑しい。店の予約が気になるのだろう。
「本部長、魔術師殿を夕食に案内する予定だったのですが」
「あん? あの怪しげな虫の店か……?」
未知の体験ができそうだなぁ……。
「怪しげではありません。『光皇の華虫亭』に行ってきます」
何ですか、その仰々しい名前の店は……。
「仕事が詰まってる! なるべく早く戻れよ?」
困ってるんだよ、俺は! と泣きそうな顔のザンを振り切って、私とブリジットは夜の王都へ繰り出した。
「本部長と第一騎士団長は昵懇なんですね」
セミの幼虫の唐揚げをフォークで刺して口に運びながら、私は訊く。パリッとした食感の後にドロリとした中身、土の香りが鼻を抜ける。
「ああ、ファリスは元々冒険者出身でもあるんですよ」
「じゃあ、身分を隠して冒険者登録を?」
唐揚げに掛かっている白いソースが絶品だ。タルタルソースに見えるけど、絶対虫が入ってる。クセになる味だ。
「そうです。ブノア家はノックスの有力貴族ですよ。本部長が言っていたように、ファリス伯爵様は宰相候補でしょうね」
少し皮肉の入った物言いは、ファリスに対しての忌避感を表している。ノックス領地は西の港町ブリストを擁する広大な領地を持っていて、王家を除けば実質最大の貴族家と言っていい。お坊ちゃまでもあったわけか。
「そうなんですか」
パイ皮包みの料理がやってきた。パイはあるんだなぁ……。中身は淡泊な肉……。
「蛇ですね」
蛇の肉は骨切りがしてあって、湯通ししてあるから、元の世界にあったハモの料理みたい。パイ生地のバターに繊細な味わいが負けてしまっている。食材をいじりすぎか。
「梅肉で味付けした方が美味しいかもしれませんね」
「梅? ですか?」
「東方の樹木の実です。桃とかスモモはお店にありましたし、探せばあるかも」
「さすが、魔術師殿は物知りですね」
「いえいえ、ブリジットさんのゲテ食知識には敵いません」
ゲテゲテ、と含み笑いをしているとメインディッシュがきた。
「目玉ですか」
あんまり驚いていない私に、ブリジットはつまらなそうに説明した。
「ツーナの目玉ですね」
「あ、これは下茹でバッチリ。臭みもないですし、新鮮な目玉、ネットリして美味しいです」
慌てて料理を味わい、感想を述べる。
しかし、肉の後に魚が出て、それがメインディッシュっていうのは大陸風レストランとしてはどうなんだろう。目玉のインパクトを狙ったとか?
「ここの料理は上品な味付けですからね」
なるほど、今回の店のチョイスはそれがテーマでしたか。
デザートにはタルト風のケーキが出てきた。チーズケーキ……? この見た目は確かにこの世界では斬新だけれども……これがゲテモノ料理だということは、材料が何か特殊な物なのか。
「東方の騎馬民族風の飲み物を混ぜてあるそうです」
「牛やリオーロックスの乳じゃない……馬乳ですね。馬乳酒ですか」
ほう、とブリジットは声を上げた。
アルコールは飛んでいて、風味だけが残っている。全体としてはチーズケーキにしかみえないんだけど、馬乳酒をゼラチンで固めたものだ。考えようによってはゼラチンも珍妙な食材といえなくもない。砂糖をほんの少し使って、結果として酸味と甘みのバランスは良好になっている。評価するのは簡単だけど、このバランスがベストだ、と見極めるためには、相当の試作を繰り返したのだろう。
メニューのチョイスはどうかと思ったけど、総じてここの料理人は丁寧な仕事をしているのが垣間見えた。
「やたらに見た目の奇異さだけを重視しているわけではないですね。食材をいじりすぎの嫌いはありますけど、うん、面白いです」
美辞麗句は、店を紹介してくれたブリジットには通じないだろう。だから正確に思いを伝える。
「ありがとう。案内した甲斐がありました」
ちゃんと伝わったようだ。
「では、本部に戻りましょうか。本部長がお冠ですし」
クス、としなやかに笑って、ブリジットは立ち上がった。
―――お土産には、お店の厚意で生サナギ(蜂)と蜂蜜、ついでに蜜蝋を買って帰りました。




