星の子たち5
【王国暦128年7月15日 16:01】
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ。ママの言うことをちゃんと聞くんだよ」
「ミニママ……!」
ビシッ、とデコビンをすると、ジョージは額を押さえた。
「ジョージくん。私はミニではないわ。可愛らしいママよ!」
「かっ、かわいらしいママ!」
「よろしい、良い子ね」
呼び名を強制させて、あまり屈まずに第一子を正面から抱きしめる。
「くるしいです……」
「母の抱擁に文句を言わない」
「ほうよう……だきしめる……」
「そうだよ」
ジョージは第一子ということもあってか、エミーに相当しごかれている。頭がいいだけじゃなくて、意思が強い利発な子になっている。
「チビママ、これ……」
「チビじゃねえ!」
第二子の頭を軽くこづくと、とても良い音がした。
「いたいよ……」
「ママを悪く言うからよ。これは何?」
「まほうじん!」
「ほう……」
ビルが渡してきたのは確かにミスリル銀の板ではあったものの、魔法陣として完成していないものだった。
「これはお守りとして貰っておくよ。でも、ちゃんと魔法陣を勉強しようね。サリーお姉ちゃんに頼んでおくから」
「えー、細いお姉ちゃん怖い……」
ビルはサリーが苦手だ。何故かは知らないけれど。
「細いお姉ちゃんはこの国で一番の錬金術師で、魔術師だよ。何で怖いの?」
「うーん、説明がわかんない」
「バーン! とかドーン! とか言うから?」
「うん」
なるほど、サリーは擬音祭りで感覚的なものを説明するのがとても下手だもんね。
「それもね、そのうちわかるようになるよ。ビビッ、とね」
「ビビビビ?」
「ババババ」
「ドドドド」
「ガガガガ」
一頻りビルの擬音祭りに付き合う。うん、君にも素養はあるよ。
師匠とは違って手先が器用みたいなのは良かった点なのかな……。
「小さいママ」
「うん、なんだい」
ジョージとビルとのやり取りを見ていて学習していたのだろう、ケネスは穏当な呼び方をして、当たり前だけど咎められなかったので、ジョージとビルからはブーイングが飛んできた。
「兄様たち、小さいママの前で、五月蠅いですよ」
とケニーが一瞥すると、二人は黙り込んだ。ケニーは私とフレデリカの遺伝子を持つ。耳が長く……どうやら武術に適性があるみたいだ。それで二人の兄よりも精神的、肉体的に優位に立っていると。
「ケニーくん。いいかい、兄様二人は、君にないものを持っているよ。逆に、ケニーくんだけが持っているものもある。兄弟で助け合わなきゃいけない」
「はい、ママ」
ケニーは大きな目をパチクリ、とさせて頷いた。この子は自分に魅力があることを自覚していて、こんな仕草をする。あざとい! 実にあざとい! だけど可愛いから騙されてもいいや……。
スッと立ち上がり、三人の息子たちに軽く手を挙げる。
「もういいのか?」
「うん、無事に帰ってくるつもりだから」
「そうでなければ困ります」
フレデリカとエミーが抱きついてくる。ああ、なんだ、宇宙飛行士とその家族みたいだなぁ。
「了解、すぐ戻ってくるよ」
不在の間は迷宮の管理層のどこかで話し掛ければ、一番から六番の誰かが対応してくれる。七番である私と繋がってもいるし、アバターにチェンジすればコミュニケーションは取れる。道中も寂しくはないだろう。
《ふふん……?》
ああ、そうだね、精霊たちもいるもんね。宇宙の旅も、きっと悪くない。
【王国暦128年7月15日 16:29】
艦橋にある、艦長席の隣に設置されたオブザーバー席に座ると、上昇の指示を出した。
「ショート・アップ」
「ショート・アップ、アイ・サー!」
「アンドロメダ―発進」
ゴゴン……と艦体が蠢き、僅かな浮遊感の後、窓から見える建物が、あっという間に視界から消えた。
青みのかかった空はやがて漆黒になり――――下の方からは照り返し――――地球光が眩しく光る。
「進路060ー000」
「進路060ー000、アイ・サー」
姿勢制御を細かく行い、艦体は上昇しつつ、やがて前進を始める。宇宙空間では上下にも進めるので、方角指定が一つ増える。姿勢制御については基本的に進む方向に艦首が向くようにしている。
「フル・アヘッド」
「フル・アヘッド、アイ・サー」
機関全速。一度、『アース』から離れる。
大きな楕円軌道を描くように、慎重に軌道修正をしながら進む。この後、『アース』をかすめるような方向に向かい、重力による加速、スイング・バイに入る。
「一度目のスイング・バイを開始」
スイング・バイは最終的に三回行い、十分に加速したところで目的地へ向かう。だって、光速の九十九パーセントとか、そんな速度は出ないもの。
ところで、この艦の艦長はノーブルオーク千四十三番目の個体で、通称トシゾー。ジュウゾウとは違って寡黙で、必要なこと以外は喋らないツンデレだ。わざわざ千四十三番になるように大量生産したのは内緒。
この辺りはまだ『アース』の重力圏、普通に魔力通信が通じる。短文も普通に送受信できるんだけど、離れていったら、ラグが酷くなっていくのかしら。二十四歳のノボルくん、みたいな……。
《おー、そっちはどうー?》
だなんて、一番から念話が入る。
「順調。スイングバイは何度も訓練してたしね」
《天体Xは計算通りの軌道を進行中、観測結果に変動無し》
二番からも情報が入る。
《ポートマットでノブ・ギネス氏がペニシリンの単体分離と培養に成功したよ》
三番からはそんな物作り情報が入る。おお、それは偉業だわね。
《こっちはねー、アンちゃんと遊んでる》
アン、というのはセスとメアリの娘。アン王女と呼ばれるようになるのかどうか。まあ、エリザベスって名付けなかっただけでも良かったわ。
《黄緑くんが、私が増えたことと死んだこと、空に飛んじゃったことに気付いた。慟哭して愛を語られたよ……》
む、少々の罪悪感があるなぁ……。黄緑くん、いい男なんだから、チンチクリンに執着しないで良い女の子を見つければいいのに。ロリコンとかロリコンとか呼ばれちゃうぞ?
《ラルフに子供が出来たのは知ってる?》
「なにー?」
六番の報告に、全私が驚いた。壁のように可愛らしい男の子らしい。どんな子供だよ、とツッコミを入れたくなるわね。
ラルフにせよ、メアリにせよ、私にせよ……子供達が生まれて、嫌でも次世代を考えさせられる。
格好良い言い方をすれば、私はそんな星の子たちの未来を守るために出撃する。
悪い言い方をすれば興味本位に宇宙旅行を楽しみたいがための強行軍だ。いやあ、宇宙空間でしかできない実験とかもあるのよね。
《儂も興味あるのう?》
と、ノーム爺さんが言うように、宇宙空間でも精霊は健在。『アース』から離れると精霊はどうなるのか、宇宙空間で精製した金属がどうなるのか、とか、植物の生育がどうなるのか、とか。面白い結果が出るなら、実験用の人工衛星を打ち上げる機運にもなる。
天体Xをはじめ、他の天体がどうなっているのか、他の天体でも精霊は存在できるのか……。
などなど、興味は尽きない。
確認したいのは他の星が、ちゃんと天体として存在するのかどうか。
何となくだけど――――『サテライト0』を放出した時の『アース』地形の発見され具合を見ているから――――データだけの存在なんじゃないか、と想像しているのよね。
つまり、観測してみないと発見できず、詳細もわからないという。
だから、『アース』の他には天体なんてなくて、ポツーンと『アース』が存在するだけの空間、それが『宇宙』だったんじゃないかとも想像していた。
月さえもハリボテだったのでは、と思えたけれど、潮汐があること、観測によって質量があることはわかっていたので、これはまあ、ちゃんとした星だと思う。でも、それさえも観測の結果なのかもしれない。もしかしたら、私が観測しなければ『アース』でさえ球体ではなかった可能性もある。
これらはすべて可能性の話であって、私の想像に過ぎない。ちゃんとビッグバンが起こって膨張する宇宙なんぞが観測されるかもしれない。
これら、私が持っている『宇宙の常識』とやらは、元の世界での知識による。一部はSFの世界の話だけどさ。でも、数々の矛盾が存在することもわかっているわけで、元の世界の科学者や物理学者は、その謎を解こうともしていた。
私が思うに、その矛盾とやらは、そもそも、その通りなんじゃないかと。謎なんかじゃなくて、物理法則そのものが成り立っていないのではないかと。
つまり……単なる『物体』として、そこに置かれているだけなのではないかと。結果として重力やらなんやらが発生するはずだけど、それさえもなかった……いや、観測の結果として辻褄を合わせようとしたのではないかと……。
ということは、私が天体観測を始めなければよかったのか、というとそうでもない。『使徒』が何をやってくるのかわからない以上、備えてしかるべきなのだから。
結局のところ、私は私の行動への責任を取りたいだけなのかもしれない。だからこそ、直接、私が迎撃に出たかったのかも……。
せめて、私の行動は正しかったと、一言、誰かに言ってほしい。私以外の誰かに。
「ああ、宇宙は何も答えてくれないなぁ……」
《エミーなら肯定してくれると思うよ?》
《知りたかったから観測した。それでいいじゃんか》
《木星帰りの男として宇宙用の変形モビルスーツを作って高笑いしたかっただけよね?》
《スペースコロニーも作りたいねぇ》
《住む人はどうしよう?》
《作ろうよ、宇宙人!》
――――色々な意味で、自分のことながら涙が出てきた。