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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
星に願いを
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※天空の城


【王国暦128年1月3日 12:16】


 とってもどうでもいい話ではあるんだけども、カーンに流入している難民の中に、ノートルダムさんという、自称お医者さん? 薬師? 占い師? がいるそうな。ご本人かどうかはわからないけど、本人なら、この時点でグリテン連合王国に保護されているわけで、恐らくは四行詩の人にはならず、この世界にはノストラダムスをネタにした世紀末論は語られず、つまりベストセラーも登場せず、ガラッと扉を開けて話を聞かせてもらっちゃう人も、なんだってーとか言っちゃうマンガも登場しない。元ネタである編集者くらいは存在するかもしれないけど。

 一つ言えることは、そのノートルダムさんと、今回の発見は関係ない、ってことかしら。


「お姉様、緊急、ということでしたが」

 ロンデニオン城にある女王執務室に集まった面々に、エミーは困惑の表情を浮かべた。

 一応、新年の三日までは執務をお休みする、というのが女王の例年の慣習なのだけど、それを破っての招集だ。子供達との語らいの時間を取り上げた格好になったことを謝罪する。

「小さい隊長、何があったんだ?」

 今回はラルフも呼んだ。

「母上が緊急、というのはただ事ではありませんな」

 マッコーも呼んである。今回はこの三人だけ。

「この大地が球形だ、という話はしたかと思う。『アース儀』をすぐ理解できてる面々であれば説明してもいいかと思ったんだけど、危機を理解できる国家の重鎮と、女王陛下の本当の側近。そういうチョイスをさせてもらったよ」

 私がもったいぶって言うので、三人の困惑顔は変わらない。私は言葉を続けた。


「この大地……星、と呼ぶね。この星から見ると取るに足らない大きさではあるけど、直径五キロメトルほどの星が、およそ二年後にやってくるの。なーんだ小さいじゃないか、と思っているね?」

「いえ、そんなことは」

「この小さな星が直撃した場合、この星の生き物の殆どは死滅する」

「…………」

「…………」

「まさか……」

「いやホント。今のところ、これが『使徒』の攻撃かどうかは判断がつかない。ただ、時期を考えると……確率的には十万年に一度ってことだから……何らかの操作が行われた可能性がとーっても高い」

「お姉様、『使徒』はそういう……星を落とす? ような能力があるのですか?」

「んーとね、玉突き、って遊びは知ってる?」

「象牙で作った球を木の棒で打ち、所定の場所に入れるゲームですな」

「うん、博学だね。『使徒』は高レベルの『空間精霊』を使役できるよね。たとえば()()()()()()()を、同じくらいの大きさの星に当てるように出現させるとするよね。で、当てる星をどんどん大きくしていくと、小島くらいの星でも動かすことは可能だと思う」

「そんなことが可能なのですか……」

「厳密に計算しての行動じゃないかもしれない。だけど、出口……つまりこの星の引力圏に捕まるような軌道を取るように……決めて計算するのは、根気さえあれば難しい話じゃない。膨大な計算が必要になるだろうけどね」

 そう、ちゃんと結果を出そうとすれば計算が必要になる。この小惑星衝突が人為的なものであれば、誰かが、何かで、計算をしたに違いない。偶然に期待して人為的に小石を投げても、結果が得られるとは思えない。それこそ天文学的な確率だろうから。ああ、なるほど、天文学的な確率っていう言葉はこうやって使うのか。まさか実感するとは思わなかったなぁ……。


「お姉様は、事態の重大さの割には、落ち着いているように見えます」

 その私を見ているからか、三人とも落ち着いて聞いてくれている。無条件に信頼されているのは嬉しい反面、期待に応えなきゃいけないプレッシャーも感じる。

「こんなこともあろうかと、『アンドロメダ―』は宙間訓練を重ねていたのよね。二番艦……は艤装途中で、乗員の訓練期間を考えると間に合うかどうか微妙なところ。ええとね、衝突は二年後だけど、半年後には出発しないと間に合わないのよ」

「?」

「ここから発進して、衝突する星……天体(エックス)としようか……と会合するのは、一年後がベストなのさ。その会合ポイントに到達するには半年後に出発するのがベスト」

「母上、二年後に接近してきた天体Xを狙い撃つ、というのでは不都合があるのですか?」

「近すぎると破壊しても破片がどう飛ぶのかわかんない。また、移動速度が速すぎて単純に攻撃を当てるのが難しい。『アンドロメダ―』が現地に到着するまでには相当加速しているから尚更ね」

「なるほど……」

「天体Xの迎撃には『アンドロメダ―』を充当、二番艦と『グレート・キングダム・オブ・グリテン』は最終防衛ラインで、万が一にも飛んできた破片の処理を担当してもらった方がいいかな。で、その万が一も失敗した時のために、通常の迷宮はシェルターとして使ってほしい。ついでに、このロンデニオン城迷宮は浮上させておこうと思うの」

「浮上、ですか?」

「うん、元々浮かぶように出来ているし、関連する作業はこちらでやるから。その絡みで一時的にロンデニオン城内の生物を全部排除してほしい。無生物についてはそのまま飲み込んで移設するから、アバウトでいいわよ」

「移築……するのですね?」

「歪で美しくはないお城だけど歴史的な価値はあるし、それもまた文化というやつだし」

「了解しました。期限はありますか?」

「十日後を目処に」

「はい、母上」

 即決して即行動できるのは独裁政権のいいところ。マッコーもそれをよくわかっている。

「なあ、小さい隊長。伝えるのがこの三人だけ、ってことはさ……」

「迎撃の可能性は高い、と見ているの。そこは安心要素だけど……万が一失敗したら、迷宮で守られていない人たちは全滅する。インプラントによる一括指示が行えるから、避難計画そのものは作っておいてよね。最優先で守るのはエミーと子供達。それにフレデリカ。サリー、レックスの迷宮関係者、冒険者ギルド上層部、商業ギルド上層部、建築ギルドなど。私と接触したことのある面子はリストに印がついているので、迷宮への避難は優先させてほしい。それでも迷宮への収容人数は限られているから、かなりドライに割り切る必要がある。その辺りは申し訳ないけど、ハーキュリーズとラルフには冷酷になってもらいたい」

「わかった」

「わかりました」

「一年後に迎撃の成否は出るから、失敗した場合はよろしくね。成功した場合は避難計画は杞憂だったと喜べばいい」

「お姉様、その物言いですと…………」

「うん、私は『アンドロメダ―』に乗艦して同行する。なに、二年くらいは生きてるでしょ」

「母上……!」

 マッコーが中年のくせにウルウルと瞳を濡らしていた。マッコーも、ラルフも、最近私が六回死んだことは知らない。

「っていうかねー、私が直接目視しないとわかんないのよ。観測船を飛ばす訳にもいかなくてねぇ」

 不測の事態に対応できるのも私だけだし、予定地点は月軌道より外側だから……。うん、包み隠さず言えば、死ぬ前に一度、月に行ってみたいんだよ……。ハーフムーンラブとかアイスクリーム美味しかったねとか……やってみたいんだよ!

 という願望というか欲望を隠しつつ、三人に対しては人類のためをアピールしてみる。


 そんな演技の間にも、一番から六番までが、くそぅ、自分も行きたいぜ! だなんて言ってる。いや、普通に放射線障害で寿命云々の前に死ぬわ! 『アンドロメダ―』が無事に帰ってきても、乗員が無事とは限らない。迎撃に成功しても帰還できるかどうかはわからない。

 いやまてよ……宇宙放射線病に罹って敬礼までされても生き返るのがドラマというもの。


「お姉様は、それでよろしいんですか……?」

「親しい人たちのためにやるだけよ? 星がどうとか人類がどうとかじゃなくて。ああ、迷宮と魔物は守りたいかも」

 あとは『使徒』への反抗心も当然ある。可能性の問題とは言っておいたけど、これは『使徒』の攻撃に違いないのだから。迷宮とインプラントシステム、そしてグリテン連合王国は、この星の歴史を恣意的に歪め、そして導くものだ。迷宮の奪取と整備は『使徒』の思惑の一つだったみたいだけど、インプラントシステムは意に沿うものではないのだろう。潰しにかかっては来たけれど失敗した。だから全てをご破算にしようというのだ。ブリストのクレーター、ボンマットの石の台地……あれは、ご破算(リセット)の足跡ではないのか。


「ううっ、母上……」

 キリリと口を一文字に結んだ私を見て、マッコーはポロポロと涙をこぼした。

「いい年して泣くもんじゃないよ」

 膝から崩れるマッコーの、白髪交じりの頭を撫でると、顔を覆って号泣し始めた。ラルフは困惑し、エミーはマッコーには目もくれず、私をジッと見て眉根を寄せるだけだった。



【王国暦128年1月13日 5:25】


「それじゃーいくよー」

 お堀の水は抜いて、直上にあった王城は『道具箱』の中にすっぽり入った。山が入るんだから城が入らない訳がない。マッコーは指定通りに王城の引っ越しを完了させた。

 王城の機能の一部は、その直下にある離宮に移された。離宮の方は城壁と、幾つかの建物を増築した。元々球状空間だった外壁は取り除き、螺旋リフトも撤去された。


挿絵(By みてみん)


 私は声を掛けた後、円形に土砂を取り除く。

 ゴバッ、と土を削る音がして、綺麗な円形で穴が穿たれた。直下に見る離宮はところどころをピンク色にしてある。お城がピンクで何が悪い! とばかりの挑戦的な色彩ね。

 城壁は浮上後に、半球状の外殻の、外側に増築される予定。設計上、最終的には三重になるので、樹木が育てば、かの天空の城に近い形状になるはず。空飛ぶゴーレムも作らなきゃいけないのかな……。


「よーし、浮上、いいよー」

 浮遊城の周囲から魔力が満ちて穴の上空に向けて吹き上がり、ゆっくりと……恐ろしい質量が近づいてくる。その迫力には感嘆せざるを得ない。


 浮遊城が完全に穴から出ると、同じように感嘆の溜息が漏れた。迷宮艦を含めて、これほど巨大なものが空に浮かぶというのは魔法ありきとはいえ、人の成しえた業とは思えない。いやいや、私がやったんだけどね!


 直径三百メトル弱の半球体は浮上を止め、地上五十メトルほど上空に留まる。

 太陽はまだ出ていないので、まだ薄暗い中、僅かに発光して見えた。特に光っているのは下部の球状部で、ここは魔力で足場を組んで、発生させた力場の上に乗っかっている。この仕組みは空飛ぶ迷宮艦と同じもので、より大規模にしたもの。


 元々、ロンデニオン城迷宮はマッコーが迷宮化した後に改修され、脱出船として再設計されたもので、エミーを含めた王族を守るためのもの。下部は魔力シールド、上部は『防壁』魔法によって守られる。上屋である離宮は普通の石造りだけど、城壁は迷宮の付与魔法が施され、内部に籠もれば防御はバッチリ。必要な魔力は魔力吸収塗料に依る。夜間は魔核に充魔力された分で航行し……永久に浮かび、動き続ける。

 素晴らしい……。

 実際に浮かび、動いているところを見ると天空の城とは、これほど魂を奮わせるものなのか。


 万一の備え、だなんて実に口実くさい理由に、エミーは私の考えを読んでいて、なお快諾してくれた。そして住人になることも了承してくれたのだ。っていうか、普段の政務には不便極まりないから、象徴としての扱いになるとは思うけど。



【王国暦128年1月13日 8:12】


『浮遊城』……さすがにラピ○タなんて命名できずに、そう呼んでいるけど、フレデリカがあれを見たら間違いなく命名するに違いない。いやあ、元の世界でも実際には存在しないのに、この世界なら何でも存在するんだなぁ、ハハハハ。

「さて、と」

 浮遊城が抜け出た跡地にはポッカリと大穴が空いている。この穴を閉じなければいけないのだけど……。

「突貫工事、一日だ! 一日でどうにかするぞぉ!」

「うぅいーーーっっすうう!」

 ロンデニオン西迷宮、東迷宮から集められた魔物軍団……の建築部隊が鬨をあげた。


 浮遊城がロンデニオン城の地下にあったとき、その上部は石組による外殻があった。その石材は回収してあったので、下半分をどうにかしてしまえばいい。

 ここは元の球状に戻して、土に埋め戻して、その上にロンデニオン城を戻すつもり。格好としては浮遊城を取り出しただけよね。


 で、この球状空間の再利用だけど…………。

 迷宮化するのは当然として、何に使うのか、と言えば、あまりにジャストサイズ。三ヶ所目の生体コンピュータ群建設地候補として申し分ない。難点があるとすれば、海にあまりにも近く、ついでに言えば、この球状空間は浅すぎる。ということで、ダミーとして使うのが正解かしらね……。


 仮に敵性の存在が攻めてきた時に、ビックリするような形状なら申し分ない。ふふっ、何作ろうかなー。



【王国暦128年1月14日 13:50】


 キッチリ一日で作業を終わらせた魔物作業員たちは、やり遂げた男の顔になっていた。

「ウィーーッス!」

「ウイゥイース!」

 テンションが色々おかしい。どうやら酷使し過ぎてしまったようだ。


 でもまあ、建築経験値を上げるにはもってこいだったかしらね。

 彼らは今後、他の迷宮立地へと異動して、建築ギルドと協力しつつ、インフラを整えていくのだ。私が産み出した建築ジャンキーたちよ……。

「むしろ混ざりたい……」

 そうだ、私は、私の産み出したものに、私の願望を乗せているのだ。代替行為でもあるし、単に楽しさを知ってほしいだけなのかもしれない。

 建築に限らず……楽しいことが一杯あるんだ、ってみんなに知ってほしい。もしかしたら、私はそれを、世界に知らしめるためにやってきたのかも。


「戻すよー」

「ウィーッス」

 埋め戻して新たな基礎を作り、ロンデニオン城を元の位置に戻す。


ズ……ン……


 軽い衝撃音の後、お城は何事もなかったかのように、そこに鎮座していた。戦いを重ねて増築された歪な城。しかしよく見れば味わいがあるかも。人の手で作られた建物は、どんな形でも人の心を打つものなんだなぁ。


 こんな感慨を持つには状況が切迫しているけれど、無事に帰ってこられたら、この城も魔改造しよう。お城が変形してロボになっちゃうくらいの魔改造をしよう。

 それまでは、歪なままでいてくれたらいい。



――――『アース』滅亡まで、だいたい七百日くらい、かなぁ?





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[一言] 『使徒』所在確認のため、彗星の起点は予測必要。
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