マシューの矜恃
冒険者ギルド本部からの応援と、第一騎士団が到着したのは、それから八半日後のことだった。
「えーと……この場合、私の身柄はどうなるんでしょうね?」
「うむ! 王都に出戻りだな!」
「ですよね」
ザンの楽しそうな返答に、私は項垂れた。
「騎士団と相談もするから、ちょっと待機しててくれ。遠くに行かなければその辺で遊んでていいぞ!」
子供扱いされた。嬉しいやら悲しいやら。
これは時間がかかりそうだ。フェイに短文を送っておこう。
『コウゲキヲウケタ ロンデニオンダイ4キシダン ニ ソノアト ゲキタイ コウキンチュウ モドルヨテイ ギルドホンブ ニ ゴメンナサイ オクレル キカン』
と。ボリスの件は伝わっているはずだし、これだけでいいかな。
うーん、端末のディスプレイは、スクロールさせるとはいえ、視認性が悪いなぁ。事実上、文字数の制限はないとはいえ、改良をしないとだめだなぁ。
フェイから返信がある。
『リョウカイ(^^)/ ダイジョウブ マカセテオケ コチラハ』
ファニーな短文が返ってきた。緊迫感がまるで感じられないから、まだ『神託』は来ていないみたいだ。
フレデリカにも短文を送っておこう。
『ゴメンナサイ オクレル キカン マホウボウギョ レンシュウ ヤラセテ カレラニ』
こちらもすぐに返信がある。
『ダイジョウブデスカ(>_<) リョウカイ カレラニ ヤラセマス(^_^)v』
心配してるんだな、これは。
『ダイジョウブデス コショウ タイリョウ ニュウシュ カエッタラ ツクル カルボナーラ キテ タベニ』
『リョウカイ カルボナーラ イキマス タベニ』
フェイもフレデリカも召喚された元日本人なわけだから、日本語っぽい文章でもいいのに、結局意思を伝えようとすると、ヒューマン語で書かざるを得ないのかもしれない。エルフ語で書かれるとどう直訳されるのか、ちょっと興味はあるけど……。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
サイモンと若い御者が一緒にやってきた。
「はい、何でしょう、サイモンさん」
「ああ、助けてくれてありがとうよ。礼を言いたくてな」
若い御者も一緒に頭を下げてくる。
「よしてくださいよ。狙われたのは私のせいかもしれないんですから。巻き込まれたかもしれないのに、いや、もう巻き込まれてるのに、礼とか」
「いや! 消されてたのは間違いないからな。感謝してる」
「あー、馬さんは? 足とか怪我してませんか?」
遠目で見ると二頭の馬はグッタリしている。ちょっと『治癒』でもしておこうかしら。
「傷は小さいのがいくつか。足は大丈夫そうだ」
ちょっと様子を見るか。馬に近づくと、二頭の馬はゆっくり立ち上がって、
「ブヒヒヒーン」
と低い声で啼いた。
「うん、いいよ、大丈夫かな? ―――『治癒』」
馬に話し掛けながら弱めの水系『治癒』を複数回かける。基本的に『治癒』は人間用だけど、魔力が生物の細胞を活性化するという仕組みは同じ。実際、植物にも効果があるし。
二頭の馬に相次いで『治癒』をかける。二頭とも近寄ってきて、うっとりと私を見つめている。え、馬に惚れられたとか?
「休んでなよ?」
馬に語りかけて、ニンジンが数本『道具箱』の中にあったので、それを食べさせる。例の宴の時の残りだ。
「塩と水は?」
サイモンに訊く。
「もう与えた。なあ、これ、どうなるんだろうな?」
ザンと第一騎士団団長、ファリス・ニコライ・ブノアは、マシューを遠目に見ながら何やら話している。周辺の検分を行っている様子だ。
ファリスは王都騎士団の名にふさわしく、イケメンで実直な印象、黒みがかった金髪。外見だけならエドワードより圧倒的に色男で、しかも伯爵様だ。王都騎士団の組織構成は知らないけど、第一と第四で差があるものなんだろうか。ザンと会話している様子は険悪なムードではなく、真剣に話し合っている様子だから、悪い方向には向かわない気がする。なるようになるんじゃないかと楽観的な気分になる。
「もうちょっと待ってみましょう。待機せよ、としか言われてませんし。何か食べて、休んでいるといいですよ」
「ああ、そうさせてもらう。お嬢ちゃんは携帯食はあるのか?」
「ありますよ。まだ大丈夫なので、ご自分達だけでどうぞ」
わかった、と言って、サイモンは若い御者と馬車の方へ戻っていった。
王都側の街道を見ると、大きく抉られているのが見える。一応、検分が終わるまではそのまま。後を振り返ると、焼け焦げた木が立っている。その奧にザンとファリスが話している木と第四騎士団団員を固めている土ダルマがあり、ポートマット側の街道を大きく外れた場所に、クレーターがある。
現状を確認したくはあるけど、証拠隠滅と取られるのも馬鹿らしいので、街道から五十メトルほど離れた場所にいってみる。灌木が気になっていたのだ。
「コウゾだね」
下生えを調べると、若芽がいくつかあった。根っ子ごと採取していく。麻袋に入れておけば生物でも入れられる。私は学習できる子よ。
「おーい」
五十株も採取できたところで、ブリジットも到着したのか、私を呼びに来た。
「あら、ブリジットさん、お疲れ様です。さっきぶり」
「本当にさっきぶりですね。全く面倒な事に巻き込まれますね」
しなやかに手を広げる。困ったポーズさえ恰好良いな!
「はは、ほんと、困っちゃいますよね」
「本部長と第一騎士団長が呼んでいます。お話を伺いたいとのことです」
「わかりました」
ザンとファリス、そして私とブリジットは、拘束している連中(夜になってもまだそのまま土ダルマだった)から、少し離れたところで集まった。
「ロンデニオン第一騎士団第一大隊長、ファリス・ニコライ・ブノアと申します。お初にお目に掛かります、魔術師殿。お噂はかねがね聞き及んでおります」
ファリスは私が平民であるにも拘わらず、膝を折って、胸に手を当てて、敬意を表する。格好いいなぁ。近くで見ると目は切れ長でクールな細面。騎士より役者の方が似合いそうだ。
「どうした?」
ザンが訊いてくるけども、ファリスから視線を外せずにいた。スキルを見ても、魅了みたいなスキルは存在しない。全体のスキル構成は、騎士団にありがちな盾重視、防御力重視。アーロンとほぼ同等といえる。いや、剣系統スキルが結構高いか。
「いえ、あの、騎士様が恰好良いので……」
「それは光栄です」
フッと力を抜いた笑みが私に投げられる。自然で違和感がない。生粋のプレイボーイ(死語)ってやつなんだろうか。
「じゃあ、事情聴取するぞ! 街道の穴と、向こうの大穴。あれは、盗賊たちが設置した攻撃魔法陣、ということで間違いないな?」
特に何の打ち合わせもしてないけど、そういうことになってるらしい。マシューを切って捨てるつもりなのだ。流れには乗っておくか。
「よくわかりませんが、そうかもしれませんね。あの盗賊たちは、自らの仕掛けた魔法に巻き込まれていたような、そのように見受けられました」
「やはりそうでしたか」
ファリスは短く言った。ザンも頷いている。この二人は懇意に見える。本質的に敵対組織のはずなんだけど。
「それで魔術師殿が拘束をしたと?」
「攻撃を受けた距離、角度、さらには目視によって、彼らが襲撃犯に間違いないと判断しました。当方が攻撃を回避しようとした矢先、彼らは自爆してしまったのです。その事情はよくわかりませんが、気付いたら倒れていたので、危険だと判断して拘束しました。彼らは生命の危険も感じられる状態でしたので、最低限の治療を施しました」
「そうですか、それは呆気に取られたでしょうね」
「まったくです。何が何だかわかりませんでした。とりあえず必死に彼らを拘束して、ザン本部長に指示を仰ぐことにした次第です」
そう言いながら、ファリスにマシューの持っていた剣を渡す。
「この剣は?」
「あちらの大穴の近くで発見した盗賊が持っていました。立派な剣ですので、おそらくは盗んだか……」
「ダグラス家の紋章が付いていますね。ということは、行方不明だった第四騎士団第四隊長の、ダグラス男爵の物かもしれません」
茶番が続く。
盗賊が奪った剣は取り戻され、その盗賊はその場で処分される。この場でマシュー本人には、騎士として名誉ある死は与えられない。この場に第四騎士団関係者は誰もいなかったことにされるから。
マシューの隊は何か別の任務で、その最中に盗賊に襲われ死亡した、ということになるのだろう。
本来であれば――――ダグラス家が没落しようが、膿を全部出し切ってしまった方がいい。何が目的なのかを調査し、命令したであろう黒幕―――ぶっちゃけ宰相だろうけど―――に辿り着かなければ意味がない。
しかし、そこを追及しないで、玉虫色に決着を図るという。これが意味するものは、王宮が一枚岩ではない、ということだ。もっと厳密に言うなら、王様なり王族なりが、宰相を律するためのカードになりうるということだ。
そう考えると、これまで協力してきただろう魔術師ギルドの連中が加わっていないし、宰相は梯子を外された恰好だったのではないか。そんな中で、最後の子飼い(文字通り息子だ)を使ってでも、この馬車を襲撃しなければならなかった意味とはなんだろう?
「団長!」
そこに、騎士団の一人が、ファリスを呼びに来た。ファリスの耳元でボソボソ話している。しばらくするとファリスの顔が僅かに曇り、軽く息を吐いてから苦笑して、私に向き直る。
「魔術師殿、貴殿の構築した拘束が解除できないと、我が隊の魔術師たちが嘆いております。一つご助力願えないでしょうか?」
チラ、とザンとブリジットを見ると、行ってこい、と目で促される。
ファリス、呼びに来た騎士に同行して拘束している場所にいくと、マシュー以外はすでに殺されていた。というよりは首がなかった。
すでに生気のないマシューは、私の顔を見るなり、元気を取り戻したかのように声をあげた。
「そこのチビ! そこのチビとしばらく二人だけにしてほしい」
「そんなことは認められません」
ファリスが冷たい声を浴びせる。
「考えられるような危険はありません。この場に私を殺める実力を持っているのは、向こうにいる二人だけでしょうし」
目だけを動かして、ザンとブリジットを示す。暗にファリスも私には勝てないよ、と言っておく。それを聞いたファリスの顔が曇る。しかし、そこは大人というべきか、軽やかにスルーして頷いた。
「いいでしょう。結局そいつからは有用な情報が引き出せなかったということもあります。魔術師殿だけに話したいことがあるというのであれば話して貰いましょう」
ファリスは私を見据えて、その代わり、後で話してもらいますよ、と目線で訴える。私も無言で頷く。
「よし、いいというまで全員退避、警戒しながら待機せよ」
ファリスがその場にいる数人の騎士たちに声をかけ、騎士達は街道を挟んで向こうの方へ移動していった。
騎士たちが十分離れたことを確認したのか、マシューが話し出した。
「お前が、『ラーヴァ』だな?」
へぇ………。興味深い。これは話を聞いてみよう。問いには答えないけど。
「お前が現れたせいで、某は昇進の機会を潰されてきた。警備は突破され、某は足蹴にされ、家の名声は地に落ちた。親父は任務に失敗し続けた某を疎んじていたよ。だがな、そんな親父が某に接近してきたのだ。一緒に『ラーヴァ』の正体を暴こう、とな。某は有頂天になって親父のために働いたのだ。荒事は第四騎士団第四隊が何でも引き受けた。だが上手く事は運ばなかった。結局何度も『ラーヴァ』には突破されたよ。正体も掴みきれなかった。何人も勇者を犠牲にした。それなのに親父は勇者召喚に拘っていた。国のためだと言っていたよ。嘘だと気付いてはいたがな。親父は自分の思い通りになる戦力が欲しかったんだろう。そのために王女も手中にしているしな。馬鹿な国王の代わりに自分が国王になりたかったのさ。ところが丸裸になっていた馬鹿は自分だったとか! 笑うしかないな。だけどな、そんな親父だけど、某には声を掛けてくれたのだ。内心無能と嘲り笑っていてもな。だから丸裸になった親父でも付いていくと、某は決めたのだ。今回も特急馬車を襲えなどと、気が狂ったのかと思った。乗っているのが『ラーヴァ』だから殺せなどと。だがどうだ、親父が正解だったじゃないか。お前が『ラーヴァ』で、某は勇者殺しを倒す正義だ。某は正義の旗の下で死んでいくのだ」
一気呵成にマシューは話し出した。私はそれを黙って聞いている。私がこの場で自分を『ラーヴァ』だと認めると、マシューは自分の死を正当化して幸せに死んでいける。しかし、私がマシューにそれをしてやる義理も理由もない。
「何故、この話を私に?」
「お前は『ラーヴァ』だよ。三年前に某に蹴りをくれた、な。少なくとも、某、親父、兄者はそう確信している。魔術師ギルドは懐疑的だけどな」
なんと……。
一生懸命魔法使いのフリをして、暗殺者を連想させないようにしてきたのに、バレているだと?
「先には某に蹴りをくれて、さらに威圧しただろう? 某がいかに愚鈍とはいえ、受けた痛みと重圧は覚えているものだ」
ああ、あの蹴りと『威圧』で確定されちゃったのか……。
「これで、お前は某を殺すしかなくなった。某は正義の使徒として死んでいける。お前に殺されるなら本望だ。さあ、殺せ……!」
何らかの策があって、逆転の助命を狙っている顔ではない。マシューの表情には歓喜が溢れている。
「ふむ。私はその何とかじゃありませんが。望むなら死を与えましょう。ただ、これは名誉の戦死ではありません。貴男は薄汚い盗賊として死ぬのです」
「構わぬ」
ふう。覚悟が決まってるならやるか。少しだけ距離を取って。ファリス、ザンの方を見る。大きく頷いているので、ここでやって欲しいという意思が伝わった。本来、盗賊を捕らえた私に生殺与奪権がある。部下はやってしまったようだけど、マシューだけはせめて、私が面倒を見よう。
「――――――『風刃』」
大きめの風刃で、一気に首と胴を切り離す。マシューの表情は涙を流して喜んだままだ。胴体を拘束していた土を解除して、ついでに部下の胴体の拘束も解く。
「お疲れ様でした」
労いの言葉をかけながらファリスが近寄ってくる。ザンとブリジットも来た。
「これで良かったんでしょうか?」
「盗賊の処理ですから。良いも悪いもないのですよ。この後については、ザン本部長にお話ししてもらうといいでしょう」
ファリスは部下を呼んで、魔術師に穴を掘ってもらい、最終的には火系魔法を使って火葬にした。第四騎士団第四隊が、ここにいたという痕跡を一切消すように。
全ての処理が終わり、火葬の穴も埋め戻され、そこには弔いも、墓標も何もない。
太陽が東の空から昇ってきて、馬車の往来が激しくなる。日常風景が戻って……いや、クレーターだけはどうしようもないか。これは後で何とかしよう……。
「では、一度ギルド本部に戻るぞ! ドワーフの娘は俺と一緒に乗れ。ブリジットもだ」
代わりに何人かがサイモンの馬車に乗り込み、護衛として付くそうだ。第一騎士団も同行して、長い列が王都に向かう。
「ここって、王都からどのくらいだったんですか?」
「馬車で八半日くらいだな。ターム川を渡ってすぐのところだ」
「え、そんなに近かったんですか」
それならあの短時間での到着も納得だ。ターム川はロンデニオンの生活用水のほとんどを賄っている。大河ではないけれど流れが緩やかだ。
「うむ! ギルドについたら食事にしよう!」
「はい……」
「元気がないな! ドワーフの娘よ! どうした?」
「魔法で人を殺したの、初めてなんですよ」
「ふむ?」
「剣とか短剣ではあるんですけど。魔法だと手応えが全然なくて。殺している実感が全然湧かないというか。殺すことに慣れてしまいそうで」
「なるほどな!」
「フェイ……支部長も言っていたんですけど、殺すことで心に痛みを感じるうちが華だと」
「そうかもしれないな!」
それきり、ザンも、ブリジットも、川を越えるまでは黙っていてくれた。
そんな些細な心遣いが嬉しかった。
――――これでよかったのかな、本当に。