※鎖の乙女
HJ大賞は二次で落選。
え、この作品が書籍化するわけないじゃないですかあ……。
【王国暦127年3月25日 6:15】
気候が春っぽくなってきたある日、私はミネルヴァ・クィンをロンデニオン西迷宮の『塔』地下の秘密倉庫に呼び出していた。彼女はキャノンゴーレムの教練用マニュアルを作成していたところなので、作業を中断させられたからか不機嫌だった。まあ、いつも不機嫌だけど。
「……キャノンゴーレムだけでもかなり面倒なのに……また新型ですか」
ミネルヴァは、テメエいい加減にしろ、と書かれた顔を歪ませて私に近づき、食ってかかってきた。これでも素直になってきた方よね。
「いやさあ、こういうのはミネルヴァにしか頼めないじゃん?」
ほいほいっと持ち上げる。
「……えっ、まあ、そうかもしれないですけど?」
すると、すぐに態度が軟化した。騙されやすい性格は相変わらずみたいで、実にポンコツ可愛いオバサン、いやお姉さん? よね。
「じゃ、説明するね?」
「……っていうかですね、これのどこがゴーレムなんですか?」
こンの白黒エルフめ! 説明を聞けよ! とは言わず、冷静に解説を始める。
「うん、可動部分を極限まで減らしてみた。一見、ただの石の塊だけど、これでもゴーレム」
「……はぁ」
ミネルヴァが気の抜けた返事をする。それも無理はないなぁ、と自分でも思う。半メトルx半メトルの大きさ、五十センチの高さの立方体。下部は適当に処理をしたので平滑だけど、置く場所によっては成形してもいい。ポイントは、上部に突き出た突起で、全部で八本ある。一定の角度をつけて、一組がVの字に配置されているので四対ということになる。
「この突起は交互に飛び出るようになってる。これ、五台ほど預けるので、秘匿プロジェクトとして作ってほしいものがあるの」
「……?」
繰り返される突起の上下運動を見ながら、ミネルヴァは思案顔を続けている。
「これがその設計図」
と渡した紙を見て、さらにミネルヴァの思案顔は強くなる。
「……猫バスゴーレム……じゃないですね。……魔道具ではない……?」
猫バスゴーレムは現在十五路線ほど定期便が走っている。原価が安い割には多脚なので長持ちしてる。市民からは、動きがムカデみたいでキモイ、と思われてるらしいけど、エミーが言っていたゴーレムによる交通機関というお題目を実現するための一つは、確かに猫バスゴーレム。
ミネルヴァに見せた設計図と仕様書を見ると、一見猫バスゴーレムに思えただろう。しかし、ちょっと精査すれば、違うということがわかる。
「何て言うのかな、動力としてだけ使うゴーレム。パワーサプライゴーレム? とでもいうのかな。動力だけをゴーレムで賄って、他の部分については魔道具ですらない。単なる道具? 機械って言って通じるかな?」
「……機械とゴーレムのキメラを作れというのですか?」
「うん。発想はキャノンゴーレムみたいなもの。迷宮で使っている土木用ゴーレムを研究した結果が、先のカーン防衛戦で使ったゴーレムだよね?」
「……そうです。……ウェンライト長官がキャノンゴーレムを提案したのは、ロイヤルトランスポーター、それにサリー部長が常用している『きゃりーちゃんV』を見たからです。……魔道具とゴーレムの組み合わせには将来性があると見たのでしょう。……しかし、現実に術者が安定して扱えるのは、あの平たいゴーレムくらいだった、というわけです」
「理想と現実に齟齬があるのは当然。魔法省はそれを近づけていくのも仕事だよ? で、これは現実に一番近いところにいるゴーレムなんだけど」
「……この規則的な動きを、走行に利用しろ、ということですか?」
頭良いね。すぐわかってくれた。
「うん、これがシリンダーで、クランクを動かす。と、横に動くでしょ。それを車輪に繋げると……」
「……円運動ですか……なるほど」
動きを見せることで、納得してもらえたみたい。
「……普段なら、完動する試作車を作って、我々に説明するところを、今回はその元の動力部分だけを提示した。……何か理由があるのですか?」
「うーんとね、実は別の用途で試作中のはあるんだ。それは後日見せるからさ。今回提示したモノは、最終的に望む形になるまでは、技術の進歩と工業的な発展が前提になるのよね。未だ、その時代は来ていないということかなぁ。だから地上を走る車より、これは船舶に利用する方が早いかもしれない」
「……船に……。……相応の推進システムがあればいい……のか……」
「うん。魔法的にはすぐに実現できるけど、動力だけがあっても、工業的にどうにかしないと、使えないよね。で、それには時間がかかる。おそらく五十年とか百年。船だけなら半年あればいけるかな?」
「……石と鉄でできた戦艦ですか」
「そういうこと。魔法だけじゃなく、錬金術、鍛冶、造船……その辺りと折衝して一つのモノにするには――――」
私には時間がなさそう。数年なら生きてるとは思うけど、他にやることがありそうなので、これもミネルヴァに丸投げしておこうと固く決意した!
「……私の方が長生きするから。……そういうことですか」
私は頷いた。適度に察しがよく、適度に察しが悪い。やっぱりミネルヴァが適任よね。
「……わかりました。……サリー部長ではなく、私にこの話を持ってきたことにも意味があるのでしょう。……他に引き継ぎの必要なものがあれば提示してください。……私の寿命の続く限り、実現させ続けます」
「うん、ありがとう」
私にしては珍しく、真摯にミネルヴァに合掌をして、お辞儀をした。そして顔を上げると、『道具箱』から冊子を取り出して、ニヤリと笑いながらミネルヴァに渡した。
「……これは……」
「後年になれば製造可能なものを含めて、開発案件を図解して系統別にまとめておいた。全部で二百種類くらいあるのでよろしく」
それを聞いたミネルヴァは、鼻の穴を広げて般若のような顔になった。
【王国暦127年3月25日 12:21】
ド級を使ってポートマットに移動すると、私はすぐに第四ドックへと足を向けた。
「うん、いいね、ラブリーだ」
「マスター、ラブリーとはブリブリですな?」
「いや、ラブラブだね」
「おお……」
実にならない会話をイチとしつつ、見上げているのは飛行船。『クイーン・エマラルダス』号と構造は似ているんだけど、外装はちょっと工夫した。
「フットボールの宣伝にもなるし、いいね、この方向でいこう」
「この方向、というのは北の方角ですか?」
「方向性の話だね。このやり方が正解である、ということ」
「おお、物事が進む道のことですか!」
サッカーボールだけじゃなく、ラグビーボールなんかも作っていこう。
これら新型飛行船は客貨両用で、お急ぎの荷物、人なんかを優先して運ぶことになる。フットボールチームは週二回の試合のうち、どちらかをホーム、どちらかをアウェイでやることになるから、迅速に運ぶ必要があるもんね。今は二チームしかないので、各地のスタジアムを回って模範試合をしてるだけ。それをこのボールの飛行船が運べば告知にもなるし、色々都合が良さそう。
「この飛行船は十日ほどで出来ちゃったんだっけ?」
「原型艦に比べると装飾も抑えましたから」
「ああ、そっちに時間が掛かっちゃったのか」
「その分、座席を揃えるのに時間がかかりました。材料が全て揃ってから始めましたので、全体を含めれば原型艦と同じくらいではないでしょうか」
「わかった。同型艦はもう一隻作ろう。ちょっと仕様を変えたのをもう二隻作るよ。建造は一隻ずつでいいから、完成次第知らせておくれ」
「了解です、マスター」
イチと話ながら、隣の第三ドックへと移る。
「おっ………できてるね………」
「はい、マスター。艤装も終了、試験航海は本日行いますか?」
前衛武装宇宙艦、いや、敢えて言おう、これはアンドロメダ級であると!
「うん、この後に行ってみよう。命名権は女王陛下にあるけど、どんな名前をつけられても、私の心の中では、この船は今も、この先もずっと、アンドロメダだわ」
「マスター、アンドロメダとはドロドロですか?」
「ん~、アンアンかなぁ……?」
少なくともメダメダじゃない。
「おお、アンアンですか……」
珍しくイチが納得していないようなので、補足説明をすることにした。
「私がいた場所にあった神話でね。怪物の生け贄にされそうになった、鎖に繋がれた美女の名前なんだよ」
「では、この船は鎖に繋がれているのですか?」
「目には見えないけれど、そうだね。鎖は戒め。美しすぎる自分を律することのできる美女」
というまとめかたにしてみた。
「おお……」
ネビュラチェーンとかの必殺技は持ってないけど、英雄の奥さんになれる気品はあるかもね。
「由来はともかくとして、『グレート・キングダム・オブ・グリテン』に倍する火力を有するからね。扱いは慎重にしたいところだね」
「了解です、マスター。この艦の同型艦は作られるのですか?」
「『グレート』の時には訊かなかったのに、どうして?」
あまりよくないけれど、疑問に疑問で返す。イチの感性は真っ直ぐで、曲がりくねった私とは違うから、別の視点から迷宮艦を見ているかもしれないから。
「はい、マスター。『グレート』は『ドレッドノート』があったとはいえ、新機軸を盛り込みました。迷宮艦として、未だ試作段階だったのではないかと考えました。そこにこの艦は、ほぼ完成形といっていいものです。量産を前提にしたものではないかと思ったのです」
「なるほどねぇ……。迷宮艦はいまだ完成形はないと言っておこう。当面、後継艦は作らない予定だけど、まずはこの艦を就役させてから考えようよ」
「はい、マスター」
無論、アンドロメダの後継艦といえば三門のアレだよね。でもさ、エスカレートしていったら、『魔導砲』二十門装備とかになっていくのかなぁ……。って、どこに取り付ければいいんだろうねぇ。
【王国暦127年3月25日 16:06】
試験航海のついでに、ロンデニオン城に寄り道することにした。
エミーに『アンドロメダ(仮称)』の完成を伝えると、是非見たい、とのことなので、お堀に着水した。ちなみに、このお堀の幅が、迷宮艦の幅を決定するものであったりする。スエズ運河の幅とかは関係ないし。
「お姉様、この船は……!」
「うん、連合王国海軍には所属させないと思うけど、最大火力を持つ。ある意味では女王陛下の最後の剣、というところかしら」
「美しい乙女のような戦艦ですね。艦名は決まっているんですか?」
「私の心の中では」
そう言うと、エミーはなるほど、と軽く頷いた。『グレート』の時も、私の心の中に、別の名前があると知っていたのだ。
「では、『アンドロメダー』と名付けましょう」
「えっ!」
「古代の神話に、美しい乙女の話があるのです。美しさに嫉妬した神々のせいで、怪物の生け贄にされそうになり――――」
聞いてみると、まるきりギリシャ神話の話と同じだった。この世界に同じ神話があるのも驚きだけど、それをチョイスするエミーにも驚きを禁じ得ない。まさか、前衛武装宇宙艦の話なんて、例の書架にあったとは思えないから、偶然の一致というやつなのかしら。長母音の有無は、表記の問題として、同じ名前と考えていいわね。
「美しいですね。色がピンクならもっとよかったのに……」
「えっ!」
――――その一言で、後継艦の開発が決定した。
超細かいぜ! 泣けたぜ!