困惑と歓喜の抱擁
【王国暦127年3月10日 12:05】
「これは……また……なんというか……」
見学に適当な砲撃演習場がなかったので、例によってロンデニオン西迷宮の西側、森と街道の間の平地を使って、キャノンゴーレムの実演が行われた。結局、『魔砲弾』だなんて、つまらない名前になったのは、どんなモノなのか想像しにくかったから、という機密漏洩対策の一つだったりする。
バ バン
適当に標的として作った石造りの建物は上方から石礫の雨を受け、数発で瓦礫になった。
「ああ…………」
見学者から溜息が漏れる。
上空から土系魔法を受けているようなもので、エネルギーが保たれたまま対象を攻撃する。標的の建物は一発目こそ耐えたものの、二発目は穴が空き、三発目で瓦解し、四発目で土台まで崩れ、五発目で破片が細かくなった。
ファリスは弓でも攻撃魔法でもバリスタでもない……遠距離攻撃方法が提示されたことに興奮している様子だった。
このゴーレムを提案してきたウェンライトは、その開発速度と『魔砲弾』が持つ破壊力に恐れと驚きを同居させていた。
興奮、驚き、恐怖。
見学をしていた関係者の中で、そのどれでもない、違う表情をしていたのは三人。
一人はエミーだ。エミーはただ砲撃を黙って見続けている。能面のような、感情の無い目で。エミーがこういう表情をするのは珍しい。そんな表情でさえも美しいと思っちゃう私はちょっと変態なのかしら。
この兵器が広まれば、大勢の人間を殺すことになる。案外、エミーも自分が黒々した衣装を着ているのを想像していたのかもしれない。
もう一人はマッコー。マッコーはチラリとエミーを見て、やはり深刻そうな顔をしてから、グッと歯を食いしばった。責任を痛感してます、って顔だ。
魔道具を越えた兵器の存在は、元々優秀な魔術師だった彼にとっても脅威に映ったに違いない。エミーが背負うべき責任を共に背負う覚悟を決めた、とでもいうか。
マッコーは先王の宰相だった。元々、宰相として就任を要請されたのはファリスだったと聞いている。それはオーガスタ王女、もしくはヴェロニカ王女のどちらかとの結婚がセットになっていて……それを忌避したファリスが泣きついたのがマッコーだった。そうしてマッコーが宰相になったわけだけど、先王が退位してエミーが即位した。エミーはそのままマッコーを登用し、今に至る。
……と、一言で済んじゃうけど、そこにはインプラントと私の血肉の影響があった。当時は確かにそうだった。でも、今では女王を支え、国家を支えようとする意思に満ちている。それがマッコー本人の気質なのかもしれない。
『養父は真面目ですよ、とても』
とは、養子になったラルフの弁だけど、皮肉混じりだったのは、マッコーキンデール邸に飾ってあるという人形の扱いがとても丁寧だった、という流れの話だったからか。
今は宰相として、私でさえも信を置いている存在になった。彼にとってみれば、母親と同じ顔をして、同じプレッシャーを掛けてくる私に逆らえないだけなのかもね。
最後の一人はミネルヴァ。
「……うーん……」
彼女だけは思案顔で、面倒だなぁ、と思っているのがアリアリと顔に出ていた。
キャノンゴーレムを一般兵にまで広げるには相当の教育が必要だ、と瞬時に判断してくれたわけね。うん、その判断は間違いないわ。それを面倒に思って、苦々しい顔を隠しもしないミネルヴァは実にいいキャラクターだと思う。
ところで今、ここで『魔法弾』をぶっ放しているゴーレム術師は二名で、二人とも元近衛騎士団員。まあぶっちゃけ、治癒魔法を連発していたアダム・ネヴィルと、付与術師として腕の立つイーノック・アルパイなんだけどさ。
魔法省の方でもこの二人は教師役になっているくらいなので、三~四日でゴーレムの成形とゴーレム球の扱い、『魔砲弾』の錬成、そして初歩的な運用をマスターしてくれた。意外と言っては失礼ながら、センスがあったのでどんどん詰め込んだ。腕に刻む魔法陣の形状も試行錯誤があったんだけど、喜んで協力してくれたし。
余談ながら近衛騎士団は解体されて、国軍の『女王警護隊』に縮小の上、再編成されている。これはエミーの要望でもあって、その目的の一つはリアム・アンデレ・フッカー団長を他の重職に就けること。
リアムは身辺警護の職に押しとどめるにはは有能過ぎた。彼からすれば、ファリスに出世競争で置いて行かれ、第一騎士団で燻っていたところに新規騎士団の編成があり、体よく収まったばかり。だというのに騎士団組織そのものが無くなってしまった。
今は再度、ファリスの部下という形になり、リアムはファリスにライバル意識があったから、その点は矜恃に影響があるかもしれない。だから面倒だけどもリアムに頼む仕事はエミーが同席して対応していたりする。
そこまで気遣わなくてもいいかもしれないけど、経緯を考えるとケアをしておいた方がいい人物でもある。女王に気遣われている存在だということは、自分でもわかっているだろう。それは大いに自尊心を保つことに役立つ。
エミーは、リアムを、どこかの総督にする腹案を持ってる。たとえばカーンの街、もしくはアスコットランドの大使。イアラランドは今現在もラルフが大使的なポジションにいる。ラルフはああ見えても女王の側近、占領政策の一環として配置するにはベストな人材だ。リアムはそれに次ぐポジションにいるわけね。
「以上で砲撃試験は終了となります。運用に関しては魔法省、及び国軍教導隊と話し合いの上、教育プランを策定することになります」
「お姉様、お疲れ様でした」
「如何でしたか、女王陛下」
気心の知れた面子ばかりが集う会議の場ではなく、人目もあるので、丁寧に訊く。エミーの方はその点を全然気にしてないみたいだけど。
「機動性……というんですか? 悪路をものともせずに砲撃が加えられるのは大きな利点ですね」
少し、エミーは不満げに言った。
「陛下は、射程距離が短い、と思っていますね?」
私はニヤリと笑った。ロンデニオン西迷宮にある書架にあった本の中に、元の世界の兵器についても色々と書いてあったのだろう。やれ射程が何キロなんだとか、威力が凄いんだとか。
「倍はあった方が兵に危険が及ぶ可能性が減るのではないでしょうか。それと……石礫ではなく、小さな火球の発生は難しいのでしょうか?」
ああ、船に載せることを考えているのね。
「現在の艦船は殆どが木製です。『魔砲弾』は火と同様、いえ、それ以上の傷を艦体につけるでしょう。なぜなら、『魔砲弾』がマストに直撃した場合、まずマストは機能しなくなるからです」
だって、石造りの家を壊す砲弾よ? マストが無事なわけがない。ついでに艦体も無事なわけがない。火が回らないというだけで、早晩浸水し、沈没する。今後…………何かしらの技術的ブレークスルーがあったとして、鉄板を仕込んだところで、それほど被害が軽減するとも思えない。
エミーは、私が言外の質問にも答えたことに少し驚きながら、今度は納得した表情を見せた。
「なるほど、お姉様としては、これで十分だと判断しているわけですね」
改めて、私は頷いた。
「艦載すること自体は機構に問題ありません。海軍向けにも調整しましょう」
チラリ、とミネルヴァ、ウェンライトを見る。丸投げ決定ね。
「お姉様、魔法省の皆さん、よろしくお願いします。迷宮艦の方が確かに威力はあります。ですが運用に手間もかかり、実質、お姉様の指示がないと動けないことを考えると、この兵器は十分な代用になり得ます。我々は弱者です。強大な世界に抗う者なのです。富国強兵こそ連合王国が生き残る道なのです」
「御意」
綺麗にまとめたエミーは、威厳に満ちた、女王様以外の何者にも見えなかった。
【王国暦127年3月10日 14:32】
「本当はね、もう一つ腹案があったのよね」
「まあ、お姉様、意地悪です」
ロイヤルトランスポーターの操縦をしながら後を振り向き、背後から両肩を揉まれる。完全な密室で女王陛下と二人きり、イチャイチャしてみている。
車中には他に身辺警護の人間もいない。威厳の一欠片もなく女王様がベタベタと身体に触れてくるので、何だか新しいプレイに目覚めてしまいそう。ロイヤルトランスポーターは『夏の宮殿』に移動中で、お隣には騎馬に乗った護衛が四名、併走している。元騎士団員から選抜され、全員が女性。『女王警護隊』に所属する全員が女性ってわけじゃないんだけど、エミーの方は女性の方が気楽みたい。
「でもねぇ、『光弾』はもちろん、『魔導砲』より被害が酷そうでねぇ……」
「核兵器…………ですか?」
「ううん。帯電させた金属粒子を砲弾として撃ち出す兵器」
「?? 想像もできませんね?」
「うん、元々空想の産物だけど、書架にある本の最終出版年度では実現していても不思議じゃない技術よ? 兵器として運用するには、野戦用じゃ無理。艦載するのが現実的かな。撃つたびに溶鉱炉の比じゃない熱が出る。つまり効率も悪い」
荷電粒子砲はロマン兵器ってことよね。でもさ、『戦艦並みのビーム兵器を持っているというのか!』なんてやってみたいんだよね。それだと敵方に艦載ビーム砲があることになっちゃうか。むむ、『メガ粒子砲、てぇー!』なんていうのもやってみたいよね! で、弾幕が薄いことに文句言っちゃうの。しかも左舷限定でね。
「では、お姉様にとっても未知の兵器なのですね」
「うん、ぶっちゃけ不要。必要があったら作るよ」
「はい、お姉様」
「ところで夏の宮殿に向かってるみたいだけど……」
「はい、たまには子供達に会って下さいな」
とってもいい笑顔でエミーが言った。私はビクッとなって、ロイヤルトランスポーターの操縦が乱れて、蛇行してしまったのはご愛敬というものよ?
【王国暦127年3月10日 16:01】
『夏の宮殿』が見えてきた。
もちろん『夏の宮殿』を移築したのは私で、配管を引き直したのも、建物の修繕、グリテンに合うように改築したのも私が主導した。
たとえば、元々厳しい寒さに対応した建物だったので風通しが悪かったのを、開閉できる窓を増設したり、空調装置を増やしたり。ターム川沿いにあるので小さな港も整備したし、植物は移植できなかったものが多かったので庭を造り直したり。夏になれば、幾つかの植物が可憐な花を咲かせるだろう。それまでは緑色の迷路で我慢してほしい。
すぐ北側に元騎士団駐屯地、現グリテン連合国軍ロンデニオン第三駐屯地――――があり、宮殿にも女王付きの兵士がいる。『女王警護隊』は元の近衛騎士団からすれば数を減らしているものの、それでも百人は下らない。というか、『夏の宮殿』の警備のために増えてしまったという側面がある。
エミー自身はそれを良しとはしなかったものの、翻意してしまう程、この『夏の宮殿』は出来の良い建築物だった。質実剛健しか念頭にないのがグリテンの建物で、それはロンデニオン城の継ぎ接ぎ具合を見てもわかる。
決定的だったのは、ロンデニオン城の地下、球体殻に建設した宮殿だった。一言でいえば流麗でも華美でもなく、まあ、贔屓目に見てもお城。出来上がった時、作業にあたった職人たちは満足そうだったけど、何かイメージと違ったのも確かだった……。ただまあ、内部は居住空間の作りとして間違ってはおらず、外観に文句を付けるわけにもいかなかった。半ば、これこそがグリテン人の美的感覚なんだろうと諦めていた。
そこに夏の宮殿のゲット。ちょっと華美過ぎるかなぁ、とは思ったけど、移築してみるとそんなに違和感もない。ほどほどに自然もあるし、住居として悪くない。
住環境を整えつつ、エミーは子供達のために引っ越しを決意したというわけ。
まだ緑も疎らな庭を通り、車回しにロイヤルトランスポーターを駐めると、後部ハッチから先に出て、エミーに手を差し出す。
「どうぞ、女王陛下」
エミーは嬉しそうに手を取って、淑女らしく一礼をして、私に手を引かれた。
【王国暦127年3月10日 16:15】
「ママ!」
玄関を兵士が開けると、フレデリカに連れられた、三人の子供達がよたよた、と歩きながら、揃って声をあげた。
「ジョージ! ウィリアム! ケネス!」
エミーは腰を屈めて手を広げた。三人はエミーに抱きつき、エミーも抱きかかえた。
「おかえり」
フレデリカがエミーと私を交互に見て言う。その口元の笑みは、母親の笑みだ。三人の乳母でもあるわけだし、ぐえへへへ、エルフ乳ですよ、旦那! 口にしてみたいと思いませんか!
「ゴクリ……」
「どうした? 子供達を見てやってくれ」
フレデリカは穏やかに私を促す。
「お姉様、子供達を抱いてやって下さい。ほら、貴方たち、小さいママに挨拶をなさい」
六つの小さな瞳が私を見上げる。
こともあろうに、私は怯んだ。私の遺伝子を持つ、子供達の視線を受けて。
「ママ?」
首を傾げるジョージ。
「ママ?」
エミー、フレデリカを交互に見て、最後に私を見るウィリアム。
「ママ?」
子供なのに眉根を寄せるケネス。
「そうですよ。貴方たちのお母様の一人です。国の母ですよ」
エミーの表現はわかりにくかったのか、三人の子供達はキョトン、と目をパチクリさせる。
可愛い生き物だなぁ……。
でも、疑問形でママって呼ばれるの、ちょっと辛い……。
「ママ?」
「そうだ。お前たちのママだ。文句あるのか?」
フレデリカが脅す。まだ喋れようになって間もない子供達でも、その怒気は伝わったようで、抱かれているエミーにしがみつく。
「さ、ご挨拶なさい」
エミーはしがみついた子供達を、優しく、丁寧に、一人一人引き剥がしながら、私の方へ向けた。
えええええと、こういう小さな生き物たちに敵意がないことを示すには、視線を低くして手を差し出すんだっけ? ああ、それって犬とか猫に対するものだっけ? 臭いを嗅がせればいいのかな? それだったら臭腺を嗅がせればいいのかな? 臭腺はどこだ? 肛門付近か? じゃあなにか、お尻を向けて嗅がせればいいのか? いやまてよ、世の中のお母さんはそんなことしないぞ? って猫じゃねえよ! 人間の場合はどこだ、掌か? 腋? 腋の臭いを嗅がせるとか、どんな変態だよ! いや、この世界、変態じゃない人はいないけどさ? っていうか、臭いフェチに育ったらどう責任を取ればいいんだ! 臭いフェチって遺伝するのかな? するなら、もう子供達には素養があるわけで、私がその扉を開いちゃうのはどうなのよ? 臭いで教育とか、犬じゃねえよ! 鮫でもねえよ! あああ、どうしよう、見つめられているよぅ………。
「ママ」
「は、はい」
「ママ!」
「はい」
「ママ!!」
「うん」
エミーとフレデリカに背中を押されたものの、三人の子供達は私に飛びかかってきた。
ジョージは首に抱きついて、ウィリアムは左腋、ケネスは右腋に顔を突っ込んだ。
「ぐえっ」
そして、おもむろに私の臭いを嗅ぎだした。やべえ、遺伝しちゃってる!
「ママ」
「ママ!」
「ママ!!」
「うん、ママです。どうもこんにちは」
「こんにちは、ママ!」
「おかえり! ママ!」
「僕たちのママ!」
「こんにちは、ただいま、君たちのママだよ。私の子供達。愛してるわよ」
思いっきり嗅がれている恥辱に耐えながら、私は三人を抱きしめた。
体温が高くて、とっても心地良い。
こども……こどもって……ああ、私の、子供……。
――――恥ずかしいけど、幸せ。




