星の子たち2
【王国暦127年1月4日 5:31】
カーン情勢が緊迫している。
グリテン連合王国軍所属、カーン派遣軍が現地に到着し、現況が詳細に調査されると、主に防壁の強度が問題になったそうな。
現在、プロセア軍はカーンの街から徒歩一~二日の位置に布陣していて、後続を待っている状態とのこと。正確な位置、人数についてはまだわかっていない。東から来るか、北から来るか、はたまた回り込んで南から来るか。プロセア帝都に向かう街道はカーンから見ると東北に向かっている。通常ならばこのルートなのだけど、ここは一応、防壁がある。
プロセア軍としては、街道の正面にある防壁を避けてもいいところ。というのは、この防壁は完全に街を囲んでいるわけではなく、ところどころで工事が止まり、半端に……有り体に言えば大穴が空いた状態だった。
ファリス・ブノア連合王国軍司令長官が、この問題をどう処理しようとしたのか、というと、答えは大量の魔術師の投入だった。土系魔法の得意な者をかき集めて、防御壁を完成させてしまったのだという。
五百人の派遣軍のうち、百人が魔術師だったっていうから、実に奮ってるわよね。ついでに船のクルーにもやらせたらしいから、実に強固な壁ができたらしい。丸々一日休めば魔力は復活するし、防壁の上にズラッと魔術師が並べば、少々の戦力差では抜けないだろう。
火薬がない――――正確には発達していない――――この世界では、大砲なんてものがないから、この状況では攻城兵器といえば破壊槌とか投石機とかになる。
これらの大型兵器が、防衛側の放つ攻撃魔法の届かない距離から攻撃できるか、というと微妙なところで、それこそ付与魔法でエンチャントされた兵器でも投入しなければそんなものはあり得ない。それが出来る魔術師がいるならば、普通に魔法で攻撃した方が手っ取り早い。
プロセア軍側が、カーンの街の壁に気付いたとしたら、南北どちらかに移動するだろう。そこでキングスチュワート級の二隻が南北に待機している。この二隻は、船での攻撃への対処も考慮しての配置で、まさに盤石。
この戦略の根っ子は持久戦で、プロセア軍が大軍であればあるだけ、攻撃を躊躇えば躊躇うだけ、向こうには不利になっていく。カーンの街にはグリテンから食料を含めて大量の物資が運び込まれ、城ではないけれど籠城する気満々、準備も万端。
向こうがこの時期に攻めてきたのは農閑期だったからで、糧食の充足度はどっこいか。人数的には当初の三倍近く……という想定から増えに増えて、最終的には八倍から十倍になるんじゃないか、と言われているけど、正確にはまだ不明。
難攻不落と知ってなお、カーンの街を攻めてくるというのは、もはや捨て鉢なのかと唸りたくなる。
今の時点でド級なり、『グレート』なりで敵の前衛を攻撃すれば、もっとスムーズに撃退は可能だろう。被害もその方が最小限で済むんじゃないかと思う。
しかし、今回、エミーはそれを良しとしなかった。最近の軍事行動が私の手によって行われていることから、そろそろ私抜きでやらなければならない、と考えたみたい。黄緑くんやウーゴくんと同じく、国軍にも実績や実戦経験が必要だもんね。
『お姉様の手を煩わせることもないでしょう』
だってさ。不測の事態が起きても、なるべく手を出さないつもり。
それはそうとして、他のところで手は出すつもりだけどさ。
「今、私たちは、空を飛んでいまーす」
「その通りです、マスター」
サティンが強く肯定してくれた。魔物にもロマンを解する心が必要だと思うの。
「コホン。発射準備は整ってるね?」
「はい、『サテライト』0号機は所定の位置にセットされております。いつでもいけます」
「うん。じゃあ、『魔導砲』スタンバイ」
「アイマム、『魔導砲』スタンバイ」
「『魔導砲』スタンバイ、アイ・サー!」
艦橋要員たちが忙しく『魔導砲』発射シークエンスに走る。セキュリティロックは先ほど、ジュウゾウと二人で解除した。
今、確かに私たちは『グレート・キングダム・オブ・グリテン』で空を飛んでいる。空には違いないのだけど、艦橋の窓から覗く地上は、既に青く、大きな丸い球体に見える。つまり、宇宙と言ってもいい高度にいる。具体的に言えば五十キロメトル。すでに空気はほとんどない。
はー、ホントにこの世界って惑星だったんだねぇ……。
先のシアン帝国攻撃の後、この艦がドック入りしていたのは、不備の見つかった艦内気密確保のための追加工事でもあった。ついでに艦内のエアコンディショニング……暖房と冷房、結露対策、酸素発生装置、水分回収装置。それに乗組員への与圧服配布。艦内の全てで気密されているわけではないから、一定の高度になればこれは必須になった。艦外作業にも対応したいしねぇ。
面白いことに、この高度でも魔力は存在している。魔力は波の性質を持つことは知られているから、なんらかの粒子なんだろうと思う。地上に於いても魔力は遍在するけれども、遍在でもあり、濃密な場所があったりするけど、それはこの高度でも同じこと。
『グレート・キングダム・オブ・グリテン』に施されている、魔力吸収塗装による魔力吸収効率も悪くない。問題があるとすれば、与圧によって艦体が僅かに膨らんでいることか。降下時の圧縮断熱による発熱対策も問題ではあるけど、こちらは基本的に『耐熱』の付与魔法が完璧なら問題はない。設計上は大丈夫なはずだけど……大気圏再突入時はドキドキしちゃうなぁ。
元の世界の宇宙船や航空機とは違って、迷宮艦は燃料を噴射しているわけではない。あくまで魔力で組んだ土台の上に、風系魔法で乗っかっているだけだから、上昇もゆっくりだし、下降もゆっくり。艦体そのものは流れる水の上を走行する形だからいいとして、上部構造物は高度航行に適した形ではない。案外、『ホワイト・セプテンバー』ならスムーズにこの高度で運用できるかもしれない。まあ、『ホワイト・セプテンバー』は空を飛ぶように作ってないし、『グレート・キングダム・オブ・グリテン』でも航行に支障があるわけでもない。
魔力があれば、理論上は宇宙であろうがどこだろうが航行はできる。けれど、恐らく、現在の迷宮艦システムの浮上システムは、重力ありきなので、足場の真上に乗っかる、現在の形では、無重力地帯の航行は難しいはず。色々な方向に足場を組めるように改造しなきゃいけないことになる。
「『魔導砲』出力五パーセント」
「弾体射出システム正常、『サテライト』0、ブロック0、正常位置」
「射出位置へ。軸線に乗りました」
「いきます」
「うん」
「『魔導砲』発射」
「『魔導砲』発射、アイ!」
軽い衝撃の後、艦橋から見える艦種部分が少しだけ明るくなった。音は艦内から伝わってくる。
ボッ
「『サテライト』0、射出を確認!」
「『魔導砲』チャンバー内損傷なし」
「艦内オールグリーン」
『魔導砲』システムを使って射出されたものは『サテライト』0号機。運用、耐用試験用、試作型人工衛星で、だからゼロ号機というわけ。この機体は通常写真撮影、赤外線写真撮影、電波発信、電波受信。ごく初期的な偵察、グローバル・ポジショニング・システム、気象観測衛星の兼用ということね。なので、投入する軌道はそれほど高くない。およそ百キロメトル、というところ。
「射出正常、『サテライト』0、軌道に乗りました」
「艦長、降下開始」
「降下開始、アイマム」
「降下開始-、アイ!」
『グレート・キングダム・オブ・グリテン』が降下を開始した。
ゆっくりと降下しようとするものの、落下の速度が速い。空気が圧縮されて熱を帯び、艦橋の窓から見える風景が赤に染まる。艦体そのものは『障壁』を張っているし、『耐熱』の付与魔法も完璧だから熱による被害はないはずだけど、それでも熱は伝わっているみたい。ここは要改善だなぁ。
しかし、うーん、このままじゃ落ちちゃうね。
「降下速度を抑えよ」
「アイマム!」
ジュウゾウの声が焦りに満ちている。そりゃそうだ、こういう落下している気分というのは死を感じさせるものだから。
操艦しているノーブルオークに対して、ジュウゾウはフルパワーで上昇を指示。
「魔力力場の形成位置を少し下げてみて。それで『風走』が力場に乗る」
「アイマム!」
ジュウゾウがすぐに指示に従う。降下速度が速すぎて、力場を足がかりにする前に通過してしまっているのだ。少し遠くに力場を形成することで、幾分か速度が和らいだ。
ガガッ
『風走』がクッションの役目をするとはいえ、通常の距離で力場に接触していない。そのため、断続的に衝撃がある。
ギシ、ギシ、と艦体が軋む。ジュウゾウは平静を保とうとしているけれど顔が青い。元々緑色だからよくわかんないけど。
「おっ」
幾度か衝撃を乗り越えると、速度が安定した。落ちているというより降りている感覚に、文字通り落ち着いた。フレームや竜骨、空力機関取り付け部に負担がかかったかもしれないから、これも後で検査してみないと。
降下予定ポイントはドワーフ村近く、中央山脈。ではあったんだけど、かなり流されちゃった。
元の世界であっても、こうやって宇宙から自分の住んでいる星を見下ろすなんて経験できない。
「青いですな……」
「うん、皆何もかも懐かしいでしょ?」
「はあ、どうでしょうか……。速度を緩めつつ一周して、降下ポイントに近づきますが、よろしいですか?」
「うん、そうしてちょうだい」
チッ、つまんない男ね。
艦は反時計回りに星の上空を進む…………。
ああ、やっぱり大陸は東まで繋がってるんだね。ユーラシア大陸に相当するのか。ということは……。
「おお……」
ちょっと形が違うけど日本もあるや。そして太平洋、ハワイ諸島、オーストラリア、アメリカ大陸っぽいの。この世界、この時代にコロンブスさんがいるのかはわからない。アメリカ大陸を発見したのはコロンブスじゃないって話もあるけど、私たちも発見しちゃったわけで。これから『コロンブスの卵』は違う逸話になるんだろうか。
地形に関しては知識の中にあるどの大陸も微妙に形が違っていた。ところによっては直線に見える部分もあって、ここだけ人の手が入れられたかのよう。総じて北半球の方が(元の世界の地形に)形が近く、南半球は直線が多くていい加減な造形、って印象。
うーん? 何だコレ? デジャブというか…………。
ああ、ドラ○エとかのマップみたいなんだわ。
「あれ……?」
「いかがなさいましたか?」
「いや……」
そうやって地上のマップを見ているうちに、グニョグニョ、と地形が動いた。私が見たから、形を整えましたと言わんばかりに。
これはあれか、観測しないと発見できない、ってやつ? 観測したからそこにある、と存在が見つかる、みたいな? いやぁ、まさかぁ……。MMORPGのマップじゃないんだからさぁ……。
「降下ポイントが見えてきました」
グリテン諸島の形はそれほど違和感があるようには見えない。見慣れた形に接して、私も、ジュウゾウも何故かホッとしていた。艦の速度もコントロール下にあり、艦の速度も抑えられ、ゆっくりとグリテン島が大きくなっていく。
この後は、山の頂上にパラボラアンテナを設置して、衛星との通信を行う。電波だけではなく魔力を送受信することも可能なので、アンテナさえあればサリーの迷宮建設を手伝うこともできる。『塔』を乱立させなくても済むし、応用は幾らでも利く。
即効性のある用途としては地図の作成だろう。ここは星なので球体ということもあり、平面に落とし込むには少々工夫がいるかもしれないけど、写真を基にした、いわゆる航空測量になるから、これ以上に正確なものはない。
今のところ攻撃衛星は考えていないけど……位置座標さえわかれば、この『グレート・キングダム・オブ・グリテンから『魔導砲』で弾体を射出すればいいわけで。こうなると実質の射程は無限、軌道計算さえしっかりしてれば任意の都市を攻撃することが可能だろう。
だから、むしろ、地上に向けて攻撃するのではなく……たとえば、本当に外敵、宇宙人なんぞが攻めてくる可能性があるのなら、攻撃衛星を設置して備えてもいいと思うの。つまりあれよ、アルテミスの首飾りよ。ゼッフル粒子を撒かれたらひとたまりもないけどね!
うん、ひとまずはGPS衛星を二十四基、防衛用攻撃衛星十二基を第一次目標にしようかな。偵察、気象観測、測量、通信衛星を第二次にしよう。これらは高度が違うから専門にせざるを得ないのよね。
「んー?」
しかしなぁ、これだけ大がかりな仕掛けで『使徒』が反応しないなんてなぁ。もはや諦めているのか、何か手を打っているのか。外敵に向けての防御、ということで思いついたけど、小惑星や白色彗星なんかが飛来する可能性っていうのも否定できないのよね。となると、外部に向けての観測衛星も必要か。待て待て、そうしたらシャレで作ってるアンドロメダ級も思いっきり実用ってことに……。
「どうされましたか?」
「いや、葡萄畑も形になってきたなぁと」
「そうですな」
ジュウゾウは私の独り言に一々反応してくれる。窓の下にはドワーフ村、その西の山に向かって段々畑が形成されているのが見えた。そのさらに西にカルデラ湖がある。『グレート・キングダム・オブ・グリテン』はカルデラ湖に着水して、私は艦を降りた後、そこから登山で現地へ向かうことになっている。
「楽しそうですな」
「ん? うん、やり遂げるべき仕事があるっていうのは本当に楽しいね」
「まったくですな」
ジュウゾウは、無いはずの髭を触ったような素振りを見せた。
――――星に願いをかけたのは、ピノキオかコオロギか。