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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
星に願いを
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星の子たち1

新章であります。


【王国暦126年12月20日 9:11】


《それでですね、姉さん、設置そのものは問題なかったんです。だけど迷宮内での魔力サイクルが安定するまで、それなりにかかりそうです。初期(イニシャル)状態では魔物さんの数が少なすぎたみたいで。ゴブリン程度だとすぐに狩られちゃいますし、せっかく来てもらった冒険者さんたちが飽きないかなと心配で……》

「うんうん」

 鏡の魔道具から送られてくるサリーのハキハキした報告を聞いて、私はそうかそうか、と頷く。ここはロンデニオン西迷宮地下の管理層、その隣にある工房で、私はモリモリと作業中。


《もう一階層を増やして、そこで魔物さんを隔離して、ある程度育ててから放出した方がいいと思うんです。結局は最初に2エリアを作る方が効率的かなぁと思ってるんです。後は……》

 サリーに『子迷宮展開キット』を渡して、ボンマットの西、アーロンが開拓している土地――――エクセルの村――――に迷宮を作るように指示を出したのがほぼ一ヶ月前。律儀な弟子のサリーは喜び勇んでキットを使った、というわけ。


 全くゼロからの迷宮立ち上げは以下のように手順を教えておいた。


① 仮迷宮を一階層分作り、管理層とする

② 隣に新エリアを作り、一定の階数まで掘り下げる

③ 新エリアの運用が安定したら、その最下層に管理層を移設

④ 仮迷宮を撤去、もしくは新規エリアとして運用


 で、問題になっているのは②の後ね。なかなか③に行けず、④に辿り着けなかったのだという。

 原因はわかっている。これは私の作業工程(パターン)だからだ。余りある魔力を人工魔核に注いで、あっという間に魔物を揃えてしまう。初期段階では魔物から得られる魔力は微々たるものなので、かなり持ち出しをすることになる。サリーの魔力保有量は恐らくグリテンじゃ二番目だ。それでも、私と同じことをしようとすると、かなりキツかったのだという。


 ③で時間をかけることはもう一つ弊害があって、第一階層にある仮迷宮を防御するのが難しく、長期間に渡って弱点を晒すことになってしまうことが挙げられる。管理層の防御のためには本迷宮の、ある程度深部に作りたい。では、いきなり迷宮ではない建物を地下十階層の深さで建てればいいのだけど、それは困難だと素人でもわかる。迷宮の構造物の維持そのものにも迷宮システムを使って強化しているので、こうなると鶏か卵かの議論になってしまう。

 やはり仮迷宮を建てて、迷宮システムを維持しつつ十階層辺りまで我慢……ということをしなければならない。


 サリーの提案では、地下二階層目に管理層を持つ仮迷宮を作り、その上に防御と魔物の保全を兼ねた階層を作れば多少はマシなのではないか、ということだった。可能なら三階層を作りたいらしいけど、通常の階層の高さならそれだけで二十五メトルにはなる。ちょっと危ない気がする。

 それに、基本的に石切場が側にある立地を選ぶにしても運搬の手間がある。石材に使える岩などが直下にある、などの条件は、どうしても土精霊の力を借りた方が正確に判明する。

 その点もサリーには不利だ。


 今回はサリーが気絶するまで人工魔核に魔力をチャージ……を続けて、十日くらいで③に移行、もう二日かけて④にまで成長させてくれた。

 サリーの仕事はもう一つ、インフラに繋がる魔法陣の設置だ。インフラそのものは現地の建設ギルドに依頼することになるのだけど、そこに繋がる水路や下水路は彼らが造ることになる。

 魔法陣そのものは事前に作っておけば魔力の節約にはなるけど、どこにどうやって設置するのか、というのは現場でないとわからない。なのでこれも現場で作り上げた方が無駄にならない。


 なお、建設ギルド支部の有無も、迷宮設営の条件となる。恐らくは今後、『迷宮関連施設建築士』が国家資格になるのだけど、迷宮の規格をわかっていないと既存の施設と接続できないから。これもあって、ポートマットの建設ギルド本部には、支部設立の嘆願が殺到してるんだとさ。


 ③対策としては『塔』を作ることも提案できたのだけど、建設ギルドに頼むと年単位は確実。しかし塔があると自力での魔力吸収の他に、迷宮ネットワークを介して、少量ながら魔力を送受信できる。ということで、人工魔核を複数持参する以外に、ハードウェア的な対策として、伸縮式のポールを建てればいいんじゃないか、ということになった。高さは五メトルほど、余程の山間になければ、これで通じる。あとは旗ね。魔力吸収塗料を表層に塗ったグリテン連合国旗を掲げることにする。ここまでやれば効率が二割向上、というところ。


《それはありがたいです。次回に生かします》

「うん、お疲れ様、サリー」

 そう言って鏡通信を切る。実際問題として、十五日? 移動日や現地との調整を考えると二十日、多目に見て一ヶ月か。その期間、サリーほどの錬金術師、魔術師を拘束するのはちょっと気が引ける。とはいえ、他に適任者がいないし、サリーの弟子たちが一人前になるまではなかなか動けないかもしれない。ラシーンたちはサリーの薫陶を受けて成長しているし、その日はそんなに遠くないんじゃないか、とも思う。

 うん、でもね、孫弟子が出来るなんてね、ちょっと不思議な感じよね。それが生ける魔道具、素体(ハカイダー)だっていうんだから面白い。


 例の魔法省はと言えば、幾つか人事が決まった。

 トップはイーストン・ウェンライト、副長官はその弟子のレネ・モネ。ブリスト騎士団からの抜擢で、これはブリスト騎士団が実質的に解体することを示唆するものでもある。

 騎士団の解消と国軍、警察への再編成。それと魔法省は、正式な発布には十日後、年明けからスタートする。なお、ミネルヴァは管理部門の長になる予定で、部長相当かしらね。バルバラは軍関係と折衝する部門で、これは教導隊に派遣されたりする。

 私はといえば、管理プログラムの制定、教育プログラムの叩き台の編纂、迷宮の住民データベースとのリンクシステム構築などを担当する。システムエンジニア兼教育係というところ。ははは、どこを輪切りにしてもブラックだわ~。


 教育プログラムといえば、一般の学校も軌道に乗り始めて、そこで魔力測定を義務化する。素養があれば魔法教育専門の学校に初等教育後に強制的に転校させる。とはいってもロンデニオン西迷宮の側に建物があって、隣の校舎に移動するだけだけどね。


 魔法省も、建物が出来るまでは学校に間借り。面倒なので隣に建てることにした。

 ああ、もしかしたら、学術都市ノックスも、そうやって周囲に建物が増えていったのかな? 将来的にはノックスにも高等教育機関を設立予定で、権威ある学校になる……といいなぁ。サッカーはやっておいたから、その学校でラグビーをどうか広めてくれるとありがたい。その際は浣腸のポーズをルールブックに明記しておいてくれると親しみが湧くわね。


「ん~」

 今日の朝食はドライフルーツと木の実のオリーブオイル煮。コンフィって言っていいと思う。このオイルはカステラ王国から奪ってきた、例の商品ではなく、新たに輸入したもの。というのも、トーマス商店が廉価で売り捌いた結果として、グリテン国内でオリーブオイルを使った料理が大流行している。そのレシピの幾つかを作ったのはアーサお婆ちゃんで、迷宮のスクリーンで料理を紹介したのは、他ならぬ女王陛下だというんだから、流行しないわけがない。


 カステラ王国とは和解した、というか……エマ女王陛下が、困窮したカステラ王国に慈悲をお与えになった、って格好になって、正式に国交が樹立されたというわけ。ただし通商条約はかなりこちら側に有利な内容で、遠からずカステラ側が干上がる。元カステラ王国が所有していた船で交易してたりするしね。

 ただ、偽善的な事を言えば、植民地との交流が減ったお陰で、衛生的には持ち直した感があるとのこと。単に冬になったからじゃないか、とは思うんだけど。


 シアン帝国からは音沙汰がない。

 マティルダ未亡人とその子供たちは、夏の迷宮に住んでいる。つまりは元いた建物に戻ってきたので、違和感なく暮らしているようだ。

 とはいえ、いきなりグリテン語の授業が入ったり、情操教育をメインにされたりと、ほとんど洗脳教育みたいなことをしている。これはマティルダも同様で、いかに軽率だったか、を徹底的に心に刻まれている。可哀想だけど、彼女は戦犯だから、殺さないだけ処置は寛大と言えるのかな。


 そういえば、冬の宮殿の方はどうしたのか、というと、これはイアラランドはガブリン迷宮の横に移築された。将来、エルミタージュ美術館にするのかはわかんない。お高そうな装飾品などもそのままで、そんなのがポン、と出現したから、さすがのラルフも驚いてたっけ。ラルフは『デカすぎる』と文句を言ってたけど、幼い女王と共に引っ越ししてもらった。以降、イアラランドの政治の中心地となるので、今は広くても、そのうち手狭になることだろう。


 大陸関係では、カーンの街にも動きがあった。引き籠もっているオルトヴィーン王子、ヴィンフリート王子が、グリテンに正式に助けを求めたのだ。保護しているカーンの街はグリテンへの帰属を宣言。


 二年も睨み合ってたんだけど……プロセアの第一王子、今は皇帝? のフリードリヒ側がついに戦力をまとめて、カーンの街に攻め入ろうとしてるらしい。

 これまでカーンを攻めなかったのは、離脱する領主が複数現れて、あちこちで内戦が始まり、それどころではなかったこと、もう一つは疫病が流行したこと。内戦は全てを抑えることができず、現時点でプロセア帝国は元の国土が半分くらいになっている。フリードリヒ皇帝では分裂を回避できなかった愚帝となってしまい、このままでは腹の虫が治まらない。そこで、元凶になったカーンの街、そしてそこで保護されている第二、第三王子を倒して溜飲を下げようということらしい。


 カーンの街は見違えるように豊かになっていたので、プロセア帝国からの離脱は住民たちに歓迎された。そこで義勇兵が募集されたので、弱体化したプロセア軍とは人数的に拮抗している。練度は圧倒的にこちらが不利。そこで、グリテンに助けを求めた、という経緯なわけね。


 元々、装備やら武器やらバリスタやらの提供はグリテンからされていて、カーン全体としてはそれなりに高度な要塞都市と化している。そこを攻めようって言うんだから余程の覚悟があるか、秘策があるに違いない。

 戦争が終わって、また戦争。やはり人間に自制を求めるのは愚かなことなのかしら。


《お姉様、いらっしゃいますか?》

 と、格好良いことを考えていたら、ツッコミのようにエミーから話し掛けられた。

「はい、陛下。なに?」

 私は工房に籠もりきりだったので、会議には出席せず、重要な案件は、こうしてエミーが自ら伝えてくれる。または意見を求められる。ネットワーク上の迷宮間であれば、こうして音声通話は可能。先のサリーとの鏡通信とはちょっと仕組みが違う。


《カーンに派兵します。およそ五百名のグリテン連合王国陸軍、『グレート・ロンデニオン』『グランド・ブリスト』の二隻。派兵軍には国軍魔法教導隊を含み、魔法省からの随行員はバルバラを指名しました》

「派兵軍のトップは?」

《名目上のトップはトリスタン・レーン。副官にウーゴ・ミルワードを指名しました。ブノア(ファリス)国軍司令長官の推薦です》


 なるほど、黄緑くんが……実績を積み重ねているとも、酷使されているとも、期待されているとも取れる。結婚してくれ星人(オースティン)のように連呼しないけど、黄緑くん(トリスタン)は詰め将棋みたいに私に迫ってくる。軽くあしらえないので怖い。あれ、私、まるで普通の女の子みたいな……。


 副官にウーゴくんというのは、柔軟性を重んじてか。元々策略とか謀略とか大好きな男だから、正直な黄緑くんにはピッタリの人選かも。あとは現地の地理に通じていることもあるだろうし、不手際が続き、長く騎士団から離れていた男の復帰戦、これも実績作りだろう。


「異論ありません」

《ありがとうございます。お姉様の方はどうですか?》

「んー、地上でのテストは良好、今は小型化しつつ耐久性のテスト中」

《……お姉様、これが世界統一の第一歩なのですね……》

「うん、グリテン諸島だけでも面倒なのに、苦労かけちゃうね」

《いいえ、乗りかかった船です。世の中をお姉様で染める……こんな素敵なことが他にありましょうか?》

 ああ、エミーの認識だとそうなるのね。


「急激に変化を強要するものじゃないし、全知全能とは程遠いけど、やっておくに越したことはないよね」

《はい、お姉様》

「うん。こっちも作業に戻るよ」

《はい、ではまた後で》

 音声通信が切れる。エミーも書類仕事で大変だろう。全体としてはペーパーレスに向かっているけど、書面での通知、承認はまだまだ必要。ポートマットの紙工場だけではそろそろ限界かもしれないわね。これはカミラ女史とトーマスに相談してみよう。


「さて、と」

 小型化も完了、あとは耐久性と射出時の魔力干渉対策のチェックか。

 受信機側は既に完成している。移動受信機はいいとして、大量のデータを受信するためにはパラボラアンテナがあった方がいいわね。そっちは別途やるとして……。

「地上でのチェックが終わったら、一度飛ばしてみるかな」

 うん、それがいい。



――――私は、今、星を作っています。





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― 新着の感想 ―
[一言] もしかしなくても:衛「星」 ウーゴくんってアベルと一緒にシアン(ロシア)に行ってたんでしたっけ 道中にプロセア(ドイツ?)を経由した感じなんでしょうかね
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