夏のポートマット3
【王国暦126年9月14日 6:15】
結局ね、徹夜だったのよね……。
お肌に悪いというのに、次々に色んな人がやってくるので、一晩中お酌をしていたという。
いやあ、盛り上がったのはいいんだけど、建設ギルドの親方たちは朝早くから仕事じゃないのかい?
「それでそんなに酷い顔をしているのか」
アイザイア・ノーマン伯爵は、私と同じような酷い顔をしていた。領主の館でポートマット裏会議の招集の知らせがあったのは、つい一刻前のこと。腫れた顔で会議に参加しているのであります。
「そういう伯爵様もなかなかに酷い顔をしていらっしゃいますな」
「うむ。すまん」
アイザイアの補佐官、実質の領地ナンバー2であるスタインが、ツッコミを入れたのは、領主として威厳を持ってくれ、という諫言だ。アイザイアは、ブスッとした表情をしている自覚があったのか、すぐに謝意を漏らしてしまう。
一昨日にアイザイアは女王陛下と会って、国軍の編成について協力を求められた。実質は協力要請ではなく通告ではあったものの、副迷宮管理人であるエミーに対しては拒否はしづらい。騎士団の解体は、国軍への参加と、警察組織への再編成を含む。
「……やはり言われたか。……しかし、これは時代の流れだと思う」
フェイ・クィン冒険者ギルド支部長は落ち着いた口調でアイザイアを宥めた。
「想定内じゃないか。負担が減ったと思えばいい」
トーマス・テルミー商業ギルド支部長も、低く渋い声で前向きになれ、と宥める。
「私もそう思います。女王陛下に権限が集中した分、伯爵は自由になりました。市民サービスはこれまで以上に手厚くすることができるでしょう」
ユリアン・パウロ・ラングリー聖教会司教も、どうどう、と宥める。
この場にいる、裏会議の参加メンバーのうち、正式メンバーにも拘わらず発言の素振りを見せないのは、エルマ・メンデス騎士団長と、冒険者ギルド、ポートマット西迷宮支部長であるエドワード・テルミー。
エルマは前任者から受け継いでそれなりに時間が経過しているものの、この面子の中では求められない限り、発言を控えているフシがある。
エドワードも同様で、迷宮地区の実質的な責任者ではあるが、新参者という自覚があるのだろう。発言は控えめに徹している感がある。なお、エドワードが『テルミー』姓なのは、トーマスの養女であるドロシーに婿入りした形になっているから。元々偽名だったわけで、こうしないと王籍から抜けられないという事情もあった。
「当事者としてはどう思うね? メンデス卿」
アイザイアが訊く。
「はっ、はい。これまでポートマットの治安を維持してきた自負がありますので、反発を覚えるのは確かであります。あっ、いえっ、しかし、女王陛下のご意志は十分に理解できるものでありまして、従うことには吝かではありません」
エルマは慌てて前半部分の本音を隠した。エルマは女王になったエミーを見てないので、彼女の頭の中では、未だにシスター見習いのままなのかもね。
「エドワードはどう思う?」
これは義父が訊いた。
「はい、国軍へは冒険者からの参加も多いだろう、ということが想定されております。短期的には実力のある冒険者が抜けてしまうことから、組織の体力が低下することは否めないと愚考しています。しかしながら、情勢が不安定な大陸からの流入者は激増しており、冒険者の登録者数もそれに伴うものであります。長期的には両者は相殺され、人数的には微増、という想定をしております。ここで重要なことは、人材の育成プログラムであります。冒険者ギルド本部のブリジット女史が行っていた育成プログラムを元に、現在、ポートマット支部、ポートマット西迷宮支部で試用が始まったところです。国軍と警察が正式に組織されることで、冒険者ギルドは有用性を示さなければなりません。生き残りを賭けた戦いは、これからが正念場だろう、と僭越ながら考える次第です」
エドワードは丁寧な口調で言った。騎士であるエルマよりもよっぽど騎士っぽい。意見を求められたので述べただけなんだけど、エドワードの発言を聞いて、エルマは悔しそうな顔をした。上手く口が回らなかったことを後悔しているのか、ちゃんと意見を言えなかったことを後悔しているのか。
「……うむ。……冒険者ギルドとしては、護衛の仕事は激減しているし、人材は取られるし、迷宮での採取に特化するとしても、縮小はやむなし、と見ている。……一つ朗報があるとすれば、魔族領……今はアスコットランドか? ……とイアラランドへの拡大だろうな。……ここでは組織作りが主眼になるだろうから、濃い内容にはならないだろうが、存続への布石にはなる」
実は冒険者ギルドの方が窮状に追い込まれている……と聞いて、アイザイアは近視眼的に嘆いていたことが恥ずかしくなったようだ。
「支部長、申し訳ない。自分のことしか考えていなかったようだ」
「……いや、既に対策も講じてあるし、コイツが迷宮にとって冒険者を不可欠な存在にしてくれてもいるしな。……ノーマン伯爵なりに領地のことを考えてきたのだろう? ……であれば、今までの労を無にされた気がしたのだろう?」
「先にも言ったがな、領地経営から軍事の負担が減るんだ。素直に喜ぶべきことだと思うんだが」
「そうだな。女王陛下からはスタジアム建設費用も頂いていることだし……。これは慰謝料だとも取れるが……」
あら、それは初耳。
「スタジアム建設のノウハウは建設ギルドしか持っていません。公共事業として扱うことになると思いますが、ご用命お待ち申し上げております」
その建設ギルドの面々は私以外、酒で潰れているか、建設現場に行っている。私に会議出席が押しつけられた格好ね。
「ああ。正式に建設依頼をしよう。後ほど書面は届ける。あのフットボールとやらはなかなか面白いな。それに加えて集客能力のあるコンテンツだ。ノクスフォド公爵はその場でフットボールチームの編成を宣言したくらいだ。ウチも負けてはおれん」
「基本的にチームを増やす時は偶数ずつの承認になるかと。ウェルズ、イアラランドでも設立の動きがありますので、リーグの設立は六~八チームの成立後、ということになりますね。あとは興業として成立することが広まれば、参加チームは増えていくかと。ただまあ、増やせばいい、というものでもないのです。今のところは国家公務員、いえ、国軍の一部ですから、増やしすぎると国防と警察活動に支障が出てしまうのです。ですから、既存の騎士団員からフットボールチームのメンバーを選ぶにしても、限定的なものにならざるを得ません。不足分については新規に募集をかけることになるでしょう」
「黒魔女殿、国軍、警察の再編と、フットボールチームの設立を、わざわざぶつけているのは何故だ?」
尤もな質問がアイザイアから飛ぶ。
「募集の告知が一度で済むからです。煩雑になったとしても、宣伝効果を考えると、同時に募集した方がいいのです」
「なるほど……。もう一つ。昨日、丸々一日かけて王都からポートマットに戻ってきたわけだが、これはどうにかならないのか?」
「ド級みたいに空を飛ぶ交通機関、それも公共の交通機関は、フットボールチームの遠征などを考えると必要でしょうね。アスコットランドへの街道整備と共に進めるべきです」
「おお……あの飛行船? も衝撃的だったからな……」
「扱いを考えると、あれの派生型になるかと思います」
「……ちょっと待て、飛行船だと?」
フェイが食い付いた。フェイは王都には同行していないので、『クイーン・エマラルダス』号を見ていない。
「はい、こんな形の……」
設計時のスケッチを見せると、フェイは大興奮した。
「……こ、これは……!」
「他にも超ド級と、建造中の後継艦……見ますか?」
「……見たいな!」
おおう、食いつきがいいなぁ。松本先生の作品には熱狂的なファンがいるからなぁ……。私? は三段空母が一番好きさ。その次にデスラー艦、映画版アルカディア号かな!
「ではそれは後ほど……。女王陛下はゴーレムによる交通機関を考えています。主要街道では大都市同士の交通も速度向上が見込めると思います」
「ポートマットとブリスト南迷宮を結んでいる猫バスを拡大するわけだな。空を飛ぶのが不安な輩もいるだろうからな。それは賢明だと思う」
赤い猫バスはゴーレムを構成する素材に負担がかかるので、ポートマット西迷宮とブリスト南迷宮を二往復くらいすると、もう石材としては役に立たない。四日に一度、新しい素材で同じゴーレムを作っているサイクルってことね。石は良い感じに砕けるので、もれなくセメントの材料や骨材になるから無駄にはらない。
ゴーレムとしては長命だけど、それでもサイクルが短すぎるから、もっと発想の転換が必要だろうね。
「猫バスゴーレムは迷宮システムの一部ですので、迷宮の有無は都市としての生存に関わってくることになると思います」
「そりゃそうだな。王都やポートマットはもう、迷宮なしではたち行かなくなってるしな」
「今後の拡大を期待するが、無節操に建設もできないのだろう?」
ホントに発電所みたいになってきたなぁ。
「王国の方で精査してからですね」
「ダグラス男爵の領地……いや、『領地』ではなくなっていくんだろうが……には建ててやってほしい。ダグラスはこのノーマンを信じて付いてきてくれたのだ。恩には報いたい」
「国の方からも、その地域には要請がされていますので、近日中にどうにかしたいと思います。ええと、迷宮システムを、私ではなくとも新規にぽん、と建てられるキットを作っておきます。サリーが王都から戻り次第、やらせて下さい」
「それはお前がさっさと作ることに意味はないんだな?」
「私以外に迷宮を建てられる人物がいた方がいいでしょう?」
苦笑しながら言うと、フェイ、トーマス、ユリアンは僅かに顔を曇らせた。
【王国暦126年9月14日 8:27】
完成した三番、四番ドックの見学も兼ねて、悪巧み三人衆と共に歩きながら話す。
「……体調はどうなんだ?」
「同型を一体、吸収した後ですから、調子はいいですね」
「それは良かったですね。『キャンディ』のことを考えると、そろそろ……と思っていましたから」
ユリアンは私の同型である『ロリポップ・キャンディ』の死に目に遭ってるんだっけな。
「全く、殺しても死なないのに、これでも徐々に死んでるってわけか」
「そうなんでしょうね」
吸収してからは視力の悪化が止まった。しかし良くなってはいない。もはや眼鏡は顔の一部として定着してきたもんね。
「……エミー嬢を女王にまで押し上げたのはお前だが、それをサポートしたのは我々だ。……国の行く末に対して責任がある。……まだ、死ねんぞ?」
隣を歩くフェイに振り向いて、僅かに頷いておいた。
ロンデニオン西迷宮に入り、四度の転送を繰り返すと、迷宮南端のドックエリアに出る。
「もう一度認証をお願いします」
「……厳重なんだな」
「セキュリティを強化してからはゲストでドックエリアに入ったのは皆さんが最初かもしれません。今後は通行パスを発行する予定もありませんから、最初で最後でしょう」
「そりゃ光栄だな」
トーマスも男なので、船やらには興味があるんだという。
「……ドレッドノートを見て以来だな」
「建造もかなりシステマチックになってきました。作業員……中にはヒューマンもいますが、基本的にノーブルオークとノーブルミノタウロスです。人数も増えたので出入りも増え、機密保持の必要性も痛感しているところです。ここの技術を盗んでも活用はできないでしょうが、念のためです」
「……ああ、あのイチ、という個体には出会ったぞ。……何だあれは、物凄く頭がいいな」
「そういうデザインですからね。雌の個体もいますから、種族として存続してくれればいいですね」
「世界が魔物に征服される、というのもあり得る、というわけですか?」
ユリアンが人間らしい不安を口にする。この中では唯一のヒューマンだもんね。
「迷宮システムネットワークがそのように判断したら、そうなるかもしれませんね。大破壊をたくらんじゃうかもしれません」
「おいおい……」
「そうならないよう、しっかりと監視をお願いします。っと、こちらです」
トーマスの困惑を遮って、案内を続ける。交代で歩哨も待機しているので、声をかけてからクレーン操縦室に入る。ここへの入室も生体認証が必要になる。以前、フェイたちを連れてきた時にはガラスが填め込まれてなかったけども、今はちゃんと存在する。数人のオペレーターがクレーンを操作している姿を背後から見る。彼らはマスターたる私が部屋に入ってきても挨拶どころか作業を止めない。
「……おっ、おおっ、おおお……」
高いところから建造中の、新型超ド級戦艦を見下ろす。その隣には検査中の『グレート・キングダム・オブ・グリテン』も懸架台に乗せられている。
「……ヤ○ト……!」
フェイがウルウルしている。この世界で喜んでくれるのは多分フェイだけだから、見せた甲斐があるというもの。
「デカイ! デカイな! 灰色の船は重厚でいい。魂が揺さぶられるな。もう一つの方は……これが船なのか? 箱にしか見えないが……」
「確かに異様な形をしていますね……」
視線は建造中の超最新鋭艦に移った模様。
「……こ、これはオリジナル版では……ないな?」
「さすがクィン支部長。2202版準拠といったところです。オリジナルは立体化すると各所に矛盾がありまして」
「……むうう……!」
フェイが唸る。トーマスとユリアンはナンノコッチャ、って顔をしていた。
「……感動した。……建造中の姿を見られるとは……」
「ですから、前衛武装宇宙艦、って艦種が正しいんでしょうけどね」
「……この艦はどのように運用されるんだ?」
「過剰戦力だと思いますか?」
「……うむ。……ヤマ○だけでも過剰だったのだろう?」
フェイの懸念は尤もなことだと思う。
「一国相手ならそうでしょう。しかし、今後、世界を相手取るのであれば、このくらいのことはしなければなりません」
「……お前が必要だというのならそうなんだろうな。……趣味のような気もするが……」
「否定はしません」
「お前な、ちょっとは否定しろよ……」
「必要に駆られて作ったものもありますけど、基本的に私の物作りは趣味的要素が強いですよ? 元の世界では物語の中にしかなかったものを、こうして実現出来ているのですから、こんなに嬉しいことはないです。わかってくれますよね?」
いずれ宇宙世紀の……格闘戦用の卑怯なモビルスーツとか実現したいわ。エスモンドを改造すればいけるかなぁ?
「その感覚は儂にはわからんが……楽しそうでよかったよ。お前は誰かの都合によって、この世界にやってきたわけだからな。そのことで鬱憤を溜めていてもおかしくない」
「……いや、この世界も案外楽しいものだぞ?」
先達のフェイがトーマスの発言を否定する。
「キャンディは普段は明るく振る舞っていても、元の世界が恋しいと、時々隠れて泣いていることがありましてね……。それを思うと、貴方たちは少々変わっているかもしれませんね」
「……変人には違いない」
「強く肯定したいところだな!」
変人三人に変人だと言われたので、渋い顔になる。
「まあ……どの世界にいようと、楽しくあろうとしなければ、そうはならないと思います。たまたま、私は楽しくなっちゃうことを見つけられたから良かったかと。その意味で、様々なことができるように整えてくれた存在には感謝ですね」
「その存在が『使徒』なのでしょうか?」
「どうも違うみたいなんですよ。オーダーしたのは『使徒』でも、私という個体を選んだのは違うみたいなんです。いや、個体っていうのもどうなんでしょうね。そもそも、私は個だったのか……」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。たとえば、私って、自分が誰だったのかの『記憶』が曖昧だ、という話はしましたよね」
「ああ、そう言ってたな」
「その割には『知識』はある。それも、元の世界基準で言えば、かなり長期間に渡って。ついでに言えば知識の幅も広すぎる。農業、建築、料理、オタク知識……」
「オタクっていうのは何だ?」
「……定義が難しいな。……興味のある分野に対して極端に傾倒する性質、と言えばいいか」
「大工のギルバート、石屋のトビーみたいなもんか」
「概ね間違ってません。とにかく、人間一人が生きている間に詰め込める範囲や量じゃないんです」
「……なるほど、そう言われてみればそうだ。……我々はこ○亀で慣らされているので不自然に思わなかったが……」
フェイが元の世界の謎知識を披露する。
「○ち亀っていうのは何だ?」
「……説明が難しいな……」
「まあまあ。そういう理由から、私は複数の人間だった、もしくは」
「複数回生きてきた?」
「かもしれません。そのどちらかなんじゃないかと」
ずっと自分自身の知識の偏りに不自然さを感じていたわけで、口に出してみると腑に落ちるものがあった。
「そうなると、だ。フェイやフレデリカもそうなのか?」
「……わからん。……同様に自分の過去についてはサッパリ覚えてないからな」
「キャンディも言っていました。何故悲しいのかは、実はよくわかっていなかったと。懐かしく感じるポイントが広範囲過ぎる、とも」
説は様々あれど、自己認識だけで記憶もないし、他者が介在しにくいので結局は証明できない。
「――――と、そういった可能性もある、くらいに考えておいてください。自分が何者なのか、本当は自分にもわからないはずですから」
今度は、変人四人で唸り合った。
――――自分探しに出口はなし。
※今章は今話で終了であります。




