※夏のロンデニオン3
【王国暦126年9月12日 15:10】
「たかが球蹴りが、これほど皆を熱狂させるものだとは……汗顔の至りです」
今度はロンデニオン西迷宮スタジアムにラスゴチームを迎えてのホーム戦を行った。三日後なのは選手の疲労を考えてのこと。
スタジアムを包む歓声は、この貴賓席にも伝わってくる。興奮が伝染したかのようなエミーは、私の方を振り向いて、紅潮した顔を向けた。
「フットボールを気に入って頂けたのなら重畳です、女王陛下。現在は領地がスポンサーになっておりまして……」
「騎士団と同じ扱いで……いえ、騎士団員が競技をしていたのですね」
エミーの言うとおりで、ロンデニオンイレブンの全員が王都騎士団員。
何人かは見たことがあるそうだ。
「選手として通用する人材は、騎士団員としても有用となると……少し悩ましいところですね」
「成人男子を一定数、徴用することになりますからね。その分を見込んで募集をかければ良いのです」
「なるほど、裾野を広げることになりますか。領地騎士団から国軍への転換を促す施策として考えればいいかもしれません」
この辺りは冒険者ギルド本部の方でも話し合いが持たれていて、冒険者から一定数は国軍へ参加する人がいるだろう、と想定されていた。もちろん在野の、全くの一般人が受験をすることも可能だし、そういった人材を掘り起こすのがそもそもの目的だ。
冒険者ギルド的には、インプラントの窓口としての役割もあるし、グリテンにしかない迷宮で一山当てよう……と大陸からやってくる冒険者もかなりの数になるため、冒険者登録数が急増している格好になっている。
もう一つ、都市部に人口が集中して、農村から働き手を奪ってしまう可能性もある。過疎化が進んで第一次産業が壊滅する――――ことを防ぐ方策の一つが、ゴーレムだ。今回のスタジアム建設で、重機としての有用性がさらに高まった。エミーは書架にあった本から得た、元の世界の知識で知っていたこともあるんだろう。農業はより大規模になり、機械化(魔法化、といえなくもない)が進む。ミニマムな農業は個人の趣味的なものになる、と。
その流れで言えば、遠方より持ち込んだ作物の栽培は希少価値を生むだろう。趣味的な感覚で奪ってきただけなんだけど役に立ちそうでよかった。
「宣伝、という意味ではノクスフォド公、ポートマット伯、フィギス公、ギャラガー公も会場に呼んでおります。後で挨拶に来る予定になっております」
「少し気が重いところですが、将来のためです。これも女王の務めなのでしょう」
この後の会見で、エミーは領地騎士団の所属を国に委譲、移行するように『お願い』をすることになっている。まずは有力貴族からだけど、ウェルズとイアラランドに関してはお願いではなく決定事項の通達という形になる。アスコットランドについては後日、通達される。もちろん、エミーが直接顔を合わせて、会談の席で伝える。この方が『お願い』を聞き入れる時に悪感情が生まれにくいだろうという配慮だ。
グリテンの有力貴族であるノクスフォド、ポートマットから承諾を得たところで、他の領地にも伝えられる。グリテンとウェルズの移行が済めば、モデルケースができる。イアラランド、アスコットランドについてもスムーズに移行できるだろう。
「その後は国軍と警察に分ける必要が出てきます。各地の領地騎士団を統合、分離するだけではまだまだ不足。人材の募集にフットボールは良い宣伝になるでしょう」
形式上は騎士団から国軍への人材派遣という形になり、残った騎士団が警察組織になるのだけど、どちらも所属は国となる。地方公務員だと思っていたら国家公務員になった感じ?
とにかく、領主から軍事力をかっ攫うわけで、これはポートマット伯が懸念していたことだ。封建制から絶対王制に移行するにあたって、これは外せない要件でもある。エミーが存命で在位している間は、立憲君主制には移行しないはず。
これについては私と見解が一致していて、共産主義は支配層が腐敗、民主主義は衆愚政治に陥る――――双方とも破綻は必定だろうと。
結局のところ、能力とカリスマのある人物による独裁、絶対王制がベターである、と。人が人を統治するにあたっては正解など無きに等しく、私とエミーの判断は間違っているかもしれない。でも、迷宮や迷宮艦を選挙で選ばれた輩に委ねる気は毛頭無い。エミーだから委ねているのであって、私たちの子供が愚鈍であった場合も、やはり任せられない。信用していないのではなく、単純に怖いから。
その判断をする存在は、やはり私でいたい。それに女王の仕事が多すぎる懸念もある。エミーにいかに能力があったとしても物理的に作業量は決まってくる。となると、やはり私が複数必要……生体コンピュータの実用化、真の完成を急がなければならないかもしれない。
この後の会談のことを考えたのか、エミーは溜息をついた。
「ふう。ところでお姉様、昨日、ロンデニオン城宮殿の宝物庫を見てきたのですが。何ですか、アレは」
「例のカステラ王国の宝物庫にあったものを丸ごと奪取して参りました、陛下」
ちょっと戯けるように言った。
「シアン帝国から奪ったものも目録が出来ていないというのに……。宝物の整理を行う担当官が必要になりそうです」
「物品に関しては腐りませんし、死にませんから、いつでも良いでしょう。それよりは生き物の方が有用で喫緊の対応を迫られるかと愚考します」
「ああ、犬さん? 馬さん? ですか?」
「そうです。どちらも品種改良をする前提になりますが、どちらも軍事的、愛玩用に、とても有用です」
「馬はわかります。迷宮の支配力が及ばない地域では馬を使わざるを得ませんから。犬は……愛玩用はわかりますが、軍事用とは?」
「訓練を施して、その嗅覚を利用して探索用の生物として利用をするのです。人物の探索、物品の探索、捕獲用など」
「ワーウルフでもそれは可能なのではありませんか?」
「性質が大人しいので扱いやすいのです。また、『魔物使役』を持っていない一般人にも使役が可能です。野で獣を狩る補助をしたり、魔物の臭いを嗅ぎ付けて危険を回避したり……」
「猟犬、というわけですね。お姉様、今まで、この発想が出てきてなかったのは、何故ですか?」
ごもっともな質問がやってきた。
「はい、陛下。大人しい狼というのがそもそも少なかったからではないかと思われます。狼は魔力の影響を受けやすい獣、というのが通説で、魔物に変質しやすいことも影響している可能性があります」
「その説で言えば、犬も魔力に影響されやすいのではないでしょうか。となると、二本足で歩行する犬の魔物、というのが登場しても不思議ではありません」
エミーが言っているのは犬人間のことか。でも、豚人間、牛人間以外に、安定した獣人って見たことないのよね。辛うじて二足歩行のワーウルフがポピュラーではあるけど、これは狼人間ではなく、単に立って歩く狼でしかない。
スキルで遺伝子をいじるにしても犬人間は可愛くなさそう。猫人間なら作ってみてもいいけど、猫人間はきっと、猫を大事にしない。いやどうだろう、やってみないとわからないか。
「軍事的、愛玩的に品種改良を行うよう、指示は出しておきます。馬も同様に」
「お姉様が持ってきた馬を単に繁殖させるだけでは駄目なのですか?」
「シアン帝国で育った馬ですから、寒さには強くても暑さには弱い可能性があります。多様な品種を作り、南方で扱えるように改良をしなければなりません。もう一つの方策としては、ロバとの交雑種を作ることです」
「ラバのことですか?」
さすがエミー、書架にあった本の中には百科事典みたいなのもあったから、知識としてはあったようだ。
「馬はデリケートで、扱いやすいとは言えないのです。ロバと混交させることで丈夫で扱いやすい個体を生むことが可能です」
「ラバはすぐに作れるでしょうが、これも専任の部署を置いた方がよさそうですね……」
「ウルフレース用の繁殖業者に話を持ちかけてみます。上手くすればウルフだけではなく、競馬も可能になるかもしれません」
「それはつまり、『魔物使役』スキルを持っていなくてもギャンブルを設定できるということですね?」
「そうです。私がいた世界では、ウルフではなく犬を使ってレースをさせていましたし、競馬の方がポピュラーでした」
「勝手に走ってもらうより、騎手が操作する方が、賭が複雑化して盛り上がるかもしれませんね。その業者への指示はお姉様、お願いできますか」
ミッチ・デーンにも話をしてみるかな。伝手がありそうだし。
「御意にございます、陛下」
恭しく合掌してみせると、エミーはクスッと微笑んだ。
【王国暦126年9月12日 18:26】
エミーと領主たちとの会談には、マッコーが付き添う。私がいても威圧以外に役立てることはなさそうなので、他者にお願いした。
明日にはカールの街の工事現場に戻らなきゃいけない。工事は佳境ではあったけど、ガッドたちに任せて抜け出して、エミーにフットボールの解説をしにきた、というわけ。つまり今日の私はセルジオ越後さんだった。松木さんじゃないから一緒になって応援とかはしないわよ?
ラスゴのチームもホームグラウンドに戻さなきゃいけなくて、その用途に『クイーンエマラルダス』号を使うわけにもいかず、明日の朝、ド級で移送することになっている。
うーん、こういう、公的任務だけど品位は必要ない……みたいなケースも多いのよね。武装をしていない飛行船もどきを量産すべきかしら? これはポートマットに一度行ってから考えようっと。建設中だった三つめと四つめのドックが完成したから、それもチェックしにいかないと。
明日の朝までの時間を有効に使いたい。しかしやることが多くて整理できていない。
私はロンデニオン西迷宮の管理層まで戻って、工作室へと入った。
やることを考えながら工作だ。手慰みに作っていれば、自然と整理できるはず。
「そうそう、アレを作ろう」
迷宮艦を実戦で運用した際に不便だったことの一つが、艦の周囲を俯瞰して見られない、ということだった。
で、ちょっとした工作の結果、作ったのは円盤形ドローン。
正味二刻くらいで作れたかしら。
外装はスライム粉のカーボンファイバー、中の魔法陣は軽量化のため、スライム粉の板に型押しをするように魔法陣を記述して銀メッキしたもの。ラシーンたちの教訓を元に、魔法陣を保護する必要性を痛感したからで、長期的に使用はできないけれど、短期的、コスト的にはこれでいい。
最初に魔法陣の保護という観点から設計していったので、直径は七十センチほど。その絡みがなければもっともっと小さくできる。具体的には掌サイズにまで小さくなる。
中央部にカメラと外部音声マイク、これは入力と出力を兼ねる。ここまでは普通に魔法陣でできた。
問題は対になって逆回転する二重のローター。ローターの羽根もカーボンファイバーで、これはまあ、簡単に作れた。面倒だったのはボールベアリングで、これだけステンレス。研磨して真円を出さないといけなかったので、それなりに硬度のある素材が必要だったため。
っていうか、魔法で浮き上がって魔法で制御、というのも出来なく無いんだけど、それだと短時間しか浮遊していられない。結局ヘリコプターの原理を使って、泣く泣く回転部分を作った。円盤形よりも四枚羽根型の方が作りやすかったんだけど、これは趣味ということで。
いやしかし、この大きさの工作は楽しいわね! 巨大ミレニアム・ファルコンとか、巨大GP-03とか、羨望の念しか残ってないわー。作っても置く場所がないっていうのもどうなんだと思うけどね。
ドローンは実際に飛ばしてみると思いの外、軽快だった。ベアリングが軽量化できれば、もっと軽量化できるだろう。『塔』に使っている魔力吸収塗料を全体に塗布して、稼働時間を延ばす試みもした。
これで理論値では十二刻の連続稼働が可能。うん、なかなか面白いものができたわ。今の工作力なら人を乗せるヘリコプターも作れるだろうけど、悲しいかな動力源がないのよね。この辺りは内燃機関を作らないという縛りが悪い方向に出ている。
エミーが、ゴーレムによる交通機関を、と提案してきたのは魔法文明に於ける、もっともコンパクトな動力源がゴーレムだ、と判断しているから。
今のところ、人を乗せて空を飛ぶ最小のモノは迷宮艦なわけで、これを交通機関にするとしても、本質は魔物管理装置であることを考えると、子迷宮として紐を付ける必要がある。管理の手間を考えると、ゴーレムのようにおいそれと数を増やせない。せいぜい、トータル十艦が限度じゃなかろうか。
ゴーレムをバスやトラックのように使うとして……いや、内燃機関のように使うとすれば、一定期間で動力源ごと交換するようにすれば実用になるかしら。うん、これは要実験かしらね。
ドローンの方へ思考を戻す。
制御そのものは難しくなく、姿勢制御だけなら問題はない。だけど問題は座標位置の固定で、明確な基準が定まっていないため、本体に遅れて追従するだけ。
つまり、
① GPSなどの座標決定システムが存在していない
② ドローンの速度そのものが遅い
③ ドローンの展開位置が本体の近くに限定されてしまう
という問題点が列記される。
①はちょっと置いておこう。
②は元々滞空させるものなので問題点かどうかは微妙なところではある。でも、本体と速度差があるので、どんどん置いて行かれてしまう。偵察任務の道具なのだから、遅れてどうするよ、って話でもあるので、違う機種が必要になるかもしれない。汎用性を求めるなら、それこそオスプレイみたいな可変機にするべきだろうけど、構造の複雑化はまた、違う問題を引き起こしそう。
③は②とも関係するけれども、射出は本体から行わなければならないという制約に起因する。
ということで、砲塔などで射出しての展開を考慮しないといけない。となると、筒型かしら。
んんん……。某モビルアーマーのリフレクタービットみたいな……。
とりあえず③が解決すれば②はあまり問題にならない。ド級と『グレート』はこの形状でいいとして、『ホワイト・セプテンバー』には砲塔がないし、射出するために浮上するのはコンセプトからして間違っている。潜水中に射出するとなると『ハリケーン』ミサイルみたいなサイズになっちゃう。となると、魚雷射出システムから応用した方がいいわね。
先の筒型をサイズダウンして、マーク2魚雷を改造、真上に向けて圧縮空気と共に射出、射出後は回収しない前提で作ってみようかしら。
「ふふっ、楽しくなってきたぞ……」
【王国暦126年9月13日 1:20】
「あっ…………」
興が乗ってGPS衛星の仕様を考えていたら、やらなきゃいけないことを思い出した。
やっぱりあれよ、ちょっと考えたくなかったのかも。工作も逃避行動なら、やらなきゃいけないことも工作だという。
衛星の考察を放り出して、生体コンピュータの様子を見に行く。
三号機、四号機、五号機の育成は順調。この三台はほぼ同質のものと言ってよく、いまだ意識や自我のようなものは芽生えていない。まるで意識がコピーされるのを待ち受けて、準備をしているかのよう。なんていやらしい……。
意識がなくても元々は私の細胞だから、性質がいやらしくなっても納得しちゃうというか。
「うん…………」
コピーする魔法陣はクレイトン、ラシーンの経験を経て、完璧といえるものだ。実験をしなくてもわかる。実験をしようとしても、他の人で試す訳にもいかず、そもそも生体コンピュータは私の細胞だからこそ培養できて、ここまで育った可能性が大きい。そして、親和性があるのは私の意識しかあり得ない。
「うーん……」
問題がある、とすれば、意識を持った魂を根刮ぎ持っていく魔法陣だ、ということ。魔力の多寡に関わらず、魔力全てを持っていく。それを『魔道具としての生体』が受け止める。結果として何が起こるか、と言えば………有り体に言えば……。
私は死ぬ。
で、『不死』スキルで生き返ることになる。その際、魔力も全部持って行かれるから、『不死』のレベルが上がることになる。
魔法陣については精査をして、死なない方法や、魔力を残せないか試行錯誤をしてみたものの、持っていく魂も半端なものがコピーされてしまうのが明らかだった。
失敗するとわかっている実験はできない。ならば、死亡確定としても、成功する本番をやった方がいい。
移設の準備を始めよう。ロンデニオン西迷宮地下には、いまだかつてないウインク……じゃない、かつてないほどの大きな空間が残っている。
宇宙船があった場所で、素材取りをした後は生体コンピュータの建設予定地として保全してあった。
――――ついに巨大プロジェクトが動き出す時! かな……?
※円盤形ドローンの画像は諸事情により省略……。