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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
限りなく混濁に近い美しく蒼きグリテン
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夏のロンデニオン2


【王国暦126年6月1日 20:53】


「姉さん、意地悪です。姉さんが作ったものだって言ってくれてもいいじゃないですか!」

「うん、サリーが美味しいものを勧めてくれたから、そう言えなかったんだよ」

 傍から見たら百合百合しているだろう私たちは、ハ○イダー四人衆が寝ている部屋でイチャイチャしていた。


「そうだ。サリーに一つお願いがあるんだ。多忙なのはわかってるんだけどさ」

「はい、何でしょう?」

「うん、まとまった時間の取れる時でいいからさ。迷宮を建ててほしいんだ」

「私が、迷宮を?」

「うん、国内のインフラ整備に迷宮が欠かせなくなってる。オラが街にも迷宮を、って誘致の嘆願がされてるわけ。私はさ、この後、魔族領……違う名前になると思うけど……向けに迷宮を作る予定になっててさ。暫く帰ってこられないのよ。イアラランドに建てた迷宮の管理もしなきゃいけないし」

「嘆願までされてるんですか……」

「うん、ダグラス(アーロン)伯爵領のエクセルの街とかだね。あそこはポートマットとしても、王国としてもフォローしたい場所なのよ」

「ダグラス騎士団長の……ボンマットの西にある?」

「そうそう。あそこね、鉄と銅が出るんだ。それに牧畜に適してる」

「銅が出るなら、アルパカ銀が作れそうですね」

「うん、グリテンは鉱物資源が案外あるよね。埋蔵量はどうか知らないけど。ああ、マニュアル化しておくから、やってみてくれないかなぁ」

「勿論です、姉さん。やります」

 鼻息も荒く、サリーが了承してくれた。正直言うと、イアラでやった時のように、私自身がさっさと作った方が早い。だけど、私が動けなくなった時にサリーが迷宮を広めてくれるのであれば、こんなに心強いことはない。私の死後に備えてのことだけど、それは顔に出さず、満面の笑みで、手を伸ばしてサリーを撫でる。

「えへへ……」

 サリーはちょっと嬉しそう。と、そこにノックがある。


「どうぞ?」

 と言うと扉が開き、顔を見せたのはエミーだった。

「女王陛下……!」

「こんばんは。四人の容態は如何ですか?」

「修理は完了しました。元通りです」

「そうですか、それはよかった」

 慈愛の笑みを浮かべるエミーが部屋の中に入ると、それだけで聖なる空間に変貌した。

「女王陛下……我々のような半端な者に……」

「ああ、寝ていて結構です。貴方がた四人衆は諜報に於いて成果を出しています。それに報いてやれないのが心残りなのです」


 ああ、エミーなりに気にしてたわけね。

 この四人衆以外にも、迷宮艦クルーの魔物たちにも同じことが言える。魔物たちは私の配下であって、彼らの戦果は私の戦果として記録される。私自身もそんなことは望まないけれど、せめて市民権という形でグリテン王国に地歩を築いてくれたらいい。いかに四人衆やノーブルオーク、ノーブルミノタウロスが優秀だとはいえ、魔道具、魔物そのものの彼らが市民権を得ることに顰め面をする輩も多いだろう。そうならないための実績作りこそが大事なのだ。私は彼らの生みの親、創造主でもあるのだから、被創造物に対する責任がある。


「陛下、彼らは日陰の存在です。今のところは市民権を得るだけでも大出世です。それで十分報いられているのです」

「マスターの仰る通りです、陛下。私たちは一度死んだ身。であるのに生きる術と目的を与えて頂いているのです。これ以上、他に何を望みましょうか」

「お姉様の創造物である以前に、貴方たちは一個の人間です。それを……忘れないで下さいね」

 部屋の中がブワッと聖精霊たちに満ちあふれる。過度の魔力は、今の四人衆には毒かもしれないけど、魔力シールドも強化したし、内部の魔法陣は、その程度じゃ不調にならないはず。

「ありがとうございます、陛下。その言葉を頂けただけで本望です」

 四人衆は寝ながらも、またまた涙を流す素振りを見せた。こうなったら本当に涙が出る機能を追加してやろうかと思ったり。



【王国暦126年6月1日 21:14】


 三人でロンデニオン西迷宮の居住区にあるログハウスに移動すると、エミーは近くの露店で買ったという差し入れを取り出した。

「えっ、サリーさんも同じものを?」

「はい、エミー姉さん……」

 サリーは苦笑いをするしかなかった。ちなみに、余人がいないため、エミーはサリーに、自分を女王陛下と呼ぶことを禁じている。そのくらいのワガママは許してあげたいところ。

 ログハウスのもう一人の住人だったラルフはマッコーキンデール家に引っ越していて、現在はイアラランドで新婚生活中かつ、お妾さんを一人、いや二人? 同伴している。


 エミー本人も、今はここではなく、ロンデニオン城地下にある宮殿に住んでいる。ここはグラスメイドが毎日掃除をして、花と作物の世話をしているだけ。家畜たちも宮殿の方へ引っ越した。ここはセーフハウスとして残してあるというわけ。

「この家は妙に落ち着くんですよ」

 子供達も地下宮殿にいる。ターム川沿いに移築した『夏の宮殿』は、ゲストハウスとして使う予定だけど、住環境が良ければ一家で引っ越すことになるかしら。『夏の宮殿』のある場所って、ロンデニオン西迷宮と、ウィザー城の中間くらいの位置で、迷宮から魔力を引っ張れる位置にある。それでいて、かなり風光明媚なロケーションなのよね。


「わかります。半端に自然が残っている感じとか、教会にいる感じがします」

 うんうん、とエミーとサリーが頷き合う。

 この二人、サリーが王都に来た時はなるべく会うようにしてるらしく、子供たちと何度も会ってるんだってさ。私は――――子供達とは意識的に会わないようにしてる。エミーやフレデリカの方を重視してほしいということもあるけど、どう接していいのか、未だ距離感が掴めないのよね。

 紛う事なき母親なのに、変かな?


 エミーが淹れてくれたカモミールのハーブティーと一緒に、今日三個目のクリームパンを食べる。うーん、こうなってくると小豆が欲しいなぁ。クリームパンに飽きたらあんパンだよね。ちなみに王城の料理長、リッケンバッカー氏に『甘い豆を使ったパン』というリクエストをしたところ、甘納豆みたいな、砂糖漬け(グラッセ)にした豆を混ぜ込んだ不思議なパンが出てきた。これはこれで美味しいらしく――――私は食べたことがないけど――――ちょっと違う、などとは言い出せないままになっている。


 エミーとサリーは女子トークを繰り広げている。女王にもストレスはあるだろうから、こうやってお喋りで解消するのは実に健全。飲酒や暴食、浪費、ついでに恋に走らない真面目な女王だけに、抱えている闇があるなら、周囲が気遣って解消する努力をしなければならない。


 だから、女王が露店でクリームパンを買っても国民は微笑ましく見守り、何も言わない。ツイッターもないので、『女王陛下ピロシキ購入中なぅ』だなんてニュースも拡散しない。

 インプラントによって強制的に敬われる存在ではあるけれども、その行動は愛を持って見守るべし――――という、エマ女王陛下に対する国民のスタンスに関しては強制されていない。まあ、迷宮管理者を悪く言う人はいないよね。


 この二人を間近で見ていると和む。

 エミーは母親でもあるわけで色っぽさと少女が同居していて、その筋の人なら赤面してしまうほど美しい。

 サリーは少女から大人になりかけ、青いリンゴが赤く色づくような……甘酸っぱい女の子になった。しばらく見ないうちに、これだけ成長するのか……。彼女はクォーターエルフだから、ヒューマンよりも多少成長が遅いはずなんだけど、背は伸びて私よりも既に高いし、胸も既に大きい……。加えてスリムで、育ったら末はメーテルになっちゃうんじゃないかと妄想したりする。


 そんな二人がキャッキャウフフしているのだから、これこそ眼福。サリーは普段、それほどお喋りというわけではないけど、エミーを姉として認識しているのだろう。私に対してはどうも師弟関係の方が強く出るみたいで、一線を越えてこないのが寂しい。


「――――という話なんですけど、お姉様。どう思いますか?」

「んっ?」

 ごめん、聞いてなかった。

「魔法と錬金術を登録制、国家の管理下に置きたいけど、案はあるか、って話です」

「お姉様が魔法省を引き受けてくれるとありがたいのですが」

「えっ、ああ、そういう話なの? ううーん。私はもうちょっとフリーでいた方がよくない?」

 何だ、国政の話だったのか。もっと桃色な話だったら妄想も捗るんだけどなぁ。


「とは言いますけれど、お姉様は既に実質、国内の建築物や魔法管理を一手に引き受けています。名目上だけでも、どうでしょうか?」

「まだ作らないといけないモノがたくさんあってねぇ……。魔法管理の実質的な方策を決めておく方が先決かもしれないよ?」

 やんわりと拒否する。進行中の大型案件があるから、私がやるにしてもその後になる。組織作りの方がよっぽど時間が掛かるしねぇ。

「魔法管理、ですか。覚えようと思えば誰にでも覚えられますから、汎用インプラントの空き容量部分にスキル詳細を記録するだけでいいんじゃないですか?」

「在野の魔術師を発掘、管理下に置きたいのです。特に……ゴーレム使いの素養を持った者を」

「ゴーレム?」

「はい、お姉様。今後、魔法が発達していった場合、剣と弓は廃れます。攻撃魔法は今以上に精度と威力を増し、そして壁になるのはゴーレムです。ゴーレムの多寡が陸戦の勝敗を決めるようになるでしょう」

「興味深いです、エミー姉さん」

 驚いた。エミーがそういう想定をしているとは。

「ゴーレム使いは確かに、あまり見ないよね。単純に土系魔法だけが使われているわけじゃないし」

「まずは術者の数を増やしたいのです。当面は交通機関として運用し、裾野を広げ……軍用ゴーレムへと発展させて……」

「んーと、エミー、グリテンの国外の話をしてる?」

「国外の話でもありますが、()()()()内側の統治も人員不足です。騎士個人の戦力だけに頼ってもいられません」

「そこでゴーレムか……なるほど。ハーキュリーズは何て言ってるの?」

「マッコーキンデール卿は支持してくれました。魔術師ギルドを母体にすれば魔法省を作りやすいのではないか、と」

「ああ、それでサリーに話をしたわけね」

 サリーがキョトン、と私たちを交互に見た。


「魔術師ギルドの錬金術師部門のトップであるサリーさんなら、魔法省の取りまとめに相応しいと思ったのですよ」

「いえいえいえ、私には無理です。まだ作りたいものもありますし……それに……私は姉さんたちほど大人ではないです」

「それには私も同意する。魔法省はミネルヴァか……黄色い魔女(ウェンライト)に任せてみたら?」

「イーストン・ウェンライトですか。なるほど……」

「ミネルヴァはああ見えて雑用とか書類仕事とか得意だし。文句言いつつも完璧にやってくれるよ?」

「ミネルヴァさんは……その……ちょっと苦手かも……」

 サリーがそういう人物評をするのは珍しい。


「そうなんだ?」

「背後からジッと見つめられることが多くて……ちょっと怖いです」

「観察されているだけでは?」

「サリーのいいところを盗もうとしているのかも」

「え、何か盗まれちゃうんですか?」

「比喩ですよ。サリーさんが魔法に長けているのを見て、自分の魔法技術の向上に役立てようとしているのでしょう」

 サリーも副迷宮管理人の資格があるので、『こっちみんな』と言えばそうなるとは思うけど、わかっていてもそれができないのがサリーというか。


「それを言ったらウェンライトだってプライドの高いお人だし。騎士団にお弟子さんがたくさんいるから、その手前、格好もつけなきゃいけない。ミネルヴァより面倒臭いかも」

「そういうものなんですか?」

「そうですとも。インプラントで関係性を強要できるとはいえ、それに頼らない対人技術――――この場合はコミュニケーション能力ですね――――は、相応に持っていて然るべきでしょう。結局のところ、人間は一人では生きていけないのですから」

「コミュ力ですか」

「その意味での師匠となり得るのはレックスだろうね。インプラントで強要することなく人気者でしょ?」

「うーん」

 サリーは首を傾げて唸った。怜悧な印象のサリーがやると、ギャップ萌えしちゃう。そうそう、何となくクールな感じがアビゲイル女史に似てきたかも。

「今の話を聞いたら、サリーさんはレックスさんを観察しようとするでしょう? ミネルヴァさんも、同じ事をサリーさんにしているのでは?」

 エミーの指摘に、サリーがああ、と納得する。また一つ大人の階段を昇ったみたいだね!


「で、レックスとはどうなの?」

「えっ、ああ、うん、うーん」

 よしよし。サリーが相手だから、話題も魔法方面に偏っていたのよね。やっと女子会らしくなってきたわ!

「私も聞きたいですね。どうなんですか、サリーさん?」

 ドロシーから周辺情報は聞いているし、本人の情報を併せれば、精度は高まるだろう。

「お姉さんに話してごらん?」

「えっ、ええと、ええとですね……」

 しどろもどろになり、顔を赤くしたサリーがポツリポツリと話し始めると、エミーと私は段々と顔を青くするのだった。



―――――内容は秘密。





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