王都の夜
ザンはこの通信機の有用性と危険性について正確に理解しているのだろう。
「よし! 今日は解散だ! ドワーフの娘は応接室に行ってくれ。そこで代金の精算もする」
おー、現金払いか。ポートマット支部は例の迷宮で稼いでいたからか、軽く支払ってくれたけど……。冒険者ギルドって儲かってるんだなぁ……。
ブリジットに案内されて応接室のある一階に降りる。代金はキャロル副本部長が持ってくるとのこと。
ソファに座らされて、ブリジットがお茶を煎れに行っている間に、キャロルとザンがやってきた。割とすぐにブリジットも戻ってきた。
「こちらが代金です。ご確認下さい。クククク……」
キャロルは丁寧に言うけれども、視線が……お金を前にしている人間を値踏みしているのか。難しいことをしてるなぁ。
「はい、確かに」
まあ、大金ではあるけど、原価を考えればそんなに利益は出ていない。元々身内の連絡用だった手鏡が発展して、こんな形で広まるとは思わなかった。だから本質的に身内用なわけで、そこに利益を求めるのは野暮というもの。
それに、勇者討伐の報酬が唸るほど余っているので、お金にはあまり執着できないでいる。何か有用な投資先が見つかるとか、そんなことがあるといいなぁ……。こうやって正式に金銭のやり取りがあることで、マネーロンダリングにもなってるから、当面はこれで良い気もするけど。
あー、それよりも夕食どうしよう。お勧めの店でも聞いてみるかな。どうせ一人……。
「あっ」
思い出した。ので訊いてみる。
「あの、ボリスさんの件はどうなりましたか?」
「ああ……」
「ククク。人質を取られていたようですねぇ。情状酌量の余地はあれど、他者に相談できたはずです。フェイなら何とかしてくれたはずですしねぇ」
「うむ! 冒険者ギルドは仲間を助け合っているうちに、助け合いの規模が大きくなっただけの組織だ。俺たちは法によって生きているわけじゃない。だがな、助けるどころか仲間を売ろうって言うなら、それは仁義に反する。断罪するとしたら有罪だ。だが、先にも言った通り、俺たちに法はない。ギルド員は家族だ。だから許す。一度だけだがな」
「そうですか……」
ギルド内部の情報を流して、仲間を危険に晒したのだから、それなりにペナルティはありそうだけど。
「ギルド内部のことだし! 特務課を使って人質奪還を目指すことになるな!」
ああ、特務課って、そういう軍警察みたいな課なんですか。なーるほど。
「それで、情報を流していた先というのは、わかってるんでしょうか?」
「ククク……。本部にも内通者がいましてねぇ……。その男も拘禁中です。そいつが口を割るかどうかですねぇ。部下に任せていますが、早晩吐くでしょう」
ネットリとキャロルが言う。怖いなぁ……。
「それで、だ! ドワーフの娘よ!」
ボリスの話は終わり、とばかりにザンが咆吼した。魔力を伴うから威圧というか脅しだよ、コレ。
「この後の予定はないな!? 夕飯くらい奢るぞ?」
「あら本部長、彼女は私が夕食にご案内しますわ?」
「クククク………」
本部長と秘書が私を奪い合い、副本部長が含み笑いをしながら見ている図は、なかなかシュールだ。
「あのう、この後はお土産、特に食材を購入しようかと思ってたんです。その後の予定はありません」
「私がお付き合いしましょう。夕食も」
「お前に任せたら虫料理か蛇料理になるだろうが! 大陸風のお高い店とかはどうだ?」
「クククク……ロンデニオンに来て大陸風を勧める違和感が……クククク」
もっともらしいツッコミが入り、思わずザンも黙り込む。実際、王都の名物料理なんてものは聞いた事がない。
王都も含めて、グリテンに美味いものなし。一番美味いのは朝食である。三食美味いモノが食べたければ、朝昼晩と朝食を食べるべきである―――だなんて、失礼な評判が大陸にはあるそうだ。私はそうは思わないけど。
アーサお婆ちゃん曰く、以前は素材をそのまま焼いたり煮たりと工夫がなかったんだそうだ。大陸の文化が入ってくるようになって、料理としての下処理をすることは珍しくなくなったのよ、と言っていた。
良い食材を手早く調理して食べさせよう、という心意気のあるグリテンの気質は好きだ。元の世界の日本でいう活け作りに通ずるものがある。だけど工夫が必要な食材も多いわけで、工夫を始めたグリテン料理は、これから異文化も吸収して、発展していくんじゃないか、というのがアーサお婆ちゃんの見立てだった。
だからまあ、今の段階で卑下されることじゃないし、そのうちグリテン名物でもできるんじゃないかと。
でも、いずれこう言われるんだ。『名物に美味いものなし』だなんて。どうしろっていうのよ……。
「それでしたら、皆さんがよく行く、普段食べているお店がいいです。お酒は飲めないので拘りません」
優等生すぎる発言だっただろうか。いやでも無難な選択だと思うんだけど。
「よしわかった! キャロル、『雌牛の角亭』の予約をしてくれ。一刻後辺りでいいか?」
「はい、それまでにお買い物してきます」
「よし! ブリジットは買い物に付き合ってやってくれ。ギルドの重要人物だからな。終わったら店に来てくれ。先にこっちは一杯やってるからな!」
「わかりました。行きましょうか」
ブリジットはしなやかに立ち上がって、しなやかに振り返り、私を見た。これでゲテモノ食いとか信じられないなぁ。まさか、男性の趣味もそうだとか……?
「はい。では後ほど」
内心の呟きを隠して、私はゲテ姉さんについていく。
さすがは王都、市場は広大だった。
それ以上に驚いたのは価格で……。
「高い……」
チュラチュラチュラチュララー。
「そう言われてみればお高いですね。でも、こんなものじゃありませんか?」
果物はポートマットの三割は高い。しかしポートマットには売っていない、オレンジ、桃、プラム、青い……バナナ? 南方系の果物だけではなく、渋そうな柿、栗もあった。
「チッ、全部ください」
「あん? え? お? らっしゃい、まいど!」
舌打ちをしてとりあえずオレンジ多めで一通り買う。明日は朝イチで出発なので市場にいくヒマがない。背に腹は替えられない。
「次、スパイス屋にいきましょう」
「こちらです」
普段から買い慣れているのか、ブリジットの足取りは淀みない。
「高い、けど買います」
黒コショウ、白コショウ(緑コショウはなし)、カルダモン、クミン、シナモン、ターメリック、コリアンダー、クローブ、ナツメグ、フェンネル、サフラン。
それぞれ名前は元の世界とは違うけれど、形状と香りで見分けていく。
くっそぉ、すごい高いぞお。だけどスパイスによっては、ポートマットより安い商品もある。もう大人買い。いま、私の『道具箱』はインド人もビックリ、スパイス臭いと思う!
「あとはどこにいきますか?」
八百屋、と言おうとして、もう暗がりも深まった時間だと気付く。夜の八百屋なんて歓楽街でもないとやってないよね……。
仕方なく雑貨屋のようなところで、緑色の木の実油を大人買いして、本日の買い物は終了かな。
「そろそろ本部長たちと合流しましょうか」
「もういいんですか?」
きっと、急いで買ってもロクなことにならない。全体的にお高いし、閉店してるお店が多いから、そもそも買い物に不向きな時間帯でもある。
ブリジットの案内で、夕食を取る場所に移動する。『雌牛の角亭』は冒険者ギルド本部の建物に近い場所にあって、レストランというか居酒屋というか、雑然としたお店だった。
「このお店は元々宿もやってたんです。冒険者ギルド絡みの客が増えて、宿の方まで手が回らなくなったそうで、いまは飲食専門になってるんです」
「ははぁ」
確かに店は混んでいる。立地もさることながら、きっと名物料理があったりするんだろう。
「こちらですね」
混み合う店内をしなやかにブリジットが歩く。案内されたのは個室のような場所だった。遮音結界が張ってあるらしく、部屋に入ると喧噪は聞こえなくなる。これはこれでちょっと寂しい。
個室の中にはザンとキャロルが待っていた。
ザンは、すでにグビグビとニャックとエールを交互にやっていた。
キャロルは『端末』を操作しながらジョッキを呷っている。飲んでいるペースはザンと変わらない。時々ほくそ笑んでいる。いや……本人にそのつもりはなくても、そう見えてしまう。
「来たな! 座れ座れ!」
促され、私とブリジットが座ると、ブリジットは駆けつけ三杯を課せられた義務のように、しなやかに飲み干した。すーっとエールが消えていく様は、多い日も安心なアレを連想させる。
で、私はレモン水で、アルコール禍からは無縁でいる。レモン水もピッチャーで提供されているけど、そもそも水はこんなに飲めるものじゃないんですよ?
「お疲れ! 今後の運用には課題があるが! こんな短時間で終わるとは思わなかった! まずは労いと感謝を!」
ジョッキを掲げて見せて、またグビグビやっていく。
うーん、この状態、先日のフェイのパターンと似ているような……。
「ククク………」
「どうした?」
ザンがキャロルに聞くと、キャロルは喋る代わりに、端末に表示されているメッセージを見せた。
「む……なるほど……やはりな」
ザンは私とブリジットに、キャロルの端末を見せた。
「……………」
ディスプレイには『オモワレル ホウコクサキ ハ エリック・バーン ノ キシダン』と書いてある。えーと、これは直訳されているから、『エリック・バーンの報告先は騎士団と思われる』か。
「この人……人物は?」
「鳩の受け取り先ですね」
ああ、ボリスが連絡を送った先か。つまり王都冒険者ギルドにいた内通者と。
「ふむ。副本部長、これはどう思うね?」
ザンが恐ろしいことに……静かに、言った。キャロルは粘着質に笑って、
「クク……冒険者ギルドに喧嘩を売ってるのではないかと。クククク」
「そうだな。それ以外ないな。秘書官、これはどうしたらいいと思うね?」
ヒイイ、ザンが静かに語るとこんなに恐ろしいのか。むしろ吠えていて下さいよ!
「その連なる者の拉致。該当者の証言を入手。以降繰り返します」
「そうだな。一番上まで行くかもしれんな」
おー、話が大きくなってる。騎士団はこの世界では軍隊と警察を併せたような組織だ。対して冒険者ギルドは圧倒的な武力を持つ、親切でにこやかな営利暴力団だ。王が恣意的に行動させる騎士団よりも、冒険者ギルドの方が身近で、治安維持には役立っている。さて、この二つがぶつかり合ったらどうなるか?
「えと………。過去に、両者がぶつかったことはあるんですか?」
「ククククク…………。だいたい、崩御の前後はぶつかりますねぇ」
それはつまり、政変の影には冒険者ギルドあり、ってことか……。そりゃ体制側は警戒するよなぁ。
「しかし、騎士団や王宮が冒険者として諜報員を送り込んでくることはままあります」
「まあ、それはお互い様なんだけどな!」
ザンが歯を見せて笑った。ああ、つまりこっちのスパイも向こうに存在したりするわけか。摘発されたらお互いに使えなくなるんだから、人材をつぶし合っているようなものだよなぁ。しかし、家族を狙われたら本当に人間は弱くなっちゃうんだな……。
「今回は人質まで取ってるからかなり悪質です。痛い目にあってもらわないと」
ブリジットは少し楽しそうに言った。
「騎士団が絡んでくるなら、間違いなく」
「ククク、ダグラス宰相が絡んでいるんでしょうなぁ……」
ああ、それはもう直結してるわけね。
「他の支部でも調査が始まってる。今日明日でどうなるって話じゃないけどな! わかった段階で、ポートマット支部は独自に動いてもらうことになるだろう。お前も魔道具作りだけをやってるわけにもいかなそうだな!」
どの組織も生き残りに必死なんだなぁ……。隠遁生活をしているんじゃなければ、人と人とは絶対関わり合わなければならない。それが重なれば組織だ。誰もが自分の空間を守りたいと思う。だから組織を守りたいと思う。きっと、そんな単純なことの繰り返しなんだろう。
「私は採取したり、何かを作っていたり。それだけをやっていたいんですけど」
「ああ、それな! なんでも、依頼達成の九割が採取で上級冒険者になったっていうのは凄いことなんだ。ギルド記録だな」
その場の全員が、私も含めて大苦笑しながら頷いた。
少し場が柔らかくなったところでザンが部屋から顔を出して、早口かつ大声で注文を大量にした。
「フェイ先生の秘蔵っ子と聞きましたよ? アマンダさんと迷宮で特訓していたとか」
「ああ、王都西の迷宮ですね。しばらく籠もってましたね。その反動じゃないかと思うんですよね。採取生活が気に入ったのって」
「なるほどな!」
「ブリジットさんは支部長が師匠だったんですか?」
「こいつはな、フェイが拾ってきた!」
そんなに大声で言うことですか! ブリジットはなんか照れてるし。
「拾って育てて、適齢期になって、放置してな!」
あれ、光源氏みたいなことをしてたんじゃないのか。
「私……じれったくなって、先生にプロポーズしたんです」
若い頃のアーサお婆ちゃんもほのかな恋心を抱いたというし、黙っていれば結構良い男だから、フェイは結構モテる部類だろうなぁ。百歳超えっていう長寿は、相手が長寿種族に実質限られちゃうから、そこがネックか。
「ほい、お酒お代わりと料理よ。じゃんじゃんくるわよ!」
ノックもなしに扉が開けられ、樽酒と、本当にじゃんじゃん料理がやってきた。
あとは出来次第持ってくるわよ! とおそらくは店主……だろう……男性……だろう……は言って、また引っ込んだ。そこで、ここの店の名前がフラッシュバックする。
「あのう、いまのが店主さんですよね? 何か既視感があるんですが」
「ああ! ダミアンの弟だ! だから結構その道の奴が多いな!」
なるほど、名物は料理じゃなくて店主だったでござる……。
ザンの言葉を聞いて、ブリジットは、グビグビグビー、と濃そうなニャックをジョッキ一杯分、一気に飲み干した。しなやかに樽から酒を手酌(とは言わないのだけど)で汲み直すと、据わった目で言った。
「そこなんですよ。この私がですよ? 色仕掛けまで使ったのに。あの人、男色家なんでしょうかね?」
「長く生きてるとな! 枯れちまうのさ! ガハハハハ」
「ククククク……………」
「それとも少女とか幼女がいいとか? チチチチチチ」
ブリジットが連続して舌打ち。なにこれ、怒り上戸?
「それはあるかもしれんなぁ!」
「クククク」
ザンとキャロルがニヤニヤと私を見る。否定しておくか……。
「いやー、支部長にとって、私は普通に娘みたいな感じじゃないですか?」
「そこなんですよ! 娘みたいなら、昔の私の方が娘っぽかったはずです。そこに萌えないとか、おかしいんじゃないですか? それともあれですか、私がバランだから?」
ダン! と陶製のジョッキをテーブルに叩きつけて、中身が空になっているのに気づき、また樽から汲んで、もう一杯飲んだ。すごいペースだなぁ。
「あいつ自身ダークエルフだからな! それは関係ないな!」
「クククク、アマンダはどこかに行ってしまいましたし……。今は千載一遇の機会だと推察しますねぇ……」
キャロルは粘っこい視線で……絶対視線で犯してるタイプだ……ブリジットを見て、ニヤァ……と笑みを見せた。
「だから本部長、私をポートマットに異動させてくださいよぉ」
ブリジットはぐわし、とザンの襟を掴んで、ガガガガガガガ、とシェイクした。
「だだだめだだだ。俺の仕事がががががががまわらん!」
お酒は回ったようだけど。
「クッククククク、クークククク」
なんだこの特級冒険者三人組は……。放っておいて料理を楽しもう。
来た料理は肉料理と同じくらい、野菜料理があった。案外健康志向で、その辺りの細やかさが繁盛の秘訣なのかもしれない。ちょっと味は濃いめだけど、これは客層からすれば当然の選択か。上品じゃないけど、安心できる……。オヤジが作ったオフクロの味……といったところか。
黙々と食べていたら、いつの間にか三人は沈没していた。ブリジットは昨晩、ずっと起きてたからか、一番に白目を開けていた。ザンはブリジットにシェイクされたのが効いたのか、椅子に寄りかかったまま固まっている。キャロルは含み笑いをしながら項垂れている。
うーん、まだ料理は余ってるし。追加も来たし。食べようっと。
「あら、潰れちゃった?」
すっごい優しい声で、店主は私に微笑んだ。ビジュアルなしなら、いいお婆ちゃんになれると思います。
「あ、はい、向こうで食べます。お三方はお疲れのようですし」
「いつものことなのよ」
色っぽく笑って、店主はカウンター席を勧めてくれた。
お約束のように、酔客たちは私に牛乳を奢ってくれたので、営業スマイル全開で、ありがたく頂いた。
「もう一杯!」
途中から牛乳何杯飲めるかな大会になってしまったけれど。
―――白ヒゲが出来たのは内緒です!