夏のポートマット2
【王国暦126年6月1日 9:48】
お茶を出してくれたジゼルが興味深そうに並べられたものを見ていた。
「ちょっとジゼル、アンタも加わんなさい。私一人じゃ整理できそうにないわ」
そんな弱気を見せるドロシーも良い。温故知新を実感している私だ。
「まあ、食べてみて」
一つ目はピロシキ。焼きと揚げの二種類を用意してみた。
「羊の挽肉とタマネギですね。ローズマリーが臭み消しに入ってます」
さすが痩せの大食い、二代目食いしん坊のジゼルは一発で当てた。何とも言えない味ですね、などと誤魔化さなかったのはポイントが高い。
「パスティと構成が似てるわね」
「これを主食にする人もいるけど、スナック感覚ね。寒い地方の料理だから、中が熱々に保たれるようになってるんだろうね」
「おやつや三時のお茶受けには良いかもしれません」
「うん、ロンデニオン西迷宮で捕虜のシアン帝国人を使って、ピロシキ屋を開店させた。上々の利益をあげてるよ」
「焼きの方は迷宮探索者にニーズがありそうです」
さすがに鋭い。揚げの方は油の臭いを嫌って、迷宮に入る冒険者には敬遠されがちだ。パスティも焼き料理だもんね。
「ちなみにトマトとチーズを入れても美味しい」
「いいわね、それ」
「要は何を入れてもピロシキと言い張れる。そこで私が満を持して提案したいのはコレ」
カスタードクリーム入りの焼きピロシキ。いや……どこからどうみてもクリームパンだよね。
「こ、これはっ!」
「姉さんこれは!」
一口囓るとパンが多目、クリームを求めてもう一口、甘さが口に広がるともう止まらない、クリームを求めて一気呵成に食べきってしまう。
「クリームピロシキ。略して……クリピロ」
ゴクリと飲み込んだ音がした。唾ではなく、クリピロを飲み込んだ音ね。
「これは恐ろしい食べ物ね……。でも、ネーミングには問題があるわ。クリシキ、ピロームはどう?」
何かの琴線に引っかかったらしい。ドロシーは慌てて他の選択肢を提案してくる。
「何でもいいよ。すでに実績があるから、ポートマットで類似品を出店しても売れると思う」
「パスティ屋に新メニューとして扱えるかどうか打診してみるわ」
「これはグリテンを変える食べ物かもしれません……」
ジゼルが流石姉さん、と唸る。
「どうだろう。ではカステラ帝国の……カスティーリャなる焼き菓子がこちら」
「四角くて大きなクッキー?」
「固パンですか?」
「うん、これはこれでイケるお菓子だよ。素朴な甘さで保存が利く。で、それを元に私が謎知識で作り上げたのが、コレ」
「あっ」
「これは……!」
青紫の包装紙を取ると、卵と蜂蜜、焼けた砂糖の匂いが漂う。
「名付けてグリテンのカステラ。略してグリテラ」
略せばいいってもんじゃないけど、これも様式美というやつね。
「美味しそう……。ジゼル、とっておきの紅茶淹れて」
「はい、店長」
ジゼルが慌てた様子でお茶のおかわりを淹れに行った。もう直感でこの金色のお菓子は紅茶に合う、と理解したからだろう。しかし、本当にカステラに合う飲み物は牛乳よ。カップにカステラを一切れ、ヒタヒタになるまで牛乳を注ぐ……これが最強の食べ方なのよ! 異論は認めるけどね!
私の拘り的には、カステラにザラメ糖は撒かない。せっかくの柔らかいカステラ生地にジャリジャリするのが嫌だから。異論は認めるけどね!
ところで第二幕として私がドロシーに提案する予定なのは、
① ピロシキとクリームパン
② カステラ王国の焼き菓子とグリテラ
③ オリーブオイル
④ ポートワイン
ってところ。
「これは紅茶に合うわ」
「黄金のお菓子です、姉さん」
グリテラと紅茶を頂きながら、ドロシーとジゼルの二人は至福の表情をしている。こちらまで嬉しくなっちゃうわね。
「そうでしょうそうでしょう。ピロシキとカステラのレシピはこちら。せいぜい広めてくださいな」
「カボチャプディングの時もそうだったけど……独占しようって気持ちはないのね?」
「いやさ、こういう食べ物は真似しようと思えばいくらでも真似できるでしょ? 大切なのは老舗、発祥、元祖などなど、品質を保証する安心感だからさ。最初に広めたところが結局一番なのよ」
「それはそうね。パイオニアは一目置かれるわ。アンタを追及すれば、まだまだお菓子のネタは出てきそうね」
「うん、あるよ。とりあえずはさ、プロセア帝国の食文化を調べてみると色々応用が利くと思うのよね」
「姉さん、つまり、料理研究家なる専門職があった方がいい、と?」
「いい発想だね。どんなことでも極めれば専門家を名乗れるはず。文化を発信したり吸収したり。他者との差異を明確にすることは、自己の確立に寄与すると思う。グリテンと他国もそうだと思うのよね。だから、料理やお菓子を切り口にして、色んな思想を知ることは大事だと思うの」
「うーん、アンタらしくなく、真面目なことを言うのね。他の包みは?」
「オリーブオイルとポートワイン。これに関しては現地に栽培、製造のノウハウがあるし、普通に輸入モノとして考えた方がいいと思うんだ」
「でも、カステラ王国とはいまだ戦争状態なんでしょ?」
「そうなんだけど、今、カステラ王国の国庫は空っぽ。隠し財産っぽいのも全部持ってきた」
「アンタねぇ……。それ、グリテンの仕業だってわかったら、報復の報復にくるんじゃないの?」
「んー、猫の絵を描いたカードを置いておいたから、どうだろ?」
勘の鈍い婚約者の刑事さんなら、『キャッツだーっ!』って断定してくれるだろう。
「港にあった立派な船も五隻くらい持ってきたし。ああ、船員さんたちには、ちゃんとお願いしたよ。グリテン国民になってください、って」
「インプラントですか……」
「船の建造技術もなかなか素晴らしくてねぇ。外洋航行用の木造帆船としてはほとんど完成形じゃないかな。人手が多く必要なのが玉に瑕だから、乗組員のみなさんも一緒になって帰ってきたわけさ。で、積み荷だったオリーブオイルとポートワインが大量に余っちゃってね」
「そんな理由だったのね………。トーマス商店の販路に乗せれば売れると思うけど、王都でも売っていいのね?」
「もちろん。五千本ずつくらいあるから、任せていいかしら」
「さ、三千ずつは王都でやらせて。ジゼル、緊急会議招集」
「はい、店長」
「じゃ、積み荷はポートマット西迷宮に置いておくからね。ケリーに声を掛けてね」
「わかったわ」
「王都への積み荷は私が運ぶよ。レックスに連絡しておけばいいよね」
「任せるわ」
ところで、今はサリーの番らしくて、ポートマットにはおらず、レックスのところにいるらしい。レックスにしてみれば通い妻が二人いるようなもので、どちらも選べない状況みたい。
現在のレックスは、社交界やらに食い込んで評判の商人になってる。つまりご婦人たちからの人気が凄い。ラルフとは違って、レックスは利益のために愛想を振りまいている。相手方もそれをわかっていて、レックスに好意を持つ。背後にビッグマネーや珍しい品物があるから、ってこともあるだろうけど、純粋にレックスの人柄の部分が大きい。
噂では、サイズを測ってもらう時など、不意にレックスに相談事を持ちかけるご婦人が多いんだと。これはブリジット姉さん情報だから、ブリジット姉さん本人もレックスに相談したことがあるのかもしれない。
そんな相談ごとの達人みたいなレックスも、自身の恋愛ごとは解決できてないのが面白い。というか、男女の機微に正解はないという証左なのかもね。
うーん、サリーにも会ってないなぁ。魔術師ギルドによく行っているって噂は聞くけど、本人に会えないのはちょっと寂しい…………。
「まあ、そういうわけだから、カステラ王国の、今の政体は早晩戦争どころじゃなくなると思うよ。金も船もない。で、地元の商人たちとは仲良くなっておいたから、オリーブオイルとワインは定期的に仕入れられると思う」
大きな商家四軒の代表者の名前を書いたメモをドロシーに渡す。向こうから一度来るようにも言ってあるけど、ドロシーは外に出て見聞を広めた方がいいかもしれない。いや、こんなときこそトーマスの出番かな?
「ところで、アンタの取り分は?」
「いらない。カステラ王国の国庫からの財宝で十分」
別に黄金や宝石が大好きってわけじゃない。そういうのはグリテン王国の宝物庫に投げ入れる。私にとって価値があるのは、職人技が光るものであって、細工物として見事であれば、それは貴金属でなくてもよい。一番お気に入りなのはカステラ王城の使用人たちが使っていた家具だったりするし。この時代にすでにアンティークなのが凄いよね。豪華なのは他人に使わせて、私は質実剛健、渋いものがお好みなのよ。
「ふうん、欲がないのねぇ」
「そんなことないよ?」
ドロシーの嘆息を否定しておいた。
――――私が無欲なわけがないじゃん。
戦後の後始末をしているだけなのに、平常運転になってきたという不思議。