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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
限りなく混濁に近い美しく蒼きグリテン
807/870

春のサンクトピーテル3


【王国暦126年5月11日 12:00】


 私とサティンは、戦術指揮所の壁に設置されている、小さな箱の左右に陣取っていた。それぞれに鍵を持っており、箱の左右にある鍵穴に差し込んだ。

「1、2、3」

「1、2、3」

 掛け声と共に鍵を回す。サティンも同時に鍵を回した。これは戦略兵器を運用する場合の安全確認手順で、『ホワイト・セプテンバー』のハリケーンミサイル発射シークエンスと同じ。


 この『グレート・キングダム・オブ・グリテン』に設置されている『魔導砲』は、運用時に艦内迷宮一つ分の魔力を投入するため、艦の戦闘、運航能力に影響が出る。それで発射シークエンスの最初に二名以上の高級士官による確認があるというわけ。

「『魔導砲』発射シークエンス開始」

「『魔導砲』発射シークエンス、開始、アイ」


 艦内の照明が非常灯に切り替わる。

 艦内迷宮の一つ、第三迷宮が生み出している魔力が『魔導砲』発射チャンバーへと送られ、魔力が加圧、濃縮される。一定の密度にまで達したら、艦を目標に対して正面に向けて回頭した後、一気に解放される。


 高密度の魔力は解放時に元の密度に戻ろうとするので、そこで運動エネルギーが得られる。射程の一キロメトルに渡って、色々巻き込みながら直進する。

 試射はまだ一度しかしていない。艦体や砲身が耐えうるのは確認しているけど、射撃時には緊張する。射撃といえば、戦術長の席の前から、銃型の発射装置がせり上がって出てきた。


 世が世なら、この戦術長のノーブルオークは古代クンで、艦内にいる衛生兵兼レーダー要員という謎の仕事の謎美人と恋に落ちるんだろうけど、残念ながら、この艦内にメスの個体はいない。それでも恋に落ちるのなら止めはしない……。いや、魔物的に正しくないからやめさせようかな……。しかしなぁ、同性愛、それもゲイは海軍の伝統でもあるんだよね。そんな伝統を作っちゃうことになるのか、古代クンにかかっているわけよ?


「警告を発してから一刻が経過しました」

「再度警告。これを最終警告とする」

「はっ」

 艦隊司令は私なので、サティンが指示に従う。単艦で行動させる場合はサティンに一任される。破壊衝動を押さえ込める理性が必要な立場だ。元々魔物として生まれてきたはずなのに、艦の運用を任されていることに違和感を覚えていないところが面白い。

 ある意味では過分な責任を押しつけているかもしれない。けれど、ヒューマンを超える人種としてデザインした手前、才能や立場に責任が生じるのも当然なのかも。有り様を考えるのは私じゃなくて、当のノーブルオーク、ノーブルミノタウロスたちなんだろうけど。


《間もなく要塞島に対して攻撃を開始する。これは最終警告である。当方はグリテン王国海軍である。これは我が国に対し、無謀にも侵略戦争を仕掛けてきた、シアン帝国に対する報復攻撃である。繰り返す。間もなく要塞島に対して攻撃を開始する》


 当然だけど、逃げろとも逃げるなとも言っていない。あのイヴァノヴィチ皇帝は腹心を連れて要塞島に渡ったまま。入れ替わりに、かなりの人数が要塞島から脱出していたから、警告そのものは受け入れられている。姿の見えないグリテン海軍が、得体の知れない警告を行っている。見ようによっては奇蹟、いや悪魔の所行だろう。あの大穴を先に作っていなければ、一笑に付されたかもしれない。その意味では、順を追って攻撃したことに意味はあったということね。


『気配探知』ではあまり正確なところがわからないけれど、十数名が要塞内部に残っている。あれか、殿、お供します、と頑固な忠臣がいるんだろう。皇帝からすれば、意を継ぐ者が生き残ってくれた方が嬉しいだろうに、この場合はきっと余計な気遣いじゃなかろうか。

 しかし、皇帝と仰ぎ、共に暮らし、共に戦った年月を思えば、一蓮托生を選択するのもわからないでもない。


「第三迷宮の魔導回路を魔導砲へ直結」

「チャンバー内圧力上昇」

「エネルギー充填百二十パーセント」

 うん、この充填率なるものを百二十パーセントにするために、充填率を最初から調整してあるのよね。そもそも百パーセントを超えるのはおかしいんだけどね。これを言わせるのもロマンだよね。


「操艦を戦術長に委譲」

「操艦もらった、照準合わせ、軸線に乗った」

 この武器の使用時には別に音はしないんだけど…………場を盛り上げるために、効果音として、波動砲っぽい音が艦橋に流れる。


テテテテテテテテテ……………。


 艦橋の窓からは、四角い要塞島が見える。つまり、今現在、この船は艦首を下に傾けている。

「誤差修正プラス二度」

「『魔導砲』発射カウントダウン。十、九、八、七……」

「対閃光、対ショック防御」

 艦橋のガラスに色が付き、乗組員たちはサングラスを掛ける。

「六、五、四、三、二、一」

 そしてサティンが叫ぶ。

「『魔導砲』発射!」

「『魔導砲』発射、アイ」


ピシャァ


ゴウッ


 パッと目の前が閃光に包まれる。ちなみに『ピシャア』の音も効果音で、わざわざ鳴らしている。この謎なシステムについてサティンに質問された時は、真顔で『ロマンが欲しいだけさ』と言っておいた。最近では何となく、堅物のサティンもロマンを理解するようになった気がする。たとえば、敵からの通信に対してはどんな返事であろうと、『馬鹿メ』と返答するように教育してある。その時が訪れた時の結果について、私は感知しないところではある。


 光の奔流が艦首から放たれて、進路上にあるものは全て圧縮された魔力によって洗われ、削られ、消滅していく。

 おおよそ二百五十メトル上空から五百メトル先の標的を打ち抜いた訳で、理論上は離れれば『魔導砲』は拡散していく。この拡散率は調整することが出来るので、そもそも『拡散魔導砲』は仕様の一つだ。


 光が消えて視界が戻る。要塞島だった場所を見ると、丸い大穴が斜めになって空いていた。

 島は消失していた。

 周囲から海水が流れ込み始め、渦を巻いていた。


「ああ……」

 思わず艦橋内から声が漏れる。あまりの威力に感嘆するよりも、恐れを抱いたのだ。

「マスター、我々は敵の基地だけを破壊すれば目的は達成したはずです。しかし、現実には島ごと破壊してしまった……」

「うん、これは自衛のための兵器なのだよ」

 全然話が繋がっていない気もするけど、そういって納得させる。


「マスター……」

「いいかい、みんなも聞いておくれ。武器はそもそも敵を殺すためのものだよね。この船も敵を殺すためのものだよね。だから、これは正しい行いなんだよ。何が正しいかを決めるのは女王陛下だ。そして迷宮だ。一度航海に出たら、君たちは命令に対して迷ってはいけない。その規律こそが軍隊を律する。君たちは、女王陛下の軍隊なのだから」

「はい……」

 エミーが乱心することはない。仮に世界征服を目指すとなっても、それは目的ではなく手段だろう。私、もしくは私の意志を継いだものが納得すれば、迷宮艦の乗組員たちが納得しなくても、正常に運用がされるはず。


 改めて着弾地点を見る。渦はまだ収まっていない。イヴァノヴィチ皇帝は、あの光の中に消えていった。翻意させられなかったのは悔いるところではある。それでも、皇帝の矜持を持ったまま死ねたのだ。


 偽善的な物言いである自覚はあれど、戦争の後処理としては全く正しい。大将首を取り、要塞を破壊し、財宝込みの宮殿を二つ。オマケとして耐寒性のある馬と犬、ビート(テーブルビート)など何種類かの野菜、ピロシキのレシピを入手した。

 お釣りがくるわ。


「進路を西へ。アレクサンドロフ領へ移動する」

「アイマム。左九十度回頭。進路二七〇」

「左九十度回頭。進路二七〇、アイサー」

 まあ、皇帝が要塞島ごと消失、っていう前代未聞の国難に直面して、当面のシアン帝国は荒れる。


 大熊ミーシャことアレクサンドロフ男爵と側近の数人は、シアン帝国に於けるスパイとして自領に復帰してもらうわけだけど……政情が不安定なので、ちゃんとスパイ活動できるかどうか。

 敵国からの逃亡に成功した艦隊指揮官の経験と経歴を無駄にはしないだろう、というのが読みで、暗殺されそうになるならさすがに男爵もシアン帝国を見限る。彼らはインプラントをされてまだ、愛国心と皇帝への忠誠心に溢れている。心根をねじ曲げてグリテンの迷宮を第一に考えてはいるものの、これ以上の介入は人間性を崩壊させてしまいそう。キリル神父はねじ曲げることに罪悪感なんか覚えやしないけど、大熊ミーシャは実直で案外好人物なのよね。



【王国暦126年5月11日 14:52】


「では男爵、ご武運を」

「政争だけではなく、内戦になりそうだが……この身を賭してグリテンに有益な情報を送り続けると約束しよう」

「ほどほどに。迷宮の子を捨てはしません。何らかの形で手伝いますので、危機を感じた時は連絡して下さい」

「ありがとう。それともう一つ。お妃様とお子様のことは……」

「我々が責任を持って(グリテンにとって都合の)いい大人に育てますよ」

「ありがとう」

 ちょっとだけ罪悪感を覚えつつも、固い握手を交わした。アレクサンドロフ男爵たちを、このシアン帝国の地に残して、『グレート・キングダム・オブ・グリテン』と『クイーン・エマラルダス』は並んで上空へと飛び立った。

 私は『グレート』の方に乗船したまま、サティンに指示を出す。

「進路をグリテンに取れ。海上ルートで帰還する」

「アイ、アイ、マム」

 こうして、『グレート・キングダム・オブ・グリテン』のシアン帝国領に於ける作戦は終了した。

 …………んだけど、もう一つ、重要なお仕事が残っている。



【王国暦126年5月11日 15:47】


「こんにちは、初めまして、ですね」

「貴女は?」

 初めて会うマティルダには、確かにオーガスタやヴェロニカに似ていた。顔のパーツそのものが似ているのだ。しかし全体としては柔和な印象に感じるのは、ポッチャリしているからかもしれない。そうだよねぇ、寒い地域の料理なんて、激しくカロリーの高いものばっかりだろうし、ロクに運動もしなければこうなるよね。皇帝(ダンナ)は痩せてたのに、と思うと、ちょっとやるせない。


 拉致してから十日弱、『グレート』の貴賓室を使わせているのは、まだ処遇が決まっていなかったから。正式にはエミーが御前会議で決めることになる。幽閉生活で太ったというわけじゃないだろうけど、ストレスは感じているだろうねぇ。二人の皇子とは離れて留置されており、皇子たちの方は泣き叫んで癇癪を起こして暴れたため、インプラントを施したそうだ。こちらのマティルダの方は未処置のまま。


「グリテン王国近衛騎士団所属の――――『黒魔女』と言えばわかりやすいでしょうか?」

 セーラー服美少女戦士は引退したので簡潔に所属を述べる。


「アベルが言っていた……黒い小さな魔術師……」

「そうです。エマ女王陛下の側付きの一人です」

「国を……お返しなさい」

「私にそれを決める権限はありません。ありませんが、拒否させていただきます」

「泥棒猫の分際で……全く忌々しい」

 マティルダは鼻の穴を大きく広げて憤慨した。


「エマ女王陛下は正式な手順を踏んで王位継承者になり、女王におなりあそばされました。今現在のマティルダ()()の立場では、エマ女王陛下を評すること、そのものが不敬に当たります。どうかお気を付け下さい」

「立場、とやらを教えていただけますの?」

「この船はグリテンの船です。現在、ロンデニオンに向かっており、貴方がた親子は虜囚の身です。これはシアン帝国が停戦交渉の返答を寄越さなかったからで、国際法上、現在もグリテン王国とシアン帝国は戦争中です」

「辱めを受けるなど我慢できません。さっさと殺しなさい」

「拒否します。貴女が死んだら二人の皇子はどうなるでしょうね。母恋し、で泣き叫んでいたそうですよ」

 今は気の抜けた炭酸飲料みたいになってるけどね。


「卑怯な……」

「卑怯と言えば、宣戦布告もなしにグリテンに攻め入ろうとしたシアン帝国こそ卑怯です。物事には手順というものがあります。それを無視して領有を宣言されるなど、無知もいいところ」

「いいえ、王位継承者であるアベルの訴えがあります。王権の主張は認められて然るべきです」

「国外に脱出した時点でアベル王子の王位継承権は剥奪されました。お陰様で国内の継承権一位がエマ女王陛下になったわけですが。これはスチュワート先王が決定されたことで、何か恣意的な取り決めがあったわけではありません」

 これはインプラントの影響下にあるスチュワートに決めさせたことでもあるから、作り出した取り決めよね。


「そうだ……アベル。アベルはどうしたのです?」

「留置場で服毒自殺をされました。見つけた時には手遅れでした」

 お悔やみを申し上げます、と私は首を振った。


「お……お前たちが殺したのですね?」

「ですから自殺です。経緯については詳細を知りません」

「国を……王族を……何だと思っているのです!」

「国というのは国民を束ねる仕組みの一つです。王族は国体を保持するための道具です」

「それはエマのことも揶揄しているのですね?」

「いいえ。エマ女王陛下は、その点を自覚されております。女王陛下におきましても、即位に際しては思うところがあったようで、本人が望んだというよりは、状況に押されて決意されたのだと聞いております。失礼ながら、マティルダさんは王族であった立場をお忘れですか? 見識不足だと嘆息せざるを得ません」


「…………その……マティルダ、さん、というのは?」

 マティルダさーん! と叫んでいいのはアムロだけだ。

「貴女はもう、皇帝の妃ではないからです」

「意味がわかりませんわ。皇位継承権はわたくしにもあるはずです。それを剥奪できるのは皇帝だけです」

「そのイヴァノヴィチ皇帝が、貴女とお子さんを含めて三人の皇籍を剥奪、と宣言されました。公式なものではないので、お子さんの方には皇籍が残っているかもしれませんが、まあ、普通は死亡したと思われているでしょうから」

「ならば今すぐ夫の……皇帝の下へ返しなさい」

「それはできません。物理的にやってもいいのですが……イヴァノヴィチ皇帝は、すでにこの世の人ではありません」


「あっ、ああっ、貴女たちが! 貴女が殺したのですね! アベルも! 夫も! 返して! 返しなさい! 返せ!」

「ええと、アベル元王子の遺体なら土葬していますので、原形を留めてはいないと思いますが、不死者にしてお返しすることは可能ですよ。それで気が済みますか?」

「済むわけがないわ! こっ、このっ!」


 興奮し過ぎてマティルダの口からは泡が噴き出している。顔は真っ赤で目は血走り、こめかみに血管が浮き出ている。

「ああ、落ち着いて下さい。その、イヴァノヴィチ皇帝陛下から、貴方がた親子を頼む、と言われていましてね。戦利品を頂きすぎていることもあって、ある程度はその願いを聞き入れようと思っているんです」

「願いっ?」

「勘違いしてほしくないのは、アベルの求めに応じて、マティルダさん、貴女が皇帝陛下に進言し、グリテン王国を攻めさせたことが、結果として皇帝陛下を殺したということです。こうやってサンクトビーテルにまで進軍し、報復攻撃を行い、皇帝陛下に直接手を下したのは私たちです。ですが、ここまで遠征させたのは貴女に原因があるのです。皇帝を殺したのは、貴女なんです」


「…………ウソ…………」


「ホントです。因果関係が理解できないとは言わせませんよ? どうして、私が貴女に、このような話をしているのかわかるでしょうか? 貴女こそがシアン帝国傾国の鐘を鳴らしたのです。その自覚もなしに殺しなさい、などと、どの口が喋っているのでしょうか。故意的に国を荒らしたのなら罪を自覚すればいい。ですが、貴女は自身の行動に一切の悪気を感じていない。まるで無自覚なんです。無知こそが罪とはよく言ったものです。私は怒っているのですよ」

「あ……ああ…………」


 やっと、マティルダは自分が何をしたのか理解してくれた。私が怒っているのは本当で、こういう馬鹿な女は滅ぶべきだと思っている。

「貴女は、罪を背負って、それでも生き延びて、お子さんたちを育て直さないといけません。それがイヴァノヴィチ皇帝陛下のご意志でもあります。必要な手助けはグリテン王国で行いますが、あくまで手助けです。他家の教育にまでいちいち口を出してはいられませんから、貴女が母親として責任を持って教育して頂かないと」

「教育……」

「そうです。その教育に役立つ魔道具があるんですが、使ってみませんか?」

「魔道具……役立つ……」

「ええ、役に立ちますとも。目が覚めたら――――」



――――目が覚めたら、グリテンに都合のいい教育ママになってますよ。





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[一言] マティルダさんの目が(覚めたら、グリ)テン!
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