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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
限りなく混濁に近い美しく蒼きグリテン
805/870

春のサンクトピーテル1


【王国暦126年5月11日 1:22】


 聖ビーテル(サンクトビーテル)はシアン帝国の首都で、グリテンの感覚からするとものすごく北に立地している。何でまたこんな場所に住んで、首都にしようかと思ったのか、ちょっと不思議だったけれども、実際に行ってみてわかったことがある。


「首都には港が必要だったわけね」

 そう独りごちる私は、『クイーンエマラルダス』号の中にいる。上空から見るサンクトビーテルは美しい計画都市で、遷都したばかりの新しい街でもあった。冬こそ凍結するだろうけど、少なくとも八ヶ月間は港として機能するだろう。


 河口の中洲を埋め立てて建設されたのが、彼らの言う『冬の宮殿』で、同じく中洲にある島を要塞化した城もあり、これらは同時期に建設されたようだ。


 要塞島の方が海寄り、つまり西にある。川は東から西に流れているわけね。ドンブラコ、ドンブラコ、肥沃な土壌を農地にしないということは、もっと重要な何かのために建設したということ。

 聞きかじった歴史では、どうも過去に北方、ヴァイキングの国と戦争をしていたそうで、これは元の世界からするとかなり前倒しだと言えた。戦争の戦利品である土地に、対ヴァイキングの要塞を築き、何かよさげだから遷都してみた、という感じかしら。


 その要塞以外には防御を考慮していないというか、ある種の美的感覚だけで都市を計画したかのようだった。皇帝の権力が確定してから建設した都だからかもしれない。

 城下町はまだ賑やかとは言えないまでも、数万人単位で人が住んでいるみたい。今は深夜なので静まりかえって、賑わいなどを見ることはできない。まあ、作業は朝までかかるだろうから、露店が開いたら、何か買ってこようと思う。


 建物の切り出しにはサイズの把握が必要で、大まかでも測量しておいた方が良い。

「外壁も含めるとなると二百メトル四方くらいかな」

 地下の構造物がわからないので、これは地上に降りてノーム爺さんと調べた方が正確そう。綺麗に削り取り、収納することが、移築のスムーズさを決める。建物の形状自体は張り出しの小さな『コ』の字をしている。石造り、一部は煉瓦だろう。白く美しい建物だ。

 深夜で暗がりだというのに映像が見えているのは『暗視』スキルのお陰なんだけど、もう一つ、『グレート』からラシーンたちが降りてきていて、現地でビーコンの代わりをしてくれているのだ。


《建物は北北西を向いて海に面しており、騎士団の詰め所は南部にある建物になります。正門は南東、裏門は北東と南西にありますが、北東側は使用しておりません。正門には四名から六名が常駐、二名が組になって敷地内を巡回しています。交代時間は一刻毎、夜間は鐘も鳴らず、日時計も機能しないので正確ではありません――――》


 などなど、警備情報やら何やら、下調べもしてもらっていた。この『冬の宮殿』は川……というか運河っぽい……を挟んで北側に要塞島がある。派手にやるとそちらから増援が来て面倒になっちゃう。一応、『グレート』が川岸の上空で待機しているけど、砲撃は最後の仕上げにしたいのよね。


「よし、海賊旗揚げ」

「海賊旗揚げ、アイ」

『不可視』を発動中だから見えないけど、気分の問題ね。この船を操船しているのは近衛騎士団だけれども、乗せている実働部隊は海軍の海兵隊。そして――――。

「……また悪巧みですか」

「困りものですね」

 ということで、『魔力吸収』に長けたミネルヴァとバルバラを再度招集した。女王陛下のためだ、というと、口元を緩ませながら、仕方がないですね、と二つ返事だった。


「私たちはシアン帝国から見たら悪者に違いないから、それは正解かなぁ」

「……何でまた、こんな面倒なことをするのですか?」

「歴史のある国だからさ。遷都したからそれほど量はないかもしれないけど、公文書の類が見たい。世界の成り立ちについて何か情報があるかもしれない。魔法に長けた国という印象はないけど、珍しい魔法とかが発見されるかもよ?」

「魔法!」

「……魔法ですか!」


 魔法への興味が尽きない二人への餌はこんなところ。私を含めて三人ともウィートクロフト爺の弟子だったわけで、さっさと捨てられた私はいいとして、二人とも貪欲に魔導を求める。シアン帝国は曲がりなりにも魔導船を運用して、海賊国家(ヴァイキング)との戦いに勝利した。となれば造船、操船技術の他に魔法技術もそれなりに発達しているのではないか。


 過酷な環境という土地柄、質実剛健で、馬鹿が雑に扱っても動くような兵器体系を作りあげているのではないか。と、私自身も興味を持っている。

「うん、奪取後の調査次第だけどね。手伝ってくれるかな?」

「……いいでしょう」

「了解しました」

 目が爛々としている。モチベーションの維持はバッチリだ!


「『不可視』維持のまま目標への着陸シークエンスを開始せよ。海兵隊は装備を確認、各班班長は手順を再確認せよ」

「アイマム」

『クイーン・エマラルダス』号が降下を始める。着陸地点は宮殿にある庭のど真ん中。

 初期段階では正門と裏門、建物内部の組に分かれる。宮殿の制圧が目標だ。

 降下の速度が落ちる。そろそろ着地だ。艦底の扉へ急ぐ。

 待機室には五十名の海兵隊員が寿司詰めになっていた。これが第一陣で、第二陣の二十名が背後に待機している。


 軽い衝撃のあと、すぐに扉が開く。

「ゴー、ゴー、ゴー」

『不可視』の魔道具と雷棒を装備した海兵隊員たちが次々と班長に従って目標へと走っていく。ミネルヴァとバルバラは外を担当してもらうことにした。私が内部担当で第二陣を指揮。

「第二陣、ゴー、正面の扉から侵入する」

「アイマム」

 第一陣を見送った後、私たち第二陣は建物の正面から侵入する。

 音も立てず、第一陣は門番を背後から急襲する。順調なようだ。『クイーン・エマラルダス』号は兵を出撃させると浮上して、上空で待機に入った。


 私たちは建物に取り付いて、まずは扉の番をしている騎士の背後から、『魔力吸収』で昏倒させる。

「っ」

 二名以上つけておけばいいのに、とは思ったけど、普通は皇帝がいる方の宮殿を厳重警戒するわよね。つまり、この宮殿にはシアン皇帝は不在だということ。まあ、いてもいなくてもいいや。


 扉を開けようとしてみたところ、後から閂が掛かっていた。右肩に乗っているランド(スライム)に触り、そっと持ち上げて、扉と扉の間に触れさせる。我が意を得たりとランド卿は薄く伸びて、隙間に入り、裏側から閂を外した。そっと扉を開けると、裏側にいた騎士の顔にスライムが巻き付き、その騎士は転がることもできずに蠢いていた。さっと近寄り、シュッとスライムを巻き取り、騎士の顔を掌でガッチリ掴むと、『魔力吸収』を行使した。


 他に三人いた扉番の騎士は、海兵隊員の雷棒によって白目を剥いていた。白目騎士たちにも魔力吸収を使っておく。こうしておくと二刻は起きない。そして魔力が貯まっていくというエコの好循環に、思わず顔が緩む。


 私も海兵隊員たちも一度攻撃をしたので『隠蔽』や『不可視』が解除されているので、再度透明化しておく。彼らへの指示伝達は短文によるもの。普通の部隊ならハンドサインだろうけどね。第二陣は三班に分けて、一つはこの玄関で伸びた騎士たちを並べていく班。私たちは建物の左右に分かれて、出会う人間全てを昏倒させる組。この建物は二階建てなので、二階から攻略することも可能だったのだけど、防衛戦力は通常一階部分にいる。それに脱出の機会を作ってしまう可能性もあるから、上へ上へと追い込む方向が正しい。


「てっ、敵襲~!」

 おっと、叫ばせてしまった。目の前には十人ほどの騎士が、盾を持って通路を塞いでいた。何と初動の反応がいい騎士団だろう!


 私は『隠蔽』をしてからさっさと敵集団に突っ込んだ。背後に回り、指揮を執っていそうな騎士から昏倒させていく。これはもう戦いではなく作業に等しい。瞬間移動したかのように突然出現した私を見て、驚いた騎士たちが間合いを取ろうと後に飛ぶ――――のを、足を蹴って転がす。


「ぐあっ」

 すかさず手を取って『魔力吸収』。グッタリした騎士を盾にして、さらに逃げる集団に突っ込む。剣で突こうにも同僚を盾にされては軽々しく攻撃はできない。

 グッと足に力を込めて、腰を回して勢いをつけ、騎士を投げつける。

「あっ?」

 結構な勢いで飛んだ騎士を受け止めようと何人かが出てくるところを狙って――――。

「――――『死角移動』」

 筋肉に魔力を通して急激に加速するスキル。あまり多用すると筋肉を痛めるけれど、攪乱するにはこれくらいやっておかないと。私に追従する海兵隊員たちも突っ込んできていて、隙を突いて雷棒で次々と痺れさせていく。素晴らしいコンビネーションだ。狭所での訓練は、迷宮内部で普段からやっているからなのか、妙に手慣れてるわね。


「――――『魔力吸収』。そこの部屋に二匹いる。任せる」

「アイマム」

「四名で対応、ここの騎士たちの運搬もヨロシク」

「アイマム」

「残りは私に付いてきて。急ぐよ」

「アイマム」

 まずは()()からどうにかしないとね。



【王国暦126年5月11日 3:38】


 宮殿というのは物凄く人手のかかる建物らしく、住み込みの人間だけだろうに、二百人近くがいた。中には政治犯みたいなのとか、牢屋に囚われている連中もいて、そういう人間たちも一切合切、門の外にズラ~っと並べられて寝かせられている。時間的にはそろそろ目が覚める輩がいてもおかしくはない。


 生物は他にも馬やら犬や猫がいて……。そう、驚いたことに犬がいたのだ。狼ではなく、飼い慣らされた犬は、なるほど、見ればシベリアンハスキーみたい。他にも馬や牛や豚が飼われていた。馬は馬車用や乗馬用の、ガッシリした軍馬みたいな馬だった。これは持っていかないと勿体ない、ということで、一箇所にまとめてある。厩番やら犬番やらお庭番やらも一緒に持っていきたいわよね。


「離れててねー」

「はっ」

 一度、『グレート』にも退避を命じる。射線上からいなくなったのを確認した後、私はスキルを発動する。


「にゃぁ――――――――――――」


 一定の周波数を保って()()ながら、宮殿の端から端まで、建物に向かって歌いかける。特に厨房、食糧倉庫には念入りに。


ちゅーちゅちゅちゅちゅちゅちゅ

ちゅーちゅちゅ


 と、出るわ出るわ、ネズミの大群が、建物の中から湧き出して、北西方向、つまり海の方へと逃げるように走り出した。ネズミの嫌いな周波数は研究済みで、何でも猫の啼き声の周波数に近いんだとかナントカ。フフフ、これこそ黒魔女驚異のマギニズム。

 植えられている木々に対しては強風を吹き付けて、大きな昆虫を吹き飛ばす。

「よし」

 これで大きな生物は排除した。あとは樹木にスライム布を被せておく。


 この建物の地下は基礎や地下室を含めると十メトルくらいある。隠し部屋だらけと言っても過言ではない。お陰様で人間の排除には時間が掛かっちゃったけど、これもいい教訓だわ。

 広さは二百メトル四方。宮殿だけではなく騎士団の詰め所や厩、花壇や噴水まで……。イメージ、イメージ、『道具箱』に収納する…………。


「んっ!」


ボガッ


 空気さえも飲み込む勢いで、『冬の宮殿』が収納された。これが入る『道具箱』もどうかと思うけど、建物を移築する魔法、みたいのを元の世界のラノベで読んだことがあったような。

 しかし、手を着いていた場所まで収納されたので、足元十メトルも消えてしまう。

「っあ――――」

 いい加減学習すればいいのにと、私は着地時の音を想像して、落下しながら涙した。



【王国暦126年5月11日 4:55】


 四角い大穴の脇にズラっと並ぶ寝転んだ人々を見下ろしながら、『クイーン・エマラルダス』号に乗った私と海兵隊は南下した。ラシーンたちを回収した『グレート・キングダム・オブ・グリテン』は要塞を見下ろす位置に留まり、陽が昇ってからの警告行動の準備に入った。

 要するに離宮みたいなもので、シアン帝国でいう『夏の宮殿』は『冬の宮殿』からは思ったほど離れていない。これで避寒になるのか……この距離に何か意味があるのか……はよくわからない。こういうのは地政学的、歴史的な意味もあるだろうから。



――――春だけど夏に参ります。ちゅーちゅー。





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[一言] 冬のお城さん、チューチュー。
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