春のロンデニオン2
【王国暦126年4月12日 15:04】
カステラ王国に送っていた使者が戻ってきた。
というか、マルコス男爵の部下を担当者として送り込んだのだけど、その男が向こうの書状を持ってトンボ返りした、というだけの話。
「うん、あっさり拒否されたね」
「しかし律儀に使者を帰してきました。捕虜の返還を求めてもいますが、向こうにすれば南方の植民地を手放す訳はありませんからな。捕虜の代金に金か銀かでの支払いを希望してきたのも当然というところです」
マッコーが肩を竦めながら言った。会議室にいる面々も、想定通りの返答に肩を竦めただけだった。私はといえばアバターの状態なので、感情表現が大げさになっている。
「マルコス男爵によれば、あの船団でほぼ、カステラ王国の半分ほどの戦力だそうです。数が合わないのは、いわゆる諸国連合の形態をとっていまして、カステラに従っている国から徴発したものも含まれているからです」
ファリス騎士団長が補足する。
「ああ、それで形式上であっても、捕虜の返還を求めているというわけか」
子分の手前、格好つけている、ということね。
「やはりグリテンとカステラ、距離があることに安心しているのでしょう。脅しになるような軍事行動を採るべきです」
今回は海軍相であるパスカルも同席していた。イアラランド封鎖の任が終わり、陸での任務に戻っているのだ。封鎖任務では攻撃も数度行っているため、軍事行動への心的ハードルは低いのかもしれない。
「使者に持たせた親書には、拒否の場合は報復攻撃を行う、と確かに書きました。国としてはやらざるを得ません。お姉様、例の船はどうなっていますか?」
エミーは嘆息しながら、腕を組んで私に訊く。胸を強調しているのかと一瞬ドキドキしちゃう。
「改装中だよ。戦略兵器だけを積んでるのも使い勝手が悪いから」
『ホエールシャーク』級の一番艦、『ホワイトセプテンバー』は現在魚雷に相当する兵器の実験中。その絡みでドックに入っている。他に細かいトラブルも頻発しているし、大型の艦体は不都合なことも多いのよね。
「他の船を回しても構いませんか?」
「『グレート』は既に北方海域を航行中。ド級はロンデニオンから動かせない」
『クイーンエマラルダス』と『海神』だけでも王都の防衛は可能だと思うけど、飛行船は軍事用ではないから運用を想定していない。せめてド級は手元に置いておきたい。
「そうですか……。もう一方のシアン帝国の使者は戻ってきません。回答もよこさないとは傲慢もいいところです」
エミーの言葉には刺があった。エミーなりに怒っているのだろう。
「どちらにせよ、国内にスパイを潜ませるためには少しでも国が混乱した方がいいでしょう。両地域への攻撃はやはり是ということになります」
ファリスの言葉で会議がまとめに入る。女王の意志は元々攻撃ではあるんだけど、暴力的な解決方法を好む女王になっちゃうんじゃないか、と危惧するものでもある。
そんな私の心配を感じたのか、エミーは穏やかに笑って、
「大丈夫ですよ、お姉様。私は必要があるからやっているだけのことです。採れる選択肢を多くしてくれたこと、感謝していますよ」
と、こちらの意を汲んでくれる。さすがグリテンで一番の聡明な人物。エミーよりも私の方が暴力的な解決を好んでいる気もするけど、それは言わない約束ね。実際問題として、殺してしまうよりも、お仲間になってくれた方が有用だし、人的資源も無駄にしない。この世界では表に出てくるような人たちは、性格や性質は別にして、お金をかけて教育を受けている人が多いので、勿体ないと思うのだ。
「二十日ほど待ってくれれば、『ホワイト・セプテンバー』を向かわせる。『ハリケーン』は一発しか用意できないと思う」
「それで構いません。警告の後、カステラ王国王宮の破壊を命じます」
「御意」
私は恭しく合掌して礼をした。
「シアン帝国の方は、先に暗殺部隊を届けなければなりません。マティルダと皇子二名の排除を確認後、避寒地にある宮殿と、帝都にある王宮の破壊を命じます」
ちなみに、この暗殺部隊というのはラシーンたちのこと。ヤ○トからハカ○ダ―が出てくるシュールな絵柄が見られるぞ! 道案内は大熊ミーシャたちをつけておいた。彼らは自力で自領にたどり着き、皇帝陛下に報告しようと思ったら王宮がありませんでした! というタイミングで表舞台に復帰することになっている。
「御意」
シアン帝国とカステラ王国への対処は最終段階に入った。
そして、話題は内政へと移った。
「ドワーフ村の工事は順調、畑の土作りも始まりました」
報告しているのはマッコー。基本的に内務、内政はマッコーの職域だ。お茶の木も葡萄の木も、育てるのに時間が必要なため、生産物があがってくるまで待ってほしい、と言外に示している。エミーはちゃんとわかっていて、軽く頷いただけだった。
「村民の健康についてはどうですか?」
「天井がなくなったことにより、冬場の気温維持にが難しくなったようです。周知を徹底したため、この冬の病人は例年と変わらないようです。反面、奴隷……肉体労働者の方は著しく健康状態が回復していると報告にありました。また、村の管理にインプラントを導入したため、共同体としての意識が醸成されつつあります」
「それはよかった。結果として人口が増えるようであれば、村から街への移行も視野に入れて下さい」
「はい、陛下」
村と街とでは首長の裁量に違いがあるそうで、村長たるもの、目指すべき一つのゴールなんだとさ。それにしても暖房か。集中暖房システムを作らないといけないかなぁ。
「他の地域のニュースですが、ポートマットの時計台が完成したようですな。迷宮の『塔』には及びませんが、背の高い建物だそうです。大きな文字盤と鐘で時を知らせるとのこと。『通信端末』インプラントを持っている者だけではありませんし、地域アイコンとしても存在感がある、との報告を受けております」
「それは……見てみたいですね。サリーとレックスが時計部分を作ったと聞いています」
あの二人が評価されるのは、とても誇らしい。自分が褒められているより数倍嬉しいわね。
エミーがチラリと私を見たので、ちょっと目を逸らす。アバターなので大袈裟に見えたかも。なに、ロンデニオンにも時計塔が欲しいと陛下は仰る?
「建設ギルドに発注をかけた方がいいかも」
「そうですねぇ……。お姉様はお忙しいですし……」
私の本体は今、イアラランドにあって、三つの迷宮を同時に立ち上げているところ。
「迷宮に最低限の防備が固まるまで、私は動けないわね。何か嫌味みたいに毎日、おっ立った食事が出てくるのよね」
「母上に眠っている何かを刺激しそうですな」
「一つ言えることは、魚は立てるものじゃないわ」
私の大袈裟なジェスチャーに、エミーがクスクス、と笑った。
「立てると言えば、ウェルズの方はブレンダン・レーン卿が代官として正式にトップに立ちましたね」
「ウェルズの扱いは大きな天領ですからな。レーン卿は優秀な男です。分を弁えた言動が素晴らしい」
夢見がちな黄緑くんの父親が現実主義者で、グリテンとエマ女王を理性的に受け入れている。インプラントや血肉の影響もあるから、裏切りはしないと思うけど、今ひとつ腹の底を見せないのよね。
「魔族領の方はどうなってますか?」
「周辺の部族と交渉しつつ、時には強引に統一の方向へ向かっているようですな。今まで外に向かっていた矛先が、やっと国内統一に向かったわけです。尻を叩かれてようやく、ですが」
「外威はいつの時代も変革のきっかけになる、を示した格好ですね。私たちは将来的に現れるであろう、大陸国家の脅威に備えて、前倒しで統一を図っている、と考えて下さい。まだ出現していないものを想定して動くのは馬鹿な話だと思うかもしれません。ですが、そうではないのです。備えあれば憂い無し、それが国政に携わる者の心構えであるべきです」
エミーの言葉に、参加者の全員が重々しく頷いた。エミーは時々、こうして見てきたようなことを言う。
知識の元ネタはロンデニオン西迷宮地下の書庫だろうけど、それだけでは説明の付かないこともある。あの書庫にあった本を全部読破し、利用できるレベルまで理解することは物理的、時間的に無理だと思っていた。掻い摘んでやったとしても難しいだろうに、何事もないように軽々とやってのけている。
エミーが凄いのか、それとも私の知らない何かの要素があるのか。
たとえばサリーは天才型で、何もないところからでも閃きと感性で形にしてしまう。対してエミーは秀才型で、創造性があるとは言えないけれど、一を知ると十知ることが出来る。これもある種の天才ではあるんだけど、ゼロから生み出すことはあまり得手ではない。
ちょっと前まではポートマットの教会で助産婦をしていた少女が、今は国政のトップに立って指揮を執っていることに、何の違和感もない。そう考えるととんでもないことだけど、それを可能にした要素、か。
時々エミーに『人物解析』を使ってみるけど、何か特殊なスキルが発現しているわけでもない。うーん、でも、魔力総量なんて隠しパラメータみたいになってるし、私のスキルで見えないモノもあるのかも。エミー自身が、そのスキルや要素に気付いているかはわからない。知っていて黙っているのかもしれないけど、まあ、エミーが私を害そうとするなら、その時は甘んじて受け入れようと思う。
今はやりたい放題に色々作ってるから、それが楽しくてしょうがないし、生きている限りは、この立場を守りたいわね。
「では、『グレート』が探索部隊を下ろし、対象の位置を特定できましたら、再度、会議を招集します。母上は『ホワイト』の使用が可能になりましたら連絡を頂きたい」
「了解したよ」
「ではこれにて閉会します」
会議が終わり、参加者が三々五々、解散していく。それぞれ多忙なため、皆早足だ。かくいう私も、アバターの状態ながら、別室に待っている各種関係者に会うために急ぎ足だ。アバターに服は着せているのでスカートが靡く。まるでキャリアウーマンみたいで、ちょっと颯爽としているんじゃないかと、多忙な自分にウットリする。
ええと、皮革職人が球技用ボールの試作品サンプルを持ってきてくれてるんだっけな。建設ギルドとはスタジアム建設の打ち合わせがあるし、『ホワイト・セプテンバー』の作業を急ぐようにイチたちにも言わないといけないし、生体コンピュータの進捗状況も確認したい。
生体コンピュータは現在、素体の状態で知識が詰め込まれているところ。
結局のところ、知識を蓄えるということと、考えるということは別の話なのよね。人間の脳も部位で機能が分かれてたりするし。
そのような発想の転換があって、いわゆるCPUの機能を持つ部分と、記憶媒体としての機能を持つ細胞に分けてみた。細胞の壊死速度を変えるようにコントロールして、記憶媒体の方は超絶ゆっくりと分裂が進む。実験の結果、理論値で――――生体コンピュータに魔力を与え続けられる環境が継続、つまり迷宮が機能し続けるのであれば、二万年を超える。
問題は演算装置の方で、三つある生体コンピュータを別々に扱うのではなく、一部をリンクさせて、3コアのコンピュータとして仮想的に動かしてみた。同じ計算結果は記憶されるので、類型を探すように促し、計算の機会そのものを減らしてみたら、結果として細胞の死亡速度が遅くなり、消費魔力が激減した。
それでも一番目と二番目の生体コンピュータは…………寿命を迎えてお亡くなりになった。
こちらの理論値は二千年超。これくらいの期間、意思が生き残るのなら、作る意味はある。
死亡した細胞の処理は掃除専門の魔物を配置、速やかにスライムが餌として食べてくれる。サブシステムを作ったことで、擬似的にだけどもメンテナンスフリーも実現。迷宮が存続していることが前提とはいえ、周辺環境は整いつつある。
三号機を元にした四号機、五号機も順調に育っている。
あとは、意識のコピーを実験するだけ。これが一番問題なんだけどさ……。
私であって私でないものが産まれ、それが健全な精神を保っていなければ、単なる害悪でしかない。失敗した時に、対処できるのは私だけなので……細心の注意と、私自身の心構えも大切だ。
【王国暦126年4月12日 20:55】
細々とした打ち合わせが終わり、イアラランドはガブリン迷宮にいる本体に戻る。
「んっ?」
起き上がると、ベッド脇のテーブルに何かが置いてあった。
バターの香りがする。それと魚の臭いがする。
被せられていたナプキンを取ると、魚がおっ立ったパイがホールで登場した。
「うっ」
メモはラルフの字で……『ルビーが作りました。自信作なので食べてほしいそうです』と書かれている。
イアラランドの制圧を監督するため、ラルフが少数のグリテン騎士団と共に、監察官としてガブリンに残留したんだけど……任期の半年の間、新婚の妻を置いてはおけない、とのことで壁妹が合流したのよね。ついでにゴージャス姉も到着してる。もはや公認の二号さんらしい。エイダの情報を聞きつけて、ノクスフォド公爵が怒娘をねじ込もうと画策してるとも聞いた。ラルフはコーネリアには興味を示してなかったから、どうなることやら。イアラ関係者か、魔族関係者でコーネリアの旦那候補はいないものかしら。
とにかく。
目の前のスターゲイジーパイをどうにかしよう。毎日食べてるような気がするけど、別に私はコレが好きだと言った覚えはないんだけどなぁ。
「――――」
風系魔法を使って八等分、行儀が悪いけど手づかみで頂く。
「うん。立ってるなぁ」
ウェルズにもスターゲイジーパイはあるから、ルビーにも馴染みのある料理なのよね。貴族の娘さんなんて料理をしないものだと思ったけど、意外にも家庭的なんだなぁ。
「うん」
案外この、頭の部分が、サクサクしていて美味しい。飾りじゃないのよ、頭は。くそ、悔しいけど美味しいわ。
――――悔し涙を流しながら、完食した。ふっふー。