春のガブリン2
【王国暦126年3月15日 13:45】
「こちらです」
ケダモノ騎士に案内されて、開放された裏門を示される。そこに門番はおらず、くぐる直前に『隠蔽』をしただけで、あっさりと侵入できた。
イアラ中央騎士団は、南、北、中のイアラ三国の合同騎士団で、統一イアラ国家の象徴でもある。
とはいえ内実はというと、仲の悪い南北を冷ややかな目で見ている、肩身の狭い中騎士団出身者、という、現在の国情を反映したものでもあった。
駐屯地そのものは以前に訪問した場所にあったのだけど、規模はかなり拡張されていた。半年前にグリテンに攻め入った残り香というか、負け戦に燻る陰鬱な空気に支配されている。
こちらです、とケダモノ騎士は案内を続ける。騎士団を内部からインプラントして静かに占領していくのは、ウェルズのカディフ騎士団に対してもやったことがある。こういうのは頭からやっちゃった方が効率がいい。つまり、最初から司令部を狙う。
どこの騎士団も大抵、司令部は立派な建物で、大体が中央部にある。イアラ中央騎士団も例に漏れず、わかりやすい場所にあった。
襲ってくれと言わんばかりだけど、騎士団駐屯地のど真ん中に侵入して破壊工作をする輩は普通いないから、これはこれで正しいのかしら。
ミネルヴァとバルバラは私に手を引かれている状態。手を放すと『隠蔽』の影響下から離れちゃうからね! その二人、明らかに嫌がっていて、時々引きずった足跡が付く。おいおい、バレちゃうだろぅ?
ケダモノ騎士が司令部の門番に近づいていく。
「ロン卿、どうした?」
司令部の建物の門番は扉の左右に一人ずついる。声を掛けられたケダモノ騎士は本来、司令部に出入りできる身分ではない。門番は訝しげにケダモノ騎士をジロジロと見る。その間、ケダモノ騎士は、何かを喋ろうかと、大きく息を吸い込み、注意を引いている。
ミネルヴァとバルバラに合図して、左右に分かれてもらう。無論、手を繋いだまま……。
「……………………」
しかし、門番の距離はちょっと離れていて、ミネルヴァとバルバラが手を伸ばしても触れられない微妙な位置だった。ぷるぷる……と筋肉が震える感触がある。触れないと『魔力吸収』が使えないから、ここは頑張ってほしいところだけど……ちょっと遠いかしら。
仕方がないので二人を引き寄せて、耳元で、足首を掴むからそれで手を伸ばして触れてみて、と囁く。
「…………!?」
「!?」
物凄い拒否反応があったけど、有無を言わさない私は、二人の足首を掴んで、左右に投げた。
く……なんだこの、体育祭のマスゲームみたいなポーズは……! 二人は片足で立って、やはり筋肉がプルプルしはじめた。これでもちょっと届かないか……。頑張れ! 足と手を伸ばせ!
「!」
が、ブーツが脱げて、二人は片足で立ったまま滑るように門番に激突した。
「なっ?」
「あうっ?」
突然女性が現れて激突、何かラブコメの始まりを感じさせるけれど、きっとそうはならず、この恋は始まらない。
私の方は、二人を投げた慣性により、ベクトルが前方に向かったのか、大の字になって地面に顔を埋めた。もちろん『隠蔽』も解けた。
「……くっ……――――『魔力吸収』」
「―――『魔力吸収』」
ミネルヴァは慌てて、バルバラは割と落ち着いて、門番に抱きついたままスキルを発動した。
私が地面から顔を上げると、門番は気持ちよさそうな顔をして昇天していた。踏んづけられたカエルのような格好になっている私を見て、ケダモノ騎士は恍惚の表情を浮かべていた。
顔が痛え……。
「しょ……処置を始めて……」
ミネルヴァとバルバラは不満そうな顔をしつつも、倒れた門番に覆い被さったまま、インプラントの処置を始めた。この門番たちは、きっと、良い夢を見ているに違いない。
「……終わったわ」
「こっちも」
さすがはグリテン王国で、アバウト十本くらいの指には入りそうかもしれない魔術師たち、手早いわね。
「じゃ、その辺に立てかけておこう。ロン卿、二人を立たせておいてくれる?」
「え?」
グッタリしている門番を渡されたケダモノ騎士は、恍惚の表情から一転、口を開けて私を見た。
「じゃ、任せたよー」
ケダモノ騎士の視線には応えず、門の中に入ろうとしたところで、ミネルヴァとバルバラから手を引かれた。
「ん?」
「……ブーツを返してくれ」
「ブーツ返して」
ああ、そうだね、ブーツを脱いだら朝食食べなきゃいけないもんね。
【王国暦126年3月15日 16:51】
「はーっはっはっ、黒魔女殿はそうか、スターゲイジーパイがお好みか!」
「いやいや騎士団長殿、好みというわけではありませんよ。立ってるのが不思議でならないといいますか」
「ヴァアアアイキング野郎共の風習らしいんだがなァァァ! 連中には先祖をやられたウラァァミィィがあるんだよォォ」
「ほうほう、副騎士団長殿は北イアラの産まれでしたか」
「黒魔女殿? 君は……一年半ほど前に保護した眼鏡少女では……?」
「いやですねぇ、モア副騎士団長殿。私はそんな名前じゃありませんよぉ」
豪快に笑っているのが南イアラ出身の騎士団長。
若本調の強引そうな人が北イアラ出身の副騎士団長。
中イアラ出身者のトップが、以前会った『鑑定』持ちの実直騎士さんこと、トロイ・モア。この人も副騎士団長ね。どうでもいい話ながら、私と出会った後に猛烈に娘が欲しくなり、ハッスルしちゃって無事、半年前に産まれたそうだ。
「こんの騎士団長はよォ、南の都合ばっかり通しやがるからよォ! 本当は気に入らねえと思ってたんだよォ!」
「はーっはっはっ、それは某も思っていたところだ、副騎士団長!」
「しかし不思議だ! 今は仲間意識しか感じねェ!」
「はーっはっはっ、気が合うな! 美しきかなイアラは!」
「立ってるぜェ!」
「はーっはっはっ!」
「ぐわはははは!」
騎士団長室のソファで、なにやら盛り上がって、三刻前は仲の悪かった二人が、今は仲良しさんになって拳を突き上げている。
「それじゃあ、仲良くなった記念に、ガブリン城へと参りましょうか」
「はっはっはっ、それは豪気だ!」
「おう! 殴り込みだな!」
「ちょ、ちょっと黒魔女殿……」
実直騎士が暴走を止めようと口を挟む。ガブリン城では、イアラランド代表者とマッコーたちが停戦交渉の真っ最中であることを知っているから。
「ああ、うん、殴り込みじゃないですけど、城内の騎士団員たちも、仲間になってもらいましょう」
「仲間か……なら、仕方がないかな」
あっさりと実直騎士が暴走を許容した。
インプラントの影響下に於いて、『仲間』は重要な要素で、『迷宮管理人』からの命令の次に大切なもの。迷宮を見たことのない人たちからは、私自身が『迷宮』に見えていることだろう。そんな私からの『提案』に『仲間』のキーワードが加われば、逆らうのは難しいはず。むしろ自分に言い訳を作ってでも従っちゃうよね。
室内のテンションの高さに、汚いものを見るような目でミネルヴァとバルバラが私たちを見て、諦めたかのように嘆息する。
「さあさあ、二人とも。これからが本番だよ?」
「……ふう」
「はぁ」
アンニュイな二人の腰を抱えて、私は意気揚々と騎士団長室を出た。
【王国暦126年3月15日 21:11】
「夜分に遅く、失礼します」
「!? 誰だ?」
「私はグリテン王国冒険者ギルド本部所属特級冒険者、商業ギルドポートマット支部所属ヒラ会員、建設ギルド本部所属顧問、魔術師ギルド顧問、宿屋ギルド長……そして迷宮管理者で愛の戦士――――」
「貴様が……噂に聞く『黒魔女』か」
くっ、名乗る前に言われてしまった。キューティ○ハニーまで名乗らせろよ!
「その通りです、ケント・ユアン・フィギス王?」
この人物こそが南イアラの元王様で、イアラランド統一を成し遂げた偉人……中イアラを傀儡国家に貶めた、戴冠前の幼い女王の後見人だ。ついでに統一イアラの宰相の地位にいるけども、摂政みたいなものなので実質のトップと言える。だから、わざとらしく『王』を付けてみたのだけど、表情の変化は窺い知ることはできなかった。
というのは部屋の中は暗く……フィギス宰相の私室らしいんだけど、調度品も含めて実に質素で、イアラランドの窮乏ぶりを示すものでもあった。
「グリテンの交渉団なら貴様らの船に戻ったぞ? 何なら呼んでこようか?」
ロウソクの炎に映るフィギスは、小柄な男だった。その分頭が回りそうな、彫りの深い顔立ちが影になって浮かぶ。
「いえ、そのうち来るでしょう」
「ほう。我に少女性愛の趣味はないが、せっかく男の私室を訪ねてくれたのだ。歓迎せねばな」
フィギスは傍らにおいてあった剣をさり気なく手にした。
「おっと。剣は抜かないで頂きたいですね。これでもグリテン騎士団で一番強い男を斬ったことがあります。色々斬られましたけどね。その男はフィギス宰相閣下とは違って少女を愛でる素敵な――――」
「なんだ、グリテンは変態の巣窟か?」
「痛いところを突きますね。否定できないのが悔しいところです。まあ、歪んだ変態趣味が放出されたものだと思いたいですね」
字面にすると、この発言は猛烈にイヤらしいなぁ。
「性欲を放出したいのかね……? その年齢で難儀なことだな。まあいい。何をお望みかね? 我を脅すのか? それとも殺すのか?」
「いえいえ。本日の交渉は平行線で、まとまらなかったそうですね」
「そうだ。会議は明日に順延、今回の期限は三日間で、それが過ぎれば……」
戦争は継続、いよいよ総攻撃が始まる。そうなったらもう、両国の関係は拗れに拗れて、二度と元には戻らない。
「そうはしたくないのは当方も同じです」
「交渉事とはお互いに妥協し、歩み寄りを見せることである。そうでなければ、単なる条件の提示合戦でしかない。『黒魔女』よ、おわかりか? グリテンが提示してきたのは無条件降伏だ。我が国は断じて受け入れる訳にはいかないのだ」
「お立場は重々承知しております。フィギス宰相閣下、上から目線での評価になってしまうことをお許し下さい。エマ女王は、不完全ながらイアラランドを統一した、閣下の手腕を大変評価しております。イアラの未来を見据え、憂いての施策には、グリテン諸島の将来を憂うエマ女王のお気持ちに通じるものがある、と」
「説得をしようというのか? シンプルに脅せば良いではないか」
「脅して上手くいけばそうします。今回はそうではありません。何より、ウチのマッコーキンデールが楽しそうでしてね。フィギス王との交渉は面白い、と聞いています。そのマッコーキンデールの息子からは、二人とも小狡いところが似ている、と評していました」
「ふん……狡い、か」
「ええ。オリヴィア女王の戴冠式をまだ執り行ってないことから考えるに、正式に即位させるつもりはないのでは? 対グリテンのために一時的に共闘するにしても、北イアラとはいずれまた戦うことになる、南北の融和は真の意味で困難だ、と他ならぬ自身が思っていらっしゃる」
「誰から聞いた?」
「周辺情報と、北イアラのギャラガー王から」
「なんだ、奴にはもう会っていたのか。なるほど、やけに城内が静かだと思った」
フィギスは薄く笑い、言葉を続けた。猪突猛進型の指導者、ギャラガー王は、フィギス王の前に会って、すでにインプラント施術済みで……説得に応じてもらっている。静かなのはギャラガー王が黙っているからではなく、城内の人間の半分以上が未だ寝ているから。
「ああ、相容れない。一緒になって、より強く思った。元より外敵がいなくなればイアラは一つになどまとまらぬ。魔族どもに働きかけたが、連中は役立たずだった」
「ああ、魔族の方も、イアラをそう思っているでしょうね」
私も薄く笑った。セスたちが決起した理由の一つは、イアラランドからの要請でもあるのだから、あっさり海上封鎖されたイアラへの失望は大きいはず。
「対グリテンの意味でいえば、ウェルズを引き込めなかったのが痛かった。大陸を含めて全ての国を味方に引き入れるくらいでなければ、もはや対応は難しい」
「破綻は想定されていたと?」
「結果論だが、そうだな。イアラ統一は手段であって目的ではない。南イアラが生き延びるための方策に過ぎん」
うん、断言してくれた。
「言い忘れていましたが、この会話は別室にいるギャラガー王も聞いています」
「ふん、そんなことだろうと思った。奴はグリテンの説得に応じたのか」
「いえ、ギャラガー王はフィギス王の言葉を信じていましたよ。上辺の言葉、綺麗事であっても、それがイアラを救う道だと信じていましたよ」
「…………」
「ギャラガー王は話した限り、交渉事にはあまり向かない人です。彼にしてみれば、自分に足りないものが何か、わかっていたのでしょうね」
「ここで我を責めても何も変わるまい?」
フィギスが吐き捨てるように言った。
「そうですね。この形骸化した統一イアラ国家ですけど、グリテンとしては枠組みを利用したく思います。私たちが使うことで、イアラランドは真の統一を見るのです」
嬉しいですよね? と上目遣いをすると、フィギスは舌打ちをした。
「イアラを食い物にはさせん。幸いにも騎士団は健在だ。せいぜい抵抗させてもらおう」
中イアラを食い物にした人の発言ではないけど、為政者というのは得てしてそういうものなのかも。
「いえ、ガブリンに駐留している統合騎士団は、すでにグリテンが掌握しました。今、城内で未処置なのはフィギス宰相、あなただけです」
「は?」
「言葉の意味を知るのは目覚めてからでいいでしょう。ああ、オリヴィアちゃんの姿がありませんでしたけど……実在しないとかじゃないですよね?」
「馬鹿な。ちゃんと存在する人物だ」
「中央山脈にある山荘に避難されている?」
「ちっ……」
フィギスの舌打ちは正解だったということ。これは答え合わせで、ギャラガーにも訊いていたのだ。
「では……目覚めた時には、貴方もお仲間です」
下手なウィンクを見せてから、私は『魔力吸収』を行使した。
――――グリテン連合王国にようこそ。




