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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
勇者狩りの幼女
8/870

※ジェイソンの解体場

 そろそろ太陽が真上になる。

 ここまで休憩も食事も取らずにきたんだけど、仮にも魔物が出没するエリアだし、不用意に臭いをまき散らしたくなかったんだよね。

 香辛料使ったりすると自分の嗅覚も鈍らせちゃう。単独行動中は、自分の感覚だけが頼り。臭いの強いものは摂らない方がいい。まあ、これは一般論だけど。

 とりあえずの栄養補給は必要として、『道具箱』から白パンを出して、ガツガツ、と一気食い。干し肉は丸呑み。続いて水筒を取り出すと、腰に手を添えて一気飲み。


「ぐぇぷぅ」


 息をついて、周囲を見渡す。魔物や怪しい動物、人間などはいないようだ。索敵や道の悪さを考えると、一度山道に戻った方が早そう。


 山道に戻ると、一気にダッシュをかける。まだ陽は高い。夕方のお買い物には間に合うかしら。流れる風景を見ながら晩ご飯を想像する。野趣溢れる栄養補給が、あまり美味しくなかった反動かもしれない。

 西門が見えてきたところで、『洗浄』を発動する。殺菌はしないものの、魔力による簡易シャワーみたいなもの。綺麗サッパリ身を清める。

 うん、夕方前に戻ってこられた。


「おや、おかえり。採取でもしてたのかい?」

 朝とは違い、門番は中年男のラリーが立っていた。何故だか、この年代の男性には親近感が持てる。……なんでだろうね?

「はい、ちょっと行ってきました」

「そうかそうか。エルマからも聞いてるよ。近場だったのかい?」

 ラリーは尋問している感覚を持ってはいないと思うけど……調べるところが調べれば、虚偽はバレちゃうかな。

「いえ、ちょっと山の方へ行ってきました」

 ちょっとかよっ、と自分にツッコミ。

「そうかそうか。大変だったなぁ」

「あはは、はい」

 にこやかに。情報は一部開示したし、嘘は言ってない。

「それでは。お仕事頑張ってください」

 ペカッと花丸の笑み。

「お、おう」

 中年のはにかみ。子煩悩なのかもしれない。


 んっ? 何だろう、この安堵感は。

 他人と、それも、それ程親しくはない相手と会話しただけで、こんなにホッとするとは。

 人恋しい……寂しかったのかもしれない……。でもなぁ、採取に付き合ってくれる友達とかいないしなぁ。それに、後ろ暗い仕事を請け負っている身では、不穏な事態に巻き込む恐れもあるし……。


「はぁ……」

 頭に浮かんだのはドロシーだ。ドロシーは私が危うい仕事を行い、危うい立場だと気付いているフシがある。それなのに、あの遠慮の無さ。いい女っていうのはああいうのかもしれないなぁ。


 作り笑いを一人垂れ流しながら、夕焼け通りを東へと急ぐ。

 右手に教会が見えてくるけど、今日はスルーしよう。エミーの視線は癒されすぎてナチュラルに褒め殺されてしまう。

 トーマスが私に依頼したということは、(野営の指示もなかったわけで)少なくとも当日中に戻ってくることを想定している。で、あるならば、可能な限り急いだ方がよさそうだ。

 早朝とは違い、人通りがそれなりにある夕焼け通り。ここは歩きだ。しかしそれは妙に速くて不気味に見えるかもしれない。


サーッ、サーッ、サッサッサー……。


 身体だけが早送りのように、歩数と移動幅が合致していない加速歩き。

 これが! これがッ! 『風走』、もとい『幻想歩き(ミラージュウォーク)』だッ。

 自分にツッコミを入れる前にトーマス商店に着いた。バルルルル。


「ただいま~」

 店にはトーマスとドロシーがいた。

「お、早かったな!」

 あんたが急がせたんでしょうが。とは言わないで、汗を拭いたフリをして、

「はい! がんばりました!」

 謙虚が一番! 孝行娘オーラ全開にしてみる。

「そうかそうか。うんうん」

 トーマスも子供好きというか心配性というか。苦笑しつつ材料を見せる。

「月光草はこちらです。あの、まだタマスは解体していないので―――」

「ふむ。じゃあ冒険者ギルドの解体場を使わせてもらおう。タマスの肉はそんなに美味いもんじゃないが――」

 残念、美味しくないらしい。

「肉屋のマイケルなら美味しくしてくれるかもよ?」

 ドロシーが横から口を出す。マイケルは得体が知れないが、肉の調理ならポートマットで一番という不思議な人物だ。

「そうだな。まあ、ギルドいくか」

 トーマスは苦笑しつつ、私に同行を促した。


 冒険者ギルドに行くと、トーマスは受付に行き、交渉を始める。

 夕方、日の暮れた時間は、冒険者たちが町に帰還して混雑するものだ。その間を縫うようにして受付ホールを歩く。受付でトーマスと話しているのは、影の薄い副支部長で有名なボリスだ。腕カバーを付けたら公務員みたいな、ミスはしないが発展性のある提案もしない、という人らしい。

「どうぞ。一番解体室が空いています」

 基本、解体が必要な獲物は、その場で解体するものだ。『道具箱』スキルを持っている冒険者は、それほど多くなく、持てる荷物に限界があるから、らしい。ギルドでの解体は、貴重な獲物だったり、検分が必要なケースが殆どだそうだ。つまり割と空いている、ということだ。

「おう、ありがとう。いくぞ」

「はい」

 トーマスの後についてカウンター脇のドアを通り(カウンター内部にいくドアとは別にある)、短い廊下を通っていく。いくつか小部屋がある。

『第一解体室』

 と書かれた、ムッと湿気を感じる部屋に入ると、中に一人のヒューマンがいた。

「よお、トーマス。元気そうだなぁ」

 声を掛けてきたのは、トーマスと同年代の壮年男性。筋肉がムキムキだ! トーマスの顔に少し陰りが見える。

「ジェイソンか」

 ジェイソンと呼ばれたムキムキは―――薄い眉と唇、まだらに禿げ上がったボサボサの髪、そしてギョロッとした眼。それは、どうみても殺人者のそれだった。


-----------------

【ジェイソン・ニコラウス】

性別:男

年齢:49

種族:ヒューマン

所属:ポートマット冒険者ギルド

賞罰:なし

スキル: 強打LV1(汎用) 短剣LV2

生活系スキル:採取LV2 解体LV6 点火 飲料水 ヒューマン語LV3

-----------------


「ヒッヒッヒッヒ。つれないなぁ。……そっちのお嬢ちゃんは?」

「…………」

 何となく、目を逸らしたら殺られる、そんな気になった。コイツ、十人は殺ってるよ!


――――生活系スキル:解体LV6を習得しました(LV3>LV6)


 体中の細胞が警戒信号を出している。短剣をいつでも出せるようにして、一歩後ずさり。

「あー、なんだ。こいつはこんなナリではあるんだが……。極めて普通のギルド職員なんだよな……」

 トーマスがフォローしているけど、全く説得力が感じられない。

「孤児を何人も養育してるしな」

 フォローを続けるトーマスに反発しそうになる。

 それは! 子供を喰うためじゃないんですか!

「ヒッヒッヒ。警戒させちまったか。すまないなぁ」

 ギラリ、と目が光る。これは笑いではなく嗤いだ! 私はさらに後ずさる。

「あー、解体しようか。獲物を出してくれ」

 トーマスが言う。チラリ、とジェイソンを窺う。ジェイソンは大型の肉切り包丁を手に取って、ヒヒヒヒ言いながら研いでいる。トーマスは無警戒だ。


挿絵(By みてみん)


 警戒をしつつ、『道具箱』から冷凍タマスを取り出し、ジェイソンの方へ押しだし、三歩下がる。

「おや冷凍物かい。これは鋸の方がいいねぇ」

 チェーンソーが似合いそう。だけど、たぶん、この世界には存在しない。いや無くていいんだ。警戒信号が出過ぎて、思考が鈍くなってきているのか。


 ジェイソンは冷凍タマスの首にフックを引っ掛けて、滑車を操作した。普段なら、滑車が存在することに興味を持つところだけど、今はそれどころではない。

 鎖(かなり無骨なものだ)を引き、高さを調整すると、ジェイソンは刃渡り一メートルほどのノコギリをタマスの背骨に合わせて軽快に挽き始める。

「随分念入りに冷凍してあるねぇ。これは魔法かい?」

「ああ、こいつは魔術師だ」

「なるほどねぇ。コイツの頭の穴もそうかい」

 しゃべりつつ、ジェイソンは冷凍タマスを背開きにし終える。内臓は容器に入れられて分けられ、トーマスに渡される。

「ヒッヒッヒ。本当はね、お嬢ちゃん。その場で血抜きしないとだめなんだ。特に内臓には血が残留するからねぇ……。タマスの肉はそんなに美味いもんじゃないけど、血抜きしてないから、これは売りモノにはならないねぇ……」

「皮くらいだろうな。肝はどうせすり潰すし。血は関係ないから、薬効は変わらんがな」

 材料としての品質には問題なさそうだ、と聞いて、ちょっと安心。

「ヒヒヒヒ……。処分はどうする? 任せてくれていいが?」

「肝はこれでよし、と。肉と内臓は処分してくれるか。皮は加工まで頼めるか?」

 トーマスは肝だけを別容器に入れて密封する。

「了解したよ。皮業者に頼んでおこう」

 ジェイソンは何やら紙(羊皮紙みたいだ)に書き込んで、それをトーマスに渡す。請求書かもしれない。

「じゃ、よろしくな」

 後始末を始めるジェイソンに声を掛けると、トーマスは私を促し、私たちはギルドカウンターへと戻る。


「変わったやつだろう?」

 事前に情報を……貰っても、何の役にも立たなかっただろうな……。

「恐ろしい経験でした……」

 今日一番の脅威だったのは間違いない。冷や汗を拭いながら恐怖体験を脳裏に刻み込む。軽くトラウマになりそうだ。

「良いやつなんだがな。あれで全く戦闘に向かないんだ」

 いやそれ、きっとキレると怖い人ですよ、とは言わずに、軽く頷いておく。

 トーマスはカウンターで解体費用を支払う。九百ゴルドほどだった。案外リーズナブルか。

「さっそく作っちまうぞ。店に戻ろう」

 ギルドの外に出ると、もう辺りは真っ暗になっていた。『街灯』は設置されているけど、町全体が照らされているわけではない。それこそ路地裏ではジェイソンのような―――。

 うん、今日の恐怖体験をドロシーに吹き込んでみよう。



―――そう、題名は十三日の○曜日―――。




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