※ジェイソンの解体場
そろそろ太陽が真上になる。
ここまで休憩も食事も取らずにきたんだけど、仮にも魔物が出没するエリアだし、不用意に臭いをまき散らしたくなかったんだよね。
香辛料使ったりすると自分の嗅覚も鈍らせちゃう。単独行動中は、自分の感覚だけが頼り。臭いの強いものは摂らない方がいい。まあ、これは一般論だけど。
とりあえずの栄養補給は必要として、『道具箱』から白パンを出して、ガツガツ、と一気食い。干し肉は丸呑み。続いて水筒を取り出すと、腰に手を添えて一気飲み。
「ぐぇぷぅ」
息をついて、周囲を見渡す。魔物や怪しい動物、人間などはいないようだ。索敵や道の悪さを考えると、一度山道に戻った方が早そう。
山道に戻ると、一気にダッシュをかける。まだ陽は高い。夕方のお買い物には間に合うかしら。流れる風景を見ながら晩ご飯を想像する。野趣溢れる栄養補給が、あまり美味しくなかった反動かもしれない。
西門が見えてきたところで、『洗浄』を発動する。殺菌はしないものの、魔力による簡易シャワーみたいなもの。綺麗サッパリ身を清める。
うん、夕方前に戻ってこられた。
「おや、おかえり。採取でもしてたのかい?」
朝とは違い、門番は中年男のラリーが立っていた。何故だか、この年代の男性には親近感が持てる。……なんでだろうね?
「はい、ちょっと行ってきました」
「そうかそうか。エルマからも聞いてるよ。近場だったのかい?」
ラリーは尋問している感覚を持ってはいないと思うけど……調べるところが調べれば、虚偽はバレちゃうかな。
「いえ、ちょっと山の方へ行ってきました」
ちょっとかよっ、と自分にツッコミ。
「そうかそうか。大変だったなぁ」
「あはは、はい」
にこやかに。情報は一部開示したし、嘘は言ってない。
「それでは。お仕事頑張ってください」
ペカッと花丸の笑み。
「お、おう」
中年のはにかみ。子煩悩なのかもしれない。
んっ? 何だろう、この安堵感は。
他人と、それも、それ程親しくはない相手と会話しただけで、こんなにホッとするとは。
人恋しい……寂しかったのかもしれない……。でもなぁ、採取に付き合ってくれる友達とかいないしなぁ。それに、後ろ暗い仕事を請け負っている身では、不穏な事態に巻き込む恐れもあるし……。
「はぁ……」
頭に浮かんだのはドロシーだ。ドロシーは私が危うい仕事を行い、危うい立場だと気付いているフシがある。それなのに、あの遠慮の無さ。いい女っていうのはああいうのかもしれないなぁ。
作り笑いを一人垂れ流しながら、夕焼け通りを東へと急ぐ。
右手に教会が見えてくるけど、今日はスルーしよう。エミーの視線は癒されすぎてナチュラルに褒め殺されてしまう。
トーマスが私に依頼したということは、(野営の指示もなかったわけで)少なくとも当日中に戻ってくることを想定している。で、あるならば、可能な限り急いだ方がよさそうだ。
早朝とは違い、人通りがそれなりにある夕焼け通り。ここは歩きだ。しかしそれは妙に速くて不気味に見えるかもしれない。
サーッ、サーッ、サッサッサー……。
身体だけが早送りのように、歩数と移動幅が合致していない加速歩き。
これが! これがッ! 『風走』、もとい『幻想歩き』だッ。
自分にツッコミを入れる前にトーマス商店に着いた。バルルルル。
「ただいま~」
店にはトーマスとドロシーがいた。
「お、早かったな!」
あんたが急がせたんでしょうが。とは言わないで、汗を拭いたフリをして、
「はい! がんばりました!」
謙虚が一番! 孝行娘オーラ全開にしてみる。
「そうかそうか。うんうん」
トーマスも子供好きというか心配性というか。苦笑しつつ材料を見せる。
「月光草はこちらです。あの、まだタマスは解体していないので―――」
「ふむ。じゃあ冒険者ギルドの解体場を使わせてもらおう。タマスの肉はそんなに美味いもんじゃないが――」
残念、美味しくないらしい。
「肉屋のマイケルなら美味しくしてくれるかもよ?」
ドロシーが横から口を出す。マイケルは得体が知れないが、肉の調理ならポートマットで一番という不思議な人物だ。
「そうだな。まあ、ギルドいくか」
トーマスは苦笑しつつ、私に同行を促した。
冒険者ギルドに行くと、トーマスは受付に行き、交渉を始める。
夕方、日の暮れた時間は、冒険者たちが町に帰還して混雑するものだ。その間を縫うようにして受付ホールを歩く。受付でトーマスと話しているのは、影の薄い副支部長で有名なボリスだ。腕カバーを付けたら公務員みたいな、ミスはしないが発展性のある提案もしない、という人らしい。
「どうぞ。一番解体室が空いています」
基本、解体が必要な獲物は、その場で解体するものだ。『道具箱』スキルを持っている冒険者は、それほど多くなく、持てる荷物に限界があるから、らしい。ギルドでの解体は、貴重な獲物だったり、検分が必要なケースが殆どだそうだ。つまり割と空いている、ということだ。
「おう、ありがとう。いくぞ」
「はい」
トーマスの後についてカウンター脇のドアを通り(カウンター内部にいくドアとは別にある)、短い廊下を通っていく。いくつか小部屋がある。
『第一解体室』
と書かれた、ムッと湿気を感じる部屋に入ると、中に一人のヒューマンがいた。
「よお、トーマス。元気そうだなぁ」
声を掛けてきたのは、トーマスと同年代の壮年男性。筋肉がムキムキだ! トーマスの顔に少し陰りが見える。
「ジェイソンか」
ジェイソンと呼ばれたムキムキは―――薄い眉と唇、まだらに禿げ上がったボサボサの髪、そしてギョロッとした眼。それは、どうみても殺人者のそれだった。
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【ジェイソン・ニコラウス】
性別:男
年齢:49
種族:ヒューマン
所属:ポートマット冒険者ギルド
賞罰:なし
スキル: 強打LV1(汎用) 短剣LV2
生活系スキル:採取LV2 解体LV6 点火 飲料水 ヒューマン語LV3
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「ヒッヒッヒッヒ。つれないなぁ。……そっちのお嬢ちゃんは?」
「…………」
何となく、目を逸らしたら殺られる、そんな気になった。コイツ、十人は殺ってるよ!
――――生活系スキル:解体LV6を習得しました(LV3>LV6)
体中の細胞が警戒信号を出している。短剣をいつでも出せるようにして、一歩後ずさり。
「あー、なんだ。こいつはこんなナリではあるんだが……。極めて普通のギルド職員なんだよな……」
トーマスがフォローしているけど、全く説得力が感じられない。
「孤児を何人も養育してるしな」
フォローを続けるトーマスに反発しそうになる。
それは! 子供を喰うためじゃないんですか!
「ヒッヒッヒ。警戒させちまったか。すまないなぁ」
ギラリ、と目が光る。これは笑いではなく嗤いだ! 私はさらに後ずさる。
「あー、解体しようか。獲物を出してくれ」
トーマスが言う。チラリ、とジェイソンを窺う。ジェイソンは大型の肉切り包丁を手に取って、ヒヒヒヒ言いながら研いでいる。トーマスは無警戒だ。
警戒をしつつ、『道具箱』から冷凍タマスを取り出し、ジェイソンの方へ押しだし、三歩下がる。
「おや冷凍物かい。これは鋸の方がいいねぇ」
チェーンソーが似合いそう。だけど、たぶん、この世界には存在しない。いや無くていいんだ。警戒信号が出過ぎて、思考が鈍くなってきているのか。
ジェイソンは冷凍タマスの首にフックを引っ掛けて、滑車を操作した。普段なら、滑車が存在することに興味を持つところだけど、今はそれどころではない。
鎖(かなり無骨なものだ)を引き、高さを調整すると、ジェイソンは刃渡り一メートルほどのノコギリをタマスの背骨に合わせて軽快に挽き始める。
「随分念入りに冷凍してあるねぇ。これは魔法かい?」
「ああ、こいつは魔術師だ」
「なるほどねぇ。コイツの頭の穴もそうかい」
しゃべりつつ、ジェイソンは冷凍タマスを背開きにし終える。内臓は容器に入れられて分けられ、トーマスに渡される。
「ヒッヒッヒ。本当はね、お嬢ちゃん。その場で血抜きしないとだめなんだ。特に内臓には血が残留するからねぇ……。タマスの肉はそんなに美味いもんじゃないけど、血抜きしてないから、これは売りモノにはならないねぇ……」
「皮くらいだろうな。肝はどうせすり潰すし。血は関係ないから、薬効は変わらんがな」
材料としての品質には問題なさそうだ、と聞いて、ちょっと安心。
「ヒヒヒヒ……。処分はどうする? 任せてくれていいが?」
「肝はこれでよし、と。肉と内臓は処分してくれるか。皮は加工まで頼めるか?」
トーマスは肝だけを別容器に入れて密封する。
「了解したよ。皮業者に頼んでおこう」
ジェイソンは何やら紙(羊皮紙みたいだ)に書き込んで、それをトーマスに渡す。請求書かもしれない。
「じゃ、よろしくな」
後始末を始めるジェイソンに声を掛けると、トーマスは私を促し、私たちはギルドカウンターへと戻る。
「変わったやつだろう?」
事前に情報を……貰っても、何の役にも立たなかっただろうな……。
「恐ろしい経験でした……」
今日一番の脅威だったのは間違いない。冷や汗を拭いながら恐怖体験を脳裏に刻み込む。軽くトラウマになりそうだ。
「良いやつなんだがな。あれで全く戦闘に向かないんだ」
いやそれ、きっとキレると怖い人ですよ、とは言わずに、軽く頷いておく。
トーマスはカウンターで解体費用を支払う。九百ゴルドほどだった。案外リーズナブルか。
「さっそく作っちまうぞ。店に戻ろう」
ギルドの外に出ると、もう辺りは真っ暗になっていた。『街灯』は設置されているけど、町全体が照らされているわけではない。それこそ路地裏ではジェイソンのような―――。
うん、今日の恐怖体験をドロシーに吹き込んでみよう。
―――そう、題名は十三日の○曜日―――。