冬のドワーフ村とロンデニオン沖
【王国暦126年2月28日 11:29】
山をてっぺんから削っていくのは、トマトを五ミリ幅でスライスしている感覚……と表現すればいいだろうか。
「いや、刀削麺かな。ピラピラ、ヌメヌメ、シャッキリポン」
あれは、もはや表現を諦めている伝説の回だったよなぁ……。
単純作業といえばその通りなんだけど、天蓋の除去は計画性を持って実施しないと、崩れた場合に村が埋まってしまうため、始めたら一気にやってしまう必要があった。
ドワーフ村の空間は天井が丸く――――つまりアーチでもあるので、外壁に相当する部分も取っ払うつもり。風除けもなくなるし、住民たちも、しばらくは環境の激変に体がついていかないかもね。
しゃがんで地面に手を当てて、等高線に沿って一メトルほどの厚みでスライスするイメージ。そして発動。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――『掘削』」
ギュバッ
軽快な音を立てて『道具箱』に土砂を収納。足元の土がフッと消えて、重力に引かれて体が落ちる。それはもう慣れっこで、軽やかに着地!
「とうっ!」
ドスーン
「…………」
怖くて体重は量ってないけれど……明らかに重くなってるよねぇ。同型を食うとこういう弊害があるのね。体調そのものはかつてないほどに快調だから、同型を培養、吸収するのが延命策になるのなら、嫌悪感を別にすれば有用ではあるのよね。
まるで『使徒』が故意に同型を私に吸収させたのでは、という疑惑もある中、その嫌悪感が問題で、できればあまりやりたくないというのが本音。前回の吸収は純然たるアクシデントだと思いたい。
空間精霊の程度が上がっているからか、『道具箱』に入る量も桁外れになっている。体感ではヘベレケ山辺りなら半分くらいは入りそう。
問題は出す方で、ちょっとずつ出していかないと、私自身が埋まってしまう。
急ぎの作業でもあったので、ロンデニオン沖に防波堤と埋め立て地の建設プランを粗っぽく策定して、すぐに作業に入った。
当初は海神による海中への杭打ちから始めて、その工事が終わったところでドワーフ村に入った。元々、ロンデニオン沖はターム川と海峡によって干満の差が激しく、流れも速い。水深も浅いところがあるので港として使うのであれば浚渫も必要になる。将来的には浚渫船も欲しいけど、今回はそこまでの時間的余裕がなく、海神が土を手で掬ってがんばってくれた。ちなみに操作してくれたのはテーテュースではなくてウンディーネ。だから埋め立て地区の工事を監督したのはマッコーだったりする。
まあ、日がな、お城の中から出てこないで、会議だの話し合いだのばかりしているから、たまには外に出て海風を吸うのも、きっといい気分転換になったことだろう。これも親心だと、愛を受け取ってくれたに違いない。
防波堤は杭打ちに四日間、土砂の埋め立てに五日間を要した。
肝心の港湾地区埋め立ては、同じく杭打ちに八日、接岸部周辺を浚渫しながら、現在もドワーフ村の山を削ってはせっせと運んでいる、というわけ。
「よし、もう一回」
《儂は手伝わなくていいのかのう……?》
ノーム爺さんが寂しそうに訴えかけてくる。土精霊による『掘削』はよくわからない空間に飛ばしてしまうので、土砂を再利用したい場合には都合が悪い。ダイレクトに埋め立て工事現場に飛ばせればいいんだけど、目視できないと上手くいかないのよね。
「土砂を均す時は活躍してもらってるから、それでいいじゃないの」
《むう……?》
かなり酷使しているつもりなんだけど、それでもまだ作業としては物足りないらしい。土木中毒とか、どこのドワーフ型ホムンクルスだよとツッコミを入れたくなるわね。
あと数回も『掘削』すると、そろそろドワーフ村の天井が見えてくるはず。崩れないように、周囲を薄く削りつつ作業を進めていかなければ。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――『掘削』」
キュパッ
ドスーン
「……………………」
何も聞こえなかった。うん、そういうことにしておこう。
【王国暦126年2月28日 14:53】
「投入開始するよー」
私は窓から半身を出して、両手を下の海面に向けた。その海面は巨大な石杭で囲まれている。『道具箱』から土砂を少しずつ取り出して投下していく。傍目には掌から土を噴出しているように見えるはず。
ところで、私は飛んでいる。
「そのままゆっくり直進」
「アイ・サー」
と、操船しているのは近衛騎士団員で、この船は細長い風船? の下に籠がついている――――要するに飛行船そのものだったりする。
で、この船を近衛騎士団が動かしているのは、エミー専用になる予定だから。その名も『クイーンエマラルダス』号…………。正直言って、ズバリ空を飛ぶ船を見せつけることは、水素かヘリウムでの飛行船に想像が行き着くため、公開したい類の技術ではない。でもまあ、普通の船が空を飛ぶ方がおかしい。……いまさらかな……。それはそれとして、エミーには以前からおねだりされていたし、最初から空を飛ぶようにデザインしてみた方が機能的に美しいのも確か。
見かけは飛行船だけど、例によって中身は全然違う。風船部分の中には竜骨があり、その左右に『空力機関』が三つずつ、合計六カ所についている。
武装は現在の試験航行の後に取り付け予定で、光弾を四門、氷弾を八門。自衛にはそのくらいがいいだろう、と数を決めた。武装は全て内蔵される予定で、風船部分がスライドして引き込まれ、砲塔が露出する形にした。あくまで『女王陛下の足』から逸脱しないデザインを意識してみた。元ネタが海賊船なのは黙っておこうと思う。
通常の飛行船ならゴンドラ部分にしか積載できないけど、この『クイーンエマラルダス』号はゴンドラ部分がダミーで、艦体に引き込めるようになっている。その状態で着水も可能なので、見ようによっては無艦橋艦に見えるだろう。風船部分に強固な守りの内殻があり、それにも『空力機関』が付いているので、非常時にはそれだけで短時間は飛行できる。搭乗者の安全を考えての仕様は、女王専用だということを考えれば過保護で丁度良い。
この飛行船は構造が簡単で、コストも安く、迷宮一つ分どころか半分程度の人工魔核で動かせることもあって、量産もできそう。仕組みとしては迷宮船というより、『ハリケーン』ミサイルに近く、内部に魔物もいない。
まあ、量産に関しては今のところは要請もないし、公共交通機関にするには鉄道以上に敷居が高い気もする。
縛りである『使徒』チェックは既に有名無実なもので、今の段階で鉄道を建設し、石炭を燃料に、蒸気機関を動力に……と発展させることはできる。ほとんど私の一存で決めることができるだろう。
でも、今まで『使徒』に従って殺してきた人たちが浮かばれないってこともあるし、何より私自身、石炭と石油を使う弊害は想像できてしまうから、素直に踏み切れないでいる。現状と未来に於いて、この世界が魔法文明として成立するならそれでいいじゃないか、と。
高を括っている訳じゃないけど、ド級や超ド級なんて、見ただけで模倣とかできるはずがないもんね。その点、飛行船はちょっと考えれば、発想だけは出てくると思う。実際に作るとなると、迷宮半個分の魔力をどうにかする方法さえ確立すればいい。やろうとしても国を一つ潰す覚悟がないと出来ないかもしれないけどさ。
『道具箱』に入っていた土を全て吐き出し終える。ものすごく便利なことに、微量の鉄鉱石が含まれていたらしく、それらは分別されて、まだ収納されている。これはドワーフ村で産出したものだから、ドグル老に差し上げちゃおうと思う。村長はできないけど、これくらいはね。
「んー、もう一回くらいかな」
あと一回分運べば、埋め立ての予定は終わり、ドワーフ村の天井からは星空が見えることだろう。フフフフ、計画通り………!
《均さなくていいのかのう?》
「先に土を持って来ちゃおう。どうせ水分が染み出るし」
《ふむ……?》
ちょっと不満そうなノーム爺さんを諭しつつ、『クイーンエマラルダス』号は、再びグリテンの曇り空へ舞い上がった。
【王国暦126年2月28日 18:21】
足下ではなく、手を伸ばして、背伸びもしながら怖々と山だったものに触れる。平滑になった地面はところどころで光沢さえ見える。そういった場所は大抵が岩で、山って土だけで出来てるものじゃないんだなぁ、と馬鹿な感想を持ったりする。
「いくよ……――――――――――――――――『掘削』」
慎重に、薄く、五十センチほどの薄さで『掘削』していく。一気にやると私がいる足場も崩れてしまい、下手をすると落ちてしまうから。ドワーフ村の空間がアーチの形状を保ち、安定しているうちに手早くもやりたい。
「慌てるな、急げ、ってやつね……。――――――――――――――――『掘削』」
最終作業を始めて半刻、『掘削』をするたびに山だった平面の中央に黒い点が現れ、大きくなっていった。その黒い点は天井に空いた穴、そのもので、一定の大きさになるまでは支えきれる。
「んっ!」
そろそろヤバイ。大胆に削っちゃおう。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――『掘削』」
山を下りながら、天井にあった土を取り除いていく。
ああっ、楽しい、楽しいな!
天井の蓋に相当する部分が完全に取り除かれ、崩落の心配がなくなった時点で、壁の除去に移行した。
露出した村を上から眺めると、空を見上げている人が散見された。残念なことに曇り空だというのに、村を見下ろすたびに、見上げる人は増えているようだった。
「おお、空よ! 黒い空よ!」
ポエムを叫んでる人がドグル老だとわかった時、村の方を見ないようにして作業に没頭することにした。だって、知り合いだと思われたら恥ずかしいし……。
ただまあ、穴蔵からの開放感に感嘆する気分は理解できる。どの時代、どの世界であれ、詩人とは叫ぶものだと相場が決まっている。その意味ではドグル老が詩人だったことの方が驚きというもの。犬だって詩人になるんだから、きっと恋でもしてるのかもね。
この後の作業は、ドワーフ村に通じるトンネルも崩して、南北方向はツライチにする予定。東西方向は段々にして、畑にすることが決まっている。作るモノはお茶と葡萄だそうで。ワイン用の葡萄にはそれほど興味は惹かれないけど、これはドグル老の希望だそうな。
お茶の方は、我が麗しの女王陛下のご希望だそう。少しでも国内産があれば、今後、グリテンが植民地、プランテーション経営をする際に強硬にならずに済むのでは、という目論見もあるらしい。
山を削っただけなのに、皆さん気が早すぎる……。
確かに高い山はグリテンでは貴重なので、寒暖の差が必要な作物の栽培には夢が含まれるんだろうね。
うん、私も紅茶じゃなくて、緑茶には渇望がある。製法が違うだけで茶葉は同じだもんね。ところで、同じ茶葉で同じ製法でもインディア茶とホワ茶では微妙に違うらしい。葉っぱの形が違うとか何とか。
「よし、残りの作業もがんばろう」
《おー?》
張り切っているのはノーム爺さんだけで、他の精霊たちは土木ジャンキーどもめ、と嘲笑しているのが聞こえた。
――――大丈夫、他の精霊たちも酷使するからね!




