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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
限りなく混濁に近い美しく蒼きグリテン
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冬のロンデニオン1


【王国暦125年12月29日 8:01】


 緯度が高い地域にあるにしては、海流のお陰もあってグリテン島周辺は温暖だ。そんなロンデニオンでも、昨晩は雪が降り、眩く白い朝を迎えていた。


「寒い……」

 ロンデニオン西迷宮の管理層から地上に出ると、迷宮都市は湯気に包まれていた。この時間は朝食ラッシュが終わった後で、食べた客の殆どは迷宮に入り、半日程度を魔物狩りに費やし、夕方に戻ってくる。日々変わらぬサイクルというやつで、実に結構、こりゃけっこう、顔を隠して体隠さず、ポコイダーもビックリ。

 そんな訳で食堂も露店も空いた状態になる。


「ヘイ、ラッシャイ!」

「焼きトマト、スクランブルエッグ、チーズとトースト、野菜スープ」

「ヘイ、イツモノネ!」

 割と行き付けになっている食堂に入り、朝食を注文する。私が迷宮管理人だと知ってか知らずか、単なる常連さんとして扱ってくれる。

 そうそう、トマトは、生トマトを解禁したのよね。だから何年か後には迷宮産じゃないトマトが流通し出すと思う。ハウスで栽培する発想が出てくるまでダメかもしれないけどね。


「ヘイ、オマチ!」

 カタコトのグリテン語を話す店員に出された朝食セットをモグモグやりながら、この三ヶ月の出来事に思いを馳せる……。


 まずは魔族領の話から。

 魔族領の侵攻は二方面とも完璧に防衛できて、大量の捕虜を抱えることになった。奴隷を含めて労働力不足に悩むグリテンにとって福音になったのだけど、その分大量のインプラントも必要になったのは考えてなかった。現在、全ての迷宮で大生産中ね。

 彼ら捕虜は短期的には、ロンデニオン、ブリスト、ポートマットの三箇所で暫くは野菜作りをさせることになるとのこと。ブリストでは綿花かしらね。


 セスが魔族領に戻って三ヶ月ほど、これまでに一度だけ連絡があった。セス一行にインプラントを施してあるせいで、政権内部は継戦派と講和派に割れているんだそうな。

 開戦前はグリテン島を統一する野望を持って、意気揚々と攻め込んで行った男が、帰ってきたら変節していたなんて、精神操作をされたとしか思えないもんね。実際にそうなんだけどね。


 ところで『神託』スキルは、オプションを付けないとスキル保持者全員に同じ『神託』が行っちゃうんだけど、名前を指定すると特定の人物に一方的にメッセージを送ることができる。

「モグモグ……――――『神託:メアリ・シャーウッド:回答期限まであと二日』」

 という具合に。


 回答期限は年末。それまでに戦争を継続するか否かの意思表示をしろ、と言ってある。回答がない場合は、グリテン王国は北上して魔族領の各都市を制圧していくことになる。講和がなった場合でもインプラントは大量に必要になるので、さらに増産しなければならない。


 メアリ・シャーウッドなる人物は、セスの幼妻のことで、ウォーレン・シャーウッド・エンジン、つまりエンジン公の娘さん。『使徒』は、この娘を通じて魔族領を嗾けたわけね。

 ファリスは球技とかなんとか言ってたけど、球技で戦争の勝敗を決めるとか、さすがにそういうことはない。あくまで、親善の一環として考えている。ラスゴ伝統の球技とは如何なるものか、ちょっと楽しみだし、一つ一つ都市を占領していくのは面倒だから、期限までに講和の意思を伝えてくれることを祈っているところ。


 続いてイアラランド。『キング・スチュワート』級の六隻が島の回りをグルグル回って、イアラの港に船が入ることも、出ることもさせていない。輸入だけで成り立ってる国家じゃないので、港の封鎖はそれほど危機的な状況だとは認識されていないみたい。


 だけど与えているプレッシャーは相当なもので、ケダモノ騎士からは、島民が日に日に陰鬱になってきている、とのこと。民衆からの圧力で政権が倒れるかもしれない。そうなったら市民革命になっちゃって、占領政策が面倒になる。そうなる前に屈服してほしいわね。

 ただ、魔族領とは違ってイアラランドに関しては戦力をほぼ把握しているので、陸上戦力を含めた、武力制圧計画が策定されている。グリテンの戦力をどう振り向けるか、ということは魔族領の状況と兼ね合いがあるので、イアラ対策は今月末に方向が決まる。


 北方船団、もといシアン帝国の方はと言えば、旗艦っぽい船にアベル王子が乗艦していた。何でも名目上の艦隊司令官だったそうで、飛んで火に入る夏の虫というやつね。ちょっと面白いのは、シアン帝国の名の下に船を派遣してきたのではなく、アベル王子の貴種流離譚、復権を成就させるための与力に過ぎない、と強弁してきたこと。だったら国旗を掲げていたのは何だったんだ、って話になるんだけど、そんなものは知らない、と実質上の艦隊司令官がほざきやがったのね。


 船の中からは、それがシアン帝国所属の軍艦だと示す証拠が山ほど見つかっている。それを突きつけても認めないので、尋問の訓練だ、とばかりに、諜報部の人間に代わる代わる、二十四時間シフトであたらせたところ、不眠三日目くらいで認めた。寝させて、起こしたらまた否認したので、二十四時間シフトを再開したら、六日目で精神が破綻しそうになった。その辺りでインプラントを施してみたら、いやあ、素直な人格になったわよ?


 シアン帝国に関しては話を統合した結果、一人は『神託』スキル持ちが国内にいるそうで、フルネームはわからなかったのが残念。シアン帝国は旧教から派生した正教、って宗教が主流らしく、ここの司祭様なんだという。こちらから『神託』を送れない場合は直接、こちらの意思を伝える必要があるかも。仕方ないので鹵獲した船で一隻、使節団を仕立てる可能性も視野に入れている。


 海上のもう一つ、カステラ王国の方は、生き残りが本国に向かったし、こちらも『神託』の受け手がいるみたいなので、名前がわかり次第、警告くらいはしておこうと思う。正直、『使徒』の口車に乗って軽々に攻めてくるとか、戦闘民族なのか、無思慮なのか。捕らえたマルコス男爵への尋問から察するに、どうもカステラ王国が遠路はるばるやってきたのは信仰心に理由がありそう。


 グリテンでは、聖教が割と緩い宗教だということもあってそうは感じないけれども、旧教の派生宗派は教義を重んじ、教会関係者はほとんど神の代理人扱いされている。そこに『神の奇跡』たる『神託』が降りてしまえば、敬虔な信者ほど盲従してしまうだろう。まあ、それも、先日の『神託』垂れ流しでどう思われているかはわかんないけど。


「主よ。儂もパスティが食べたいぞ」

 肩乗りスライムであるランド卿とはロンデニオンに戻ってきてから再会した。腐れ縁というか、いざと言う時に変形してくれるのは便利な存在ではある。騎士団駐屯地でパスティを食べさせられて口が肥えたらしい。パスティ程度で肥える舌っていうのもどうなんだろうねぇ?


「あー、わかったわかった」

 朝食を食べ終わった私は、支払いとチップを置いてレストランを出た。

 パスティは騎士団が大量に発注したことから、迷宮都市でも爆発的なブームを呼んでいる。作った本人であるサリーの、ものぐさな性格が作り上げた食べ物は、この後グリテン全土に広がっていくんだろうね。


 以前はパン屋さんがパスティを売ってたんだけど、専用のオーブンがあった方が都合がいい、ということもあって、専門店も三軒ほど出来た。元の世界ではカフェで売ってたりしてたんだけど、さすがにまだ、この世界のグリテンではカフェなんて代物はない。


「肉入り一つ」

「おっ、毎度っ!」

 ヒューマン語の意訳はどうも、迷宮都市での会話は江戸っ子みたいに翻訳されるらしい。本当にこんな、気っ風のいい人たちなのかどうかは、ちょっと疑わしい。ギルバート親方は元気かしらね?


 店員から予め焼かれていたパスティを受け取り、お金を支払う。肩乗りのスライムは期待に溶けている。

「はいよ」

「おおっ、さすが主!」

 何が流石なのかは知らないけど、パスティを包装紙ごと、肩乗りスライムに乗せる。熱かろうに、このスライムは、ちょっと体温が上がる程度で、美味い、美味い、を連呼して、体内に吸収していった。


 その足で迷宮都市を北門に向けて歩き出す。

 今日は二十九日。『九』と『十』の日はウルフレースの開催日。だから北に行くに連れて、人混みが増えていく。ウルフレース場近辺には露店が建ち並び、活気のある喧噪が響き渡る。元の世界の縁日を思い出す。


「ううーん、水飴の露店でも出してみようかしら?」

「ハフハフ……。いいのう、リチャードにねじ込んでみたいのう」

 これら露店は冒険者ギルド支部のリチャード支部長が牛耳っていて、表の顔も裏の顔も迷宮都市の安寧には欠かせない人物だ。砂糖が割と流通し出しているこの世界でも、やっぱり甘味は人気だ。麦芽糖の飴はグラスメイドたちにかき混ぜてもらえばいいかなぁ。攪拌の魔道具でも作ればいいか。

 こういう、何でも物作りに結びつけてしまう辺り、ドグル老たちと変わらない、ドワーフの遺伝子が体内に組み込まれているんだなぁ、と自嘲する。


 そうそう、ドワーフ村だけども、村の天井にある山を取り去る方向で話が決着した。ロンデニオン港の拡張工事は、ポートマットの建設ギルドに埋め立て規模を算出してもらっている。

 山を()()()移動するというのは、空間精霊スキルLV10を持つ私であっても、さすがに一度じゃ運びきれない。だから残土を排出する場所を決めておかなければならず、先に工事計画の策定が必要になっている。


 残土の運び出しについては、建設ギルドを通じてアイザイアにも伝わったらしく、ポートマットからも埋め立て工事の依頼が来た。

 どちらにせよ、大量の土を移動させる必要があり、それを短期間で行えるのは私しかいない。地形を変えるというのは、物作りに関わる人間にとって、最大の欲望ではなかろうか。コロッセオなど、千年保つ建物もいいけど、地形は下手をすると万年保つもんね。


 近くからウルフレース場の威容を見上げる。

「うーん……」

《何を唸っておるんじゃ?》

 ノーム爺さんが頭の中から訊いてくる。

「同規模のスタジアムを迷宮のお堀内部に作るのは難しいかなぁ、と」

《すたじあむ?》

「うん。球技をするのに必要になるかなと思ってさ」

《球技? タマを転がすの?》

 オカマ精霊がタマに食い付いた。転がせばいいってもんじゃないんだよ。

「セスが魔族領の講和に動いてくれるなら、講和記念の球技対決をすることになってるのよ」

 向こうは、それを戦争の代わりだと思ってるかもしれないけどね。


《はっはー! オレ様の火の玉なら幾らでもくれてやるぜ?》

「あー、そういう魔法的な競技も面白いかもねぇ」

 ホウキに乗ってどうにかするとか、水の中でどうにかするとか。

 まあ、何種類か考えてはあるから、騎士団の教練の一つだと思って提案してみようかしらね。


 うーん、迷宮の掘の外側に作るなら北側かしらね。東は住宅街になりつつあるし、南は騎士団の駐屯所、西はドングリの豊かな山だし。北側なら、ブリスト街道から道を引っ張ってくれば、他の地域からの集客も見込める。東北側に懸案だった学校の建物も作れば、バランスは悪くないかな。

 まだ……私の物作りは始まったばかりだ!



【王国暦125年12月29日 15:03】


 お昼過ぎに、ファリスから王城に来るように呼ばれた。

 地下鉄で王城に行くと、すぐに会議室へと通された。


「ああ、お休みのところ申し訳ありません」

 ファリスが頭を下げて、すぐに着席を促される。この場はマッコーを含めた重鎮はいたものの、エミーの姿はない。


「いくつかの交渉に進展がありました」

 ラルフと黄緑くんは未だパープルの街に常駐している。そのラルフの下に、カール公の名の下、停戦の申し出と捕虜の返還要請があったそうだ。

「女王陛下は何と仰っていた?」

「カール公とだけでも講和を締結し、通商条約を結ぶべきだ、と仰っておりました」

「うーん、そうなるとラスゴ、エンジン、アバとは扱いを変えるってことね?」


 ラスゴとエンジンにはセスから期限を伝えられているはずなので、交渉のテーブルについていないのはアバ地域だけ、ということになるか。

「明日までに回答がない場合はラスゴとエンジンも含みますが、武力制圧を行う可能性が高くなってきました」

「騎士団の準備は?」

 ファリスは少しだけ思案顔になる。

「イアラ向けに調整していましたが、数日もあれば魔族領向けに変更できます」

「できれば……痛ましい記憶は少ない方がいいね」

 全くです、とファリスも同意した。


「イアラの方も動きがあった」

 ここでマッコーが口を挟んできた。

 逆にイアラランドは本格的な戦争になる前に音を上げて、和平交渉団を送る準備がある、と通達してきたんだそうな。

「あそこの女王様は二歳とか三歳よね。ウチの王子様にピッタリ」

 それこそがイアラ、魔族領ともに占領政策の肝ではある。うん、子供は国の(かすがい)でもあるわけね。

「了解しております。イアラにはそれを条件に進めてみましょう」

 マッコーは悪い笑みを見せた。


「騎士団の遠征は準備だけしておきます」

 インプラントを利用するには迷宮が遠すぎる。グリテン島程度の広さであっても強引に占領はできない。カーンの実質占領は上手く行きすぎたのだ。

「うん。我が国の覇道を阻むものは、あらゆる手段をもって説得する。――――『神託:グリテン王国に牙を剥く者に災いあれ』」

「グリテン王国万歳!」

「女王陛下万歳!」

 会議室に、重鎮たちの叫び声があがった。



――――この『神託』は間違った使い方かもしれません。





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