バランの女秘書
ゲテ御者こと、サイモンの馬車にもう一日揺られて、次の日の夕方、王都ロンデニオンに到着した。
「じゃあな、お嬢ちゃん、また明後日だ」
冒険者ギルドがチャーターしているようで、サイモンたちも馬も一日休んで、明後日の朝にはもう出発の予定という強行軍だ。
「冒険者ギルドに挨拶に行きましょう」
「………………………はい」
ボリスはふらついた足取りで私に促される。立場が逆だと思うんだけど……。しっかりしてよね。
「あの、宿は……」
「先にギルドに行きましょう」
グリテン国王の直轄領でもあるロンデニオンは、いわゆる城砦都市というやつで、中央に王城、それを取り囲む城壁が四重になっている。元々は魔物天国だったグリテン島を開拓するための城壁だったのだけど、いつの頃からか、ロンデニオンは対人のための城になってしまっている。いつまでたってもグリテン島は統一できてないわけで、北の魔族(国として体裁が整っているのかどうかは知らない)とは、いまだ小競り合いばかりしている。グリテン島西部の別の国、ウェルズ王国とは、王族同士の婚姻なんかで、現在の関係は良好らしい。
加えて大陸からの脅威には晒され続け、ポートマットを含めて、内部に向けては小細工もしている。ホント、まともな為政者はいないのか、と嘆きたくなる。
案外、まともな人材がいないという自覚があっての勇者召喚なら、潰している私にも責任の一端はある。だからと言って私は領地経営とか、壊滅的に向いてないから、責任を取れと言われても困るなぁ……。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
第一層は王城を囲んでいて、第二層内部には政治機関だとか王都騎士団とかがある。第三層内部にも公共性の高い施設。第四層内部はいわゆる市街で、住宅街とかがある。第四層の外、というのは、確かにロンデニオンの一部ではあるけど、正式には市民権がない人たちが住む、いわゆるスラム街になっている。人口比で一番大きいのは第四層内部になるわけだけど、壁の外の人口が膨れあがってきているのは事実で、治安の悪化と共に、正式に市民権を与えて管理するかどうか、がロンデニオンの関心事の一つらしい。
おそらくは管理するにも人手が足りてないんだろうけど、役人の数が圧倒的に足りてないから、徴税の仕組みができてさえしまえば取り込むはず。大規模な公共事業、たとえばそれこそ第五層の壁とか……をやれば色々解決しそう、と簡単に考えるのは素人の発想なんだろうか。
ともあれ、第四層までに住んでいる『|正式なロンデニオン市民』から見れば、第四層の外に住んでいる人間は不法居住者なわけで、変にエリート意識が育ってしまうのも当然と言える。
詳しく聞いたわけじゃないけど、グリテンは『王国』だから、人民は全部『臣民』なわけで、自らを『市民』なんて呼称しちゃうとなれば、これは市民革命の萌芽が育ちまくってる危うい状況と言えなくもない。
変に『市民』に迎合もできず、圧政も敷けず、なるほど、ストレスは他にぶつけるしかない。それが『ポートマット合併論』みたいになるとすれば、こちらとしてはいい迷惑だわ。
「こちらです」
ボリスが声を出した。第三層内部は整然と建物が並んでいて、割と計画性を持って作られたのが一目瞭然だった。それで似たような風景ばかり続くことになり、一つ曲がり角を一つ間違えるだけでくねくね。いや別に冒険者ギルドの場所はわかってるから、私は迷わないけどさ。
「第三層を迷わずに歩けるかどうかが、ロンデニオンっ子かどうかの指標になるんですよ」
復活したボリスは、いつもの影の薄さがなくなって、快活に私を先導する。ボリスはシビリアンだったのかな?
「ボリス副支部長は、こちらの出身なんですか?」
「ええ、そうですね。子供の頃から住んでましたよ。あ、そこですね」
いや場所は知ってるんですってば。
第三層は人の往来が激しい。その中でも人混みが滞留している大きな建物。それがこの、冒険者ギルド、グリテン本部だ。
「うーん、相変わらず大きい建物ですねぇ」
ポートマットの冒険者ギルドの建物も存外立派だけども、こっちは建物面積だけで倍はありそう。石造りでこんなに大きな建物って可能なのか。
大工、石工目線で見ると驚きの建物よね。思わず基礎部分を見ると、石積みではなかった。コンクリート造りに石のタイルを貼ってあるのか。
以前来た時には建物に興味なんてなかったからなぁ。トーマスに連れられて来て、ここで冒険者登録して、受付がベッキーさんだったんだよなあ。
「行きましょう」
ボリスがイキイキしている。普段のボリスと、今のボリスは、どっちが素なんだろうか。
頷いて、人混みをかき分けて、受付ホールへ。
いまは夕方で、依頼の精算ラッシュの時間ということもあって、ホールも混雑していた。受付窓口はどこも満杯で、ボリスは受付奧にいる職員に気付いてもらえるよう、ひょこひょことジャンプする。
ジャンプする。
ジャンプするけど気付いてもらえない。
なんだ、やっぱり影が薄いんじゃないか。
仕方ない、私も奧の人に手を振ってみるか。
あれ、本部長いるじゃん。気付いたかな。隣の人―――褐色の肌の女性に何か言ってる。
その女性が歩いてきた。ウェーブのかかった金髪。ただ歩いてるだけなのに、しなやかで格好いい。背も高いけど、腰も高いな! 同性として妬ましい! ジェラシービームを撃ちたくなるね!
「ポートマット支部から来ました、ボリスと申します。本日は」
自分のことを気付いてもらえた、と思って嬉しくなったのか、ボリスはハイテンションで用件を話し出す―――。
「どうぞ。お話は伺っております」
奧の入り口を指し示されて、ボリスの言葉は途中で切られてしまった。哀れ。
受付の奧の扉を通り、ギルド建物の内部へ。
廊下も幅が広い。一々大きいな。以前に来た時は受付だけだったから、中に入るのは初めてだ。
「こちらでお待ち下さい」
応接室に通される。十畳ほどの部屋だけどそこかしこにある、木彫りの装飾が美しい。魔導ランプも贅沢に使っている……けど、管理が大変そう。部屋の入り口には『遮音』結界が張ってあったし、日常的に密談……いや機密情報……が話されているのだと推測できる。
「……………」
またまたボリスは黙りこくっている。影が薄いのを再認したからか、緊張しているからか。柔らかいソファに腰掛けて、本部長を待つ。けれども静寂は長く続かなかった。
ドバーン! と弾けるように扉が開けられ、思わず私もボリスも身構える。
「待たせたな。久しぶりだな、ドワーフの娘。活躍しているそうだな!」
熊のような髭面の大男が大声で叫ぶように言った。というか咆吼した。
「本部長、声の大きさを自覚していただけませんと……」
先ほど案内してくれた女性が、今度はお茶を持って本部長の後から苦言を呈している。
「お!? そうか!? わかった! どうだ?」
トーンが徐々に下げられていく。
「はい、お耳に優しいかと存じます」
「よし、ブリジットも同席してくれ!」
はい、とお茶を持った女性、ブリジットは頷いて、これまたしなやかな仕草でお茶をテーブルに置いていった。
「んん、お前は……」
「ポートマット支部のボリスです、ザン本部長」
あ、ボリスが開き直った。
「ああ、そうだったか。こっちは秘書のブリジットだ」
「よろしくお願い申し上げます」
丁寧だけど隙のない女性だな。ミネルヴァくらい隙があった方が、きっと女性としてはモテるんだろうなぁ。
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【ブリジット・オルブライト】
年齢:32
種族:バラン
性別:女
所属:ロンデニオン冒険者ギルド
賞罰:なし
スキル:気配探知LV3(物理) 強打LV3(汎用) 高速突きLV5(汎用) 長剣LV5 両手剣LV1 短剣LV6 細剣LV5 弓LV4 打突(短剣)LV3 急所突きLV3 乱打LV3
補助スキル:加速LV2 隠蔽LV2 死角移動LV2 遠見LV2 集音LV2 透視LV2 暗視LV2
魔法スキル:水球LV2 風球LV4
初級 水刃LV3 風刃LV3
治癒魔法スキル:初級治癒LV1(水) 初級範囲治癒LV1(水)
補助魔法スキル:道具箱LV2 闇刃LV1
生活系スキル:採取LV2 解体LV2 調理LV5 飲料水 点火 灯り 洗浄 ヒューマン語LV5 エルフ語LV4
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えっ、何だこのスキル構成は。暗殺者の構成じゃないか。
それにバラン人っていうのは、いわゆる魔族だ。こんなのに複数で襲いかかられたら、さすがにやられそう。肌の色以外はヒューマンと変わらないというか……ヒューマンにも似た肌色の人種はいるし、本当に一方的な見方、呼び方なのだ。身体能力や魔力は一般的に魔族の方が上だし、向こうから見たら、ヒューマンが劣等種族に見えるのではないか。
まあ、バラン人はヒューマンに最も近似らしく、魔族の中には何かと合体したとしか思えないような、生物の理から外れたような種族もあるみたいだけど。
「まあ、そう警戒するな! ブリジットは特級だ。これほどの人材は滅多におらん!」
無意識に臨戦態勢に入ってしまった。『鑑定』系スキルも善し悪しだなぁ。
褐色の肌じゃなくて、大人ボディじゃなければ、この人も『ラーヴァ』認定されそう。っていうか、この人が妨害に来たら手こずりそう……。
「本部長、お話を進めて頂きませんと……」
ブリジットは私の警戒をスルーして、ザンに話をするように促した。
「そうだったな! フェイが数日前にここに来てな! 離れた場所からでも連絡が取れる魔道具を欲しくないか! というのでな! 無論欲しいぞ! と言ったら、人を送ると言ってな!」
ああ、フェイからしばらく連絡がなかったのはそれでか。本部に出張するって言ってたし。
「はい」
私は普通の音量で相づちを打った。チラリとブリジットを見て、ザンに向き直る。ザンもブリジットを見て、ブリジットが頷くと、咳払いを一つする。
「コホン。まだ声が大きかったようだな! すまんすまん。その魔道具製作者がドワーフの娘、お前だというじゃないか。多少は驚いたが、さもありなんと思ったものだ。実物を見せてもらえるか?」
私は『道具箱』から自分が使っている端末を取り出して、見せた。
「おお!」
「ここからでは繋がりにくいと思いますが……」
フェイに短文を送ってみる。ちょっと距離が不安だったけれども、ちゃんと送信できたようだ。
『ワタシ ヨロコブ ブジ オマエノ トウチャク』
という返信が返ってきた。ザンに見せる。
「これがフェイなのか!?」
「そうです。何て返信しましょうか?」
「んん! そうだな! お前の尻に四つのホクロ」
何ですかその秘密の暴露は。ええと、『4ツノ ホクロ オマエノシリ ニ』、と。
すぐ返信があった。
「えと、『ナゼ シッテル? ザン テメエ』と返ってきました」
「おお~」
ザンが唸っていると、また着信がある。
「えーと、『ミズムシ ヤロウ オボエトケ』だそうです」
「なんだと!」
「いや、フェイ支部長が言ってるので……」
「ああ……。これはすごいな! ぜひ導入してもらいたい!」
グワッと身を乗り出したザンの勢いが凄い。っていうか水虫ってこの世界にもあるんだね。そりゃそうか。
「はい、よしなに。明日早朝から設置をしようと思っていたのですが……。時間が勿体ないので、そちらさえよろしければ、今から設置を開始したいのですが、よろしいでしょうか?」
ええー! と眉根を寄せるボリスだけど、無視。
「うむ! 設置場所に案内しよう。ブリジット、頼むぞ。三階の尋問官控え室を空けてある」
「了解しました」
ブリジットはしなやかな筋肉で頭を下げる。たったそれだけの仕草が、まるで演舞のようだから面白い。
「ドワーフの娘、それではまた後でな!」
手を挙げる仕草が、まるで人生に一片の悔いもない突きみたいだから面白い……。すごい上司と部下の組み合わせだな……。
私も中腰になって合掌して礼をする。
「では、参りましょうか」
ブリジットは、ザンとの応対に、あまり動じていない私に感心したのか、目だけが笑っている。最初に案内された時よりも確実に柔らかい感触だ。
「はい、いきましょう」
「あの、私は」
ボリスは一人になりたがっているけどもそうはいかない。
フッ、宿なら取ってないし。冒険者ギルドに泊まるのは最初から既定路線なのだよ。っていうか宿の予算も最初から渡されていないでしょうに。
実はボリスを見張っておけ、というのはフェイからの指令でもあったりする。影が薄いのは元々の性質というか特質というか。その影の薄さに目を付けた人は凄いと思う。でも、だからこそ、普段と違う行動が目立ってきたボリスには不審の目が向けられていた。私信が増えたのだ。
また、この世界の常識というものはわからないけれど、通信の秘密なんて実質、無いに等しい。だから見られてもいい、という心構えが必要になり、対策を施そうとすれば暗号通信みたいな手紙になってしまう。そこで本当に機密情報のやり取りをしたいのであれば、信用できる人間に、直接出向いてもらう他はない。
ところが、稚拙な暗号モドキで送った手紙は、しっかり開封されていたり……。いやでも、行頭だけを読ませるのは、暗号とは言わないと思うんのよね……。
ポートマット騎士団が最初にワーウルフ討伐に行く前に、ポーションの大型注文があった、と受付でベッキーと会話したことがあった。ギルドの方にも、特にトーマス商店からの日光草採取の依頼数は増えているはずなので、すぐに裏付けが取れたことだろう。ワーウルフの討伐そのものは噂になっていたはずなので、騎士団の遠征と結びつける方が自然だ。そして、この遠征は空振りする。
続いて冒険者ギルド員含みの討伐隊が編成された時、その編成内容を鳩便で飛ばした人間は誰だったか?
さらに、迷宮調査隊出発時に受付にいた人物は?
討伐隊の時におかしい、とフェイは気付いたらしい。迷宮調査隊出発後は、少し時間が開いたものの、証拠(鳩の足環に)は保全してある。遡って討伐隊の時、騎士団の時、と調べていったら、しっかり暗号(とは言わないんですよ、ボリスさん)になっていた、ということが判明した。
「ボリスさんはこちらです」
ブリジットに促されて、隣にある、別の尋問官控え室にボリスは連れていかれてしまった。
ちょっと聞いただけだとお巡りさんこちらです、みたいにも思えるけど、連れて行かれたのは本人だ。ああ、訳わかんない。
寂しくなったけど、いや全然寂しくないけど、サーバ設置始めますかね……。
――――しゃれになんないなぁ……。




