秋のドワーフ村6
【王国暦125年10月3日 6:13】
部屋の中に飛び込むと、『魔力制御』で放出魔力を最小に絞っているにも拘わらず、キュ~ッと魔力が吸い取られていく感覚に襲われた。
なるほど、並の騎士なら一分と保たないわね。
中央の柱には確かに穴が空いており、階段が見えた。体を投げ入れるようにして転がると、そのまま階段――――螺旋階段だった――――をゴロゴロと転がるように落ちた。
「てててて……」
踊り場で止まると、魔力の吸収が弱まっていた。やはり、罠としての魔力吸収はあの部屋だけだったみたい。念のためガイガーカウンターを腰につけ、ガスマスクを被り、体を確認する。階段から転げ落ちた割にはどこも痛めていない。
「あはっ」
丈夫に産んでくれてありがとう、ドワーフ村迷宮よ! 私は帰ってきた!
ちょっとテンションを高めにして、私は階段を降りていった。
【王国暦125年10月3日 6:45】
半刻も降りられる長さの螺旋階段っていうのもどうかと思うんだけど、やっと最下層に到着したようで、思わず下から上を仰ぎ見る。
「うおー」
地下何メトルなんだろうね。息苦しさも感じないから空調がされているのか、温度の上昇が抑えられているようで、気温からは深さを推し量れない。
この迷宮は過去に上層まで攻略されていたはずで、中層以降はまるで未踏のはず。
かなり深いところまで降りてきた感覚があるから、ここは上層ではなく、中層か、もしくは下層まで一気に降りてきた可能性がある。セスたち迷宮攻略の素人共に対して、可能な限り簡便に攻略をさせるとなれば、このくらいのズルはあってもいいのかな。
階段をひたすら降りる、っていうのはロンデニオン西迷宮の裏道がそうだった。あれが簡単な部類だったなぁ、と遠い目をするくらい、迷宮の攻略っていうのは面倒なのよね。
まあ、その面倒も、多分これが最後。そう考えれば面倒も愛おしいというもの。
どんな苦難も、過ぎてしまえば思い出に転化されるという。良い思い出かどうかは知らないけど。
ともあれ、扉があるので開けてみる。
ブワッ、と風が部屋の中から吹いた。気密されていたみたい。と、共に血の臭いも漂ってきた。部屋は仕切りのない、天井も高い大部屋で床には土が盛られており、ロンデニオン西迷宮で言えばボス部屋のような、部屋というよりは空間だった。
その大きな空間で漂う血の臭いということは、大量の血が流れたということ。パッと見、床には死体もないし、血の跡もない。ここが迷宮なら吸収するのは当然だ。しかし、空気中に拡散した臭いの粒子はなかなか吸収されない。
警戒レベルを一気に引き上げる。ここで何者かが、魔物と戦っていたのだ。迷宮攻略中の、いや冒険者の常で、往々にして魔物と戦っている他者は味方ではない。明確な敵かどうかは不明だけど…………明確じゃなくても敵だろう、間違いなく。
少し歩くと座り込んでいる人影が見えた。何人かいるけど……全員素っ裸だね。
「!!!!」
近づき、その姿形がハッキリするようになると、背筋に冷たいものが走った。それは裸だったからではなく――――座っているのが人間……いや、ドワーフで、少女で、鏡で見る私の姿、そのものだったから。
同型!?
呆然と立ち止まっていると、そのドワーフ少女――――ホムンクルスたちは、私に気付いたようで、ノロノロ、と立ち上がった。
無詠唱で、腕に『光刃』を纏わせながら。
【王国暦125年10月3日 7:11】
同型は全部で八体いた。
「むんっ!」
先手必勝、『風刃』で同型の一体を縦に真っ二つにすると、他の個体が襲いかかってきた。
「――――」
何かのスキルを発動しようとしていた個体がいたので、これも横に輪切りにする。自分と同じ姿形と直面するのは精神的に辛い。ここが鏡の部屋なのではないかと錯覚するほどで、あまり気分の良い戦いとはいえない。
「…………」
「…………」
「…………」
無表情に襲いかかってくる同型の中に魂は入っているのだろうか。虚ろな目に意思が宿っているようには見えない。それでも動きは鈍くない。腕に『光刃』を纏わせての攻撃は、当たればタダでは済まない。
「…………!」
背後からの攻撃は精霊たちが牽制し、カバーしてくれてはいるものの、連中の動きは速く――――それもどんどん速くなってきて――――。
《避けた!?》
精霊たちが驚きの声をあげる。最初は私のスキルがコピーされた状態なのかと疑ったけれども、『人物解析』で調べると、そうではなく、元々持っていたスキルのレベルがグングン上昇しているだけだということがわかった。連中のスキルレベルはバラバラで、覚えているスキルにもバラつきがある。スキル構成だけを見ても、これは私を参照したものではない。
ドワーフ型形質五番型は体重こそ重いものの筋肉量があって素早く、なにより小型で狙いをつけにくい。容易に脇に回られて、精霊たちは動きに追従できていない。なお、連中の型番は六番から十三番、年齢ゼロ歳、だそうな。名前の欄はよくわからない文字が羅列されていた。バラン語みたいだけど、いつものようにヒューマン語汎用で意訳されてたりはしない。っていうかちゃんと文字になってないみたいで読めない。
一体何者なんだろうか?
「!!!!」
縦に切った個体、横に切った個体が、どういう構造なのか、ずれた状態のまま癒着して復活していた。不死スキルではなく、他の個体が『治癒』を施していたのだ。
「ええい!」
少し距離を取ろうと下がる。この八体の同型に足りないのは慣れ、つまり戦闘経験だ。愚直に斬り合うだけが戦いではない。
《任せるがいいぞ?》
阿吽の呼吸でノーム爺さんが土の地面を盛り上げる。ぐにょん、と粘土のように動いて同型の足を掴む。何体かは罠を回避した。本当に素早い……。
よし、前に出て攻撃……!
と思ったら、罠から逃げた個体が、罠に捕まっている個体の膝から下を切り落とした。解放された個体が、膝のない状態でこちらに駆けてくる。
「ちっ」
あまりのスプラッタ具合に驚いて回避が遅れ、手刀を受け損ねる。『光刃』で保護された手刀は下手な短剣よりも鋭い。
くそ、遠距離、中距離で戦っても防御されるし、近接戦では多勢に無勢、スキル的には明らかにこっちが有利なのに、押され気味だ。
ガィイン!
ビームシールドで攻撃を受けるも、さらに身長が低くなっている同型は、痛覚などないのか、返す刀で防御の隙間を狙ってくる。
「んぼあ」
吐く息で声帯が音を鳴らしているのだろう、縦にズレた個体が『光刃』を伸ばしながら迫り、光精霊の剣を狙って……いや、それを持つ手を狙ってきた。段々狙いが狡猾になってくる。短期決戦で仕留めなければならないという焦りが私の攻撃を雑にしているようだ。
「ちっ」
鍔迫り合いをして、力を抜き、バランスの崩れたところで、縦ズレの頭を、左耳から右耳にかけて薙ぎ払う。
「ああお?」
頭半分がなくなった縦ズレは、それでも無事な発声器官で疑問符を言葉にした。平たくなった頭頂部からは細い血の筋が幾重にも噴き出した。
《イフリート!》
《わかってんよ?》
落ちた上半分の頭部を、イフリートが急いで焼く。さすがに頭部……というか脳を完全に破壊されては修復は不可能だろう。『不死』スキルなら油断できないけど、見たところ、強引に『治癒』しているだけ。ならば……手はある。
《テーテュース!》
《け……す?》
魔法陣の展開を察知して即、テーテュースが魔法の発動を阻害する。技の元ネタは先輩のウンディーネだけど、今では匹敵するほど手慣れている。
精霊たちの目……というと変だけど……も、連中の速度に慣れてきたみたい。
「フッ!」
私も慣れてきたかも。
動きの悪い横ズレ個体は、蹴りを入れて倒し、上から大根切りにして頭部を処理。
残り六体……。
と振り向いたところで脇腹に熱い痛みを感じた。
「くっ!」
膝下無しの個体がいつの間にか背後にいた。『死角移動』だ。膝蹴りを食らわして体から離し、左手の闇短剣で頭部を殴るように削ぐ。固い骨に包まれた柔らかい脳との感触の違いが気持ち悪い。
《ライト!》
《言われんでもやっておろう?》
ライト・ザ・ブライトが光精霊に指示を出して、すぐに傷ついた脇腹を修復してくれた。でも、ちょっと筋肉が突っ張る感じがする。動きながらだからか修復が甘い。
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
「――――」
残りの五体は一斉にスキルを使おうとした。テーテュースが潰そうとするも、近距離過ぎ、かつ対象が多すぎた。
《間に……合わない……?》
テーテュースから逃れた一体の膝無しが『死角移動』を発動、明後日の場所から『火球』を乱発し始めた。
「――――『魔法反射』」
反射盾を展開した………ところで、やはり下から潜ってきた個体が私の足を狙ってきた。ビームシールドで払おうと第四腕を伸ばしたところで、血を踏んで足が滑った。
「ぬおっ」
足を踏ん張る。止まった足――――左足に、膝無し個体が抱きついてきた。そして膝当てのない部分を狙って噛み付きを始める。
クソ重い小娘だこと! ついでに痛い! タイツが破けて柔肌が露出する。そこに噛み付きを続けられるも、ノーム爺さんが膝無し個体を床から固定してくれた。空いている方の足で飛びながら蹴りを加えるけれど、踏ん張れないので弱い蹴りしかできず、数十発の『火球』が迫った。
《させんぞ……?》
ダーク・ウォールトが闇盾を展開、その殆どを闇の彼方へと葬り去る。
しかし、数発の『火球』が動けない私に直撃する。
ボボボンッ!
痛ぃ! 熱ぃ!
すぐにライト・ザ・ブライトが『治癒』に入るも、これは十分な隙だった。足が生きている他の個体が近寄る。
やばい、これはやられる!
ビームシールドを構えるも、展開が間に合わない。
「…………」
両側から二体の再接近を許してしまい、私の第三を肘から、第四腕を肩から切断した。もう痛さマックスで麻痺しているのか、少々の喪失感は覚えるものの、痛さは感じない。
そんなことよりも二体は絶好の位置にいる。これはチャンスだった。
「むんっ!」
ビュッと遠心力で自分の腕の断面から血が流れる感覚を不快に思いながら、光精霊の剣を振るう。
両側の二体の首を一度に刎ねる。
《シルフ!》
《わかってるわ?》
ゴロン、と転がった二体の頭部を、シルフがみじん切りにし、その後にイフリートが焼却を始めた。
私は光精霊の剣を、煩わしい抱きつき個体に向けた。
自分の足ごと―――――抱きつき個体を切り裂いた。
私の左足は太ももだけを残している。片足ではバランスが取れず、倒れ込む。そこに残りの二体のうち、足が残っている個体が蹴りを入れようと振りかぶっているのが見えた。
「ちいいい」
蹴りの回避は間に合わず、背中に衝撃が走った。
そこは黒ダイヤモンド鎧、何ともないぜ! なんて言いたかったんだけど、問題は内部に伝わる衝撃だった。
「うええっ」
胃の中からソース焼きそばの香りが漂う。くそっ、軍用パスティは酸味を抑えるように改良しないと! いや、ソース焼きそばを入れるのは間違ってた!
「…………!?」
蹴ってきた個体の軸足は、ノーム爺さんが固めてくれた。
「ふんぬっ!」
片足でジャンプするように、蹴ってきた個体の股間から、上に向けて光精霊の剣を振り抜く。
スパッ
空気さえ切り裂くような軽快な音がして、またまた縦に切れた同型を生み出す。
「ふはっ!」
もはやトラウマ、返す刀で頭部も真っ二つにする。
残り一体!
「――――『風切り』」
無数の小さな『風刃』を乱発するスキルを発動。
最後の一体は魔法盾しか使えず、しばらく耐えていたものの、魔力が切れて膝を突く。
「とうっ!」
片足でスキップするように近づき、一本足打法で腰の高さにあった頭部を両断した。
全ての同型が動かなくなったことを確認して、私は脱力して座り込んだ。
――――手足がもんげーズラ……。
同型の数に悩んだり。




