秋のドワーフ村5
【王国暦125年10月3日 4:30】
「扉内部に残留している連中は十五人、だそうです」
「魔力吸収の度合いが物凄く高いことが想定されているから……救助後は速やかに扉の外部へ退避すること」
「了解であります。黒魔女殿は……」
リアムが言い淀む。
「うん、救出作業終了後、そのまま侵攻する。この迷宮をどうにかしないことにはグリテンに明日はない」
「危険はないのですか?」
「危険だろうねぇ……」
「では、せめて精鋭を数人、連れて行っては頂けませんか?」
本来、迷宮攻略は一人でやるものじゃないのは確かなのよね。
でも――――。
「いや、インプラントがどう作用するのかわかんないのよ。今現在も安全な状況とは言えないの。だから敵兵共々、退避してよ」
この状況が『使徒』の誘導したものなら、味方が増えた状況さえも罠だろう。今回のインプラントはロンデニオン西迷宮を志向するようになっているから、ドワーフ村迷宮が何をどうしようと本質的には大丈夫だと思うけど、何があるかわかんない。マスターキーならぬマスター迷宮みたいな扱いをされたらインプラントシステムは根底から崩れてしまう。
『使徒』側から見て、今回の件はどういう意図があって、どういう誘導をしたんだろうか。
私の妊娠は明らかに隙でチャンスだったろうから、その間にどういう仕込みをしたのか、ってことよね。まだ全貌は明らかになってないけど、今のところの動きは、
① 魔族領の統一
② イアラの統一
③ 両軍併せてのパープル攻め
④ ③を囮にしての魔族によるドワーフ村迷宮攻略
となるか。これ以外にも大陸で仕込んでる可能性はある。
私が動いて一番被害が大きいのは勇者絡みよね。魔族領で勇者召喚があったかどうかについては、可能性は薄い。『勇者召喚』スキルは魔法陣の記述が面倒で魔力の収集にも手間がかかるということもあるけど、そもそも世界中に四人しかスキルの持ち主がいないらしいから。それはユリアンからの情報で、つまり『使徒』からの情報だから確度は低いとして――――真実であれば、という仮定になっちゃうけどね。
大陸での状況はあまり伝わってこない。『ハーケン』に動きがあったらしい、と伝わっているくらい。大陸での勇者召喚があったのかもしれないけれど、あまり詳細な情報は入って来ていない。
大陸での動きはいいとして……。
グリテン騎士団をドワーフ村に展開させて邪魔をしなかったとしたら、もしかしたらセスの軍勢は、この迷宮を攻略出来てたんじゃなかろうか。迷宮の動作に『使徒』が直接関与できるとは思えないけど、魔力吸収の罠? は時間を掛ければ突破できる。セスたちも、グリテン騎士団が来なければ説得なんかされないで、攻略を継続していただろうし。
④で魔族がドワーフ村迷宮を手に入れたとして、それがグリテンに与える影響は小さくはないのは確か。それを餌にして私を誘き出そうとしていたとか? ということは、セスが迷宮を攻略するのは既定路線で、誘き寄せるのはもっと後の予定だった、とか?
まあ、この辺りはセスたちともっと仲良くなって、訊けばわかるかしら?
そのセスと副官のガリ? は意識を失って、そこで寝ている。治療をしましょう、の一言を疑いもしなかったから、とってもいい人なんだろう。政治家としては資質を疑うところではあるけど。
そう考えると、自コミュニティへの利益誘導がお仕事であれば、政治家っていうのは性質の悪い人間じゃないと務まらないんだろうなぁ。エミーなんかも女王モードの時は、まるで別人格で冷酷に見えるもんね。
「それは……」
ファリスが口を濁らせる。続きを私は言わせない。
「それにね、迷宮攻略中はなりふり構っていられないからさ。あんまり乙女らしくない姿を見られたくないのよ」
フッと笑うと、少し場が弛緩した。幸いにも、どの辺が乙女なんだ、というツッコミはなかった。
「了解しました。我々はトンネルの入り口にて待機します」
「うん、どのくらいかかるか不明だけど、キャンプを張って周囲の警戒をよろしく。魔族たちの後続部隊が来るかもしれないから、現在は戦闘状態にない、と示して」
「和平を提案する方向ですな?」
リアムが補足を要求してくる。私は掌を顎に触れさせて、軽く横に首を振る。
「うん、っていうか、殺し合いじゃない対決を提案してみてよ」
「は?」
「得点を競う競技とか。何をどうするかは、私が戻ってから決めよう?」
「わかりました……」
無事に戻るつもりではいるけど、わかんないよねぇ。自分で盛大なフラグを立てちゃった気もする。
「よし、じゃあ、まずは扉内部にいる人間を救出しよう。こちらから誠意を見せることで提案も通りやすくなるというもの」
「はっ」
他の戦域では普通に殺し合いになってると思うけど、ここドワーフ村近辺では氷をぶつけただけで、何が起こったのかわかってないはず。敵襲! とか叫んでた人も漏れなく攻撃を受けたことを忘れてもらってるから、グリテンからの攻撃はなかった、と言い張れる。言い張っちゃうもんね。
【王国暦125年10月3日 4:45】
「では開けます。開けろ!」
ファリスの号令で騎士団員たちが扉を開ける。空気の密度が違うのがわかった。っていうか、強力に吸い取られているからか魔力がまるで感じられない。魔力的に空っぽ、真っ暗、と表現すべきかしら。もう、このレベルだと中に入ろうとせず、投げ縄で引っかけてどうにかした方が安全ではある。
内部はドーナツ形になっていて、中央に柱があるようだ。パッと見は他の部屋に行く扉は見えないから、柱の裏側に階段でもあるのかも。
幸い、ガイガーカウンターは値を大きく上昇したりなどの反応をしなかった。もう子供も産んでるし、卵の予備は取ってあるからいいとしても、他の騎士団員に放射線障害が残る事態は避けたかったし、ちょっとホッとする。
「ええと、あそことあそこと……」
倒れている魔族兵の位置を確認して、動く順番を決める。魔力吸収の厳しいこの部屋の中で、どの程度活動できるのかわからない。
「第一班、てっ」
二人一組、それを二組にして班を作り、部屋の中に突入させる。二人で一人の倒れた魔族を運び出すのだ。
「うっ…………」
十分な休息をさせて魔力を回復させてからの突入だったにも拘わらず、トップバッターの組は、救助して扉の前まで来たところで力尽きた。
「引っ張れ!」
第二班の面々が、第一班を救助者ごと、扉の奥から引っ張り出す。なんとか……最初の二名の救助が完了した。
「ふう…………」
残りの十三人はもっと奥にいる。今のやり方では二次災害を生んでしまうのは明白だった。ファリスとリアムがどうしますか? と無言のまま、視線で訊いてくる。
「ふむ……」
部屋の中を見渡す。床は比較的ツルツルしているみたい。滑らせるか。
《イフリート、氷の板を作ってほしいんだけど》
《良いけどよ。すぐに溶けちまうぜ?》
へぇ…………。確かにかなり地下深くにいるわけで、気温がそれなりに高い。気温との兼ね合いを考えるイフリートの知性に驚く。
《ハッ! 俺様が知的だってことに今更気付くなんてなぁ?》
《その程度のことで知的だとか、ちゃんちゃらおかしいわ?》
《どう……け……し?》
すぐにツッコミを受けた。私は、ポートマット西迷宮でトマトを作っているだろうケリーたちをちょっと思い出した。
シュン、となったイフリートが黙って氷の板を作ると、ノーム爺さんに言って、中央に人が入るくらいの窪みを付けてもらった。
「それで……どうなさるのですか?」
「うん、こうするの」
氷の板を蹴飛ばして、スィ~と滑らせる。音もなく部屋の中に入った氷は、適当なところで止まった。
「ああ、なるほど!」
「第三班、氷に向かい、救助者を乗せてから、扉に向けて押し出して」
「はっ!」
台車を作ったのだ、と気付いた賢い騎士団は、氷が溶ける前に行動を開始した。第三班が掛けだして中に入り、第四班は既に待機中。
第三班は氷の台車に救助者を乗せて、
「どっせー!」
と押し出した。スル~リと氷が滑り、扉を越えて私たちの下へやってきた。後追いで第三班は駆け出して、同じく扉を越えてスライディング。
「おお~」
騎士団から感嘆が漏れる。人力で運ぶよりもスムーズかつ所要時間が明らかに短い。これならどうにか行けそう。
「よし、次いこう」
新しい氷をイフリートに出してもらい、蹴飛ばすと、すぐに第四班が走り出した。私の隣では、第五班がアップを始めていた。ああ、いい人材に恵まれたなぁ、と軽く涙する私だった。
【王国暦125年10月3日 5:33】
「全員の救助、完了しました!」
「ご苦労、退避準備に入れ」
「イエス、マム」
十五人の救助が完了する頃には、魔族兵たちも魔力切れから回復した者が出始めた。早い人では二刻ほどで目が覚める人もいるから、これは私たちが時間を掛けすぎたということね。
「黒魔女殿……」
ファリスの縋るような目は、本当に一人で行かれるのですか? と訴えていた。
「ブノア卿はラスゴ公との和平協議を主導よろしく。迷うようなら女王陛下か宰相殿に連絡取ってみて? 以降、部隊の指揮権をブノア卿に委譲する」
「了解、マム。指揮権を頂きます。我々は指示通りトンネル付近で待機します。制限時間は如何なさいますか?」
「現時点より三日。その間に連絡がなければ、女王陛下に報告後、判断を仰いで。私が未帰還の時、間違っても救出に来ようとか思わないこと。これは厳命するよ。いい?」
「………………」
「いいね?」
「イエス、マム」
ファリスは不服そうに頷いた。不服そうなのはファリスだけではなく、リアムも、ゴリアテも、話を聞いていた騎士団員も。
その顔を見ていたら、何が何でも無事に戻らなきゃいけない、そんな気がしてきた。
万が一の時はエミーとフレデリカ、そして子供達がいるというのに。まだ生体コンピュータが完成しておらず、バックアップが存在しなくても、次世代に繋がる何かがあるのだから問題ない、とは思う。それなのに彼らはインプラントシステムに逆らってまで、私の身の上を心配してくれている。
「ちょっと嬉しいね。うん、でも、一人じゃないよ。精霊たちもいるからさ」
《いくのかの?》
《たたか、う……?》
《出番かしらね?》
《かっ、俺様に戦わせようとか……。しらねえぞ?》
《儂に任せるがいいぞ?》
《妾が手を下すこともないと思うがの?》
第三、第四腕を伸ばして、耐電ピチピチ全身タイツ風耐電スーツに黒ダイヤモンド鎧。『光精霊の剣』を右腕に、『闇精霊の短剣』を左腕に、第三腕にビームシールド、第四腕に雷の杖。
完全に戦闘モードになる。
「ああ、そうだ、このスライムをちょっと預かっておいてほしいんだけど」
「…………了解、マム」
ファリスは一瞬だけ眉を潜めて、過去には大先輩で同僚だったランド卿を受け取った。魔物は得体の知れないスキルの影響を受ける恐れがあるし、私が気を失っている間に迷宮に使役されてしまい、産後ドワーフが粘液で陵辱! とかされたらイヤだし。
まあ、それを言ったら、過剰な魔力吸収を受けている間は精霊たちも満足に活動できない。でも全ての部屋で吸収するわけにはいかないから、どうせ一部の部屋のみの適用だろう。
扉が開いている、目の前の部屋の中央は、ここからは見えないけれど、柱に穴が空いていて、想像通り階段があったそうな。
とりあえずダッシュで階段を降りて、後はその場のノリで考えよう。
「撤退を開始します」
「うん」
「ご武運を」
「うん」
「トンネル出口でお待ちしております」
「うん」
今生の別れではないだろうに、ファリス、リアム、ゴリアテはそれぞれ真剣な顔で言った。
「主よ、また後でな」
ランド卿まで言葉を掛けてきた。急いで発声器官を成形したのか、ちょっと訛った言い方だった。
「うん、また会おう」
そう言って、私は部隊の撤退を見送る。
扉の前に座り込み、またソース焼きそば入りのパスティをパクつく。まさかこれが最後の晩餐になるとか、そんなことはないと思うけど。
「最後の飯は卵かけご飯が良かったなぁ」
まだ、グリテンでは生卵は危険。安心して食べられる生卵を市場に提供しなくちゃね。
掌を顔の上から下に向けて『飲料水』スキルを発動する。ゴクン、と水をひと飲み。ちゃんと口の中に命中せずに大半は顔から浴びてしまう。
「ぷわっ」
それを見ていた精霊たちから不安が伝わる。
「大丈夫」
魔法の精度が時々落ちることがある。うん、それだけよ。本当に時々、だし。
ニギニギ、と掌を開閉させる。
大丈夫、私は大丈夫だ。
自分に言い聞かせ、立ち上がる。
「さて、と。行きますかね」
――――アスタ・ラ・ビスタって言っても通じなかっただろうしなぁ。




