秋のドワーフ村1
【王国暦125年10月2日 19:20】
火の最上級精霊をカルデラから動かしたので、今年のドワーフ村はさぞかし寒いだろうと思ったけども、ドワーフ村自体は岩山のトンネルの中にあるので、余り変わらなかったんだという。
それはいいとして、イフリートがいなくなったことで山越えルートが出来てしまった。
うん、やっぱり、こっちが本命だったねぇ…………。
『隠蔽』状態のまま、イフリートがいたカルデラの縁から北側の眼下を見下ろすと、遠目に魔族兵たちがゆっくり進行しているのが見えた。この状態でも『人物解析』は使えるので、大雑把にだけど種族と人数を把握する。
バラン、ヒューマン、バーディ、エルフ、ダークエルフ、マーフォークの混成。一番多いのはヒューマンなのが興味深い。実際問題として、魔族領で一番数が多いのは単なるヒューマンだったりするのよね。
バーディっていうのは鳥っぽい人間らしく、私も実物を見たのは初めてだったりする。飛べないけれど体のどこかに羽毛が生えてるんだってさ。夜目が利かないと思うのはこっちの思い込みかしら。だって、もう暗いのに、普通に歩いてるもんね。
敵軍の数は概算で百人ほど。西側に進出している敵部隊と比べると少ないけど、山越えの奇襲部隊としては大規模と言える。全員が軽装の歩兵で、盾と槍、一部が剣。何人かは魔法杖を持っている。武装に関しては防具が丈夫で軽い分、こっちの方が有利か。体力はほぼ同等、魔力、技量はこっちが上回っている……といいなぁ。
人数的には…………大負けしてるんだけどね。
私はハンドサインで後続の部隊に合図をする。
第一隊はファリス・ブノアが隊長で、こちらの部隊が西側の尾根に隠れつつゆっくりと動き出す。
第二隊はリアム・フッカーが隊長で、こちらは少し遅れて東側に動き出す。両部隊とも魔術師五名を組み込んだ総勢二十五名。私の直援にゴリアテ一名。つまり全部で私を含めて五十二名しかいない。名目上の総指揮官はファリスだけど、実質は私が指示を出している。
部隊は十日ほど前からファリスの隊が先着して監視を開始、リアムの隊は、先ほど私と一緒にカルデラ湖に到着した。私は午前中にエミーと話した後、ド級で移動してきたわけね。ロンデニオンとエミー周辺が手薄にならないよう、超ド級艦がロンデニオンの手前に『不可視』状態で海中待機中だし、近衛騎士団はリアムとゴリアテ以外、エミーに貼り付けてある。
オッパイが張ってる女王陛下の方が護衛の人間より多分強いだろうけどね。
さて……………。
二キロメトルは離れている敵部隊に一撃を浴びせるなら、カルデラ湖で待機中のド級に指示を出せばいい。だけど今回は、将来国民になる人間をなるべく傷付けないように、という女王陛下のリクエストがある。
倍の敵を相手に無理難題をお言いになる……。
「ま、やってみるか」
嘆息しつつ、ライト・ザ・ブライトに大きな光文字を夜空に掲げてもらう。
《ご丁寧もいいところ。妾には偽善に思えるがのう?》
「偽善でいいんだよ。良い事してるつもりなんてないし」
他者の生活を侵害して、女王陛下の意思の下、統一しようというんだから、それが良い行いに見えるのは我々だけ。
《本当に主は変わっておるのう……?》
精霊に呆れられた。
それでも、ライト・ザ・ブライトは私の指示に従ってグリテン語と、バランで一般的に使われている言語の二つで文面を表示してくれた。
『警告:こちらはグリテン王国国境防衛隊である! 貴君らは我が国の境界線を侵犯せり。即時退去を勧告する。従わぬ場合は排除行動に移る』
『けいこく:おれたち、ぐりてんおうこくぼうえいたい! おまえらはおれたちのくににきた。すぐにでていけ。いうこときかないとなぐるぞ』
とまあ、私のバラン語? の翻訳精度がアレなのも影響しているとして、かなり民度の低い警告になっちゃったなぁ。
《まだ動くな》
と、短文でファリスとリアムに指示をする。
ここは相手の様子を見たい。さすがにインプラントと『統率』を併用しての部隊は完璧な統制が得られている。目的遂行を第一義に考えるようになるので、先に自分の命を大事に、って言っておかないと、ファリスとリアムほどの猛者をしても自身を顧みなくなってしまう。蛇足ながら、今回の任務にあたって、ファリスとリアムには『魅了』スキルを覚えさせている。今後は指揮官に必須のスキルになりそうね。
なお、国境は正式には決まっておらず、っていうか向こうは正式には国の体をなしていないので、言ったもの勝ち。理屈の上ではグリテン島のどこまでもグリテン王国の領地だと言い張れる。
暫く待ってみると、敵の部隊の進行が止まった。警告を受け取って動揺しているのが見て取れた。
《報告:敵部隊の後退を確認》
西側のファリスから短文が入る。
《了解、第一隊は警戒しつつゆっくり前進》
《ゆっくり前進了解、マム》
コードネームには異議を申し立てたいけども、既に作戦が進行中なので文句を言えない。
《第二隊はその場で停止。待機》
《待機了解、マム》
リアムから即レスがある。
今は状況を見るしかない……。
【王国暦125年10月2日 19:31】
《報告:敵部隊の後退は順調に過ぎる。他の目的に移行した可能性を示唆》
「ん?」
ファリスが違和感を報告してくる。後退速度が速いというのだ。なるほど、これは何かあるわね。敵の戦略目標っていうのは、足元にあるドワーフ村に違いない。他に目標らしい目標はないものね。向こうからすればせっかく山越えルートが出来て、さあ登ろう、としたところでケチがついたことになる。
ではどう動く?
魔族領側からドワーフ村へのトンネルは崩落しているはず……。いや、再度掘り進めた可能性があるか。
こうなるとドワーフ村の守備を厚くしていなかったのが悔やまれる。
《第一隊へ。距離を保ったまま追尾を継続せよ。反撃を受ける可能性を考慮せよ。交戦は避け、命大事に》
《追尾継続、交戦を避けて命大事に、了解、マム》
端的に返答がある。
うーん、私自ら連中の動きを確認した方が良さそう。
《第二隊、東回りに山麓を降りて敵部隊の探索を開始せよ》
《了解、マム》
私とゴリアテは中央から進んでみることにした。
しばらく歩いたところでファリスから続報がくる。
《敵部隊の反応が感知圏外から消失》
その言い方からすると、普通に撤退したわけではない、と見ているのね。それには同感。困惑に満ちた、曖昧な報告は、ファリスの真面目な性格を考えると、これで正確なものなのだろう。
《近辺の地形を確認せよ。トンネル入り口に類するものがある可能性大》
《了解、探索開始します、マム》
現在の北側を望む位置関係を示すとこんな感じ。
《こちら第二隊。こちらにも敵影なし》
《了解、そのまま大回りに第一隊と合流せよ》
《了解、マム》
続いてドレッドノート艦長のトオにも短文を送る。
《ドレッドノート浮上、上空から敵影、及び潜伏できそうな地形を探索せよ》
《了解、マスター》
これはトオからの返信。トオは超ド級への異動に難色を示して、ドレッドノートへの愛を語ったので、いたく感激した私は、それを受け入れて異動を中止したというどうでもいい話があったりする。
「これは……地下かな?」
「新規トンネルを掘っている可能性があるのですね?」
ゴリアテがそっと同意する。何となく私の副官みたいな立場になってるわね。ファリスもリアムも、そのことについては何も言ってこなかったけど、思うところはあるんだろうなぁ。ゴリアテは私を丸々隠せるだけの盾を運用できるので、とっても有り難い存在なのだ。
「あの百人は一部分かもしれない」
予想を語っちゃうのは指揮官としては良いとは言えない。だからこれはきっと確信だ。下手をすると、進軍していて消えた部隊の他に、すでに現地に伏している部隊がいるかもしれない。
こうなると、私が選抜して連れてきた部隊は『魔力制御』に長けた騎士を集めているわけでもあるので、実に対ゲリラ戦向きの部隊かも。そう考えると部隊編成をした自分を褒めたくなる。うん、もっと褒めてもいいのよ?
《ほめ……る?》
しかし、褒めてくれた? のは水の精霊だけだった。
【王国暦125年10月2日 20:41】
第一隊はまだ探索中で発見の報もなし。木が邪魔なのだという。確かに、山脈の北側っていうのは初めて来たけど、普段見ている南側よりは樹木が多い気がする。
上から見ても穴らしきものは見当たらなかったし……。地上に降りてみて、もう一つ見つからない理由がわかった。
「微妙に起伏があるね」
物凄く当たり前のことなんだけど、山脈の麓、北側は小さな丘の連続で、木々がさらにそれを覆い隠しているので地形が全然把握できないのだ。
せめて木がなければ多少はマシだろうけど、『風刃』で伐採するには範囲が広すぎる。
上がだめなら下を見ろ。偉い人は言いました。
私は屈んで地面に手を着けた。
「――――『地脈探査』」
グッと魔力を地中に流し込み、跳ね返ってくる魔力を受け取る。その時間差が画像となる。
「!」
なんじゃこりゃ、トンネルだらけじゃないか。いや、これって……幾つかは地下水路だわ。となると、これは最近掘られたものじゃなく……。いや、掘ったものですらないのか。元々こういう地質で、地形だったところに、山脈をドンと被せた…………。この、いきなり山だの石だのを被せる手法は、ブリスト南東にある石の台地を思い出す。
ああ、たとえば、ドワーフ村迷宮を隠したかったとか……?
このトンネルに潜んでいるだけならまだいい。でも、ドワーフ村に直行できるトンネルを使って侵攻しているとなればどうだろう?
「―――――――『気配探知』」
ユニークスキルである『地脈探査』と汎用スキルである『気配探知』は根っ子が同じみたいで、魔力を送って跳ね返りを検知する、ソナーみたいなスキル。前者が鉱物や地層の探索に特化しているのに対して、後者は生体に特化している。両方あれば最強じゃね? と言いたいところではあるんだけど、『地脈探査』は有機物をまるで拾わないし、『気配探知』は間に無機物が入ると途端に精度を欠く。
地中に向けて『気配探知』を行使するのは殆ど無意味なので、広範囲に向かって地上を走査する。
「うーん……」
依然、敵部隊は発見できない。
けれど、ファリスから擬装したトンネルの入り口らしきものを発見した、という報が入った。
これは囮の可能性もある。
「罠かもしれないけど……行ってみるしかないか」
《第二隊、第一隊に合流せよ。私を目印に》
《合流、了解マム》
先の『気配探知』はアクティブで使うと位置がバレバレになる。位置を示すのであれば使い方として問題はない。敵にもばれちゃったけど、これはこれで警告になるだろう。
強大な魔力の大きさで『気配探知』を断続的に使用し続ける私は、自身をビーコン代わりにしながら、ファリスの隊に近づいていく。
左側――――西側からファリスの魔力波形が感じられた。目配せと短文でのやり取りでコミュニケーションを取っているため、お互いに会話はない。
右側からはリアムの隊が接近してきた。
ファリスの隊はやや離れたところにいて、そこが偽装されたトンネルの入り口らしい。
おそらく、それは斜坑になっていて、内部には敵部隊が進入してる。これに対するオプションは、
① 無差別に大規模魔法攻撃、またはド級の砲撃を大地に対して行い、トンネルの崩落を狙う
② トンネルに直交するように溝を掘って進行を止め、敵を顕わにする
③ トンネル入り口を見つけたら水を流して蓋をする
④ 水を流してトンネルごと氷漬けにする
⑤ トンネル入り口を塞いでから細い穴を空けて二酸化炭素を送り込む
⑥ 追いかけてトンネル内部で後から潰していく
という感じか。②⑥以外は普通に全滅コースだなぁ。こうなると向こうから罠に掛かった感じではある。トンネルを塞ぐ、とは言っても敵兵に『掘削』持ちがいるなら対応は可能か。
――――うん、どのオプションでいこうかしら。




