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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
ウォーク・ライク・ア・グリティッシュマン
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女王の微笑


【王国暦124年12月25日 17:23】


 実に素早い動きと言うべきか、女王陛下の決定によって、冒険者ギルドから大陸、魔族領域、イアラランドの三箇所にスパイを送り込むことになり、選抜された面子が冒険者ギルドポートマット支部へとやってきた。この決定の早さは、元々声を掛けていたとしか思えない。

「……よく来た」

「はい、フェイ先生……」

 ウットリと色っぽく、ネットリと誘うようにフェイを見上げるのはブリジット姉さんだ。ブリジット姉さんそのものはスパイ活動に従事するわけではないけれど、教官として引率をしてきた。


 こういうスパイ活動は、冒険者ギルド内部警察でもある特務課が元々主導していてノウハウもあった。だから『神速』のイオンを持ってくるのが適切ではあるけれど、イオン本人は本業があり、引き継ぎをする間もなかった。そこで部下の『早口』カーさんを引き抜いてスパイ組織のトップに据えてみた。

「カーさん。まず」

「はい黒魔女殿なんでしょうか」

「早口を修正するところからお願いします」

「はい……」

 まあ、そんなものは些細な問題で、フェイからは諜報の心得、ブリジット姉さんからは隠密行動の基本を叩き込む予定。

 私はといえば、いくつかの小道具作りと体内埋め込み式の通信端末の製作と埋め込み手術を行った。埋め込み式通信端末ってば、物凄くスパイ活動向きの魔道具なのよね。もう一つは簡易的な『認識阻害』の埋め込み式魔道具で、全員が中級以上の冒険者であるのに、初級冒険者相当のスキル表示をするようになる。また、魔道具に魔力を流している間は、任意に設定が可能な、別人の名前が表示される。


 大陸組は五組十人。彼らの最初の仕事は、カーンの冒険者ギルド支部の制圧である。そう言うと大袈裟だけど、要するにギルド支部の事務員が一人のところを狙って拉致を繰り返し、インプラントを強制的に埋め込んで戻す、という作業的なもの。


 インプラント埋め込みの簡易キットはグリテンの冒険者ギルドでは普及しているものの、実際の施術にはコツもあるので、担当者には三日ほど、難民に対する施術を繰り返すことで習熟してもらおう。

 万事が付け焼き刃ではあるけど、中級もしくは上級冒険者になる時に初歩的な諜報活動については講習があるんだと。だから全くの素人ってわけでもない。


 魔族領組三組六人の中には、何とシェミーが選抜された。フェイが直々に話を持っていったらしく、期待されての人選だ。知り合いがもう一人、シェミーの妹のジーンも選ばれていた。魚人魔族(マーフォーク)である特性を生かしての隠密活動が期待される。その他の四名も魔族で、これは魔族領での活動で目立たないように、という配慮ね。


 イアラランド組も三組六名で、こちらはイアラ出身者ヒューマンで揃えられた。何人かはブリスト支部の人間で、少なからずカアルも関係していそう。


 全員に言えることは土地鑑があり、現地に溶け込むことを厭わないということ。

「シェミーさんが応じるとは思ってなかったんですよね」

「カレンはポートマットに骨を埋める気だわ。元々私とペアってわけじゃないんだわ」

 本来は一箇所に留まる性質ではないのだろう。だけど、ポートマットとアーサ宅のぬるま湯は魅力的で、今までズルズルと来てしまったと。

「何にせよ、心強いことは確かです。よろしくお願いします」

「よしてよ……」

 改まって言うと、シェミーは照れた。

「……よし、では始めるぞ。座ってくれ」

 フェイの掛け声で、諜報の座学が、促成培養ながら始まった。



【王国暦124年12月26日 6:11】


 レックスは王都支店を長くは空けられないということと、王女の護送をしてもらうため、ド級でロンデニオンへ送った。

「じゃ、王女様たちを頼むよ」

「はい姉さん。迷宮に預ければいいんですよね」

「そうそう。ああ、サリーは王都で待ってるんだって?」

 そう言うと、レックスはモジモジ、と身を捩った。

「新年祭を一緒に過ごす約束をしてるんです」

「そりゃ良かった」

 ニッコリ笑っておくけれど、そのレックスを見送るジゼルはちょっと面白くなさそう。ここにきて積極的な動きを見せるサリーだけど、まだジゼルには余裕がある。何だろう、不倫相手を駅まで見送る、勝ち誇った愛人みたいな印象なんだけど。



【王国暦125年1月1日 10:03】


《――――世継ぎの不在、近年の周辺国に対する備えなど、ウェルズは危機に瀕している。根本的な打開策は――――隣国であり、兄弟国家であるグリテン王国に協力を仰ぐことである。そこで、我々ウェルズ王国は、王権の一部である警察権、軍事行動権をグリテン王国に譲渡することにした――――》


 ポートマット西迷宮に設置されたスクリーンに投影されているのは、ウェルズ国王、ヴィクター・アンソニー・マタイ・バーシャク・ウェルズ。名前が長いわー。


《初めまして、ウェルズの皆さん。私がグリテン国王、エマ・ミカエル・ウィザーです。ヴィクター国王からお話がありましたように――――私とグリテン王国が、ウェルズの皆さんをお守りします》


 続いてスクリーンに登場したのはエミーで、聖女そのままの微笑みが大写しになっている。何も知らない人が見たとしても、これが王権の簒奪劇だとは思うまい。いや、言ってることが既に王権の譲渡なのだから、何らかの取引の結果だと見るのが普通かなぁ。


 スクリーンに映るエミーは善人……聖女そのもので、ウェルズを心配して持ちかけたのだとする弁明めいた話が、まるで真実のように信憑性を持って話される。当初は王権の一部がグリテンに移管されるだけではあるけれど、段階を踏んで、実質的に併呑されてしまうのは明白だった。実質的に、なのは情勢がどうあれ、『ウェルズ』の国は残す、という一点だけはエミーがこだわったから。その姿勢がウェルズ側の態度を軟化させ、連合王国としての運営をスムーズにする、と見ているわけね。

 ウェルズ国民でインプラントを施された人は無条件に、新しい女王の君臨を喜んでいるだろうけど。


 残念ながら、私はポートマット西迷宮にいて、現地の様子は窺い知ることはできない。

 現在、ウェルズ王国においてインプラントがされていないのは、イアラランドや魔族領域から来る商人たちくらいなもので、警察権と軍事行動権がグリテンに移管されれば、明日からでもウェルズ国民以外に対しても新型ギルドカードへの更新に(かこつ)けたインプラント施術祭りが始まることだろう。


 これは親グリテンの人間を国外に放つことになり、グリテン以外からすれば迷惑なことに、それは侵略の尖兵になる。エミーには別に世界征服を狙っているつもりはないだろうけど、どういうわけか周辺国がちょっかいを出してくる。であれば、反撃の牙は研いでおくに越したことはない。



【王国暦125年1月15日 9:05】


 諜報部隊の第一陣が活動を始めて五日足らず。慎重にやったにしては素早く、カーンの冒険者ギルド支部の中枢に入り込んだという報告があった。大陸に於いてグリテンの冒険者が目立たないように活動するには、大陸の支部に協力をしてもらった方がいい。ギルドカードはまだ旧来のものだから偽装は簡単だとしても、ギルド内部の人的ネットワークを使えるのはまるで情報の収集効率が違う。


「……ふむ。……わかっていたことだが、大陸に迷宮を、一箇所でいいから作るべきだな」

 フェイは支部長室でお茶を飲みながらポツリと言った。

 私はといえばこの二十日ほど、ポートマットに詰めて、埋め込み型通信端末の手術をしたり、インプラント施術キットの講習をしたり、『ノーチラス』の調整をしたり、二番ドックでの建造を手伝ったりしていた。


 両者とも順調で、『ノーチラス』は運用試験直前までこぎ着けた。

 二番ドックの新造艦は船殻まで貼り終えた。驚異的な建造速度の理由の一つはイフリートの存在だ。多少の熱を加えるだけでノーム爺さんの成形効率は何倍にもなり、百五十メトルを優に超える船体を覆うのに三日ほどしか掛からなかった。作業チームにある種の慣れがあったのは否めないにしても、進歩するものだなぁ、と感慨深くもなる。


 この二番ドックの船は、大きさからもわかるように、ド級の改善点を解消することを目的に、最初から三つの人工魔核、三つの魔導コンピュータを内蔵する最小限の大きさ、ということで作られた。最小限、というのがポイントで、大きくしようと思えば際限なく大きくなってしまう傾向があり、そうなると移動物体としては甚だ機動性を欠いてしまう。だから常にダウンサイジングを念頭に置かないと、空飛ぶ船は艦種として存在しえない。

 ところでこの超ド級は、もちろん艦首に穴が空いているし、それは砲身だったりする空飛ぶ戦艦なわけで、実物を見たフェイの目がキラキラと輝いていたのが印象的。


「それならド級を一度、大陸……カーンの港に派遣しましょうか?」

「それは一気に戦争になりますね……」

 ユリアンは苦笑して私の案を即座に却下した。派遣するにも堂々とじゃなくてこそこそさせるならいけそうだけどなぁ。

「……ドレッドノートはタクシー代わりに使われている方が平和でいいな」

「タクシーって何だ? 税金のことか?」

 トーマスが首を捻ったので、林先生しか知らないようなトリビアを披露する。

税金(TAX)の語源が触れる、評価する、って言葉だそうで、これはグリテン語でもそう呼んでますよね。元の世界では走った距離で料金を評価する公共の乗り物があったんです。色々転じて、便利に使われる乗り物という意味、と理解して下さい」

「ほう……?」

 何となく商売のネタっぽくはあったのだろう。トーマスの目が光った。

「実際にレックスが王女様と乗っていきましたけどね」

「ああ、それな。サリーが帰ってきたら、次はジゼルが王都支店に出張だ」

 トーマスが手を広げて、面白がるように言った。私たち四人の間でも、レックスネタは定番の話題になっている。

「公平っていえば公平なんでしょうけど。王女様とその従者も、明らかにレックスを男として狙ってたんですよね」

「ほう、モテモテですね、レックスは」

 ユリアンも面白がった。

「『魅了』を使っているわけじゃないんでしょうけどねぇ。庇護欲を刺激されるのに、実際には守ってくれるほどの男気がある、ってギャップにやられるんでしょう。サリーとジゼルはレックスとは年齢が近いですから普通に恋愛対象としても、好意を持って接触してくるのは年上の女性の方が顕著な気がします。ああ、それで大陸に迷宮ですか?」

 レックスネタから話を戻すと、フェイが話を続けた。


「……ああ、うむ。……大陸でインプラントを受けた者は、実際に迷宮を見たことのない者もいてな。……心の拠り所が必要なのだ」

「ああ、なるほど…………」

 インプラントの効果がイマイチ得られていない可能性がある、と。まあ、インプラントシステムの元々のイメージソースが強殖装甲なマンガの獣化兵(ゾアノイド)獣神将(ゾアロード)だし、そうなる可能性はあるか。


「……ブリジット曰く、当面はグリテン国内の迷宮に定期的に寄越すように仕向ける、とのことだが」

「何も備えていない状況で迷宮の建設を目的に大陸に進出してしまうのはリスクがありますし……エミーから許可も得ていません。ジワジワとインプラント適用者を増やす方向が現状では最適解だと思います」

「急ぐな、ということですか。そうですね。慌ててこちらから火を着けなくてもいいでしょう」

「大陸が平和な方が商売はやりやすいが、儲かるのは戦時だしな。儂はどっちでも構わん」

 トーマスは商売人としては真っ当なことを言った。

「ワインとか軍需物資はどうなんですか?」

「わかりやすく流通量が減って値が上がってるな。隠そうとしていないのか、隠す余裕がないのかはわからん。王子二人の領地とやらは帝都とカーンの間にあるんだよな? それなら流通が止まってる。今後は慢性的にジワジワ上がっていくだろう」

 大陸産のワインはグリテンのワインよりも遥かに品質が良いらしい。下戸な私にはわかんないけど、グリテンワインはマズいワインの代名詞みたいになってるもんね。これは恐らく日照時間が関係しているんじゃないかと思ったりする。

 まあ、それはいいとして。トーマスの読みは正しく、値動きそのものは、今が冬で収穫後であることを考えると、想定の範囲内の値段に収まっているらしい。これが暴落したのなら内戦モドキは終了、ということだろう。

 密かに内戦に介入して引き延ばすべきか、さっさと終了させるため、どちらかに肩入れするべきか。どちらがグリテンの得になるのか。


「……まずは情報だ。……究極的には各国の中枢に入り込むことが望ましいな」

 フェイは力説した。ポートマットがロンデニオンに攻められた件以降、フェイは貪欲に情報を求めている気がする。元々、ギルド内部警察を創設したのは、本部長時代のフェイらしいし。で、ブリジット姉さんがやってきたのは、フェイが本部長に復帰するための準備なんだとも聞いた。その理由の一つは、現本部長であるザンの勇退。怪我が元になって体調が思わしくないそうな。治癒魔法でもどうにもならないことがあるんだなぁ、と思い知る一件ではある。


 とまあ、ブリジット姉さんは私情を挟みまくって、フェイのサポートにポートマットへ来ていると。現本部長(ザン)を放っておいていいのかなぁ。


 外部だけじゃなく、私の周囲も色々変化が起きつつある。それは皆が生きてるという証明なんだろう。だからちょっとずつ時間が進んで、ちょっとずつ老いていく。長寿種の人は感覚が違うだろうけど、不幸にして私はどうやらそうではない。



――――ちょっとずつ、死に向かっている。






次話より次章であります。


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― 新着の感想 ―
[一言] >土地鑑 元々は警察用語だったんですね 気になったら調べるようにしてたんですが…… 不勉強を晒すことになりお恥ずかしい限りです
[一言] >土地鑑 >ノーチラス 通信用のサーバーとしても移動式の迷宮としても有用ですね と思ったものの、通信サーバーは既にブイを撒いてたんでしたっけ >大陸に迷宮 最小が潜水艦大だとギルドの地下に…
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