※ハリネズミの塔
【王国暦124年12月20日 07:22】
ラルフからの報告によれば、私から連絡を受けてすぐに行動を開始して、数時間後にはコーネリア嬢を確保したそうな。
新港に入る前のミンガム街道で捕捉して、それでも一悶着あったらしい。男女の話は犬も食わないし、猫が食うなら対処するけど……嫁候補としてコーネリア嬢を選抜して、ノクスフォド公爵家に話がちょっとでも行っちゃったのはマッコーの失態。なので、マッコーは宰相として怒るよりも、父親の立場でノクスフォド公爵に怒られたそうな。
話としては、一度会っただけの婚約者候補に深く思われてしまった成り上がり貴族……という体ではある。で、ラルフと壁妹は、内輪的なものではあるけれど、聖教会でささやかな式を執り行ったそうな。つまり、サイモン&ガーファンクルは鳴らなかったわけね。同じ条件だった壁妹と怒娘は明暗が分かれちゃったのはどうしてなんだろうね?
その怒娘はラルフに説得されて無事、ブリストに戻り、領主の館に軟禁されているそうな。どういう説得があったのかは知らないし、ラルフも語らなかった。
「うーん、ラルフが所帯持ちになってしまった……」
今回の怒娘絡みの顛末についてはエミーにも報告を送ってある。
エミーは併呑のスケジュールに影響はなく、変更はない、と笑っていたけれど……本心はどうなのかはわからない。
本心はわからない、と言えば、冒険者ギルドポートマット支部所属のチーム『第四班』のダンからも、私宛に相談の短文が来ていた。
ラルフは知り合いに『結婚しました』という短文を同報で送っていたらしく、ラナたんとダン、というか『第四班』の古参には連絡が行っていた。その、ラナたんが目に見えて動揺しているんだってさ。
責任感の強いリーダーとしてラナたんは現実に正対して頑張ってきた。ところが、ラルフはといえば貴族様の養子になって、あれよあれよという間に他国のお嬢様を娶ったという幸福アピール。ラルフにしてみれば、『もっといい男になる』という、ラナたんとの約束を果たしたという報告に過ぎないのかもしれない。
離れた場所にいるラルフの現在なんて、ラナたんが知る由もないはず。それだから、貴族様としての結婚だなんて、まるで夢物語の中の話に聞こえるんだろうね。
ラルフだって現実に向き合って苦労してるよ? と言えればいいんだけど……。ダンが相談の短文を送ってきて、ラナたんが動揺している、ということは、今の段階で、ラナたんとダンの夫婦は上手く行ってないってことよね。
ダンには、頑張って奥さんとコミュニケーションを取れ、とアドバイスを出すと同時に、ドロシーにフォローをお願いすることにした。
こうやって考えてみると、ラルフの結婚ってば、それなりに他人に影響を与えてるなぁ。
「親方ぁ~! 作業始めますぜ!」
「安全に配慮しつつ迅速に作業を行うべし!」
「うぃ~っす」
建設ギルドブリスト支部は、『ビルダーズ』所属の数人が中心になっている。ガッドはロンデニオンにいるし、タイニーはウィンターだし、もう、あの時の『ビルダーズ』が揃うことは無いのかも知れない。本当に人間同士の縁って一期一会なんだなぁ、と感慨深く頷いたりする。
時計台の時計機構部分はさておき、建物部分は実に素速く設計図が上がってきた。設計図を引いたのはエーさんで、部下も育ってきて暇だったところに、私からのオーダーで張り切って仕事をしてくれたらしい。
時計部分は幾つかの鋳造部品が必要で、ロール工房に発注済み。魔道具としての設計図、魔法陣は既にレックスが原形を作っていた。ポートマット時計台に設置される予定だそうで、そちらの時計台はあと一月ほどで完成、とのことだった。結構時間が掛かってるようでもあるけど、このくらいが普通なのよね。数日で時計台が完成する方がどうかしている。
『ブリストの時計台』はケーブルカーの車両が上下ですれ違う、複線になった箇所を覆うように作る。建物自体は建築用ゴーレムも使うので数日、仕上げの方が時間がかかって十日ほど。時計部分は、これも一月後くらいかなぁ。
十日後にはウェルズ併合宣言があるし、エミーは今頃ド級でブリストに向かっているはず。ここでキング・スチュワート級に乗り換えてウェルズ入りする。このイベントがあるために、ポートマットの時計台は完成式典を遅らせていたりするわけね。
ノクスフォド公爵からの注文であるもう一つの建物――――灯台兼物見台兼魔力吸収塔――――は、基礎までを作り、今は建築用ゴーレムたちが寄って集ってブロックを積んでいるところ。通常の半分、二十五メトルの高さになる予定だけど、用途を考えれば十分。
地盤は実際に掘ってみたらしっかりしてたので、通常の高さでも建てられた。けど、先にこの高さ、ってノクスフォド公爵に言ってたこともあるし、工期の短縮を狙って、高さを抑えた。その代わり、細長いピラミッド状の形状はそのままながら、表面に四角錐を貼り付けて、表面積を無駄に大きくしてみた。掃除が大変そうだなぁ……。
将来、きっと『ハリネズミの塔』だなんて言われるんだろうなぁ。ノクスフォド公爵はあまり芸術には明るくないから、この形状が機能的なものだと説明したら、すぐに納得してくれた。
ということで二箇所の建築現場を監督しつつ、エミーを迎える準備をしているところ。
はぁ、今日もグリテンの空は曇天なり、と。
【王国暦124年12月20日 12:07】
午前中にアーロンから連絡があった。亡命者が二名、ポートマット騎士団に保護されたというのだ。
亡命者そのものは珍しくはないんだけど、今回は特別。王族――――第五王女とその従者なんだとさ。レックスとトーマスに照会したら、いつぞやにお忍びでポートマットに来た、パンツ盗難の被害者たちだった。
王女たちはレックスとの面会を希望しているらしく、レックスも快諾してくれたので、ド級でエミーと一緒にブリストに来るはず。ド級はエミーを降ろした後、私はレックスを連れてポートマットに移動する。時計部品を受領して、その足でブリストに戻ろうか、とプランを練っているところ。ラナたんに会える時間があればいいけど、ドロシーに任せっぱなしにしてもいいかな。
しかしなぁ……。
ついに王女まで亡命してきちゃったのか。予兆はあったにせよ、王族が逃亡してくるのは、事態が急変したってことよね。聞いていた話では継承者同士の内部抗争で、いわゆる市民革命みたいなものではないと聞いていたけど……どうなんだろうねぇ。
ん、ってことは、プロセア皇帝が崩御でもしたのかしら。大陸の情勢を知る、生の声は是非聞いておきたいわね。
そうなると、エミーを含め王宮としては、不測の事態に備えたい気持ちの方が大きいだろうねぇ。ただ、今のところ大陸から攻めてくる兆候は見られないという報告だったし……。むしろ、あんまり気持ちの良くない報告としては、イアラランドはガブリン港に漁船や商船を含めて、徐々に集結中の傾向アリ、という情報がもたらされている。これを報告してきたのは巡回中のパスカルが乗船している『キング・スチュワート』から。
それを裏付けるのは、イアラランドはガブリン駐留の騎士団に所属するケダモノ騎士ことフィリップ・ロンからの情報で、ウェルズからの侵攻に注意せよ、と王命が下り、陸上戦力がガブリンに集結中とのことだった。
陸上戦力だけならそんなに心配しなくてもいいんだけど、船も追従して集結中ということは、防御に備えよ、という命令が一転、侵攻の命令に変わる可能性もあるってことか……。
船の数が増えている……というのは、三日に一隻ずつ……微妙に増減を繰り返して……みたいなペースらしくて、全体としてこの二十日で五隻、入港したままの船が増えたんだとさ。普通なら気付くものじゃないよね。この執拗さは商業ギルドに通じるものがあるというか……。まあ、良く調査してるよねぇ。
見ようによっては、ウェルズ併呑宣言は、『次はイアラランドいきまーす!』って捉えるのも宜なるかなというもの。『キング・スチュワート』がこれ見よがしに遊弋しているとなれば、むしろ挑発しているのはグリテン側だ。言い分は当事者によって変わるだろうから……お互いが火に油を注ぎまくってる状況よね。
ウェルズ併呑が……グリテンを取り巻く国際環境を動かす、これこそが火種になっちゃうのかしら。
【王国暦124年12月20日 15:15】
「ちっ……黒魔女……」
ノクスフォド公爵の館に戻り、首尾を報告すると、小柄巨乳シスターに出会った。
「ああ、コーネリア嬢が戻ってきたそうですね?」
「何でもお見通しって顔しやがって……」
ペッとシモンは唾を吐き捨てた。これでインプラントしてるんだから凄いよなぁ。
「まあ、ラルフから話は聞いていますけど、詳しくは話してくれなかったんですよね」
「女王陛下の腰巾着の小物ヤローか! お嬢様を誑かして何が面白いんだか!」
ブワッとシモンは唾を霧状に放出した。ああ、あの怒娘は意外にも領民や騎士団員に人気なのかな。もしくはシモンが個人的に親しいのかもしれない。
「どうも誤解があるようですね。婚約者の候補に挙がったというだけで、先走って暴走したのはコーネリア嬢なんですけど」
ついでにノクスフォド公爵も舞い上がってたっけなぁ。
「そんなの聞いてるわよ。くそっ、お嬢が不憫で……くそっ」
「家格が釣り合うかどうかの基準で探すと難しいですが……性格が合う人ならコーネリア嬢に相応しい人は結構いるかも……」
「マジで…………?」
「確約はできないし、コーネリア嬢本人の意思も確認しないと」
うーん、商業ギルドの四角い顔の人や、建設ギルドのやりくり上手の人は、確か独身だったはず。ストレス耐性も高いし、適性はあると思うのよね。しかし、この二人のどちらかとコーネリア嬢が抱き合ってる場面が全然想像できないのも確か。
こう言っちゃなんだけど、ラルフなら想像できるのよね……。そうなると、ラルフが何と言ってコーネリア嬢を説得したのかが気になる。
「あのお嬢が、自発的に異性に興味を示したのは初めてだったのよ」
「え、初恋ってこと?」
シモンは重々しく頷いた。そっか、だから周囲が応援しちゃってるのか。見ようによっては、王都ロンデニオンに対する秋波と捉えることも出来るけど、純粋な恋心とすれば、確かにちょっと不憫にも思える。同じく純な恋心を持って対峙した壁妹と一体何が違ってしまったのか……。
ラルフは何て言ってたっけ……。
「翻訳する人だ」
「はぁ?」
「翻訳する人が必要なんじゃないかな」
「何を?」
「コーネリア嬢の言っている事、態度で示している事、その意思を翻訳して伝えられる人が常に側にいるなら、ラルフはコーネリア嬢を第二夫人にする可能性があるかも」
「第二か……」
翻訳者を探す方が、コーネリアに合う男を探すより簡単そう。流石のシモンも、第一夫人が決まっている段階でねじ込むのは難しい、と納得している様子だった。シモンを見ていたら、落としどころとして、これでいいんじゃないかと思えてくる。
っていうか、コミュ障なのは否定しないんだなぁ。このシモンだってコミュ障って言える人だし……。
「公爵なら間違いなく翻訳してくれるわね!」
こりゃ良い人選だ! とばかりにシモンは目を輝かせた。
「領主を側仕えで置くとかあり得ないでしょうに。っていうか、あの人にだって翻訳者が必要じゃないかな……」
「え、なんでよ? 公爵は表情豊かでわかりやすい人だわ?」
――――駄目だコイツら。




