※街中の迷宮
【王国暦124年12月15日 07:51】
通常、新規の迷宮を建設する時は、管理階層を一つ作り、管理プログラム任せでお隣のエリアを作っていく。お隣のエリアが希望の階層まで完成したところで、そちらの深い階層まで管理階層を移す。
――――という手順なんだけど、今回の『ブリスト中央迷宮』は既に街が出来上がっているところの地下を掘るために、あまり広範囲の建設用地が得られないこと。迷宮に隣接した場所に石材の採掘場所がないため、半自動で建設を進められないこと。
以上の点から、新規迷宮の第一階層を仮の管理階層にして、そのまま下に掘り進み、第十階層が出来たところで本管理階層を設置、というやり方にしてみた。魔導コンピュータルームを第十一階層に設置するので、外部に開放するのは第九階層が最下層ということになる。
このブリストの街は斜めに傾いたクレーター状に抉られたような形をしていて――――実際にクレーターなんだけど――――南端部は人為的に削られて直線になっていて、ここが港になっている。
港の使用区分は明確に分けられているわけではなくて、一つの港を軍港、商用港、漁港と共用していて、かなり混雑している。この辺りは別途、他に軍港を作るなり、拡張しないと街の発展を阻害しかねないし、何より危険過ぎる。
ポートマット港は横に長いということもあるけど、港の機能を分けていたから混乱は少なかった。対して、このブリスト港は、規模の割には狭いと言える。
まあ、今回は港には関わらないことにしないと、歯止めが利かなくなっちゃうから、指摘なんかしてやらない。
クレーターの北部、坂の上に領主の館があり、その敷地内西側が迷宮の建設地点。領主の館に隣接しているのは、騎士団駐屯地の敷地でもあるからで、万が一、迷宮が暴走した場合の封じ込めには最適の地点であると判断されたから。立ち退きに関する土地の収容費用が安く済む、という理由もあるみたい。
そもそも、ノクスフォド公爵が、ブリストの街中に迷宮の建設を請願したのは、インフラ整備のためで、主に下水道網の構築と、浄水施設の建設をしたかったから。今までは北方面からの下水を、そのまま南端の港の方へ素通りさせてたのよね。それで港付近の水質汚染がシャレにならなくなってきたと。人口増がそもそもの要因ではあるけど、湾曲した、坂の多い土地柄という地形的な特徴が短所になってきちゃった。
なので、まずは南端部に下水の貯水槽を作る。
南端部からの下水を北端の迷宮に持っていこうとした場合、迷宮の深い階層は地下百五十メトルほどなので、①のように重力まかせに出来なくもない。とはいえ、①だととんでもない深部を掘り進むことになって、あまり安全な工事だとは言えないし、下水伝いに迷宮の深部に辿り着けるのは保安上よろしくない。
ということで②のように地形沿いに大きな下水管を作り、ポンプで汲み上げ、迷宮の第二階層辺りに直結させる。機能の維持のため、この下水管も迷宮扱いしなければならず、出張施設のある迷宮、という形態になった。
処理した下水は、雨水も集めることになるので結構な量が想定された。ので、ブリスト街道を越えて、かなり北の方に貯水池を作り、ポンプで汲み上げて排水する。③の地下トンネルと池を直結しないのは、サイフォンの原理で排水効率が下がるのを懸念したため。っていうか、②も③も、ヘロンの噴水っぽいよね。
常時圧を掛けていると管の劣化が早まるし、魔力効率も悪いので、南端部貯水槽に下水が溜まり次第、断続的に動かすようにするつもり。
下水管に見せかけた迷宮施設……の埋設は、建設ギルドブリスト支部のギルド員たちが手伝ってくれた。
万が一、処理量が多くて魔力が必要になった場合のことを考えて、下水管伝いに『魔力吸収』の魔法陣を仕込んである。下水管だけではなく、上水管、蒸気管に加えて…………。
【王国暦124年12月15日 10:18】
「黒魔女よ。これは一体何だ?」
クワッ、とノクスフォド公爵が怒った顔で訊いてきた。この表情でも驚いているんだから面白いよね。
「坂を往来する運搬設備です」
間違ってはいないかなぁ。
「これは……馬車ですか?」
細面の僧侶ことノクスフォド公爵の懐刀、エコー・ワイズベルが訊いてくる。どこにも馬なんていないんだから正解ではない、と知っての質問だった。
「んー、まあ、そんなようなものです」
完全に嘘です。
「ちっ……馬はどこにあるのよ……」
小柄巨乳シスターことシモン・オードネルが文句っぽく訊いてくる。
「内蔵しています」
してません。
「御者はどこにいるの……?」
ブリストの魔女ことイーストン・ウェンライトも、怪しげだ、と言わんばかりの視線を向けてきた。
「内蔵しています」
してるわけねえだろ……。
「で、だ、黒魔女よ。この鉄の箱は一体何だ?」
もう一度、ノクスフォド公爵が訊いてきた。何が何でも、これが鋼索鉄道だなんて正直に言う訳にはいかない。
「荷運び、もしくは客運用の……屋根付き台車ですね」
「何でコレ、車体が斜めになってんのよ?」
「坂道を走るからです」
「どこに馬が入ってるんだろうか。子馬?」
「子馬ですね」
「御者はどこにいるの? 小さいの?」
「小人の御者が入ってます。じゃあ、使い方を説明しますね」
面倒臭いので質問を打ち切った。はいはい、内蔵されてないけど、されてるってことでいいよ、もう。
「この乗り物はフニクラーと呼びます。迷宮から動力を得て、自動で上り下りをするものですが――――」
「大陸南方の言葉か……?」
「さすが公爵閣下、よくご存じですね。『フニコラーレ』のグリテン語読みです。ブリストにも交通局を設立して頂きたいんですが……。不可能なら国営になります」
「ウチでやろう。客貨を切り替えて使うのだな?」
さすがは領主様、即断してくれた。
「その通りです。今、レールの上に乗っているのは客車です。無蓋の車両もありますので、そちらで港から領主の館付近の荷物集積場まで運び上げます。こっちが本来の用途でしょうね」
「うむ……」
リフトは元々作ろうと思ってたので、本当は元の世界のサンフランシスコにあるケーブルカーみたいに、循環する鋼鉄製ケーブルを掴んで走る方式にしようかと思ってたんだけど……。
こういう、上り下りを同時に出発させて中間地点ですれ違いをさせるのは交走式、もしくは釣瓶式と言って、循環式とは別物なのよね。循環式は輪っかにして一方方向にしか回さないから、路線は複線が必要になるもんね。今回はまだニーズがそれほど知られておらず、高まってもいないので、まずは交走式で、車両を切り替えることで客貨両用にしたわけね。
ふはは、もう、ここまで来ると、これが鉄道じゃない、って言い訳が苦しくなってくるなぁ。まずは短距離で『使徒』チェックのスルー実績を作り、グダグダのうちに認めさせてやるわ。
【王国暦124年12月15日 12:51】
下水処理システム、ケーブルカーの運用は迷宮任せのところもあるからそんなに難しいことはない。むしろ告知して住民に周知させるなど、広報の方が重要だったりする。
たとえば、ケーブルカーは専用軌道ではなく併用軌道なので、馬車や人が通行する。ケーブルカー通過時にはベルを鳴らしながら走る……など。ルール作りの方が面倒になるし、こちらにマンパワーを割いてほしい、とノクスフォド側には伝えた。
その一方で………。
「ふむ……では、迷宮としては冒険に足るレベルの施設ではない、ということか」
グワッ! とノクスフォド公爵が怒った顔で訊いた。
「機能維持のために魔物を飼っているようなものですから。規模としては……そうですねぇ、ブリスト南迷宮の1/10ってところじゃないですかね」
魔物や、侵入した冒険者から魔力吸収を得られない分は、下水道経由の魔力吸収だけど、それだけでは不足する可能性もある。
「あの『塔』は作らんのか?」
まるで詰問されてるみたいに言われた。魔力が不足するなら作りたいところだけに、心を読まれた気がした。
「建設する土地が北側にはないんですよ。最低限の広さ、というものもありますし」
「では、南西側はどうだ?」
クレーターの縁付近は地盤が軟弱なので、もう少し硬い地盤の外側に作ることになるか……。やけに『塔』に拘るなぁ。ああ、物見台が欲しいのか。
「では灯台として作りませんか? それほど高い建物には出来ないと思いますが、物見には十分でしょうし」
「うむ。もう一つ、作って貰いたいものがある」
リクエストが多いなぁ。あのストルフォド公爵が必死になってるのは、後世に何かを残したいという気持ちがあるからだろう。私もその気持ちはよくわかるので、面倒を厭わない姿勢を保つ。
「何でしょうか?」
「フニクラー? の車両同士がすれ違う場所辺りにな、時計台を作ってほしいのだ。『通信端末』で参照すれば確かに時間の統一は図れるがな、所持していない領民も多かろう? わかりやすいランドマークとしても、物見台と同じくらい重要だと思っておる」
うん、ズバリ物見台って言ってるね。しかし時計台か……。確かレックスやサリーがポートマットの時計台を受注してたみたいだけど、どうなったのかな?
「わかりました。見積もりを提出致します。正式にはそれを見てから判断して頂ければと思います」
「お手柔らかに頼むぞ」
ギロッと睨まれた。完全に脅してるよなぁ……。
実際のところ、作ろうと思えばそんなに手間も時間も費用もかからない。でも、手順を踏むことは大事だと思うのよね。建設ギルドブリスト支部には、時計台の見積もりを出すように指示を出しておいた。灯台の方は半分だけ迷宮施設になるので、私がやる方向で調整しようっと。
説明と引き渡しを終えて、ノクスフォド領地の重鎮の皆さんに挨拶をして、迷宮の方へ足を向けようとしたところで、イーストンの弟子、ゲドが小走りにやってきた。
「お館様……!」
表情は切羽詰まっていた。何事か起こったのかな。そんなことより迷宮本体の方ももうちょっと調整する必要があるから、そっちに行かなくちゃ……。
「うむ。見つかったか?」
「正確な位置は不明です。が、ウェルズ方面へ向かったのは確かです」
「まさか……。まさかな!」
グオオオオ、と怒髪天を突いたかのようにノクスフォド公爵が激昂した。本人は普通にしてるんだろうけど、怒ってるようにしか見えない。
「はい、マッコーキンデール卿とご子息がウェルズに滞在しております。結婚式を挙げるという話もあり……」
と、ここで聞き逃せない言葉が聞こえて、足を止めて、振り向いた。
「ラルフが何か?」
「黒魔女殿……。ご無沙汰しております。はい、ええ、あの、その……」
ゲドは私とノクスフォド公爵を交互に見て、話すのを躊躇った。
「よい。コーネリアが行方不明でな」
怒娘が行方不明? 思わずコーネリアの端末の位置情報を検索する。すぐに、一番近い『めいちゃん』である、この迷宮から端的な言葉で念話が入る。
「ん―――――。ウェルズにいますね。セバン川下流……新港の北東。恐らく街道を南下中」
これは良くない話だなぁ。
「わかるのか!」
「これ、誘拐の可能性は?」
「いえ、恐らく、モネが随伴しています。そのう、マッコーキンデール殿に会いに行かれたのではないかと」
ゲドの証言から、レネ・モネの所在も確認すると、確かにコーネリアと一緒にいる。二人旅逃避行にも見えるけれど……?
「結婚式とやらに乱入するつもりだな」
ノクスフォド公爵が怒りながら言った。ちょっと楽しそうだった。おいおい、リアル『卒業』とかやらかすつもりなのか。男女が逆のような気もするけど……。
「コーネリア嬢は……まだラルフを諦めてなかったんですか?」
「周知されるまではまだ他の男ではない……などと言っていたな」
娘のハチャメチャな行動を諫めるどころか、面白がってるのか。
「お館様……!」
ゲドはそんな領主に諫言をぶん投げた。
「ええい、わかっておるわ。コーネリアを保護せよ。ウェルズと外交問題にしてはならん」
併呑の時期が近いから、外交チャンネルを使うのは問題がある。ノクスフォド公爵は、部下の騎士団に、怒娘の捕獲を命じた。っていうかぶん投げ返した。
微妙な情勢の隣国へ部隊を展開する訳にもいかないだろうし、ブリスト騎士団ってば荒事は得意でも、潜入任務とか下手そうだもんなぁ……。
「なら、当事者であるラルフに出張ってもらいましょう」
私は動き出そうとしていた騎士団幹部たちを一言で止めた。
今一番素早く事態を収束させられるのは、密入国ではなく、正式なルートでカディフに滞在しているラルフだろう。っていうか騒動の中心にいるわけだし、本人が望んだわけじゃないだろうけど、責任は取ってもらおう。
――――サウンド・オブ・サイレンスが響くのかなぁ……。響かないよなぁ。
※代わりにフニクリ・フニクラが響いたりして。なお、このケーブルカーのモデルは近鉄生駒ケーブルカーであります。




