肉の補完計画
【王国暦124年11月24日 19:14】
ロンデニオン西迷宮南東2エリアは、今までは第七階層が最下層だった。
そこに一階層を追加して、第八階層を掘る。ここから東へ向けて、円形に横穴を掘っていく。
進路状の真上にお堀があるんだけど、基本的にこの深度だと岩盤内部を掘り抜くから浸水対策も最小限で良さそう。シールド工法が大活躍する……予定。
《それでこんなに作らされておるのかのう……?》
同じものを大量に作らせるとノーム爺さんは不機嫌になる。でも、しょうがないわよね。セグメントは必要だものね。
「まあまあ。イフリートがいるから金属加工も楽になったでしょ?」
《この俺様が、細工物を作らされてるとか……ありえねえぞ……?》
《暴れん坊は……黙る……?》
「うんうん、小さいことは気にしない。しばらくはセグメント作り。トンネル工事は後で一気にやろうね」
《待ち遠しいのう……?》
「うん、私もだよ。その前に幾つか試金石があるんだけど。それを乗り切ってからだね」
このトンネル工事に踏み切ったのは、ロンデニオン城の球体殻に、物資搬入用エレベーターと強弁しているリフトの設置が無事に完了したから。完成時期が丁度イフリートと戦ってる最中だったりしたということもあるだろうけど、実態は鉄道なのに『使徒』にスルーされた。鉄道の定義が曖昧としても、ちょっといい加減だなぁと思ったり。
ま、こちらとしては願ったり叶ったりかしら。もうさ、鎖国してグリテンだけ超発展させちゃえば他国への抑止力になると思うんだけど、どうなんだろうね? ド級がスルーされてる時点で、もう色々アウトじゃない?
ド級と言えば、次なる迷宮艦の建造が始まっている。
現状、ド級の大きさが最小なので、さらに小型化してみる、という方向性を考えての実験艦。空戦機能を排した状態なら、小型化は可能なんじゃないかと。
建造場所はポートマット西迷宮のドックで、イチたちに作業を任せている。ノーブルオーク、ノーブルミノタウロスはそれぞれ五百名ほど。ロンデニオン西迷宮で産まれ、ド級によってポートマット西迷宮に運ばれて、学習をしながら個体数を増やしている。今は雌の個体を重点的に増やしているので、何年か後には二世が産まれてくるはず。
く………他人っていうか他魔物の子供のことはスムーズに考えられるのは何だか馬鹿らしいというか悔しいというか、納得できないものがあるわね……。
ポートマット迷宮とロンデニオン西迷宮の迷宮都市では、もう普通に魔物が服を着て歩いていて、驚きの目で見ているのはインプラントをされていない外国の人だったりするので、漏れなく騎士団が引っ捕らえてインプラントを施していくので……。本当の意味で受け入れられているということではないけど、市民権を得ちゃってる感じ。
ただし、それが将来に渡って保証されるか、というと不明なのよね。いつ何時、何が迫害されるか、なんてわかんない。それが宗教であれ種族であれ。
だから、ある程度は自助努力というか、生み出しておいて勝手な言い草だけど、頑張って生きていってほしいなーと。
ああ、小型艦の建造と同時に、ポートマット西迷宮ドックは二番ドックの増築が始まっている。
迷宮と魔物だけの作業だと間に合わないので、建設ギルドに話を通して、大量の季節労働者を雇用して、人海戦術でやらせている。
この労働者たちって大陸から人が渡ってきてるんだけど、これはどうも大陸の情勢が不安定になっていることと関係しているらしい。
通常だと領民の移動なんて領主が許可しないんだけど、大陸側にある港……たとえばカーンの港なんかに集結しているのは、もっと内陸に住んでいる人たちが難民化した人たちで、つまり何かしらの戦いがあって焼け出されてきたと。カーンの街がある領地で許容できる数を超えてしまっているのは明らか。
ぶっちゃけのんびり慰安旅行なんてやってる場合じゃないんだけど、大陸に調査官は既に送っているし、別に手助けするわけでもない外国に対して出来ることはない、ってことかしら。
幸いに、と言っていいものかどうか、ポートマットには収容可能な難民キャンプが既にあるので、今更対応には困っていないそうな。グリテンは慢性的に労働力不足ではあるので、逆に助かっちゃってるという側面もある。スタイン辺りも、渋面とホクホク顔と半々ってところだろうね。
仮設ではあるけど、移民局が作られるって話も聞いてるから、ロンデニオン西迷宮の迷宮都市にあるアスリム街のように、そのうちインド人街や中華街やユダヤ人街なんかも出来るんだろうねぇ。移民や難民を扱うにあたって注意しなきゃいけないのはコミュニケーション不足だと思うのよね。
迷宮都市ではシシカバブとかアスリム風料理は、非アスリムにも一定のファンがいるし、日に何度かのお祈りをしている人を見ても、別に奇異な視線を投げる人はいない。
むしろインプラント施術後は、自分たちの文化を発信しようと頑張ってる人をよく見かける。これも『迷宮を大事にする』ことが根底にあるから、それ以外で自己表現をしているようにも見える。
ネイティブのグリテン人っていうのが何なのか、アイデンティティが曖昧ってこともあるんだろうけど、違うコミュニティ同士でも、それなりに上手くやってるのは、それぞれにコミュニケーションを取ろうとお互いにアンテナを張る努力を続けているから。
一応、ありがちなトラブルで喧嘩したりもあるにはある。でもまあ、喧嘩で仲良しになったりもしてるから、友情、努力、勝利が毎日溢れていたりする。
迷宮都市での多種族共存の――――紆余曲折はあれど、概ね成功――――は、貴重なサンプルになっていると思う。
そうやって入国した人間の全てに、強制的に共通認識を持ってもらえれば、管理も統治も上手くいくはず。歪んでいると自分でも思うけど、そのくらいの悪辣な手段でも用いなければ、平和で健全な社会を営めないと思うのよね。
この見解は、私と同様、エミーの見解でもあって、人間が大変に残念な動物だ、という諦観と嘆きが根底にある。エミーが博愛主義者でもあるから、まだこの程度で済んでいる、とも言える。将来の、エミーの後に続くグリテンの統治者がマトモであればいいけれど、それに関しては本質的に否定的なのよね。
ホント、未来コンピュータが暗殺ロボットを過去に送り込む気持ちに同意しちゃいそうになる。
ああ、溶鉱炉を思い出しちゃったので、建設ギルド経由でポートマットのロール工房に大量の発注をかけておくことにした。『使徒』チェックが入りそうな一品だけど、ロンデニオン城迷宮のリフトもスルーされたから大丈夫だろう。
ノーム爺さんがそろそろ飽きた……というタイミングでセグメント作りを一度切り上げて、夕食を摂ろうと、地上の迷宮都市へと向かった。
【王国暦124年11月24日 19:44】
別に夕食はカップ焼きそばでも良かったんだけど、喪女レベルが上がっちゃいそうで、昼食以外では(なるべく)食べないようにしているのよね。
それに、アスリムの事を考えたので、今日の夕食は羊肉の薄切り焼き肉サンドに決めた。ロンデニオン西迷宮の迷宮都市には三つくらいアスリムレストランがあって、そのうちの一つがシュクランさんのお店。シュクランさんは通称で、本名はアクラムさんと言うんだけど、いつもニコニコしてありがとう、って言ってるので、そんなあだ名が付いた。迷宮都市が出来てすぐ、掘っ立て小屋みたいな屋台で串焼き肉を提供し始めたという、この地におけるアスリムの顔役みたいな人。
この時間でも煌々と灯りに照らされる迷宮都市はまるで不夜城のよう。シティーハンターとか新宿鮫とかが居着いていてもおかしくはない。冒険者風の人、商人風の人、建築労働者風の人……などなど、雑多な人が赤ら顔で気持ちよさそうに大声を出しているのが聞こえる。人通りは多く、これでも治安はいい方。少なくとも、王都でこの時間に、これほど多くの酔客が集まっている場所は他にない。
別に飲み屋街を作ろうと思ってたわけじゃないのに、これはどうしたことだろうねぇ。何十年か後には、思い出横丁とか飲んべえ横丁とか言われるのかも……。うん、そうなったらゲテモノ屋さんを出店しなければ。ん……となるとホッピーも開発したいところ。これ自体は0.8%アルコールだっけ。私に残るムダ知識によれば、ホッピーは関東圏が中心の飲み物なんだとか。『バリー』やウェルズのノンアルコールビールでもいいんだけど……。うん、開発する動機はあるんだから、作らねばなるまい。
謎なやる気に満ちた私は、シュクランさんの店に到着した。
「こんばんは。ドネルケバブ一皿とピタパン一つ。下さいな」
「ありがとう!」
シュクランさんは浅黒い肌なので白い歯が目立つ。以前はこのお店も単なる屋台だったのに、今では石造りの立派な店になっている。迷宮都市内部にも木造建築は結構あったんだけど、防火の必要性が高まっていることもあって、石造りへの立て替えが推奨されるようになった。建設ギルドがやってきてからは、それが更に加速したような気もする。
店内は頭にターバンを巻いた人だけではなく、白い肌の人も黒い肌の人も混じっていた。このお店はアルコール類の提供がないのを知っていて、それでも通う常連さんなのだろう。アルコールが苦手なのは私だけじゃない、と妙な共感を持てるので、この店はお気に入りだったりする。
「盛況ですねぇ」
「ありがとう!」
シュクランさんは聖教風に合掌をしてお辞儀をした。アスリムの人は頑なに自宗教の戒律を守る人が多い中、郷に入りては郷に従えの柔軟な姿勢が見える。
垂直の串に刺さった薄切り肉の積層を回転させながら外側から炙り、焼けたところからそぎ落としていく。肉を薄いパン――――ピタパンで受け止めながら、肉汁も逃さないのが重要らしい。
当初、シュクランさんが提供していたのはシシカバブだけだったのを、私がまたイランことをして、この回転台を作って、半ば強制的にドネルケバブを提供してもらうようになった。ちなみにこの料理の発祥は(イランじゃなくて)トルコ辺りで、比較的新しい料理だったはずなので、ケバブの歴史を変えてしまったのかもしれない。もう一つ、香辛料が物凄くお高いのに、私が裏から手を回してシュクランさんには安価に入手させている。
これだけ優遇しているのは訳があって、聖教でも新教でも旧教でもない、異質の宗教観を持つ人たちの流入を、私が警戒していたため。結論から言えば、それほど警戒する必要もなく、結果として香辛料を使った料理を安価に提供する店が残った、というわけ。
シュシュシュ、とナイフで肉を刮げ落とし、パンには肉汁にまみれた薄切り肉が積み重なっていく。薄く切った肉をまとめて、また薄く切ってるんだから、よくわかんない料理だよね。
「ありがとう!」
シュクランさんが肉山盛りになったピタパンを私に差し出した。付け合わせは生のタマネギのスライス、キャベツの細切りと薄切りトマトが入る。それでも野菜不足が懸念される料理よね。味付けはヨーグルトソースにケチャップを混ぜたモノ。オーロラソースって言えなくもない。
山盛り過ぎて肉が全然ピタパンに挟めていない。この料理を包んでいるのは紙で、どうやらこれ、ポートマット聖教会のカミラ女史が絡んだ新作の紙らしい。耐水紙っていうか油紙みたいな。料理を包む紙、とのことで、コルン、オダ、パン屋との共同開発なんだとさ。
両手に一杯の肉と野菜を渡されて、私は瞬時に破顔する。
「おお! ありがとう!」
「ありがとう!」
シュクランさんも喜んでいる。
「ありがとう!」
「ありがとう!」
店員たちが連呼する。何だかつられて、店内にいた客たちまで連呼し出した。
「ありがとう!」
連呼されて恥ずかしい気持ちになりながら、私は足早に店を出た。
未だ賑やかな路地を歩きながら、食べにくいドネルケバブを端からぱくつく。行儀が悪いとエミーに怒られそう。でも、口にソースをつけて歩いていたら、恋に巡り会うかもしれないじゃない?
「うーん!」
仕事がしてある柔らかい肉と溢れる肉汁、キャベツの歯触り、タマネギの香気、トマトの旨味。それをまとめるオーロラソースの酸味。おおお、イノシン酸とグルタミン酸の協奏曲や!
何だかいい加減な料理だけど、妙に満足感があるのよね。ファストフードはこうじゃなきゃね。
――――肉にありがとう! 野菜にありがとう! 全ての食材に、ありがとう!
作者にケバブサンドブーム到来中。