火の不死勇者オダ
【王国暦124年11月14日 7:25】
炭化してさえ復活したオダなので、その復活に疑いはない。
今のオダは見た目には綺麗な顔をしている……死んでるんだぜ、これで……。
まあ、顔が本当に綺麗サッパリなくなってる。目の部分が特に焦げてるわね。
「勇者様!」
そのオダが死ぬ原因になっただろう、ずっこけていたマザー・ウィロメラが声を掛ける。声が全然黄色くないので、あざとさだけが前面に出ている。偽善者の発露かもしれないけれど、短い旅の中であっっても醸成された親愛の情は本物だと思いたい。
「マザー、こちらへ!」
厳ついけれど気が利く男、ゴリアテが叫び、シモンが飛び出してマザー・ウィロメラを抱き起こす。シモンは小柄だけれども巨乳で、一時的になら結構な力持ちになれる。なお、巨乳と力持ちに相関関係はない。
「ああっ!?」
「お静かに」
シモンがマネキン人形を持つようにマザー・ウィロメラを抱えて駆け出し、ゴリアテがそれを壁のトンネル出口まで誘導する。カレンとネイハム司教はすでにトンネル出口付近まで退避していて、こちらの様子を窺っている。
「一度退避を!」
私も叫ぶ。イフリートが静かになっている今が退避のチャンス。最低でもイフリートとコミュニケーションが取れる距離まで近づかないと契約とかできないし、この距離を縮めるための壁として、皆には来てもらったわけだし。
「了解ですっ!」
ゴリアテが反応して、退避を終えたのを確認すると、私は死体のままのオダを見下ろして、ついでにその辺りにいるだろうイフリートに宣言する。
「イフリート、契約されちゃいなさい」
《バーカ。こっちに優先権があるんだよ!?》
現界はしておらずとも、意思が伝わってきた。
ああ、なるほど、イフリートがオダを倒したので、イフリートに選択権があるのね。普通は自分を倒した者に傅くと思うんだけど、そういうメンタリティなのか、ルールなのかはよくわからない。
《うむ、普通は逆じゃ。主の言う通りじゃの?》
ノーム爺さんが私の意見を肯定する。ノーム爺さんの場合、私がジュリアスを倒してノーム爺さんがフリーになったから、現状の主より強いと認められたので契約の選択権が私に残った。精霊が倒した相手に対して契約を迫れるっていうのなら、別に強い相手じゃないよね?
《てめえらと一緒にすんなよ?》
依然としてイフリートは挑発を続けてくる。オダの方も動きを見せない。っていうかまだ死体の状態だ。イフリートが私じゃなくて、オダを狙ったのは、指示とか言ってたけど……。
「かーっ、ひゅぅー」
あ、オダが復活した。ビクッと痙攣した後に、声にならない声が気道から漏れた。
「オダ――――」
私が声を掛けると、オダの目がカッと見開いた。焼けていて、瞼がパリッと剥がれた。眼球がドロリ、と中身を垂らし、それは涙のようにも見えた。
「かはっ!」
オダが頭を抱えて跪く。
《フハハハハハハっ?》
イフリートの笑い声が響くと、オダは全身の力を抜いた。
どうやら…………イフリートがオダとの契約に成功したみたい。ユニークスキルに『精霊魔法(火)LV10』っていうのが増えた。もう一つのユニークスキルである『不死』は、とうとうLV9に達している。
「ぐはっ、ぐっ、ぬおっ」
《美味え魔力だ! 使わせてもらうぜ?》
契約したオダが苦しみ出す。自分じゃない存在に、自分の魔力を吸われているのだ。その嫌悪感は筆舌に尽くしがたい。オダが苦しむ間に、周囲の火精霊たちが再度、活性化を始めた。
《ふおおおおお……?》
イフリートはオダに残っていた魔力を使って復活を果たした。オダの体から炎が噴き出し、残っていた髪の毛と衣服が焼け、焦げた匂いに満ちる。
ゴワッ!
炎があがったのは一瞬だけ、それだけなのに大した火力だった。オダの皮膚の一部も焼けている。自画自賛ながらセラミック耐熱装備は傷ついていない。なので裸に貼り付いた鎧という、変態チックな格好になっている。
《こいつは……つかえねえな!?》
強引に契約して、勝手に契約者の魔力を使ったくせにイフリートが宣う。
火の精霊は元々熱に強い、ドラゴンなんかと契約するのが理想なんだと。その場合、人型じゃなくて竜っぽくなって、サラマンダーになるとか聞いた。精霊には決まった形状はないから、契約主や環境に合わせて変化するものらしい。その時の経験を積んだ群体が個性を獲得していくわけね。
この状態のイフリートを倒しても、オダとの契約は解除できない。
解除手段として一番手っ取り早いのはオダを倒すこと――――。でも、既に『不死』LVが9になっていて、魔力も枯渇していそうなオダを今殺すことは、LV10へスキルレベルを伸ばしてしまう。LV10になった時に何が起こるのか、一抹の興味はあるけども……。仮に魔力残量が潤沢にあったところで、単純に殺しても『不死』が発動するだけで精霊スキルは保持される。つまり、オダを消滅させない限り、イフリートは解除できないことになる。
そう考えると、ここでオダを殺すことは無意味ってことになる。オダを無事、ナナフシ姫の下に戻してあげたい……。オダは愚直で悪い男ではないし、ポートマットでは地味な活躍をしていたらしいし……。
指示とやらを受けて『不死』スキルの持ち主を襲って無理矢理? 契約させるとか、指示を実行したイフリートよりも『使徒』のいやらしさに怒りが湧く。
ここに至っては、オダはイフリートと共生して、使いこなしてもらう以外に選択肢がない。本人が死なずに使いこなせるようになるのかはわかんない。具体的な方策はないけど、諦めなければ何とかなるさ。
「オダさ――――」
声を掛けようとして『人物解析』によるスキル欄を見て絶句する。
オダの『不死』がLV10になっていた。逡巡していた間に、オダは……もう一度、死んでいたのだ。そうか、皮膚呼吸ができずに……。私のように『限界突破』がなければ、これがマックスのはずで、その後はどうなるのかわからない。
「ん――――。ふはっ、フハハハハっ!」
ぴょ~ん、と跳ね起きたオダは、狂ったように笑った。その様は、普段の自信なさげなオダとは違い、豪胆で馬鹿のそれだった。
これはまるでイフリートに乗っ取られているような……? そんなことあり得るの?
《わからん……?》
精霊たちからは否定的な解答がきた。何事が起こったのか、思考を巡らせるも、明確な回答は得られない。ちょっと待てよ……。これ、オダ、現状でも死んでるんじゃ? じゃあ、何で動いてる?
私が考え込んだ、一瞬の隙をついて、狂ったオダは掌を私の方に向けるや否や、勢いそのままに私の首を掴んだ。
「かはっ」
しまった……!
狂ったオダが周囲の火精霊をかき集めて放出した。掌から徐々に、肘の先まで炭化していき、ポロリ、と落ちる。
「かっひゅっ」
避けようもない距離からの一撃。
あ……私の喉が……炭化してる?
呼吸が……できない……。
苦しい!
このままでは遠からず窒息してしまう!
息が続くうちに……治癒魔法を……いや、狂ったオダが追撃しようとしているのが見えた。後方のカレンたちがこのオダ、いや、イフリートを倒せるとは思えない。相打ちでもここで倒しておくべき……。
あ、目の前が……暗転した。これって、酸欠?
何だ、案外私って簡単に死ぬんだなぁ……。
――――死亡が確認されました
――――ユニークスキル:不死LV2が発動しました。スキルの保全が行われます
――――復活に必要な魔力が不足しています
――――ユニークスキル:不死LV3を習得しました(LV2>LV3)
――――ユニークスキル:不死LV3が発動しました
いやいや、立ったまま復活しましたとも。しかし息が続かない! また死んじゃう! ログが流れに流れているけど、そんなのを気にする余裕もない! ああ! やっぱり死亡フラグが立ってた! 死んじゃった!
「フハッハハハハ!」
狂ったオダの追撃が飛んでくる! オダは残った方の腕を炭化させながら、火の精霊を纏わせて殴りつけてくる。
ぶおん……。
ヤバイ、もう一回死んじゃうかも……。
「嬢ちゃん!」
と、そこに飛び込んできたのは大盾を持ったカレンだった。
ガゴン!
熱波が止まる。
《ふん……?》
《ふぉぉ……?》
カレンと精霊たちが厚い壁になり、オダの攻撃を防いでくれた。
その貴重な時間を利用して、発動キーワードを言わずに治癒魔法を行使する。
「―――――」
やっとの思いで喉の修復を行う。
「ぷはっ!」
息を吸う。ああ、呼吸できるって素晴らしい! 空気が美味しい!
そんな感激と一緒に、私を傷付けたオダ……というか多分イフリートに怒りを向ける。暴れん坊にも程があるわ!
「ふんっ!」
手に持っている扇で狂ったオダを叩く。
「ふがっ!」
オダに纏わり付いていた火の精霊たちが吹っ飛ぶ。オダの肉体は両腕がないのに加えて、皮膚から肉が焼けた良い匂いがしていた。これが遠火の強火ってやつか! そうか、イフリートは契約者のことを思いやらない精霊なんだわ。
オダの肉体は焼けただれ、生きているのか死んでいるのか判然としない。内在魔力に満ちているのならば、ここで殺しても復活するだろうけど、LV10となった今では何が起きるのかはわからない…………。
「……………………」
心の中でナナフシ姉に謝りながら―――――――――闇短剣でオダの首を刎ねる。それは最初の出会いを再生したかのようだった。
スパン
軽快な音が響いて、オダの頭部が地面に落ち、胴体も倒れた。
「イフリート、契約する。勝手な行動はさせない」
《ケッ! てめえに……くそっ、何しやがる?》
――――火精霊イフリートと契約しました
――――スキル:精霊魔法(火)LV10を習得しました
「とりあえず黙れ」
《ぐおっ…………?》
イフリートが黙り込み、周囲の火精霊も活性化をやめた。カルデラ内部の気温が一気に下がる。
「ふう……」
体中から力が抜けて、ぺたん、とその場に座り込む。
頭がクラクラ、目がチカチカする。きっと、今の私の顔色は紫色をしているに違いない。髪の毛がゴワゴワするから、また焼けちゃったかな……。毎回髪の毛を焼いてたらエミーに怒られる。もう、こち亀に出てきたような育毛剤を真面目に開発しなきゃいけない気がするわ。
「じょうちゃん……」
飛び込んでイフリートを止めてくれたカレンも、半身に火傷を負っていた。唇がくっついていて、上手く喋れない様子だった。
そういう私も、『治癒』を行使しようとしても、体に上手く力が入らない。ゆっくり振り向いて、壁のトンネル出口に待機していたゴリアテ、シモンと視線を合わせて頷く。もう大丈夫だからこっちに来てくれ、という意思が伝わる。
マザー・ウィロメラ、ネイハム司教も小走りに近づいてきた。
私もそうだけど、カレンの方がより重篤だ。
「――――『治癒』」
ネイハム司教がカレンに光系『治癒』を施す。優先順位がちゃんとあるのは治癒魔法の使い手として正しいけど、下心が見え透いていやらしい。
「嬢ちゃん……。オダは?」
髪の毛が焦げた程度にまで回復したカレンが訊いてくる。
「わかんない。死んだのは間違いないけど……」
「ふん……声がしゃがれてるわ」
シモンに言われて初めて、まだ喉が元通りではないことに気付く。自分でやろうにも、体が鉛のように重い。これは……魔力切れか……。復活直後は魔力が戻ってないことがあるから、一度死ぬと連続で死ぬ可能性が高いよね。ということは、老衰でちゃんと死ねるかもしれない。そう気付いたことは、希望の光にも感じられたし、絶望の闇にも感じられた。
「オードネル卿、黒魔女様に治癒魔法をお願いしたい」
「ちっ」
ゴリアテが頼むと、シモンは舌打ちをしながらも私の喉に治癒魔法を掛けてくれた。この小柄巨乳シスターは、口は悪いけど、腕はいいよね。
「ふう………ありがとう。シモンさんに同道をお願いしてよかったよ」
「それで褒めてるつもり? ざっけんな、懐柔とかされないから」
シモンが照れた。
「勇者殿は……どうなったのでしょうか……」
マザー・ウィロメラが訊いてくる。修道服は泥だらけになっている。ネイハム司教も泥だらけで、二人からは聖職者の矜恃は見えない。
どうなったも何も、オダの頭部と胴体は離れてるんだから、死んでるに決まってるでしょうに。見りゃわかるだろ、と鼻を鳴らす。
「元々、勇者オダは、貴方がたの駒に過ぎなかったのでしょう? 哀悼の意を表する資格など、お二人にはないでしょうに」
冷たく言い切る。
「………………」
「それは……そうかもしれません」
「私も一度死にましたよ。これで満足ですか?」
二人とも地面を見つめていた……。けど、ネイハム司教が目を丸くして、私の方を見た。
「勇者オダが……!」
ネイハム司教の視線がオダに戻っていた。私もつられてオダを見ると…………ピクピク、と動き出していた。
胴体と分離している頭部は、口をパクパク、と開けて、何事か言っているようだった。
「こ、ろ、し、て」
唇の動きを見て、オダの意思を受け取る。
オダは――――不死者化した。
辛うじて自意識はあるかもしれない。しかし、オダの体に魔力残量がないのだろう。
「マザー・ウィロメラ。オダさんを浄化してもらえますか?」
「私が?」
「私は生き返ったばかりで、あまり魔力残量がないんですよ」
まあ、半分嘘。オダを浄化する分くらいなら余裕で残っている。要するに責任取れ、って言ってるんだけど、さすがの厚顔マザーも気付いたようで、口を一文字に結んだ。
「勇者オダ……ごめんなさい。ごめんなさい……――――『浄化』」
マザー・ウィロメラは本心からの言葉かどうかはわからなかったけど、謝罪を繰り返した後に『浄化』を発動した。
「あ、り、が、と」
顔が焼かれたままのオダの口が開いた。今度は感謝を述べていた。あまつさえ、それは笑顔にも見えた。
『浄化』の光が強くなり、不死者になっていた勇者オダが光の粒になり…………消えていった。
――――勇者オダよ、永遠に…………。
立て! 立つんだ、オダァアアアアア!




