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異世界でカボチャプリン  作者: マーブル
王都で奇食巡り
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紙のその後


「むう……」

 蒸し蒸ししている。

 外は寒々しい色の空が広がっているけれど、この部屋の中は蒸していて、灯り取りの窓は、そのまま湿気の排出口になっていた。サウナみたい。

「私、少し痩せてしまいました」

 カミラはニコリともせずに平坦な口調でそう言って、私に試作品を渡してきた。

 まだ厚ぼったいし、手触りも悪い。色も真っ白というわけではない。だけど、私が伝えた製法で、他人が作り上げてくれた。その事実が妙に嬉しい。


「おお……」

 思わず感嘆の声。私の声にも、カミラはニコリともしないで、

「まだまだです。まだ品質の向上は見込めます」

 と、平坦な中にも気合いの入った台詞を吐いた。割と凝り性なのかな?

「一応、仰るように灰汁で煮る方法と、その工程を飛ばす方法とで試しました」

「結果はどうでしたか?」

 私の問いに、カミラの目が光った。


「これでも私、初歩の治癒魔法は使えますので。魔力使用に関しては問題がなく、かつ工程を短縮できるため、灰汁で煮る方法は採用しなくて構わないと判断しました」

「なるほど」

「この土魔法で作った魔道具は素晴らしいものです。試しに洗濯物を漂白してみましたら、短時間で驚きの白さになりました」

 ああ……教会にはそういうニーズもあるのか……。

「必要なら、そういうのは別途作りますので……。この『晒し水機』も土魔法で仮に作ったものですし、好評なら陶器での作成も考えたいですね」

「是非そうして頂きたいところです。あのテーブルも素晴らしいです」

 孤児院の子たちが、棍棒を持って、テーブルの上で、木の皮を殴っているのが見える。

「あの殴る作業が、紙の滑らかさの最大の注意点とみました」

 注意点とはポイント、のヒューマン語直訳らしい。私は黙って頷き、カミラの言葉を待つ。

「いかに繊維を細かくするか、というのが重要で、刃物で裁断しても、滑らかにはなりませんでした」

「ああ、裁断機で試してみたんですか」

「はい、二度試してみました。ところが、殴ったものの方が、出来上がりが滑らかだったのです」

 刃物で裁断するなら、もっともっと細かくできるように砕かなきゃだめなのか。

「労力を考えると、何らかの対策は必要ではありますね。考慮します」

「はい、お願いします。漉きに関しては――――あの通りです」

 孤児院の―――年長に見える子が、割と慣れた手付き(に見えた)で溶液を漉いている。チャッチャッ、と溶液を網の上に漉くって、手前を下に傾けて、溶液を一様の厚さに伸ばす。傾きを元に戻してしばらく静止。水が切れたら、隣の台(これは私の作った台ではない)に枠を載せて、すのこごと、網を取る。今度は網ごと、漉いた紙を水切り台(これは私の作ったもの)に載せていく。結構な速度で一枚が漉き上がる。


「彼は紙作りの初期から、ここを手伝っていまして。レックスとサリーも、それなりの練度を持っていたのですが、トーマス商店に獲られてしまいまして」

 カミラは初めて、不満そうな顔を見せた。

「そうでしたか……。それは申し訳ございません。二人は元気にやっているようですよ?」

 私もお約束で、申し訳なさそうに謝罪した。

「いえ、彼らはいずれ出て行く身ですから。いい所に拾われたと感謝しています」

 とは言っても、作業手順が確立する寸前の引き抜きだっただろうから、不満に思っても仕方がないか。感謝、とは皮肉が過ぎる気もするけど。


「漉き枠と網は特に不具合はありません。使い勝手はいいと思います。さすがです」

 そりゃ、元の世界では寸分違わぬものを、職人さんが使っている道具だもの。

「干し台はどうですか?」

「いまのところは生産枚数が少ないので、仮設のものを―――」

 ああ、立てかけた木の板に貼り付けてあるわけね。仕上げの段階でそれじゃ困るか。

「わかりました。じゃあ、それについては早急に作りましょう。あとの問題は?」

「生産規模に関する問題ですね」

「一度に製作可能な数量に起因するものか、原材料に関するものか。どちらでしょうか?」

「両方ですね。生産量を増やすには一度に大量の材料を蒸せる鍋が必要です。逆に増やすことが可能だと、今度は原材料が枯渇します」

「植樹が先ですね。用地の選定は出来てますか?」

「いえ、特には」

「陽当たりのいい場所なら、畑の端っこで構いません。一度に蒸す機材はすでに構想があるので、原材料の供給が増えたら、生産量も増やせばいいと思います」

「コウゾの実は結構美味しいので……甘味替わりにも増やせればいいですね」

 甘味は、このグリテンでは貴重だ。実の甘さを思い出したのか、カミラの顔が僅かに緩む。ふむ、もう少しこの顔を緩ませてみたい。ということで提案してみる。


「林、ちょっと開墾してみましょうか」

 ちょっと? とカミラは首を捻る。

 首を捻った状態のままのカミラを連れて孤児院近くに向かうと、孤児院の中から、聖女オーラが光って見えた。

「エミーは目立ちますね」

「そうですか? 多少出来はいいと思いますが……」

「え、こう、圧倒されるような、気迫のような、空気のような、魔力のような……」

「どうですかねぇ……」

 カミラが鈍感なのか、やっかみで卑下しているのか、それとも、私にしか見えないとか。いやでも、トーマス商店のお客様なんて、しっかり厳かな気分になってたりしてたから、見えなくても感じるものはあるはず。そうでなければ、ユリアン司教がエミーを重用したりはしないだろう。もちろん、出自に関するものがあったとしても。

 エミーに関しての話題はこれ以上しない方がよさそうだ、と、私は林の方を見る。


 教会に植えてある木は、海に近い立地を考えると、防風林として重要だ。あまり無節操に伐採するものではない。

「んー、この空間なら陽当たりもよさそうですね。特に何もない空き地ですよね?」

「まあ、そのはずですが」

「じゃ、ちょっと離れていて下さい。―――『掘削』」

 ザクザクザク、と掘削を連続で発動して、表土を五十センチほど削っていく。『掘削』は特に指定しない場合には円柱状にえぐれる。土を適当に砕いて、適当に戻す。


「えっ……?」

「えーと、このまま雨が降るとドロドロになっちゃいますが。もう二回くらい掘り返せば、空気が通って植樹できる環境になるのではないかと」

「はぁっ……」

「コウゾは、生えてる側に、同じ葉っぱの形をした小さい木が生えてると思いますので、それを切り取って植樹していってください。できれば春までに」

「わかりました……。本当に非常識な……」

「褒め言葉と受け取っておきます。どこかでコウゾは見かけたら、持ってきますよ」

 そういえば――――迷宮の召喚魔法陣に大穴を開けた時に偽装した植物の中に、あったような。若芽なら布に包んで『道具箱』に入れられるだろう。


「他にも何カ所か掘り起こしておきましょう」

「はぁ……」

 後の植樹をスムーズにするためにも、空き地と見るや掘り返していく。全部で五カ所。千本とは言わないけれど、そのくらいは教会で栽培できそう。

 落とし穴を量産している気分になったけれど、それはカミラから全シスターに警告を飛ばしてもらうことにした。

「じゃ、ちょっと材料買ってきますので」

「わかりました」

 私が振り回した結果、憔悴した感のあるカミラは、努めて冷静な声で答えた。さすが、お局様はぶれない。


 エミーは孤児院で授業中だったのか、午前中は出てこなかったし。マリアは不在だったのか、顔を見ていない。まあ、どうせ材料買ったら教会に戻るし。


 材料の調達なら東地区。『風走』を発動して夕焼け通りを走り抜ける。


 まずはネスビット商店で、残りの網を受け取る。注文しっぱなしだったんだよね。

「細かい、仕上がり、満足」

 おー、ネスビットほどの職人が満足のいく出来とは。

「おお……美しい」

 ただの網なのに神々しい。これで手編みなのか。規則正しい目には、僅かな誤差もない。紙漉きに使うには勿体ない気もするけど、逆に言えば、これで漉いた紙は、きっと美しい仕上がりになる……はず。

「ありがとうございます。同じものを、あと五枚、お願いします。次回は教会の人が受け取りに来ると思います。お金は先払いしておきます」

「五枚、教会、わかった」

 お金を渡すと、ネスビットは困惑して、

「お金、多い、受け取れない」

「いえ、仕上がりに私も満足しているので。謝礼も含めてです」

 こんな腕のいい職人がヒマそうにしているのは勿体ない。丁度良いニーズがないか、継続して探してみよう。


 ネスビット商店を出ると、いつもの建材屋さんに向かう。細い角材と板を入手、あとはニス替わりに亜麻油を一瓶。

 そういえば―――溶液を入れる容器みたいのは、たらいを使っていたか。四角いたらいがあると便利かなぁ……。単純に金属で作ると錆びや緑青が発生して気になる。木で組めるといいんだけど、防水性もよろしくないし。うーん。あ。

「これ、風呂桶ですか?」

「ああ? 珍しいだろ?」

 建材屋の親父が誇らしげに指し示す。うん、ちょっと小さめだけど、丁度良いかもしれない。真四角で、元の世界にある、日本酒を飲む升を大きくしたような感じだ。

「これ、防水は完璧?」

「ああ、撥水する木なんだ」

 檜とか、油の強い木材なのかな。

「これ、下さい」

 と、風呂桶を衝動買い。金貨五枚という高価な代物だった。ぼったくられてる気もしたけど、存在自体がレアだからいいや。



 教会に戻ると、エミーとマリアが待っていた。エミーはちょっと怒っているような。

「お姉様!」

「こんにちは、エミー」

「こんにちは!」

 怒気が一杯のエミーはちょっと珍しい。


「エミーちゃん、落とし穴に落ちちゃって~」

 ああ、それで怒ってるのか。マリアが宥めていたところみたいだ。

「ごめんごめん、近いうちに植樹するからさ。その準備で耕したんだよ」

「うう~」

 怒りの矛先をどこに持っていけばいいのかわからずに、ふくれっ面のエミー。いいねいいね、怒らせてみたいね!

「上手くいけば、毎年夏前には、野いちごのジャムが作れるかもしれないよ?」

「ジャムっ?」

 エミーとマリアの声がハモった。やはり、甘味は女子のハートを鷲掴みね。

「うん、じゃあ、ちょっと紙の方に戻るから。またね」

「あ~、私に~カミラさんが~手伝えって~」

「うん、じゃあ、お願いね」

「くっ、私は残念ながら……手が空いたら手伝いにいきますので!」

 ユリアンに呼ばれているらしく、エミーはキイッ、と臍を噛んでマリアを睨んでから小走りに司教の部屋へと向かっていった。


「行こう。マリアは……」

「ん~?」

 私はちょっとだけ躊躇ってから、マリアに聞いてみることにした。

「マリアはエミーとは仲良くやってる?」

 仲良くないよなぁ、と思いつつ、反対の事を聞いて様子を探ってしまうのは、きっと、元の世界の日本人だからなんだろう。思い切り自覚してしまう質問の仕方だった。


「ん~。私は大好きだよ~」

 そうだよなぁ。だけど、マリアはあんまり他人のことを見ていない気がする。いい意味でも悪い意味でも自分中心なんだろう。元の世界でいう、ミュージシャンは、こういうマイペースな性質の人が多いと聞いた事がある。こう見えて、意外に自己主張は激しいのかもしれない。割と言いたい事言ってるし。

「ま、いいや、いこう」

 マリアを促して、紙の作業場へと戻る。と、部屋の扉は施錠されていて、誰もいなかった。

「あれ~? 食堂かも~?」

 今日の作業は終了しちゃったのかな。お昼過ぎ……ああ、昼食かな? ここも一日三食なのかな?

「まあいいや。マリアはお昼ご飯は?」

「教会は一日二食だよ~?」

「そっか、じゃあ外でいいから作業しちゃおう」

「は~い」


 マリアに作業を手伝ってもらう。

 まずは角材を組み合わせて、物干し台のような物を作る。斜交いもXにして丈夫に。滑車とかゴム製の車があると移動しやすくなって便利なんだけど、足の部分は▽の角材を付けて、せめて移動をしやすくしてみる。微妙に▽の角材は潰れて、安定もよくなるはず。

 台ができたら、紙を干す板を、角度を付けて四段ほど設置。軽く鏡面加工しておく。あんまりピカピカだと、乾いて即、風に飛ばされそうだし。

「おもしろ~い」

 何ができるのかワクワクしているのか、マリアは組み上がる度に楽しそうな声をあげる。


「あら、おかえりなさい」

 カミラが戻ってきた。聞けば、紙製作に関わる子たちには、特別に昼食が出るのだという。

「かなり重労働ですからね。ところでそれが干し台ですか?」

 何故かマリアがえっへん、と自慢げに見せているけど。

「はい、マリアさんが手伝ってくれました」

 苦笑してカミラに言うと、マリアはさらに(ハト)胸を張り出した。

「そうですか。これも木工として素晴らしいですね」

 全然感慨のない様子でカミラは言う。カミラは努めて平静を保とうと努力している。お陰様でオールドミスみたいな印象になっているのだけど、クーデレってやつだろうか?

「あと、これ、風呂桶です」

「えっ」

 私が『道具箱』から風呂桶をにゅん、と取り出すと、カミラは目が点になった。うん、やはりカミラには驚いてもらわないと。


「たらいよりは効率が上がるんじゃないかと。四角い容器に溶液を入れた方が、漉きやすいと思います」

「これは……かなりお高いのでは?」

「まあ、それはもう今さらです。いずれお金は還元してくるでしょうから、私に損はありません」

「はぁ」

「ああ、それとですね」

 何も付与していない指輪を『守護の指輪』にして、それもカミラに渡す。

「これは?」

「それはカミラさんに差し上げます。肌身離さず持っていて下さい」

 そう言ってキーワード登録をさせると、カミラは訝しげな視線を向けてきた。

「これはつまり、危険が迫ってきたら、『晒し水機』の魔法陣を抜いて逃げろと。そういうことですね?」

「察しが良くて助かります。紙漉き自体は、このグリテンでやっていなくても、大陸や、他の国では実用化されているでしょう。ですが、その魔法陣たちは思いつきを与えてしまいます」

「わかります」

 あとは、ノウハウの塊となった、カミラ自身を守ってほしい。それも伝わっているはずだ。

「では、本日はこれにて。また状況を見に来ます。あ、まとまった量ができましたら買い取りましょう。不出来なものも含めて」

「わかりました。あの、指輪、ありがとうございます」

 カミラは合掌して礼をする。少し頬が紅潮しているような気がするけど、夕陽のせいかもしれない。

 同じように合掌して、マリアにも同じように挨拶をしてから教会を出る。エミーは結局来なかったけど、あとで手鏡で、穴に落ちたことは慰めておこう。



――――カミラ製紙所なんて出来たら、サトウ商店に対抗できそう。





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