※黒魔女の密かな企み
【王国暦124年11月7日 10:32】
ロンデニオン西迷宮の工房で作業をしながら、私は求婚について考えていた。
いやあ、驚いたなぁ。ビックリだったなぁ。
インプラントの影響かと疑ったんだけど、どうにもそうじゃないらしい。父親であるブレンダンと反目している黄緑くんは、こう言われたそうな。
『黒魔女をウェルズの誰かに嫁がせることが出来ればなぁ、お前じゃ無理だろうけどなぁ』
だなんて余計なことを吹き込まれたそうな。壁妹に未練はあるものの吹っ切れた黄緑くんは、それなら自分がやったるぜ! って思うようになったってさ。それ以来、ずっと私のことを考えてたらしい。黄緑くんに蘇ってきたのはいじられた記憶で、意地悪されたことしか思い出せない。そこでふと思ったそうだ。
『これは子供が好きな子に意地悪しちゃうアレに違いない』
つまり、私がトリスタンに好意を持っているに違いないと。そう思い込んだら止まらず、グリテン出張の任務に飛びついてやってきたと。
何だか、どこかの国で粗製濫造されるドラマみたいだなぁ。まあ、脈絡というか伏線はちゃんとあったから、不自然ではないか。些か唐突感はあるけど……。
まあ、その話はいいや。作業に集中しようっと。
今は簡易鎧を作るために、口汚い小柄巨乳シスターの体を測っている最中。
「求婚されて断るとか、自惚れてんじゃないわよ」
「んー、オースティンさんがいたしさ。勝ち負けで判断されても困るし」
「ざっけんな! 男と女の関係は勝ち負けに決まってるわよ! チッ、チッ」
いやー、凄いわ、この人のワガママボディ。これでモテないはずがないんだけど、性格がなぁ……。でも、口が汚いだけで真っ直ぐな人ではあるんだよね。褒めてないけどね。
シモンはファリスかオースティンか、どっちかを好きなんだっけか。まあどうでもいいけど、彼女がカリカリしているのは断り続けている私が贅沢に見えるからかもしれない。
「私だって乙女の端くれ、大恋愛を夢見ているだけよ?」
「チッ、私だって……。あんた乙女ディスってんの?」
ヒューマン語スキルが俗な言葉を超訳してくれた。
「いやあ、私だって乙女だって……」
「ガキとは違うんだよ! 期待して温存してるのに! チックショウ!」
うん、まあ、お肌が曲がっちゃう年齢で騎士団にいる独身となれば、もう職場結婚しかないもんね……。
「その勢いを、思い人にぶつけてみては?」
「チッ、簡単に言いやがって……」
きっと、簡単にはならない相手なんだろうね。しおらしくなったシモンの計測を終えて、陶器製の耐熱鎧を作り始める。現物合わせだし、すぐに作れるから本人が現場にいた方が都合が良い。
この鎧を基本装備にして、大型の盾も作る。カレン用に作っていた盾をベースに、ゴリアテ用、オダ用の二つを作る。私用のはカレン用のモノとサイズ以外の仕様は同一なので、出力増強など微調整のみ。
盾上部のマーキングは、グリテン王国騎士団を示す赤十字ね。カレンのは元ネタのまま。
対精霊という意味では黒鋼を使った方がいいんだけど、そうすると盾に蓄えられた魔力も吸い取ったり弾いたりしちゃうので、魔道具として正常に機能しなくなってしまう。オプションパーツを作ってまで黒鋼を採用するのも煩雑過ぎるので今回は素の耐火、耐熱盾として極めようと思う。
基本的に内蔵されている魔法陣に対して精霊は干渉できないから、風系魔法で壁を作っておけば盾は十全に機能を発揮するだろう。
「あとは、コレかな」
半透明の魔法杖をシモンに渡す。
「なによこれ……」
「さっき思いつきで作った。ガラスの魔法杖。ちょっと重くて壊れやすいから注意ね」
例のウィザー城西迷宮のガラス群にヒントを得て、DNA風に記述した文字列を封入してある。コンチ杖みたいに、何かの魔法を発動するための魔法陣が内蔵されているわけではなく、魔力ブーストと魔力を貯めておくためのもの。杖先端にはちゃんと意匠も入ってるわよ!
「内部の魔法陣は光の精霊様がくり抜いてくれたから、ちょっと残滓があるよ。光系魔法に親和性が高いかも」
「重い……。これ、壊れやすいって言ってたわね? 補強は入れられないの?」
「んー、じゃあ、外側にミスリル銀で補強入れてみよう」
ついでに石突きにもミスリル銀の玉を……装飾を入れて、と。
「これでどう?」
「さらに重くなったけど……悪くないわ。たまにはやるじゃないの」
お褒めを頂いちゃったわ。
「使用前日くらいには魔力を込め始めてくれると、当日は外部魔力補給装置として使えるからさ。大事に使ってよね」
「え、くれるの?」
「うん。いらない?」
「貰うわよ!」
可哀想に、他人からモノを貰い慣れてないんだな……。
「二百年は保たないと思うけど。材料費はそんなに掛かってないとはいえ、機能的に見れば、それなりのお値段になると思うよ」
少なくとも冷蔵樽よりはお高いと思う!
「ちっ、こんな綺麗な杖で懐柔しようとか……」
それから小一時間、シモンがブツブツと自分に言い訳するのを、ニヤニヤ聞いていた。
【王国暦124年11月7日 15:55】
女王陛下に呼ばれて、臨時のプチ御前会議と相成った。午後にやっても御前会議とはこれ如何に。
「精霊退治の準備の方は問題なく。三日後には出立が可能になるよ」
心配そうなエミーに語りかけると、エミーは少し目を伏せて軽く頷いた。こういう、一つ一つの仕草が憂いを帯びて、急に女王らしくなったなぁ、と思う。そうそう、女王陛下は憂鬱になるものと相場が決まっているからね。
「騎士団の方も問題ありません。道中の馬車、護衛、食料など、いつでも行けます」
ファリスが騎士団側の状況について報告をしてくる。
「討伐の件はそれで良いでしょう。問題はマザー・ウィロメラとネイハム司教の処分です」
全く頭が痛い、とばかりにエミーはこめかみに指を当てた。
「母上、あの二人にインプラントを施さないのは何か意味があるのですか?」
マッコーが訊いてくる。
「うん、自発的にやってほしい、って言ってくるのを待ってるの。有り体に言えば責任転嫁したいわけね」
私が強引に埋め込んだ! アッハー! というわけじゃなく、懇願されたのなら仕方ないな、私悪くないし? というアピールでしかない。
「しかし、今回は実際に害を受けそうになりました。それも致命的で、国家として、ロンデニオン市として、看過できません」
エミーは女王とロンデニオン市長を兼務している。立場的には間違ってないけど、作業量を考えると一人が判断できるものではない。すごいバイタリティだなぁと感心しちゃう。ラルフも相応に痩せてきてるけどね。
「お二人の処遇には、討伐隊への帯同で十分罰になると思うよ。三回くらい死ぬんじゃないかなぁ」
アハハハ、と軽薄に笑う。
「それはそうですが……」
「うん、足りないかな?」
「聖職を剥奪、還俗を命じたいところですね」
ネイハム司教本人も暗に認めていたけど、エミーの父親だよね。それでも冷徹になれるエミーは、どこからみても女王陛下だと思う。
「陛下、その場合、陛下が同格以上の聖職に就いていなければ命じることはできません」
マッコーが補足をしてくる。
「では就きましょう。一方で条件付き恩赦の検討も打診しましょう」
「条件は如何なさいますか?」
「お姉様が言うように、自発的なインプラント施術の希望、としましょう」
エグイ条件をエミーが即断する。このことが、聖者二人を救うことになるのか、殺すことになるのか、この時点ではわからない。
「では、黒魔女殿の出立前に幾つか案件を処理しておきましょう」
ファリスが他の議題を進めようと、私を見た。私は頷いて、まずは球体殻の跡地利用について報告をする。
「これが改装案ね。三層構造になっていて、現在、螺旋リフトの設置工事中」
「例の、頭の良いオークが工事監督をしているんですか?」
「ああ、イチはポートマットのドックにいるよ。下にいるのはノーブルオークのゴローとロクロ―。建設ギルドの面々にも何人か手伝わせてる。まあ、これは顔合わせみたいなものね」
「お姉様は、本気で異種族を住まわせ、融和を図ろうというのですね」
「うん。女王陛下としては不安?」
エミーはこめかみに指を当てて、うーん、と一言唸った。考え事をするときのエミーの癖みたいだね。
「正直言って不安はありますね。でも……喩えるなら、聖教徒と旧教徒みたいな……それくらいの差にも思えます」
「女王陛下、その比喩はあまり口外なさらない方がよろしいかと……」
リアムが諫める。それを聞いたラルフが、えっ? と不思議そうな顔をした。ラルフはエミーの思索に付き合っているから、そういう比喩で慣れていたのに、否定された故の驚きみたい。
「あら、そうかしら。では言い直しましょう。国に対する忠誠を持つ、という共通認識さえ持っているのなら、種族の違いなど些細な問題です。この場合の『国』は迷宮と同義なわけですが、私にとってはそれも些細な問題です。これも不穏当な発言かしら?」
イタズラっ子のようにエミーは微笑んだ。何だか後光が射したみたいで、実に神々しい。
「いいえ、女王陛下。全ては陛下の御心のままに」
思わずリアムはエミーを全肯定した。まあ、そうなるわな。
「ふふ、良きに計らえ、とでもいうのかしら。ああ、お姉様、この図の二層目にある、謎の構造物とは何でしょうか?」
「えーとね、エミーの通勤が楽になるような施設かな。リフトの設置が無事に終わったら設置に入ることになると思う」
「まあっ、それは楽しみですね。それと……『空力機関』、というのはまさか……」
「緊急時には空へ逃げられるようにしようかなと。設置場所の性質上、設置後は一度も試験しないことになるけど、それはまあ、勘弁してよね」
「空飛ぶ宮殿ですか」
うん、人がアリのように見えるかもしれないね。あ、目の防護を忘れずにね。そんなことにはならないと思うけど、仮に王城が攻められて脱出を余儀なくされた場合、球状から半球状への変形モードも作らないといけないかなぁ。外壁の移動は迷宮のOSに入っているから、ちょっとした工夫で出来なくはないけど。
「緊急時のお話よ? そうならないのが一番いい」
「うーん、そうですね……」
なんで残念そうなんだ……。多分、実際に空を飛んだ経験からすると、アレ、慣れないと酔うわよ?
「球体殻が空を飛ぶ可能性については……まあ、ド級を見れば思いつくことではあるけど……極秘ね」
「はい」
これは会議出席者全員から了解された。うん、謎の構造物についてはまだ、触れないでいてほしいのよね。リフトの設置がまず第一の関門で、それがスルーされて無事に設置できたら、謎の構造物を拡張していこうと思う。
この話題が終わりと見たのか、ファリスがダニエルを見る。ダニエルは頷いて、報告を始めた。
「バス=スパ遺跡の続報をお知らせします。調査隊から第一次報告書が上がってきました。およそ千年前のロマン人の遺跡、と断定していいだろう、とのことですな。さすがに老朽化が激しく、施設を利用するには大規模な修繕が必要、と。調査隊は『遺構として保全すべきで、修繕は最低限にした方が良い』と提言しています」
「つまり遺跡は遺跡として保全して、そのままを街として再利用すべきではないと?」
「そのように解釈しております、女王陛下」
ダニエルが肯定すると、お姉様はどう思いますか? と話を向けられる。
「硫黄の採掘については何か書かれてる?」
「いいえ、あの遺跡がどれだけ文化的に貴重か、熱心に諭す文章が書かれているだけですな」
ダニエルが苦笑する。
「では、硫黄の採掘と遺跡の保全管理を主目的に集落を作ればいいんじゃないかなぁ。可能ならば新規の温泉施設の建設が出来ると、将来的には観光目的で人を誘致できそう」
「そうですね。地理的にはストルフォド村よりもボンマットに近いのですか?」
「いえ、ストルフォド村から徒歩圏内ですな」
「ド級の視察時に一緒に見られれば良かったですね……」
エミーが悔しそうに言う。
「んー、でも、遺跡の規模を考えると、通り一遍の視察じゃなくて、じっくり見た方がいいかも。特に石柱の装飾が素晴らしいし、当時の建築水準を考えると奇跡的な建物だし、引き込みの石管なんて職人技が光るし……。ああそうだ、建物の石材はロマン帝国から持参した可能性があるのよね。グリテンに存在しない石材っぽいし」
と、建築オタクっぽいことを言うと、エミーはフッと笑った。
「では、お姉様が帰ってきたら、一緒に視察に向かうとしましょう」
「それはいいですな。保養に……一度、家族旅行なるものをしてみたかったのです」
マッコーは私とラルフを見て、その後に天井を見上げた。目には光るものが……。
「義父上、私も婚約者を連れていきたいのです」
ラルフが殊勝な息子を演じて、話に乗る。
「では、近衛騎士団は先乗りして施設の整備を行って参ります」
気の早いリアムが悪乗りする。
――――何だかみんなにフラグっぽいことを言われてるなぁ……。




