ロンデニオン東迷宮の攻略5
【王国暦124年11月4日 6:03】
クレイトン・スピリアットと言えば、『クレイトンの試験』の故事で有名な人物だ。それが不死者になって、迷宮管理者という名の強制労働に就いているとは……。
歴史の教科書に載っている人物が突然目の前に現れたような、現実味に乏しい事態に直面して、『浄化』を躊躇う。
迷宮の奪取は、対象の迷宮管理者を滅ぼすのが正道で、管理者不在の状況を作ることが望ましい。前任者の影響を完全に取り除いておかないと、どんな罠が仕掛けられているのかわからないから。往々にして、そういった前任者の罠は致命的な損害を被る。
それは理解しているのに、このクレイトンと――――話してみたい、お互いが持つ智識を交わしてみたい――――その欲求が葛藤を生んでいる。
しかしながら、現状のクレイトンを見ると、氷と壁によって挟まれた衝撃で、内部にあった乾燥肉が割れて、骨の一部は粉になってさえいた。重量物をぶつけるという単純な攻撃は、相手が複雑であればあるほど効くものだ。このクレイトンは、マッコーに加えて、あのウィートクロフト爺の師匠という話もある。であれば搦め手に長けていない方がおかしい。
現に、『使徒』からの『神託』も利用して、西迷宮への攻勢を準備していたところだった。攻めようとしたら攻められた、という絶妙のタイミングは、東迷宮にとっては最悪のタイミングだったに違いない。
このような『破壊された不死者』は、長い年月を経れば、やがて修復されて復活する。魔力の加え具合にもよるけれど、自然に任せるなら十年だか百年だか。そのくらいかかるらしい。さすがに、その復活を待ってから判断するには、私に時間がなさ過ぎる。人物に興味はあれど、やはり、ここで対処を決めた方が合理的で安全よね。
ふう、と大きく息を吐いて。
「――――『浄化』」
「………………」
その昔はクレイトンだっただろう割れた干し肉は、増していく光量と共に、光点となり、そして消えていった。残ったのは金色に輝くアバター? の外装だけ。こうして見ると、銀色と構造的には変わりがない。というか、銀色の四体は、この金色のテストボディだったんじゃないかしら。
不死者の能力を底上げして、『魔物使役』の影響から守るためのパワードスーツ。オッパイの盛りに関してはサリーに似た執拗さを感じるけど……。魔力が高いとバストサイズが慎ましやかになるのかについては、エルフであるのに豊満であるエイダがいるから何とも言えないか。
エルフは加齢で乳房が大きくなるとか? 年輪みたいだったらオッパイを割ってみれば年齢がわかるとか……まさかねぇ……?
感傷的な気分とオッパイに支配されていた私は、再度大きな息を吐いてから、前進することにした。
【王国暦124年11月4日 6:15】
クレイトンを『浄化』したというのに、阿吽の動きは止まらなかった。迷宮管理者が不在の状況でも動くように設定されているか、もしくは、まだ他に迷宮管理者がいる、ということか。
「氷と遊んでいてちょうだい」
第九階層の氷がこんなに役立つとはなぁ。代わりにこの階層は水浸しになってるけど。水になっても、石の床に石像の足では滑るようで、上手く歩けていない。ハイドロブレーニング現象がこんなに役立つなんて初めて知ったなぁ。
まだ先があるみたいだから、どんどんいこう。朝には聖教本部にいかないといけないし。ああ、もう朝か。午前中までは朝ってことで許してもらおう。
部屋の奥には扉があり、そこは施錠されてはいなかった。扉を開けると左側に扉があり……を繰り返す。
「行き止まり?」
いや、でも違和感があるわね。
「――――『地脈探査』」
壁に向けて放つと、東北の部屋の中央部は空洞になっているのが感じられた。
《空間があるのう?》
迷宮側で魔力吸収機能が最弱まで弱められているので、ノーム爺さんを始め、精霊たちが活発に動けるようになってきた。
「穴を空けてくれる?」
《わか……った?》
普段はあまり喋りたがらないテーテュースも、この迷宮に入ってからは壁の穴あけは自分の領分だ、と譲らない。
シュッ、と一撫でしただけで、壁に穴が空いた。
念のため、『光球』を出して中を覗き見る。魔法陣が三つあった。
「うーん?」
魔法陣に記述された文字を読み解くと、直下に飛ぶ魔法陣、どこかに飛ぶための魔法陣、到着の受け口の魔法陣だった。迷わずに直下に飛ぶ魔法陣に乗り、魔力を供給する。
視界が切り替わり、到着した先は、目指してきた魔導コンピュータルームだった。ここは……第十二階層ってことになるのかな? 攻略開始から十二刻、というところだけど、このくらいのペースで進まないと、結局は攻略なんて出来ない。ゆっくり進行すればそれだけ消費魔力も多くなり、迷宮側の防衛態勢も整ってしまうから。そもそも単独で攻略するのは正しくないんだけどさ。
魔導コンピュータルームは西迷宮と同様、中央ユニットとサブユニットが四方に設置されたタイプだった。似た構成になるのは、近い時期に建造されたからだろう。西迷宮のめいちゃんに残っていた記録からもそれは確認されているし、兄弟迷宮と言ってもいい。
違うのは、人工魔核と管理コンソールが中央ユニットに併設されていたこと。西迷宮では両方とも管理層に設置されていた。もう一つ、違う点があって、なにやらカプセルのようなモノが三つ付いた装置というか……魔道具? も中央ユニットに接続されていた。ケーブルを辿っていくと、カプセルはもう一つ下の階層に繋がっていた。第十三階層がある、ということね。
「ふーん……」
要するに迷宮システムとは別のものが接続されていると。
階下に至る階段も転送魔法陣もないので、魔力吸収が行われていないのをいいことに、大胆にも魔導コンピュータルームの床に穴を空けることにした。
穴を空けるのはテーテュース、露出した土を掘り出すのはノーム爺さん。
《案外柔じゃのう?》
魔力吸収をされていたら、こうも元気に動けていなかったのに、精霊たちはゲンキンなんだわ。
「よっ、っと」
穴を掘り終えて第十三階層へと降りる。
暗がりではあったものの、『暗視』を付与すると、一気に眩しく感じた。
「おー」
感嘆してしまったのは、階上の魔導コンピュータに匹敵するミスリル銀板の積層が目の前に出現したから。
上の階からのケーブルは間違いなくこの階層のシステムに繋がっていた。あの三つのカプセルは中継器みたいなものか。
一度、第十二階層に戻り、カプセルを検分して、外側のカバーも外してみる。
「お、ここの回線を切れば外せそう」
手を伸ばしたところで、魔導コンピュータルームに、どこか人工的に感じる、中性的な声が響いた。
《やめろ》
「あー、やっぱり。貴方がクレイトンですか?」
《いかにも》
「階下の魔導コンピュータが貴方の本体ですか?」
《肯定する》
「ということは、不死者の方は抜け殻?」
《完全にそうとは言い切れない。今となっては別人格だろうが》
「人格……。意識がある、という自覚があるんですか?」
《当然だ。このクレイトン・スピリアットが生涯を賭して永遠の生命を得たのだ》
以前、モンローやラシーンで実験した内容を思い出した。錬金術の本を参考にしたけれど、このクレイトンも、あの本を参考にしたのか、もしくは、執筆に参加していたのでは……。
「興味がありますね。大賢者、大魔術師の誉れも高いクレイトン・スピリアット。ここで消滅させるには惜しい」
《随分と大上段に構えたな。貴様は何者だ?》
クレイトンはそんな風に言った。生殺与奪権を握られているのは理解しているみたい。実際問題、この場所で私を排除しようとすることは、無防備な『本体』とやらも破壊に巻き込んでしまうから。私を宥めて立ち去ってもらうのが有効だとして、下手に出ていると思われた。
「私は単なる西迷宮の管理者ですよ」
《西迷宮の管理者? 情報にあったホムンクルス量産型の特異個体? 何故この時期に攻めてきた? ネイハムからの連絡はどうした? 攻め入る準備をしていたのに無駄になった!》
まるで複数人と会話してるみたい。相手は魔導コンピュータみたいなものなのに、混乱が見て取れるのが面白い。
「何故攻めてきたのかというと、それはバンガースが食べたくなったからです」
《バンガース? ソーセージ? 豚の腸詰め? 安物のバンガース? 食べたい! 肉汁が! 食べられないこの身が恨めしい!》
うん、話に脈絡がなかったから混乱しているね。もっと混乱させてみよう。
「屁の突っ張りはいらんですよ」
《屁! 何故突っ張る! 欲しい! いらない!》
「バスガス爆発、隣の客は良く柿食う客だ、新シャア少佐新春シャンソンショー、魔術師中枢集中手術中取捨選択獅子身中汁咀嚼試食中」
《バス……………シャア……………》
よし黙った。
私は無慈悲に魔導コンピュータとクレイトンの接続を切る。
《ししょ……》
クレイトンのシステムはミスリル銀板の積層を使っていたから非常用バッテリーがあるようなもの。蓄えた魔力があるはずだから、少々なら放置しておいて大丈夫だろう。
元々設置されていた魔導コンピュータを、持参した新型魔導コンピュータにリプレース。慣れたもので切り替えには一秒も掛からない。元々の魔導コンピュータには、携帯魔導コンピュータを接続、ピア・トゥ・ピアにして情報を抜き出し開始。
「どう?」
《迷宮構造を把握しました》
これはめいちゃんの声。ここにあった魔導コンピュータにもめいちゃんが使われていたはずだけど、そっちの方は、今、携帯魔導コンピュータから強制的に語りかけられているところ。
「魔物は?」
《内部に存在する魔物の把握を完了しました》
「よし、では内部に滞留している魔物はそのまま待機。外部に出ている魔物は内部に帰還するように指示を出して》
《了解しました、マスター》
「内部に冒険者に類する者はいる?」
《ゼロ、です》
「よろしい、魔物の帰還確認後、迷宮を封鎖」
《了解しました、マスター》
携帯魔導コンピュータがクラッキングを完了、情報の全てをコピーし終えた。さすがに生きた迷宮だけあってデータ量が多い。今回は慎重にいこうと決めているので……携帯魔導コンピュータは、別途用意してあった二台目の新型魔導コンピュータを取り出して接続、今度はこっちにコピーを開始する。どうしてこんな面倒なことをしているのか、というと、携帯の方はツールや防壁が仕込んであるから、魔導コンピュータの仕様外のことをさせるにはこっちの方が使い勝手がいいのだ。
お役ご免の、元々あった魔導コンピュータは、人工魔核を引き抜いて、強制終了させる。
「今までお疲れ様。またお会いしましょう」
見ているはずもないけれど、合掌してお辞儀をしておいた。
いやあ、後始末の方が大変だわー。
【王国暦124年11月4日 8:20】
《死ぬところだった。消滅するところだった。魔力不足だった》
「あらごめんなさい。人工魔核に繋いだから、機能の維持は出来るでしょ?」
《肯定する》
言い回しがめいちゃんみたいなんだよねぇ。クレイトンがどの程度の魔力量の持ち主だったのかは不明だけど、私以上ってことはないと思うのよね。となると、ラシーンたちに施した時と比較して、魔道具への焼き付け工程に不備があったんじゃないかと。もしくは、迷宮の魔導コンピュータと長期間接続していたせいで、めいちゃんの影響を受けるようになったとか。色々原因は考えられるけど、あまりいい傾向ではないわね。
「一つ訊きたいんですけど。クレイトン先生が直接、魔導コンピュータを管理しなかったのは何故ですか?」
《理由を説明する》
謙って持ち上げると、クレイトンはとても嬉しそうに色々語ってくれた。
処理効率そのものは、私が指摘した通り、クレイトンそのものがOSになって魔導コンピュータを管理すれば迷宮管理もスムーズだっただろう、とのこと。それが出来なかったのは、クレイトンの意思を魔導コンピュータに対して、直接伝える手段がなかったから、らしい。つまり、あの三つのカプセルは、クレイトン本体の意思を言語化する魔道具で、めいちゃんの耳と口と直結するインターフェイスでもあった。言語によって、めいちゃんと会話をする形で意思の伝達をしていたということ。
「ああ、それで、元のめいちゃんは話さなかったのか……」
《肯定する》
「さすがクレイトン先生!」
《肯定する》
と、褒めたところでチョロイトン先生には、後々の改良をする約束をした。明らかに敵性の人物? だけど、クレイトンの改良は、将来的に自分のためになると判断したから。
「今はどこにも繋がってないし、何もできないけど……」
《大人しく待っていればいいのか?》
「はい、お願いします、先生」
《余儀のない状況は把握した。了解したぞ》
――――これにてロンデニオン東迷宮の制圧が完了、っと。




