火の神託
いつもご愛読ありがとうございます。
新章であります。
【王国暦124年11月3日 14:19】
実のところ、ニヤリとした短文の表題というのは、ユリアンからものでも、ブリジット姉さんからものでもなく、マッコーからの短文だった。
「ご相談、ねぇ……」
往々にして、国策会議の場では、エミーと私が提案して、マッコーが困惑して泣きながら譲歩を懇願する――――というのがパターンなので、マッコーから相談などされたことはない。
マッコーの短文の内容は、ただ『相談したいことがあるので会いたい』とのことだった。水の精霊以外に嫁が欲しい、とかじゃないよなぁ、だなんて訝しげに思っていたけど、ユリアンからの短文の内容が神託絡みだったので、ピン、と来た。
マッコーに連絡を取ってみると、相談の場所が聖教本部だったので、余計に確信した。こちらは明日の朝に聖教本部へ向かうことで合意を見た。
相談とやらを受ける前に、事前情報が必要だろうと思い、ポートマット西迷宮のアバターにチェンジして、ユリアンとフェイ、トーマスと話し合うことにした。
「グリテン山脈の頂上にて、火の精霊を倒してこい、とのことなんです」
「倒してこい、なんですか? 契約してこいとかじゃなくて?」
ユリアンの説明に疑問符を投げる。
「そうなんです。今回は条件が付帯していまして、それが――――」
「……勇者オダを連れて行くことが条件らしい」
「はぁ?」
何でまたオダ? ううーん?
「すでに勇者オダとは面談をしたらしいのです」
「? ユリアン司教がですか?」
ユリアンが首を横に振った。
「いいえ、ネイハム司教がポートマットに来訪しているのです。何事かと思っていたのですが、オダと会っていたようです。そこで承諾を得ているそうですよ」
「えー? ということは勇者オダが、マザー・ウィロメラ一派の、新たな手駒ということですか?」
「状況を見ると、そう捉える方が合理的だろうな」
トーマスが肩を竦める。本来、勇者は世界にとって歪みであり、害悪であるはずなのに、『使徒』は勇者オダを手駒にしようとしているのだ。以前から勇者召喚を行って手駒にしよう、という傾向はあったものの、ここまで顕著だと笑うしかない。
「……つまり、勇者オダが火の精霊? とやらと契約できるように補助しろ、ということだろうな」
「わざわざ敵を育てろという『神託』なんですか……」
「……確かに、お前を倒すには、一工夫、二工夫では足りなかったわけだしな」
「ここのところは、あからさまに殺しに来てますからねぇ」
今回も罠臭がプンプンしやがる。
ホムンクルスに魂を封じた召喚者―――――そう言い切っていいだろう――――が暴走を始めたから排除にかかる。それはわかる。そうならないように動いてきたつもりだし、そうなっても対処できるようにしてきたし、実際に対処した。
「うーん、細心の注意を払って言いくるめて無害化した勇者が、ここで復権してくるのは、何だか苦労を無にされたようで、気分の良いものではありませんねぇ」
「逆に言えば、ホムンクルスの補充がままならず、代替手段としての勇者召喚も使えなくなったが故の苦肉の策、ということではないでしょうか?」
さすが司教様、私の愚痴を諫めてくれる。即座にポジティブ転換できるところは聖職者だなぁ。
その通り、過去に召喚した勇者の再利用と言えなくもない。そうなるとフレデリカも怪しいなぁ。
「そういう言い方も出来るか。ネタ切れ、というやつか?」
「……『勇者召喚』が可能な人材はマッコーキンデールと……お前だけか?」
グラスアバターの私は大袈裟に頷く。
「インプラントをする前提であれば、私の手駒として勇者召喚してもいいんですけど、面倒じゃない召喚勇者に会ったことはありませんしね」
今の段階でも、やろうと思えば迷宮を大事に思う勇者軍団を作ることは可能だ。だけど元の世界に生きたことのある人間には不測の要素が多く、積極的にやろうとは思えない。
歪みを生む勇者を召喚する人物が『使徒』の手先であるマッコーだったことを考えると、これはマッチポンプでもあったわけよね。当のマッコーによれば、『使徒』の要望によって勇者を召喚したケースもあったそうな。ところが、別の『使徒』が私に指示を出して処理されてしまったんだと。この世界にいる人間から見ると不毛なことをしているけど、『使徒』は『使徒』で色々あるわけね。エミーを女王に据えるのも一つの目標だった、とするならば、私へのフォローがあるのは必然で、その反面で疎ましくも思われていると。
つまり、『使徒』にとっては、私の同型を創り出すことよりも、勇者としての召喚の方がずっと簡単らしいということ。どういう理屈かは知らないけど。
勇者処理担当者を倒すために勇者を召喚しなきゃいけないのも、物凄く非効率な気がする。
その意味では『不良債権』と化していた勇者オダを再利用しよう、と考えるのは正しいのかしら?
「まだ大陸には勇者召喚が可能な人物がいるはずです。伝え聞く話ではハーケン、カメラ、共に活動中とのことでしたし……」
「……しかし、彼女たちは活動を始めてからそろそろ十年を過ぎるころで、通例よりも長期間活動をしている。……いつもの――――」
そこでフェイはハッとなって言葉を止める。いつもの、ホムンクルスの交換の時期が近づいているのだろう。幸いにして――――いや不幸にして? 私自身は亡くなるホムンクルスも、新しくやってきたホムンクルスにも出会ったことはない。
ああ、ミイラになってたのには会ったっけ。あれはカウントから外してよね。
「気遣いには及びません。まだ研究を始めたばかりですけどね。どうにかなるでしょう」
寿命の話には皆、敏感になってきている。薄々と、私がいなくなった時を想像し出したのだ。楽観的なわけじゃないけど、この場を安心させるために、そう言っておく。
「……うむ……」
「それで、支部長、一つお願いがあるんですが」
「……なんだ?」
「カレン姉さんを王都に寄越してはくれませんか? でっかい盾を持ってましてね。火精霊の攻略に必要そうなので」
「……わかった、手配しよう」
フェイが快諾する。
「まともに正対するつもりなのか?」
「いえ、装備を調えてからですね。期限はあるんですか?」
「聞いていませんね」
ユリアンが答える。
「では、せいぜいゆっくりやりますよ。オダはまだポートマットにいるんですよね?」
「……今朝、ネイハム司教と出発したはずだ」
ということは、ネイハム司教……にオダに会うように伝えたマザー・ウィロメラには、もっと前に『神託』が来ていたことになるか。
「くれぐれも注意して下さい。『使徒』の真意が読めることなどあまりありませんが……」
「今回も読めないな……」
「まあ、何とかなりますよ。それではまた」
心配そうな三人を宥めつつ、ポートマットのアバターから本体に戻った。
【王国暦124年11月3日 15:26】
私は『ラーヴァ』用を含めて、有用な戦闘装備を一式『道具箱』に詰め込んで、日が暮れないうちに冒険者ギルド本部へと向かった。
移動中にロンデニオン騎士団、ブリスト騎士団とその関係者に短文を送る。必要な人材を手配するためだけど、歩きメールは良くない! とわかってはいるものの、なかなかやめられないのよね。
ああ、多忙感をアピールしちゃってるなぁ、と自分でも恥ずかしいのよ?
本部に到着すると先に本部長室に通された。
「おう、ドワーフの娘よ!」
ザン本部長と面会するも、ザンはこの一年、いや半年で随分老け込んだような気がする。
「どこか、お体が悪いのですか?」
「ん? 古傷がな。こういう、半端に治ったのが一番性質が悪いな!」
ガハハ、と豪快に笑うザンだけれども、心なしか元気度が二割減に感じる。以前にティボールド・ヤングの欠損部位を治したことがあったけど、半端に修復されてる傷は治り難いのよね。
「時間が空いたら治療に来ましょうか?」
「そうしたいのは山々なんだがな……」
ザンが腕を組んで首を捻ったところで、ブリジット姉さんがしなやかに本部長室に入って来た。なにやら色んな書類を抱えていたので、ドアも足で開けたようだ。やべえ、あのしなやかな足が伸びているのが気になる!
「不作法をお許し下さい。お待たせしてすみません」
これも足でドアを閉めると、冷静な表情のまま、謝罪をする。テーブルの上に書類をドサッと置いて、『遮音』結界を張ると、しなやかに腰を下ろした。
「悪いが治療の話は後回しだ! 今回は割と緊急事態なのでな!」
ザンが吠えるように緊急事態を宣言した。
「この書類を全部見て頂ければわかりますが、王都東迷宮に内在する魔物が、低レベルのものを含めると計算上は五万体を超えているようです」
沈痛の面持ちをしているブリジット姉さんは、それでもしなやかで美しい。とはいえ、その量の書類を全部見ていたら明日の夕方になっちゃう。
「それはまた多いですねぇ……。ロンデニオン市内を制圧するつもりなんでしょうかねぇ?」
「うむ! 迷宮管理者たる立場からはそう見るのだな?」
忙しなくザンは結論を急がせる。
だから、私はわざとゆっくり、自分の発言を否定した。
「いいえ。迷宮を魔物で攻め入る場合には制限があるんです。魔物だけに攻撃させたところで、敵の迷宮の制圧範囲に踏み入ってしまった場合、『魔物使役』の影響を受けますからね」
「では東迷宮の意図は王都の混乱だと? 統制された軍勢としては動かないというのか?」
「いえ、迷宮管理者が側にいるのであれば――――」
そこまで言ってから、迷宮管理者も一緒に攻めてくる可能性について、それは高い確率なのではないか、と思い直す。西迷宮の管理者が側にいないのがわかっているのなら、余計にその可能性は高い。
「その、迷宮管理者が東迷宮に存在するという前提で言えば、東迷宮から西迷宮へ攻め入る準備をしているのではないか、冒険者ギルドではそのように考えています」
「うむ! 現地にはキャロルに行ってもらっている!」
それでキャロルがこの場にいないのか。
「わかりました、その想定で動きましょう」
「頼む。騎士団には今から掛け合うところだが、間に合うかどうか」
戒厳令が必要になるかもしれないねぇ。
「冒険者ギルドで先乗りしましょう。市内への流入を阻止しなければなりません」
ブリジット姉さんがしなやかに決意を見せた。
「冒険者を布陣するとして……迷宮が感知する範囲とはどの程度なんだ?」
機密情報の一つではあるものの、非常事態にあっては開示せざるを得ないか。
「大凡、入り口から五百メトルに設定している場合が多いです。設定によっては千メトル、最大で二千メトル。迷宮の規模にもよります」
「わかった。感謝するぞ、ドワーフの娘よ」
冒険者ギルド本部では、今晩にも展開を始める、とのことだった。
王都騎士団との連絡は、ファリスとするようにザンには言っておく。以前、王都騎士団が何度も私と対峙したことで、冒険者ギルド的には騎士団との友誼を無為にされた、と捉えている。それもあって、ザンには少々のわだかまりがある様子だった。
「女王陛下にも緊急事態だと言っておきますから。今度は大丈夫ですよ」
「ドワーフの娘よ、お前の言葉を信じよう。お前はどうするんだ?」
「まだやることがありますので、明日の昼頃には冒険者ギルドの包囲網に合流しますよ」
一応、朝には聖教本部へ行く予定にはなってるし。
「うむ。助かる!」
「各方面と調整をしなければなりませんね」
すでに準備は出来ているだろうブリジット姉さんが淡々と言った。私がすぐに動かない、と言っていることについて、特に疑義を挟まない。
チラ、とブリジット姉さんを見ると、軽く頷かれた。ザンはそれを一瞬だけ不思議そうに見て、得心したように頷いた。
「では、私はこれで」
「ああ、黒魔女殿、これだけは目を通しておいて下さい」
ブリジット姉さんに渡されたのは、直近のロンデニオン東迷宮の案内図だった。
「はい、ありがとうございます」
口元だけで笑って、私は冒険者ギルド本部を出た。
そして『道具箱』から『隠蔽』の効力を持つ魔道具を取り出して、雑踏に紛れつつ、魔道具を発動した。
――――我ながら謎の行動ね。




